2025年04月20日

女性ゲリラ、フアナの闘い -ボリビア独立秘史-  原題:Guerrillera de la Patria Grande, Juana Azurduy

josei gellira.jpg

監督:ホルヘ・サンヒネス
音楽:セルヒオ・プルデンシオ
出演:メルセデス・ピティ・カンポス、クリスティアン・メルカード、フェルナンド・アルセ

スペイン植民地支配から、祖国を独立に導いた女性戦士フアナ
彼女はなぜ独立の美酒に酔おうとしなかったのか・・・


1825年、司令官ランサの案内で、解放者シモン・ボリーバルと、ボリビアの初代大統領となるアントニオ・ホセ・デ・スクレが、独立の英雄フアナ・アスルドゥイの家を訪ねる
スペイン支配からようやく独立宣言をした記念式典に、フアナが頑なに出席を拒んでいたからだ。
ボリーバルとスクレに、フアナは自らが経験したことを語り始める。
16年に渡ったスペイン植民地主義者に対する激しい戦いの中で、フアナはゲリラ司令官だった夫を亡くし、4人の子どもも失っていた・・・

フアナ・アスルドゥイ(1780~1862)
チュキサカ(現在のボリビア、スクレ)出身の女性独立運動家。紙幣にもなっている。
父はバスク系白人の農園経営者、母は先住民。スペイン語だけでなく、先住民のケチュア語とアイマラ語も堪能だったといわれる。
1805年、マヌエル・アサンシオ・バディジャと結婚。ふたりは革命家仲間で、スペインからの独立のため、共に武器をとって戦った。夫マヌエルは、もっとも尊敬されたゲリラ司令官だった。夫や子どもを失う不幸に見舞われながらも、ボリビアの陸軍大佐とアルゼンチンの陸軍中佐に任瑛され、6000人に及ぶ軍隊を指揮したと言われている。
1825年にボリビアが独立を果たすと、故郷スクレに帰還。その後、フアナは存在を忘れられ、独立政府から与えられた軍人年金も取り消され、1862年、貧困の中、82歳で亡くなった。
1世紀を経て、独立の英雄として再評価され、遺体はスクレ市がフアナに敬意を表して建立した霊廟に移された。

スペインの植民地支配からの独立を求めて、果敢に闘った女性がいたことを知ることができました。100人を超える独立活動家たちは、闘いの中で多くが命を落とし、独立を果たした祖国を見ることができたのは、ほんのわずかだったそうです。
フアナは独立を見届けましたが、独立しても、まだ平穏な時代にはならないと感じていたようです。
フアナの闘いは、植民地支配からの独立だけでなく、女性として、母親としての権利獲得のためのものでした。サンヒネス監督は、「多くの女性たちに、とりわけ観てほしい」と語っています。 (咲)

2016年/カラー/103分
製作:ウカマウ集団
配給:シネマテーク・インディアス
配給協力:スタンス・カンパニー/ムヴィオラ 宣伝:スリーピン
公式サイト:https://www.jca.apc.org/gendai/ukamau/
★2025年4月26日(土)~ 5月23日(金)K's cinema


Ukamau2025.jpg
ウカマウ集団60年の全軌跡
 (『女性ゲリラ、フアナの闘い ボリビア独立秘史』『30年後 -ふたりのボリビア兵』-他 全14作品)
http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/514322506.html
posted by sakiko at 20:11| Comment(0) | ボリビア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください