2024年10月03日
エストニアの聖なるカンフーマスター(原題:NAHTAMATU VOITLUS/英題:THE INVISIBLE FIGHT)
監督・脚本:ライナル・サルネット『ノベンバー』
製作:キッサ・カトリン『ノベンバー』
撮影:マート・タニエル『ノベンバー』
振付:サーシャ・ペペリャノフ
音楽:日野浩志郎
出演:ウルセル・ティルク、エステル・クントゥ、カレル・ポガ、インドレク・サムル
ラジカセでメタルを鳴らしながら宙を舞う、革ジャン姿の男たちが国境を襲撃。警備隊は壊滅状態に陥ったが、青年ラファエルは奇跡的に生還を果たす。男たちはカンフーの達人で、身をもって体験したラファエルはすっかり魅了される。天啓と信じ、禁じられたカルチャーであるブラック・サバスの音楽やカンフーに熱狂。しかし、見様見真似だけでは、彼らのようにはなれない。悶々としているとき、たまたま通りかかった修道院で、カンフー技を繰り出す僧侶たちに出逢った。喜んだラファエルはすぐに弟子入りを志願する。
エストニアってどこ?と調べたらバルト三国の一国(ほかにラトビア、リトアニア)でバルト海の東岸、フィンランド湾の南にありました。エストニアは1991年ソビエトからの独立を回復。この映画の舞台は70年代なのでソ連占領下にあります。
国境警備兵だったラファエルの前に現れた3人の達人がいったいどういう人で、どこから現れたのか説明はなかったと思います。歴史をよく知るエストニアの人には自明の理なんでしょうか。エストニアの映画賞を席巻したヒット作品です。
ともかくも禁じられているメタルとカンフーに魅入られたラファエルは、師を求めて僧院へ。この後の修行シーン「監督、香港映画お好きでしょ」と言いたくなるもの。ラファエルは才能を開花させ兄弟子を越えていきます。コメディ仕立ての青年の自分探しの旅、と言ってしまうとつまらないですね。楽しく笑ってください。
エストニアは1500もの島々からなり面積は日本の約8分の1、人口は134万ほど。スカイプはエストニア発祥で、ユーロ圏の中でも屈指のIT大国だそうです。過疎地に住む人にも同じ行政サービスをと開発した結果、今オンラインでできないのは結婚と離婚だけとか。日本も見習ってほしいですね。知るほどに興味が増していく国です。監督の前作は人気作家の原作を映画化したダークファンタジーだったそうで、観てみたいです。(白)
1970年代のソ連占領下のエストニアが舞台。宗教を禁じていた時代なのに、正教会の修道士たちがカンフー!? ぶっ飛んだ映画に驚かされました。
ソ連時代がどんなだったか、「ソ連じゃ、イケてるものは禁止」「十字架をはずせ。ここはソ連」「政治のため、修道士の半分は投獄経験」といった、ちょっとした言葉から知ることができます。それでも、「神はいない」のポスターのそばで十字を切る老婦人や、地下でバンドにあわせ踊る人たち、そしてカンフーで鍛える修道士!
ところで、ラファエルが最初に登場したときにぶら下げていたのは、正教会の十字架ではありませんでした。さて、エストニアの人たちの宗教はどうなっているのだろうと、検索したら無宗教の人が5割とありました。続いて正教会25%、ルーテル教会20%。
ライナル・サルネット監督の前作『ノベンバー』で、キリスト教化されたのは、13世紀初頭のことで、それ以前はアニミズム的世界だったと知りました。(って、すっかり忘れていて、今一度『ノベンバー』の自分で書いた作品紹介を見て、思い出したのですが)ソ連からの独立後も無宗教の人が多いというのも、ソ連時代に宗教が禁じられていたからというより、そういう歴史的背景があるからのようです。
ラファエルには、実在のモデルがいるとのことで、弾圧されれば、人は逆に弾けるのだと! いや~面白かった!(咲)
2023年/エストニア・フィンランド・ラトビア・ギリシャ・日本ほか/エストニア語/115分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
日本語字幕:横井和子/字幕監修:小森宏美
配給:フラッグ・鈴正/宣伝:ポニーキャニオン
(C) Homeless Bob Production / White Picture / Neda Film / Helsinki Filmi
公式サイト:https://www.flag-pictures.co.jp/estonia-kungfumaster/
公式X:https://x.com/estoniakungfu #エストニアのカンフーのやつ
★2024年10月4日(金)新宿武蔵野館 他全国公開
2024年02月04日
Firebird ファイアバード 原題:Firebird
監督・脚色ペーテル・レバネ
共同脚色 : トム・プライヤー、セルゲイ・フェティソフ
原作 : セルゲイ・フェティソフ
出演 : トム・プライヤー、オレグ・ザゴロドニー、ダイアナ・ポザルスカヤ
1977年、ソ連占領下のエストニアの空軍基地。間もなく兵役を終える二等兵セルゲイ(トム・プライヤー)の夢はモスクワで役者になることだ。そんなある日、パイロット将校のロマン(オレグ・ザゴロドニー)が着任し、セルゲイは部屋への案内係を担う。ロマンのカメラで一緒に写真を撮り、ロマンの部屋で現像する。チャイコフスキーを聴きながら、写真や演劇など共通の趣味で話がはずみ、「仕事を命じたことにするから泊まっていけ」と言われる。やがて二人の友情は愛へと変わっていく。当時のソ連では同性愛はタブーで、発覚すれば罪に問われる。一方、セルゲイの同僚で友人の女性将校ルイーザ(ダイアナ・ポザルスカヤ)も、秘書としてロマンに仕えるうちに彼に思いを寄せるようになっていた。そんな折、セルゲイとロマンの関係を怪しむクズネツォフ大佐は、二人の身辺調査を始める・・・
※ファイアバード 火・熱・太陽の象徴である“火の鳥(ファイアバード)”には、永遠の命と大きな愛の力が宿っている。しかしその圧倒的な強さ ゆえ、触れると火傷をすることもある。
同性愛が厳罰に処されるソ連、しかも、さらに規律の厳しい軍の中で、自分の気持ちに忠実であろうとする男たちの思いが、切々と伝わる物語。実は、役者になる夢を叶えたセルゲイ・フェティソフが、自ら綴った回想録「ロマンについての物語」がペーテル・レバネ監督の手にわたったことから、この映画は出来上がったとのこと。初長編映画の題材を探していたレバネ監督は、読んですぐに本作の映画化を決め、2014年には、俳優のトム・プライヤーと共にセルゲイ・フェティソフにインタビューを重ね、3人の共作で脚本を完成。ところが、2017年、セルゲイが65歳の若さで急逝。セルゲイへの追悼の思いを胸に、レバネ監督とトム・プライヤーが執念で完成させた映画。
このところ同性愛を描いた作品が多くて、またか・・・と思ったのですが、驚くべき実話がベースになっていて、胸に迫りました。セルゲイの同僚であり友人でもある女性ルイーザを巻き込んでの、あの時代だったからこその微妙な三角関係が切ないです。
トム・プライヤーもオレグ・ザゴロドニーも美男ですが、レバネ監督も負けず劣らずの美男! 公開にあわせて3人が来日とのこと。楽しみです。(咲)
『Firebird ファイアバード』初日舞台挨拶
Facebook アルバム 『Firebird ファイアバード』初日舞台挨拶
2月9日(金)@新宿ピカデリー
ペーテル・レバネ監督、主演トム・プライヤー&オレグ・ザゴロドニー
緊急来日舞台挨拶のスケジュール
詳細は各劇場公式サイトでご確認ください。
新宿ピカデリー
横浜ジャック&ベティ
名古屋ミッドランドスクエアシネマ
なんばパークスシネマ
MOVIX京都
2021年/イギリス・エストニア/英語・ロシア語/107分/5.1ch/DCP & Blu-ray
日本語字幕 : 大沢晴美
配給:リアリーライクフィルムズ
公式サイト:https://www.reallylikefilms.com/firebird
★2024年2月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国にて公開
2022年10月25日
ノベンバー 原題:November
監督・脚本:ライナー・サルネ
原作:アンドルス・キビラーク「レヘパップ・エフク・ノベンバー(Rehepapp ehk November)」
撮影:マート・タニエル
出演:レア・レスト、ヨルゲン・リイイク、ジェッテ・ルーナ・ヘルマーニス、アルヴォ・ククマギ、ディーター・ラーザー(『ムカデ人間』)
エストニアの寒村。そこには、精霊、人狼、疫病神が徘徊している。貧しい村人たちは「使い魔クラット(★注)」に隣人から物を盗ませながら、寒い冬に備えている。
11月1日の「諸聖人の日(万霊節)」は、死者が蘇る(死者の日)。村人たちは森の中の墓に亡くなった家族を迎えに行く。一緒に家に帰り食事をし、サウナに入る。自分が遺した宝を確認する死者もいる、農夫の娘リーナも亡くなった母とのひと時を過ごす。
リーナは村の青年ハンスに思いを寄せているが、強欲な父親は豚のような農夫エンデルに、リーナとの結婚を約束してしまう。一方、ハンスは領主のドイツ人男爵の娘に恋している。それを知ったリーナが、村の老いた魔女に相談すると、「その女を殺すしかない」と、矢を渡される・・・
★注:使い魔クラット
古いエストニアの神話に登場する「クラット」は、悪魔と契約を交わした生意気な精霊。主人のために仕事をこなすクラットは、家財道具の釜や斧、時には雪や頭蓋骨などで作られる。クラットは農家の助け手として、家畜や食料を盗んだり、スケープゴード(家財道具の盗難を彼らになすりつける)として扱われたりする。十分な仕事が与えられないと気性が荒くなり「仕事をくれ!」と言って主人の顔に唾を吐く。
モノクロームで描かれる妖気漂う不思議な世界。
ハンスは、美しいリーナから思いを寄せられているのに、彼女には目もくれず、男爵の娘に恋い焦がれて、とんでもない行動にでます。リーナはリーナで、自分を美しく見せようと、老婆が男爵の家から盗んできたドレスを手に入れようとします。リーナとハンスが両想いになれば、めでたしめでたしなのに・・・
領主の男爵はドイツ人。「レンピトゥ王の頃に、ドイツ人は不当にエストニアを支配し始めた」という台詞がありました。大嫌いだったソ連から独立したこと位しか、エストニアについて知りませんでしたが、エストニア人は、古くから色々な勢力に支配されてきた歴史があることを知りました。
そして、キリスト教化されたのは、13世紀初頭のことで、それ以前は、本作で描かれているようなアニミズム的世界だったようです。
監督は、“すべてのものには霊が宿る”というアニミズムの思想をもとに、異教の民話とヨーロッパのキリスト教神話を組み合わせて、本作を仕上げています。
魔女、幽霊、得体が知れない老婆などの多くは役者経験のない村人が演じたそうですが、その存在だけで不気味さを醸し出しています。なんとも凄い映画です。 (咲)
2017年/ポーランド・オランダ・エストニア/B&W/115分/5.1ch/16:9/DCP
日本語字幕:植田歩
配給:クレプスキュールフィルム
公式サイト:http://november.crepuscule-films.com/
★2022年10月29日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開