2026年05月10日
ボタニスト 植物を愛する少年 原題:植物学家 英題:The Botanist
監督・脚本:ジン・イー
出演:イェスル・ジャセレフ、レン・ズーハン、ジャレン・ヌルダオレット、サルヘト・エラマザン、ソンハト・ジョマジャン
第75回ベルリン国際映画祭ジェネレーションKplus部門
国際審査員グランプリ(最高賞)受賞
中国の新疆西北部、カザフスタン国境まで5キロの草原地帯にある小さな村。カザフ族の少年、13歳のアルシンは、叔父イェルケンが教えてくれた植物採集の仕方を踏襲して観察し記録することで、一人静かに日々を過ごしている。その叔父は、3年前の大雪の日、行方不明になった。
ある日、アルシンは山で出会った少女の指に刺さった棘をピンセントで取ってあげる。その漢民族の少女メイユーが村の商店で店番をしていて、再会したアルシンを森に誘う。明るく自由な彼女の存在は、アルシンの静かな日常に変化をもたらす。二人は草原を歩き、植物を探し、言葉にならない緩やかで暖かな時間を過ごす。友情から、淡い初恋へと距離が縮まる中、メイユーは上海の全寮制の学校に行くことを母親が決めたという。アルシンは再び孤独と向き合うことになる。詩を語る馬、根を離れて歩き出す木、祖先の記憶を宿すかのような植物 ― 現実と幻想が静かに交錯する中で、アルシンは自分が何を探しているのかを少しずつ知り始める。それは失われた誰かではなく、時間そのものなのかもしれない・・・
アラビア文字のウィグル語かカザフ語の雑誌のページに採集した植物を貼り付けるアルシン。植物採集の手ほどきしてくれた叔父さんは、結婚を親に反対されるも恋人と結婚。一緒になる前、逢瀬の時には山に登って懐中電灯の灯りで合図を送ったのですが、叔父さんが行方不明になったあとも、叔母さんは懐中電灯を山に向けているというエピソードが素敵です。
カザフ族には長子を祖父母に託すという伝統があって、祖父母の子となっているアルシンの兄のことを、叔父さんと呼ぶように言われるのですが、行方不明になった叔父さんのことを思って、叔父さんとは呼べないアルシンが愛おしいです。
詩情溢れる作品で長編デビューをしたジン・イー監督。
中国西北部・新疆の小さな村で育ち、幼少期に触れた映画は国営テレビで放送される限ら れた作品のみだったそうです。 転機は高校時代、友人から渡されたハードディスク。 「そこにはチャン・イーモウ、チェン・カイコー、ウォン・カーウァイ、ジョニー・トーといった中国語圏の監督だけでなく、アッバス・キアロスタミ、テレンス・マリック、サタジット・レイの作品が入っていました。それまで映画は物語を語るものだと思っていたのですが、彼らの作品を観て、映画は時間や感覚、記憶の層そのものを表現できると知りました。世界の見え方が変わった瞬間でした。」
その後、北京電影学院へ進学。
自身の故郷の記憶と精神的風景をもとに制作した本作は、ベルリン国際映画祭ジェネレーションKplus部門でワールドプレミア上映され、グランプリを受賞。その後も東京国際映画祭、釜山国際映画祭など数々の映画祭に招待され国際的な注目を集めました。
詩情豊かな音楽を担当したのは、イランのペイマン・ヤズダニアン。
アッバス・キアロスタミ監督(『そして人生はつづく』『風が吹くまま』)、ジャファル・パナヒ監督(『クリムゾン・ゴールド』『オフサイド・ガールズ』)、アスガル・ファルハーディー監督(『別離』)、サイード・ルスタイ監督(『ジャスト6.5 闘いの証』)など数々のイラン映画だけでなく、中国ではロウ・イエ監督(『天安門、恋人たち』『二重生活』『パリ、ただよう花』)、ペマ・ツェテン監督(『羊飼いと風船』)、リー・ルイジュン監督(『僕たちの家(うち)に帰ろう』『小さき麦の花』)などでも音楽を担当しています。
『ボタニスト 植物を愛する少年』は、映像詩のように幻想的な面もありながら、少女が遠く離れた上海の学校に進学するという、中国辺境の優秀な子どもたちの現状や、兄が北京の職場で問題を起こして逃げ帰り、追手が来るのではと怯えて暮らしているという、あり得そうな現実も描き出しています。
スマホの地図で上海までの距離が、14792キロと検索したアルシン。飲まず食わずで休ます歩いても、1657時間20分。約69日。馬なら? バスと列車なら?と計算するアルシン。叔父さんが話してくれたという、「太陽と月が恋したけれど、絶対会うことはない」という物語が切ないです。(咲)
2025年/中国/カザフ語・中国語/96分/アスペクト比4:3/5.1ch/DCP & Blu-ray
日本語字幕翻訳 : 長夏実
配給:リアリーライクフィルムズ
公式サイト:https://www.reallylikefilms.com/botanist
★2026年5月15日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国縦断ロードショー
ザ・コラール 希望を紡ぐ歌 原題:The Choral
監督:ニコラス・ハイトナー
脚本:アラン・ベネット
出演:レイフ・ファインズ、ロジャー・アラム、マーク・アディ、アラン・アームストロング、ロバート・エムズ、サイモン・ラッセル・ビール
1916年、第一次世界大戦下のイギリス北部ヨークシャー。徴兵で多くの団員を失ったアマチュア合唱団。指揮者も出征し、存続の危機に瀕していた。若者や町の人々を迎え入れ、“歌うこと”を通して再び心を結び直そうとする。新たな指揮者に選ばれたのは、敵国ドイツで活動していた医師ヘンリー・ガスリー。無神論者の彼への町の人たちに根強く残る偏見と不信を背負いながら、彼は合唱団の再建に取り組む。退役軍人、売春婦、敬虔なボランティア、徴兵を控えた少年たちなどの寄せ集めの団員たちと向き合い、熱心な指導のもとで、失われたつながりと希望を取り戻していく。やがて彼らは、前代未聞の“ある挑戦”へと踏み出す。しかし、再び徴兵通知が届き始め、ようやく芽生えた平穏は、戦争の影に呑み込まれていく…
曲をどうするかの相談で、これまで歌っていた「マタイ受難曲」のバッハは“汚いドイツ人”。ベートーベンもドイツ人、ヘンデルも英国で亡くなったけどドイツ人。メンデルスゾーンもドイツ人でしかもユダヤ人。ブラームスもドイツ人… そうして決まったのがイギリスの音楽家エルガーのオラトリオ「ゲロンティアスの夢」。「煉獄の魂たち」の混声合唱を、戦地の塹壕を煉獄に例えて、兵士が銃を携えて塹壕に潜んだ姿で歌うという大胆な演出。イギリス国教会は、16世紀の宗教改革で煉獄の教義を明確に否定しているのですが、エルガーは煉獄を認めるカトリック教徒。
片腕を無くして帰還した兵士が、「塹壕はまさに地獄」と語ります。
当時のイギリスは、階級の違いが色濃かった時代。青年たちが語る「工場で死ぬか、戦争で死ぬか」の言葉が胸に刺さりました。
戦況が激しくなり、ついに「すべての成人男性徴兵」に法改正。召集令状や戦死報告を各家に配達していた少年たちも、成人年齢に達して徴兵検査を受けることになります。戦地に赴く前にと、好きな女性に告白して迫る青年、憧れの年増の売春婦のところに行く青年… 未来ある若者たちを、こんな思いにさせてしまう戦争が、世界からなくなりますように! (咲)
2024年/イギリス・アメリカ/英語/カラー/ビスタ/5.1ch/113分
日本語字幕:斎藤敦子
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/choral/
★2026年5月15日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
レッド・ソニア 反逆の剣(原題:Red Sonja)
監督:M・J・バセット
出演:マチルダ・ルッツ(ソニア)、ロバート・シーアン(ドレイガン)、ウォーリス・デイ(アニシア)
有史以前のハイボリア時代。蛮族の侵攻で村を焼かれ、故郷を失ったソニアは生き残りの仲間を探しながら生き延びていた。皇帝ドレイガンにとらえられ「ダムナティ」と呼ばれる一団に放り込まれる。彼らは観衆の楽しみのために、競技場で怪物や仲間同士で戦わされる戦士だった。逃げ出すこともできず、生き続けて復讐を果たすために奮闘するソニア。
ロバート・E・ハワードが1930年代に手掛けた英雄譚「コナン」シリーズから始まったマーベルの人気キャラが原作。アメコミの女性ヒーローの先駆けの『レッドソニア』は、1985年に映画化されています。当時人気でコナンも演じたアーノルド・シュワルツネッガーがブリジッド・ニールセンと競演。ポスターを見ると、戦士のシュワルツネッガーがヒロインより大きく扱われています。観ていませんが、金髪の印象しかないニールセンが赤い髪のソニア役。本作には皇帝に寵愛される奴隷あがりのアニシアが長身で金髪、ニールセンそっくりです。
ソニアを『リベンジ』のマチルダ・ルッツ、そちらでは自分を凌辱した男たちに復讐するストーリー、今回は村ごと焼き払われた一族の生き残り、復讐に燃えている役どころです。冷酷な皇帝ドレイガン(ちょっと複雑なキャラ)に捕まって、戦士としても強さを発揮。「観客が喜ぶから」とまるでビキニのような衣装しか渡されません。アクションものの女性ヒーローはあいかわらず辛酸をなめています。ポスターでは真ん中の位置で少しは進んだ防具を身に着け、ラストも旧作よりは、ずっと今風。(白)
2025年/アメリカ/カラー/110分
配給:クロックワークス
(C)2024 RED SONJA PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
https://klockworx.com/movies/redsonja/
★2026年5月8日(金)より全国ロードショー中
2026年05月05日
シンプル・アクシデント/偶然 原題: Un simple accident 英題:IT WAS JUST AN ACCIDENT ペルシア語題:yek tasadef sadeh
監督・脚本:ジャファル・パナヒ(『人生タクシー』『熊は、いない』
出演:ワヒド・モバシェリ、マルヤム・アフシャリ、エブラヒム・アジジ、ハディス・パクバテン、マジッド・パナヒ、モハマッド・アリ・エリヤ
第78回カンヌ国際映画祭パルム・ドール(最高賞)受賞
第98回アカデミー賞国際長編映画賞フランス代表選出
第83回ゴールデングローブ賞作品賞(ドラマ部門)・監督賞・脚本賞・非英語作品賞4部門ノミネート
世界三大映画祭すべての最高賞を制覇、史上4人目の快挙!
巨匠ジャファル・パナヒ監督最新作
かつて賃金を要求しただけで政治犯として投獄されたワヒド。ある夜、野良犬と衝突事故を起こした男がワヒドの工房に車の修理にやってくる。妊娠中の妻と幼い娘を連れたその男が義足を引きずる音に、自分に残忍な拷問をした看守エグバルだと確信する。シリア内戦で片脚を失った男で、囚人仲間の間で“義足”のあだ名で恐れられていた。
ワヒドは男をバイクで追いかけ家を確認し、翌朝、バンで行って彼を拉致し、土漠に穴を掘り埋めようとする。が、男のIDカードを見ると、復讐相手と名前が違う。男も人違いだと言う。自分が片脚を失ったのは、昨年の交通事故でのことだというのだ。実はワヒドは目隠しされていて看守の顔を見たことがなかった。一旦復讐を中断し、木箱に彼を押し込め、看守を知る収監されていた者たちを集める。シヴァというカメラマンの女性は、やはり収監されていたゴリという女性の結婚写真を撮影していて、ウェディングドレス姿のまま花婿のアリも一緒に土漠にいく。はたして男は復讐すべきエグバルなのか?
2010年から反政権を理由に禁錮6年の有罪判決を受けていたパナヒ監督。映画制作や海外渡航が20年間禁止されていたが、2023年に海外渡航禁止が解かれ、最初に着手した本作品で2025年にカンヌ国際映画祭に正式参加し、イラン映画としては28年ぶりに最高賞を受賞。『チャドルと生きる』(2000)でベネチア国際映画祭金獅子賞、『人生タクシー』(2015)でベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞、そして本作のパルム・ドール受賞により、世界三大映画祭すべての最⾼賞を受賞するという快挙も成し遂げ、世界中で大きな話題となった。これまで反骨精神あふれるパナヒ監督の作品は国代表に選出されることはなく、オスカーとは無縁だったが、本作はフランスとの共同製作により米アカデミー賞の国際長編映画賞部門で⾒事フランス代表となり、ショートリスト(最終候補15作品)にも選出された。
パナヒ監督自身の二度の投獄経験と同房で出会った人々の声から着想を得て出来上がった物語。そこかしこにパナヒ監督らしいユーモアも散りばめられていて、復讐劇なのに、軽やかな後味。
結婚写真を撮る女性カメラマンも花嫁も収監経験者という設定。二人が髪の毛を覆ってないのもマフサ・アミニの死以降の「女性、命、自由」運動による最近の実態。イランの女性たちこそが変革をもたらしたとパナヒ監督。
2025年12月、アメリカで本作のプロモーション活動中だったパナヒ監督は、明確な容疑が開示されないまま、イスラム革命裁判所から突如判決を受けました。内容は<反体制プロパガンダ活動を行った>とする欠席裁判での懲役1年に加え、2年間の渡航禁止、さらに政治・社会団体および派閥への参加禁止という厳しい措置。
そして、この度のアメリカとイスラエルの先制攻撃で戦争状態になったイラン。イランへの航空機が飛ばない中、トルコから車で国境を越えてイランに帰国したパナヒ監督。その勇気に感服しますが、また収監されることがありませんように! (咲)
2025年/フランス・イラン・ルクセンブルグ/103分/ペルシャ語
⽇本語字幕:⼤⻄公⼦
字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン
配給:セテラ・インターナショナル
協⼒:ユニフランス
公式サイト:https://simpleaccident.com/
★2026年5月8日(金)、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開
2026年05月04日
幕末ヒポクラテスたち
監督:緒方明
脚本:西岡琢也
原案:映画『ふんどし医者』(1960/稲垣浩監督)©1960 TOHO CO., LTD.
撮影:清久素延
出演:佐々木蔵之介(大倉太吉)、 藤原季節(相良新左)、藤野涼子(相良峰)、真木よう子(大倉フミ)、柄本明(弾蔵)、内藤剛志(荒川玄斎)、室井滋(ナレーション)
幕末。京のはずれにある村で、蘭方医の大倉太吉は貧しいものには無償で診療をしていた。子沢山の家計を支えるしっかり者の妻・フミは畑を作り、子どもたちもよく母を手伝った。村には漢方医の荒川玄斎もいたが、何にでも葛根湯を処方するのでヤブにもならないタケノコ医者と陰で呼ばれている。二人は互いの領分を守りつつも顔を合わせれば口喧嘩の日常だった。
太吉は村医者ながら新しい医学の学習に熱心で、解体新書を読み、罪人の腑分けにも立ち会う。新左は京の呉服屋の跡取り息子だが、ばくち好きの放蕩者だ。妹の峰が太吉の治療で快癒し、自身も喧嘩で大けがをして太吉の手術で命を救われる。心を入れ替えて弟子になりたいと申し出た。太吉はまじめに働く新左を見守り、長崎でさらに新しい医術を学べと送り出す。そして15年が経過した。
医学生たちの映画『ヒポクラテスたち』(80)の大森一樹監督の生前最後の企画の映画化。大森監督や京都にゆかりのあるスタッフが結集しました。稲垣浩監督の旧作を原案に、脚本の西岡琢也さんが大胆に脚色。時代をさかのぼり、『ヒポクラテスたち』の先祖たちの奮闘ぶりを描いた医療ドラマが完成しました。内藤剛志さん、柄本明さんは『ヒポクラテスたち』にも医学生として出演しているそうです。
人間臭い登場人物たちが生き生きと動いて、ことに好奇心旺盛な太吉が腑分けに見入ったり、すっかり医者らしくなって戻った新左に思わず嫉妬心を抱いたり、葛藤しながら所見を受け入れる表情が良かったです。激しく移り行く時代に生きる人々、医術の進歩、未来へ託す希望など、今の私たちにも十分理解できるものです。その時代に励んでくれた先人たちのおかげで医療の恩恵を受けることができます。感謝。(白)
2025年/日本/カラー/108分
配給:ギャガ
(C)2026「幕末ヒポクラテスたち」製作委員会
https://gaga.ne.jp/bakuhippo_movie/
★2026年5月8日(金)全国ロードショー


