2022年11月12日
ミセス・ハリス、パリへ行く(原題:Mrs Harris Goes to Paris)
監督:アンソニー・ファビアン
原作:ポール・ギャリコ
脚本:キャロル・カートライト、アンソニー・ファビアン、キース・トンプソン、オリビア・ヘトリード
撮影:フェリックス・ビーデマン
音楽:ラエル・ジョーンズ
出演:レスリー・マンヴィル、イザベル・ユペール、ランベール・ウィルソン、アルバ・バチスタ
第二次世界大戦後のロンドン。夫を亡くした家政婦ハリスは働き先でクリスチャン ディオールのドレスに出会う。あまりの美しさに完全に魅せられたハリスは、ディオールのドレスを手に入れるためにパリへ行くことを決意する。なんとか集めたお金でパリへと旅立った彼女が向かった先は、ディオールの本店。威圧的なマネージャーのコルベールから追い出されそうになるが、ハリスの夢をあきらめない姿勢は会計士のアンドレやモデルのナターシャ、シャサーニュ侯爵ら出会った人々を魅了していく。果たして彼女はクリスチャン ディオールのドレスを手に入れて、夢を叶えることができるのだろうか......。
掃除婦として堅実に生きてきたミセス・ハリスがある日、突然、ディオールのドレスの魅力に憑りつかれてしまう。「気持ちはわかるけれど、そのドレスを買って、どこに来て行くの?」と思いつつも、彼女の真っすぐな行動力に引き込まれてしまいます。何とかお金を貯めて、いざフランスへ。夜遅くに空港に着き、待合所で一晩を過ごすのですが、ホームレスたちにワインを勧められ、つい…。「ドレスのために貯めたお金を盗まれてしまうのでは」とドキドキしていると、実はとっても親切な人たちでした。疑ってしまった自分が恥ずかしくなります。
その先も一波乱も二波乱もあるのですが、彼女の前向きなパワーがそれを難なく乗り越えさせてしまいます。フランスではちょっとロマンスかしら?なんて展開もあったりして、人生っていくつになっても楽しめるものだと感じさせてくれる作品です。
主人公ミセス・ハリスを演じるのは、『ファントム・スレッド』(2017)でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたイギリスの名女優、レスリー・マンヴィル。ミセス・ハリスにきつく当たるディオールのマネージャー役にイザベル・ユペール。2人の熟女対決はさすがの貫禄です。
そして、作品を彩るディオールのドレスの数々も見どころ。ドレスのデザインは、『クルエラ』をはじめ3度のアカデミー賞に輝いたジェニー・ビーヴァンが手がけています。クリスチャン・ディオールが手がけたデザインを緻密に再現した、メゾンでのファッションショーのシーンは必見です。(堀)
有能な家政婦さんのミセス・ハリスが明るく可愛らしくて、きっとどなたもお気に入りになるはず。とても堅実に暮らしていながら、綺麗なものに魅せられて大枚はたいてしまうその夢見るところも魅力です。原作の次の巻では、ニューヨークに行き、そのまた次は議員になり、と大活躍。それでも自分の身丈に合わないと気づくと、やめる潔さも持ち合わせています。この時代の貨幣価値はどのくらい今と違うのか、あのドレスはいったいおいくらなの?と気になりました。当時は固定相場制で1ポンドは1000円だったようです。450ポンドは450000円!!それでも現代なら既製品のワンピースくらい。贅を尽くしたオートクチュールには手が届きません。
オートクチュールも知らずに行ったミセス・ハリスですが、同じように働く人たちから伯爵まで大勢の応援を得ることができました。原作では為替や関税の問題も起きてきます。映画を観賞後は原作もお楽しみください。(白)
2022年製作/115分/G/ハンガリー・イギリス・カナダ・フランス・アメリカ・ベルギー合作
配給:パルコ
(C)2022 Universal Studios
公式サイト:https://www.universalpictures.jp/micro/mrsharris
★2022年2022年11月18日(金) TOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー
2022年01月27日
ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス(原題:Post Mortem)
監督・脚本:ピーター・ベルゲンディ
撮影:アンドラーシュ・ナギー
出演:ヴィクトル・クレム、 フルジナ・ハイス、 ガブリエラ・ハモリ、 ユディット・シェル
トーマスは第一次世界大戦で爆風で瀕死の重傷を負った兵士。ある老人に助けられ、帰還して”遺体写真家”として生計をたてる。死者を埋葬する前に、生前のように再現して遺族と撮影するもので最後の写真が残ると遺族に喜ばれていた。ある日、怖がることなくその仕事ぶりを見る少女アンナと、彼女の村に向かうことになった。流行りのスペイン風邪で亡くなった多くの村人が、厳しい寒さで土が凍り、埋葬できないまま腐敗もせずに横たわっていた。何人かを望み通りに撮影するが、現像するとそこには不審な影が映っている。村では悪霊のせいだと言われる現象が続いていて、トーマスはその解明に乗り出す。
アカデミー賞国際長編映画部門ハンガリー代表作品。ハンガリーの映画というと、タル・ベーラ監督が浮かびます。ほかに作品では『サウルの息子』『心と体と』でしょうか。国の代表作品にホラー作品?と思いましたが、死体や怨霊は登場するものの、理不尽に命を奪われた死者や遺族の悲しみが迫ってくる物語でした。遺体と一緒に写真を撮るというのも、実際に庶民の間で行われていたことなのだそうです。
第一次世界大戦直後に流行したスペイン風邪は世界中に蔓延し、多くの人々が亡くなりました。アンナに導かれて、トーマスはたくさんの死者と対面します。中に風邪が原因ではない遺体を見つけて、その謎解きが始まります。
陰鬱な画面の中で孤児のアンナが可愛らしく、ほっとします。数少ない協力者の未亡人役の方も凛として、きっと有名な女優さんなのでしょう。モノクロかと思うような沈んだ色彩ですが、ほぼ100年前の寒村の暮らしや風景の映像が美しいです。遺体や怨霊役の俳優さんの演技にご注目を。「このロケ地は観光名所(センテンドレ市の野外博物館)で、別の季節はとても美しいところです」と、ハンガリー大使からのコメントより。(白)
2020年/ハンガリー/カラー/116分
配給:プレシディオ
©SZUPERMODERN STÚDIÓ
「未体験ゾーンの映画たち2022」
https://ttcg.jp/movie/0816900.html
https://twitter.com/htc_shibuya
★2022年2月4日(金)よりヒューマントラスト渋谷にて上映
*スケジュールをHPでお確かめのうえお出かけください。
監督とプロデューサーからのメッセージと予告編はこちら
2022年01月23日
〈特集上映〉タル・ベーラ伝説前夜『ダムネーション/天罰』『ファミリー・ネスト』『アウトサイダー』
タル・ベーラはいかにして、唯一無二の映画作家になったのか----
『ニーチェの馬』(2011年)を最後に56歳という若さで映画監督引退を宣言したハンガリーの巨匠タル・ベーラ。伝説の『サタンタンゴ』(1994年)以前の足跡をたどる、日本初公開3作『ダムネーション/天罰』『ファミリー・ネスト』『アウトサイダー』が4Kデジタル・レストア版で一挙上映されます。
監督・脚本:タル・ベーラ
脚本:クラスナホルカイ・ラースロー (『ダムネーション/天罰』)
撮影監督:メドヴィジ・ガーボル(『ダムネーション/天罰』)
音楽:ヴィーグ・ミハーイ(『ダムネーション/天罰』)
編集:フラニツキー・アーグネシュ(『アウトサイダー』『ダムネーション/天罰』)
日本語字幕:北村広子 字幕監修:バーリン・レイ・コーシャ
4Kデジタル・レストア版
配給:ビターズ・エンド
公式サイト:https://www.bitters.co.jp/tarrbela/
★2022年1月29日(土)、シアター・イメージフォーラムほかにて一挙公開!
『ダムネーション/天罰』原題:Kárhozat/英題:Damnation

1988年/ハンガリー/121分/モノクロ/1:1.66
クラスナホルカイ・ラースローが初めて脚本を手掛け、ラースロー(脚本)、ヴィーグ・ミハーイ(音楽)が揃い、“タル・ベーラ スタイル”を確立させた記念碑的作品。ラースローと出会ったタル・ベーラは『サタンタンゴ』をすぐに取りかかろうとしたが、時間も予算もかかるため、先に本作に着手する。
不倫、騙し、裏切りー。荒廃した鉱山の町で罪に絡みとられて破滅していく人々の姿を、『サタンタンゴ』も手掛けた名手メドヴィジ・ガーボルが「映画史上最も素晴らしいモノクロームショット」(Village Voice)で捉えている。
窓の外にゆっくりと動く滑車。
おもむろに出かける男。
さびれた酒場。
大雨。
踊り続ける人たち・・・
『サタンタンゴ』の世界が、すでに展開していました。(咲)
『ファミリー・ネスト』原題:Családi tűzfészek/英題:Family Nest

1977年/ハンガリー/105分/モノクロ/1:1.37
住宅難のブダペストで夫の両親と同居する若い夫婦の姿を、16ミリカメラを用いてドキュメンタリータッチで5日間で撮影した、22歳の鮮烈なデビュー作。不法占拠している労働者を追い立てる警察官の暴力を8ミリカメラで撮影して逮捕されたタル・ベーラ自身の経験を基にしている。「映画で世界を変えたいと思っていた」とタル・ベーラ自身が語る通り、ハンガリー社会の苛烈さを直視する作品となっている。社会・世界で生きる人々を見つめるまなざしの確かさは、デビュー作である本作から一貫している。
狭いアパートで夫の両親と同居せざるを得ない若い妻。何かと小言をいう義父。あげく、除隊して家に帰ってきた夫は、どちらにもいい顔をしようと妻の肩を持つわけではない。父親から妻が浮気していると言われ、信じる夫。48時間居座れば自分の家になるという噂を聞き、娘を連れ空き家に居座る妻・・・ タル・ベーラのその後の作品とは、ちょっと雰囲気が違って、社会問題を痛烈な皮肉で描いた作品でした。(咲)
『アウトサイダー』原題:Szabadgyalog/英題:The Outsider

1981年/ハンガリー/128分/カラー/1:1.37
社会に適合できないミュージシャンの姿を描いた監督第2作にして、珍しいカラー作品。
この作品がきっかけで、タル・ベーラは国家当局より目をつけられることになる。本作以降すべての作品で編集を担当するフラニツキー・アーグネシュが初めて参加。酒場での音楽とダンスなど、タル・ベーラ作品のトレードマークと言えるような描写が早くも見てとれる。日本でも80年代にヒットしたニュートン・ファミリーの「サンタ・マリア」が印象的に使われている。
どうしようもない男が描かれた本作。カラーなのに、しっかりタル・ベーラの世界でした。(咲)
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私が最初に観たタル・ベーラ作品は『倫敦から来た男』(2007年、日本公開2009年12月)でした。
モノクロームで静かに描かれた映像美にぞくっとし、「鬼才」という言葉を実感したものでした。次に、期待して観に行った『ニーチェの馬』は、荒野の一軒家に住む父と娘と馬の過酷な日常をモノクロで描いた154分! ひたすら風の音が吹き荒れ、いつ、この映画から解放されるのだろう・・・と思いながらも、映像の美しさに引き込まれました。
『ニーチェの馬』が東京フィルメックスで上映されるのにあわせ、タル・ベーラが来日。2011年11月18日(金)、ハンガリー大使館で開かれた記者会見に颯爽と現れ、「監督は引退するけれど、映画界を引退する訳じゃない、後身を育てる」と、さらっと言ってのけました。
その後、2019年に伝説的な7時間18分の『サタンタンゴ』(1994年)が日本で初公開され、再来日したタル・ベーラは8年の間にだいぶんお年を召した雰囲気になっていましたが、健啖家なのは変わらずでした。

『サタンタンゴ』 タル・ベーラ監督来日記者会見
2019年9月14日(土) 撮影:景山咲子
今回の特集上映では、『サタンタンゴ』と『ニーチェの馬』も特別上映されます。
〈特別上映〉
●『サタンタンゴ』(1994年/438分/モノクロ) ※途中2回休憩有り

降り続く雨と泥に覆われ、村人同士が疑心暗鬼になり、活気のない村に死んだはずの男イリミアーシュが帰ってくる。彼の帰還に惑わされる村人たち。イリミアーシュは果たして救世主なのか?それとも?クラスナホルカイ・ラースローの同名小説を原作として、タンゴのステップ〈6歩前に、6歩後へ〉に呼応した12章で構成される、伝説の7時間18分。
シネジャ作品紹介
●『ニーチェの馬』(2011年/154分/モノクロ/35mm) ※35mmフィルム上映。リールの交換のため途中休憩有り

1889年トリノ。ニーチェは鞭打たれ疲弊した馬車馬を見つけると、駆け寄り卒倒した。そのまま精神は崩壊し、二度と正気に戻ることはなかった。その馬の行方は誰も知らない─。馬と農夫、そしてその娘。暴風が吹き荒れる6日間の黙示録にして、タル・ベーラ監督“最後の作品”。
シネジャ作品紹介
2020年12月18日
この世界に残されて(原題:Akik maradtak)
監督・脚本:バルナバーシュ・トート
脚本: クララ・ムヒ
原作: ジュジャ・F・ヴァールコニ
撮影: マロシ・ガーボル
出演:カーロイ・ハイデュク、アビゲール・セーケ、マリ・ナジ、カタリン・シムコー、バルナバーシュ・ホルカイ
終戦後の1948年、ホロコーストを生き延びたものの、家族を喪い孤独の身となった16歳の少女クララ(アビゲール・セーケ)は、両親の代わりに保護者となった大叔母にも心を開かず、同級生にも馴染めずにいた。そんなある日、クララは寡黙な医師アルド(カーロイ・ハイデュク)に出会う。言葉をかわすうちに、彼の心に自分と同じ孤独を感じ取ったクララは父を慕うように懐き、アルドはクララを保護することで人生を再び取り戻そうとする。彼もまた、ホロコーストの犠牲者だったのだ。だが、スターリン率いるソ連がハンガリーで権力を掌握すると、再び世の中は不穏な空気に包まれ、二人の関係は、スキャンダラスな誤解を孕んでゆく。
ハンガリーはナチスドイツによって約56万人ものユダヤ人が虐殺されたと言われています。生き延びた人も家族を喪い、喪失感を抱えて生きていました。
クララもその1人。ホロコーストを生き延びたものの家族を喪い、大叔母と暮らしていました。精神的はショックが大きかったからでしょう、16歳になっても生理がこないため、産婦人科医のアルドの診察を受けます。悲しみで傷ついている心を守るために反抗という防護壁を張り巡らせるクララがアルドにだけは心を開くようになったのは女性同士でも話しにくい、センシティブな身体的問題を知られてしまったからかもしれません。原作の設定の巧みさに唸ります。互いの悲しみに共鳴するかのように結びついていく2人をカーロイ・ハイデュクとアビゲール・セーケが見る者も共感させるように演じました。
ところで、アルドの友人夫妻は子どもを喪いましたが、孤児を引き取り、前を向いて生きていこうとしていました。クララを育てる大叔母も親戚の子を引き取ろうと孤児院に行って、クララと出会ったのです。当時のハンガリーでは家族を喪った人たちが寄り添って家族になっていったのでしょう。支え合ってこそ、人は生きていける。このことを改めて感じさせてくれる作品です。
クララを演じたアビゲール・セーケは映画初主演となる本作で2020年ハンガリー映画批評家賞最優秀主演女優賞を受賞。また、2020年ベルリン国際映画祭開幕中にバラエティ誌が選ぶ「ヨーロッパの注目映画人10人」に選出されました。アルドを演じたのはハンガリーを代表する名優カーロイ・ハイデュク。寡黙ながらふとした仕草やまなざしに深い思いやりを感じさせる繊細な演技で、2020年ハンガリーアカデミー賞最優秀男優賞、2020年ハンガリー映画批評家賞最優秀主演男優賞を受賞しました。(堀)
プレス資料の監督インタビューによれば、心理学者である女性ジュジャ・F・ヴァールコニによる原作小説「Férfiidők lányregénye」は、ハンガリー語で「ある男の時間についての少女の小説」という意味とのこと。10代の女性の視点で語られる「ある男の時間」は、ホロコーストや、1940年後半から1950年前半のハンガリーの暗い時代を指しているそうです。
ホロコーストを生き延びたものの、東の国々にいた人たちは、さらに試練の日々を過ごしていたことが推し量れます。スターリンが亡くなったとの報に、「やった~! これですべて変わる!」と叫ぶ場面がありました。一人の支配者が、これほどまでに多くの人の暮らしに影を落としていたとは・・・
10代半ばで両親を失ったクララ。叔母に引き取られたものの、本も読まない叔母のことは、マッシュポテトにバターを入れないといった小さなことまで気に入らないのです。そんな中で医師アルドに父のような安らぎを感じるクララ。
ホロコ―ストを生き延びた人たちが、お互い、家族を失った心の穴を埋めるように寄りそう姿が静かに描かれた素敵な作品です。(咲)
2019年/88分/G/ハンガリー
配給:シンカ
©Inforg-M&M Film 2019
公式サイト:https://synca.jp/konosekai/
★2020年12月18日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開