2021年07月04日

東京クルド

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監督:日向史有
撮影:松村敏行/金沢裕司/鈴木克彦
編集:秦岳志
カラーグレーディング:織山臨太郎
サウンドデザイン:増子彰
MA:富永憲一
プロデューサー:牧哲雄/植山英美/本木敦子
製作:ドキュメンタリージャパン

クルド人のオザン(18歳)とラマザン(19歳)。二人は小学生の頃に、トルコ南東部の故郷から迫害を逃れて家族とともに日本にやってきた。難民申請をし続けているが認められず、入管の収容を一旦解除される「仮放免許可書」で日本に滞在している。非正規滞在者で、住民票もなく、 自由に移動することも、働くこともできない。いつ入管に収容されるかもしれないという不安も抱えている。
二人とも、小学校から日本で教育を受けてきたので、流ちょうな日本語を話す。
つらい解体の仕事で日銭を稼いでいるオザンの夢はタレントとしてテレビに出ること。外国人タレントの芸能事務所で、トルコ文化も紹介できることを売りに出演も決まるが、仮放免中であることを伝えると、入管の許可をもらうように言われ、結局、出演を果たせない。
トルコ語クルド語の通訳が夢のラマザンは英語力を磨きたいと語学学校への入学を打診するが、仮放免中ではどこも受け入れてくれない。ようやく、埼玉自動車大学校に入学が認められる。第二の夢だった自動車整備士を目指してスーツ姿で入学式に臨むラマザンを、両親が嬉しそうに見守る。だが、資格を取得しても、仮放免の身分で仕事に就くことができるかどうかはわからない。
この入学式を前にした春分の日、クルドの人たちが新年を祝う「ネウロズ祭」が公園で開かれた。父とともに集うラマザン。一方、家を出て一人暮らしを始めたオザンの姿はそこになかった・・・

日向史有監督が、難民に目を向けたのは、2015年。シリア紛争を背景に欧州で難民危機といわれる事態が起きた頃のこと。日本にもいる難民に話を聴きたいと取材を始めて出会ったのがクルドの人たち。彼らを追う中で、日本当局の難民に対するあまりに排他的な態度が見えてきます。
2019年3月、東京入管に長期収容されていたラマザンの叔父メメット(38歳)が極度の体調不良を訴え家族が救急車を呼びますが、入管は2度にわたり救急車を追い返してしまいます。メメットさんは30時間後にようやく病院に運ばれ、体調を取り戻しましたが、今年、収容中のスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが手遅れで亡くなられるという痛ましい事件がありました。入管法「改正」でさらに対応が悪化する動きもあります。

もう20年位前のことになりますが、与野にあった中東ミニ博物館の今は亡き大野正雄館長と共に、蕨のクルドの人たちのコミュニティを訪ねたことがあります。美味しいクルド料理を振舞ってくださり、食後には手をつないでクルドの音楽にあわせて踊りました。暖かくもてなしてくださったクルドの人たちでしたが、国に帰れば身に危険があると訴えても、難民申請が通らないと悲しそうに語っていたのが今でも思い出されます。
トルコが友好国であるが故に、日本政府はトルコでクルドの人たちに迫害がおよぶことを認めたくないというのが、難民として受け入れない大きな理由のようです。
私の知人のイラン人で、ビザなしで入国できた時代に来日し、滞在期限が切れた後も帰国せず不法滞在の身だった時に、日本女性と結婚。在留資格を得たもののその後離婚し、またまた不法滞在者に。入管に相談にいったら、「またいい子見つけて結婚すれば」と言われ、悔しいので会社を立ち上げ、事業主として在留資格を得た人がいます。
本作に出てくるクルドの人たちは、難民申請しているが故に、事情主にもなれないのです。

蕨の公園での新年を祝う「ネウロズ祭」にも、2度参加したことがあります。皆で手をつないで踊るクルドの人たち。この踊りのスタイルは、トルコ、イラン、シリア、イラクの4つの国にまたがって暮らしているクルドの人たちに共通するもの。国のない民族といわれるクルドの人たちですが、全世界に3000万~4000万人もいるのです。クルド人の映画監督バフマン・ゴバディが、「私たちは国が欲しいのではない。国境のない世界がほしい」と語っていたのを思い出します。そう、皆が安心安全に暮らせる世界。日本で暮らしたいという人たちを拒否せず受け入れてほしいものだと思います。(咲)


「クルド民族」の名前を知ったのは2001年頃。サミラ・マフマルバフ監督の『ブラックボード 背負う人』(製作2000年、日本公開2001年)や、バフマン・ゴバディ監督の『酔っぱらった馬の時間(製作2000年、日本公開2002年)、イェシム・ウスタオウル監督の『遥かなるクルディスタン』(製作1999年、日本公開2002年)などの映画が続けて公開されたのがきっかけでした。国を持たない「クルド民族」のこと、「クルディスタン」という4つの国にまたがる場所に暮らしていることなどをその時に知りました。バフマン・ゴバディ監督インタビューにも参加することができ、クルド民族の方への興味が広がりました。
「クルド難民」が日本に来るようになったのもその頃のことでした。この映画に出てきた二人が日本に来たのも、「2015年に小学生の低学年で日本に来た」というので、きっと2002年頃だったのでは。そして野本大監督の『バックドロップ クルディスタン』が公開されたのが2007年でした。この作品は、今回の『東京クルド』と同じく、トルコでのクルド人に対する迫害を逃れるため「難民」として日本にやってきたカザンキラン一家を追ったドキュメンタリーでした。難民申請をしても難民認定されず、強制送還の危険性が高まっていました。そして仮放免申請に向った父アーメット、長男ラマザンが突然強制送還されてしまいました。そんな彼らを追った作品でした。
今回の『東京クルド』を観て、その時となんら変わっていない日本政府の施政に日本人としてできることを考えさせられました。今年、入管法「改正」に対して、SNSで「反対」の声をあげた人の多さに、「改正」が見送られたとニュースで読みました。こういうことは可能なのか、他にも方法がないのか考えました。日本政府の方針は変わっていない状況にあるのなら、繰り返しこういう映画が作られ、日本人の「難民」に対する認識を新たにしていく必要があると、この作品を観て思いました。日本には「難民」がたくさんいるという状況を忘れてはならないのです(暁)。



2021年/日本/103分
配給:東風
協力:日本クルド文化協会
映像提供:#FREEUSHIKU
技術協力:104 co Ltd
クルド語翻訳:チョラク・ワッカス
助成:文化庁文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業) 独立行政法人日本芸術文化振興会
© 2021 DOCUMENTARY JAPAN INC.
公式サイト:https://tokyokurds.jp/
★2021年7月10日(土)より[東京]シアター・イメージフォーラム、[大阪]第七藝術劇場にて緊急公開、ほか全国順次
posted by sakiko at 18:51
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