2023年08月06日
「セルゲイ・ロズニツァ監督<戦争と正義>2選」『破壊の自然史』&『キエフ裁判』
ウクライナ出⾝のセルゲイ・ロズニツァ監督が、2022年に発表した『破壊の⾃然史』と『キエフ裁判』の最新2作品が、<戦争と正義>2選として、同時公開されます。
セルゲイ・ロズニツァ監督はフィクションとドキュメンタリーの両⽅を⼿掛けることで知られており、これまでに4作のフィクションと27作のドキュメンタリーを完成させ世界中の映画祭で上映されてきました。
⽇本では2020年に『国葬』(2019)、『粛清裁判』(2018)、『アウステ ルリッツ』(2016)の3作品が「群集3選」と題した企画で初めて劇場公開され、未知なる監督の⽇本初登場として注⽬を集めました。
さらに2022年には現在のロシア=ウクライナ戦争を予⾒していたと⼤きな話題を呼んだ『ドンバス』(2018)がロシアによるウクライナ侵攻直後に緊急公開され、その後『バビ・ヤール』(2021)、『ミスター・ランズベルギス』(2021)、『新⽣ロシア 1991』(2015)と2022年に⽴て続けに4作品が劇場公開されました。
この度、2023年に公開される2作は、過去の記録映像を全編に使⽤して歴史を再構成する、 ロズニツァが得意とする“アーカイヴァル・ドキュメンタリー”です。いずれの作品も第⼆次世界⼤戦をテーマに、戦争の終結と戦争責任を問うために実⾏された⼆つの“正義”に着眼したものです。
ウクライナで育ち、ロシアで映画教育を受け、現在の戦争に対しても世界的視野を持つロズニツァ監督 が戦争における普遍的倫理を問います。
破壊の自然史 原題:The Natural History of Destruction
あらゆる人々を焼け焦がした大量破壊 第二次世界大戦末期、連合軍はイギリス空爆の報復として敵国ナチ・ ドイツへ「絨毯爆撃」を行った。連合軍の「戦略爆撃調査報告書」に よるとイギリス空軍だけで40万の爆撃機がドイツの131都市に100 万トンの爆弾を投下し、350 万軒の住居が破壊され、60 万人近くの 一般市民が犠牲となったとされる。技術革新と生産力の向上によって 増強された軍事力で罪のない一般市民を襲った人類史上最大規模の 大量破壊を描く。人間の想像を遥かに超えた圧倒的な破壊を前に想起 する⼼をへし折られた当時のドイツ⽂学者たちと、ナチ・ドイツの犯罪と敗戦国としての贖罪意 識によってこの空襲の罪と責任について戦後⻑い間公の場で議論することが出来なかった社会 について考察するドイツ⼈作家W.G.ゼーバルトの「空襲と⽂学」へのアンサー的作品。
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第75回カンヌ国際映画祭特別上映作品
2022年/ドイツ=オランダ=リトアニア製作/英語/105分/1.33 カラー・モノクロ/5.1ch
日本語字幕:渋谷哲也
キエフ裁判 原題:The Kiev Trial
戦禍の蛮行を裁く、戦勝国による軍事裁判 1946年1月、キエフ。ナチ関係者15名が人道に対する罪で裁判に かけられる。この「キエフ裁判」は、第二次世界大戦の独ソ戦で、 ナチ・ドイツとその協力者によるユダヤ人虐殺など戦争犯罪の首謀 者を断罪した国際軍事裁判である。身代わりを申し出る母から無理 やり幼子を奪いその場で射殺し、生きたまま子供たちの血を抜き焼 き殺すという数々の残虐行為が明るみになる。被告人弁論ではあり がちな自己弁明に終始する者、仲間に罪を擦りつける者、やらなけ れば自らも殺されたと同情を得ようとする者と、その姿にハンナ・アーレントの<凡庸な悪> が露わになる。アウシュヴィッツやバビ・ヤールの生存者による未公開の証言も含み、「ニュル ンベルク裁判」と「東京裁判」に並ぶ戦後最も重要な軍事裁判が現代に蘇る。
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第79回ベネチア国際映画祭正式出品
2022年/オランダ=ウクライナ製作/106分/モノクロ 1.33/5.1ch/ロシア語、ウクライナ語、ドイツ語
日本語字幕 守屋愛
配給:サニーフィルム
★2023年8月12日(土)よりシアター・イメージフォーラム、第七藝術劇場、京都シネマ 他全国順次公開
2023年06月29日
キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(原題:Carol of the Bells)
監督:オレシア・モルグレッツ=イサイェンコ
脚本:クセニア・ザスタフスカ
撮影:エフゲニー・キレイ
音楽:ホセイン・ミルザゴリ
美術:ブラドレン・オドゥデンコ
プロデューサー:アーテム・コリウバイエフ、タラス・ボサック、マクシム・レスチャンカ
キャスト:
ソフィア・ミコライウナ(ウクライナ人母親) ヤナ・コロリョーヴァ
ミハイロ・ミコライウナ(ウクライナ人父親) アンドリー・モストレーンコ
ヤロスラワ・ミコライウナ(ウクライナ人子ども) ポリナ・グロモヴァ
ワンダ・カリノフスカ(ポーランド人母親) ヨアンナ・オポズダ
ヴァツワフ・カリノフスカ(ポーランド人父親) ミロスワフ・ハニシェフスキ
テレサ・カリノフスカ(ポーランド人子ども) フルィスティーナ・オレヒヴナ・ウシーツカ
ベルタ・ハーシュコウィッツ(ユダヤ人母親) アラ・ビニェイエバ
イサク・ハーシュコウィッツ(ユダヤ人父親) トマシュ・ソブチャク
ディナ・ハーシュコウィッツ(ユダヤ人子ども) エウゲニア・ソロドウニク
1939年1月、ポーランドのスタニスワヴフにあるユダヤ人が住む母屋に、店子としてウクライナ人とポーランド人の家族が引越ししてくる。ウクライナ人の娘ヤロスラワは、音楽家の両親の影響で歌が得意。特にウクライナの民謡「シェドリック」=「キャロル・オブ・ザ・ベル」は、歌うと幸せが訪れると信じ、大事な場面でその歌を披露している。
第2次大戦開戦後、スタニスワヴフはソ連の侵攻、ナチス・ドイツによる侵攻が続き、再びソ連によって占領される。ポーランド人とユダヤ人の両親は迫害によって連れ出されてしまった。とっさの機転によって子どもたちだけは、難を逃れることができた。ウクライナ人の母であるソフィアは、ユダヤ人の娘ディナ、ポーランド人の娘テレサ、自分の娘ヤロスラワの3人を必死に守り通していく。
戦火に揺れ続けたポーランドのスタニスワヴフ(現ウクライナ、イヴァーノ=フランキーウシク)での3家族の運命を描いています。今の世情と重なってしまい、次々と訪れる不幸に胸が痛みました。この悲劇の舞台となる家ではそれぞれルーツの違う3家族が住んでいますが、表面上と本音では違います。けれども、抗いようもなく連行されるとき、親たちはわが子だけでも、と残るソフィアに目で訴えて託していきます。心情いかばかり。
頼みの夫も連れ去られ、みんなの命の重さがソフィア一人の肩にずっしりとかかってきます。食料が不足する中苦労して子供たちを育てねばならず、投げ出すことはできません。後から住人となるドイツの軍人家族を「親を殺したドイツ人」と、敵視する子どもたち。国家間の争いと個人は別、ましてや子どもには責任はないとかばうソフィア。誰もが言えることではありません。
自分の身に起こったら、と想像するだけでも辛いです。が、今も戦争が起こってしまったら国の東西を問わず、文化どころか人の命も尊厳も踏みにじられて行きます。映画のように。他人事ではないと気づかなくちゃ。
みんなが一堂に会したのは、最初で最後のクリスマスの食事会。子どもたちが歌うシーンが、後の悲劇を予感させて悲しくも美しいです。(白)
物語の舞台が、当時ポーランドのスタニスワヴフ、今はウクライナのイヴァーノ=フランキーウシクと掲げられ、地続きの町が時の権力を持った国に翻弄されてきたことを、まず憂いました。
ウクライナ人のお父さんミハイロは、ウクライナ民族主義者組織(OUN)の一員で、独立のために戦っていた時にけがをして足を引きずっています。ソ連に支配されていたキーウに住めなくなり引っ越してきたのですが、ドイツが侵攻してきて、ドイツ人将校の前で「リリー・マルレーン」を弾き語りする姿が悲しげです。
ソ連が勝ち、ソ連兵の取り調べに、ソフィアが「ウクライナ民謡を教えていた」と答えると「そんなものがあると思うか」と恫喝されます。
本作の中で何度も歌われる「シェドリック」=「キャロル・オブ・ザ・ベル」は、「ウクライナ人、ウクライナ語、ウクライナ文化が存在している」という何百年前から伝わる民謡。
2022年2月のロシア侵攻直後に、ロシア風の呼び方のキエフでなくウクライナ風にキーウと表記してほしいとの願いにも、ウクライナ独自の言語や文化を大切にしたい思いを切に感じたものです。
一方で、本作では、ウクライナ、ポーランド、ユダヤの少女たちが、一緒に暮らし、お互いの宗教や文化を分かち合う姿も描かれていて、それぞれの文化を敬いながら共存することの大切さも教えてくれます。
この哀しくも美しい物語を紡いだのは、ウクライナの女性監督オレシャ・モルグネツ=イサイェンコさん。1984年生まれ。本作が長編劇映画2作目。
脚本家のクセニア・ザスタフスカさんのお祖母さんが第2次大戦中に体験したことが数多く盛り込まれているとのこと。実際、お祖母さんは、ポーランド人とユダヤ人の家族をドイツ軍から守っていたそうです。ユダヤ人を匿っただけで罪になった時代。
ソフィアが、ユダヤ人だけでなく、弾圧した側のナチス・ドイツの子どもも守ろうとした姿を、戦争をやめない権力者たちに観てほしいものです。(咲)
2021/ウクライナ・ポーランド/ウクライナ語/シネマスコープ/122分
配給: 彩プロ 後援:ウクライナ大使館
©︎MINISTRY OF CULTURE AND INFORMATION POLICY OF UKRAINE, 2020 – STEWOPOL SP.Z.O.O., 2020
https://carolofthebells.ayapro.ne.jp/
★2023年7月7日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国公開
2023年06月11日
世界が引き裂かれる時 KLONDIKE 原題:KLONDIKE
監督・脚本:マリナ・エル・ゴルバチ
撮影:スヴャトスラフ・ブラコフスキー
音楽:ズヴィアド・ムゲブリー
出演:オクサナ・チャルカシナ、セルゲイ・シャドリン、オレグ・シチェルビナ
ロシア国境近く、ウクライナ東部のドネツク州グラボベ村。
2014年7月17日。明け方、妊娠中のイルカと夫トリクの住む家が、親ロシア派分離主義勢力に誤射され、壁に大きな穴があいてしまう。二人はすぐに壁の穴を塞ごうとするが、目の前で航空機撃墜事故が起こる。不穏な状況に、トリクは身重のイルカに安全なところに逃げようというが、イルカは壁の穴をなんとか塞ぎたい。イルカの弟ヤリクが、町から車でやってきて、冬服とパスポートを持って車に乗るよう促す。ヤリクは反ロシア派だ。トリクの部屋で親ロシア派の制服を見つけ、不信感を爆発させる。そんな中、予定日迄まだ2か月あるのにイルカは産気づく・・・
ロシア側の武装勢力に占領された村で、夫トリクは決して親ロシア派ではないけれど、自身と家族を守るために仕方なく親ロシア派を装います。弟ヤリクは、そんな日和見主義も許せず、わざとウクライナの音楽を大きな音でかけます。そんな対立の中で、ただただ我が家と生まれてくる子を必死になって守ろうとするイルカ。それは、主義主張など関係なく、人間の本能からの行動でしょう。
本作を紡いだのは、ウクライナ出身の女性、マリナ・エル・ゴルバチ監督。
2014年7月のマレーシア航空 17 便襲撃に端を発するドンパス戦争は、ロシアのプロパガンダによりウクライナ国内の紛争だと報道されてきました。2016 年、ゴルバチ監督は、それがロシアによる侵略行為であることを忘れ去られないようにとの思いで脚本を書き始めました。撮影を開始したのは 2020 年の夏のことです。
2022 年 2 月 24 日にロシアがウクライナに侵攻し、いまだに戦争状態が続いていますが、今のこの戦争は2022年に始まったものでなく、2014年3月のクリミア不法併合、そして2014年7月のドンパスでの出来事から続いていたことを思い起こさせてくれる映画です。
ゴルバチ監督には、夫であるトルコ人のメフメット・バハドゥル・エル監督との共同監督作品『黒犬、吠える』(2009年/トルコ)が、アジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映された折に取材しています。

マリナ・ゴルバチ監督(左)、メフメット・バハドゥル・エル監督(右)
二人の共同監督作品『ラブ・ミー』(2013年/ウクライナ・トルコ)は、2014年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で上映され、2022年の映画祭でもチャリティ上映「ウクライナに寄せて」として再上映されています。
トルコとウクライナが出会う『ラブ・ミー』(咲) (2014年07月23日)
トルコの男性とウクライナの女性の一夜を描いたコメディタッチの物語で、思えば平和なウクライナを舞台にした映画でした。 (咲)
原題『KLONDIKE』に込めた思い
ドンバスは、石炭採掘や鉄鋼など豊かな工業地帯。ロシアからヨーロッパへのガスが通る戦略的な場所であると同時に、多くの旧ソ連の指導者の出身地。そのドンバスと、19 世紀にゴールドラッシュが発生したカナダのクロンダイク川を重ね合わせ、土地を力尽くで奪い、手に入れるというロシアの行為は、時代に逆行する、古い時代に後退する行為だと言う思いで付けたタイトル。
2022/ウクライナ・トルコ/ウクライナ語・ロシア語・チェチェン語・オランダ語/100分/G/カラー/DCP/ワイドスクリーン/5.1ch
日本語字幕:岩辺いずみ
配給:アンプラグド
公式サイト:https://unpfilm.com/sekaiga
★2023年6 月 17 日(土)より シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
2022年09月17日
バビ・ヤール 原題 Babi Yar. Context
監督・脚本 セルゲイ・ロズニツァ(『ドンバス』『国葬』『粛清裁判』『アウステルリッツ』)
編集 セルゲイ・ロズニツァ、ダニエリュス・コカナウスキス, トマシュ・ヴォルスキ
音響 ウラジミール・ゴロヴニツキー
イメージ・レストレーション ジョナス・ザゴルスカス プロデューサー セルゲイ・ロズニツァ、マリア・シュストヴァ
アソシエイト・プロデューサー イリヤ・フルジャノフスキー(『DAU.ナターシャ』、『DAU.後退』)、マックス・ヤコヴァ
プロダクション Atoms & Void, BABYN YAR HOLOCAUST MEMORIAL CENTER
戦後約50年間、隠蔽されていたウクライナでのユダヤ人虐殺
1941年6月、ナチス・ドイツ軍は独ソ不可侵条約を破棄してソ連に侵攻。占領下のウクライナ各地に傀儡政権を作りながら支配地域を拡大し、9月19日にはキエフを占領。9月24日、混乱するキエフで大爆発が起きた。これはソ連秘密警察が撤退前に仕掛けた爆弾を爆破させたことによるものであったが、疑いの目はユダヤ人に向けられた。翌日、当局はキエフに住む全ユダヤ人の出頭を命じた。出頭したキエフのユダヤ人はナチス・ドイツとそれを支援したウクライナ補助警察により「バビ・ヤール渓谷」で射殺された。被害者は33,771名。女性も子どもも老人もユダヤ人なら身ぐるみ剥がされ殺された。
本作は、ドイツ軍のウクライナ侵略から、この事件の発生、そしてその後の歴史的処理までを、ロシア、ドイツ、ウクライナに所蔵されていた様々なアーカイブ映像を紡いで描いたもの。
1964年にベラルーシで生まれ、ウクライナのキーウ(旧キエフ)で育ったセルゲイ・ロズニツァ監督。キエフ郊外の家から週に数回通っていたプールとの間にある森に旧ユダヤ人墓地の跡地があり、モニュメント建設計画があるのを知り、両親にそこで何があったか尋ねたものの明確な答えがかえってこなかったとのこと。
ソ連は戦後、バビ・ヤール渓谷を「ナチスによってソ連人が殺された場所」とし、ユダヤ人が標的であったことを伏せていたのです。ソ連では諸民族の団結が優先され、特定の民族の犠牲について触れづらい風潮がありました。ソ連が崩壊した1991年ごろになり、バビ・ヤールの歴史を継承する動きが盛んになり、2020年にはバビ・ヤールに博物館を建設することが発表されています。
ただ、ホロコーストやユダヤ人虐殺というと、ナチスドイツが行ったものというイメージですが、本作からは、ウクライナの普通の人たちも加担していたことが見てとれます。
ヨーロッパ各地で、ユダヤ人を匿った美談が映画で描かれている一方で、地元の人たちがナチス・ドイツに協力したことが描かれた映画もあります。
『ホロコーストの罪人』(エイリーク・スヴェンソン監督/2020年/ノルウェー)は、1942年10月26日に、ノルウェーに住むユダヤ人全員がオスロ港へと強制連行されたことを描いた映画です。事件から70年経った2012年1月、当時のノルウェー・ストルテンベルグ首相が、ホロコーストにノルウェー警察や市民らが関与していたことを認め、政府として初めて公式に謝罪の表明を行っています。
フランスでは、1995年にシラク大統領が、ナチス占領下のヴィシー政権がユダヤ人の強制連行に加担していたことを国家として認めて謝罪しています。
人間の本性で、そのときに置かれた立場で、どうすれば自分は生き延びれるかを判断してしまうのだと思います。そんな悲しい性も、ずっしり感じさせられました。(咲)
第74回カンヌ国際映画祭ルイユ・ドール審査員特別賞受賞
2021年/オランダ=ウクライナ/ウクライナ語、ロシア語、ドイツ語、ポーランド語/ドキュメンタリー/121分/4:3/カラー・モノクロ
日本語字幕:守屋愛
配給 サニーフィルム
公式サイト:https://www.sunny-film.com/babiyar
★2022年9月24日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
2022年08月28日
オルガの翼 原題:OLGA
監督:エリ・グラップ
出演:アナスタシア・ブジャシキナ/サブリナ・ルフツォワ
2013年、ユーロマイダン革命直前のキーウ。15歳のオルガは体操欧州選手権での入賞を目指して、友人のサーシャと共にトレーニングに励む体操選手。ある日、トレーニング後、母の運転する車で家に向かう途中、突然激しく追突される。ジャーナリストの母イローナはヤヌコーヴィチ政権の汚職を追及していて、何者かに狙われたらしい。身の危険を案じた母の勧めで、オルガは亡き父の故郷スイスで、現地のナショナル・チームで欧州選手権を目指すことにする。フランス語とドイツ語が基本のチーム内で、オルガはうまくコミュニケーションが取れない。
ウクライナではユーロマイダン革命が激しさを増していき、オルガはタブレットやスマホで、抗議する群衆に警察の特殊部隊が武力行使に出ている映像を目にする。オンラインで話す友人サーシャの背後から「マイダンに栄光あれ」「ウクライナに自由を!」と叫ぶ群衆の声が聞こえてくる。革命に一緒に加わりたかったとオルガ。
欧州選手権が近づき、オルガはウクライナかスイス、いずれかの市民権を選ぶ決断を迫られる。結局、スイスのナショナルチームとして選手権に参加する。オルガはウクライナチームのサーシャと再会する。一方、ロシア選手団に移籍したかつてのコーチであるワシーリーとは、気まずい再会だった。
オルガは、好成績でメダルを獲得し、さらにオリンピックを目指すが、故郷の状況はさらに悪化。オンラインで話した母の顔は傷だらけ。母の元に帰るというが駄目だといわれる。はたしてオルガの下した決断は・・・
本作で描かれている背景は、2013年11月に首都キーウにある独立広場(ユーロマイダン)に市民が集まり出したことをきっかけに、2014年2月に親ロシア派のヤヌコーヴィチ大統領を追放した【ユーロマイダン革命】。
ウクライナのバイオリン奏者からユーロマイダン革命の話を聞いたグラップ監督が、深く心を動かされ、製作に着手。2016年の脚本執筆から5年をかけて完成させました。本作では、実際にデモ参加者がスマホで撮影した映像が使われています。
ウクライナの親EU運動は政権交代を実現させますが、そのことが2014年のロシアによるクリミア併合、そして、2022年3月のウクライナ本格侵攻へと繋がったことに、今さらながら気づかされます。
私にとって、広場を埋め尽くした【ユーロマイダン革命】が印象に残ったのは、ウクライナで広場をマイダンと呼ぶのだと知ったからでした。
ペルシア語で広場は「メイダーン」なのですが、もともとはアラビア語のマイダーンから来ていて、ウクライナや南ロシアでも、アラビア語起源でマイダーンというそうなのです。
アラブの春で、エジプトのタハリール広場(Maydan at Tahrir)を埋め尽くした民衆のことも思い出しました。
オルガが故国のために自分も広場に駆けつけたかったという思いが胸にしみました。ウクライナに早く平和が訪れますように・・・ (咲)
◆ユーロスペースにて 公開記念 豪華トークイベント開催
9月3日(土) エリ・グラップ監督(スイスよりオンラインで参加)
9月4日(日) 矢田部吉彦さん(前東京国際映画祭ディレクター)
9月10日(土)沼野恭子さん(東京外国語大学教授・ロシア文学)
9月11日(日)梶山祐治さん(本作字幕監修、ロシア・中央アジア映画研究者)
9月18日(日)廣瀬陽子さん(慶應義塾大学 総合政策学部 教授)
2021年/フランス=スイス=ウクライナ/ウクライナ語・ロシア語・仏語・独語・伊語・英語/カラー/90分
配給:パンドラ
公式サイトhttp://www.pan-dora.co.jp/olganotsubasa/
★2022年9月3日(土)渋谷ユーロスペースほか全国順次公開