2024年04月19日

ラ・カリファ 原題:LA CALIFFA

2024年4月19日 新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー 劇場情報

©1970 RTI

91年の生涯で、500作品以上もの映画・TV作品の音楽を手がけた映画音楽界の巨匠、エンニオ・モリコーネ(1928-2020)

必聴!必見!モリコーネの名曲がスクリーンに甦る!!
映画『モリコーネ 映画が恋した音楽科』(21)でも取り上げられた、名匠エンニオ・モリコーネが手がけた名曲映画2作品の特選上映。

昨年(2023)劇場公開されたジュゼッペ・トルナトーレ監督によるドキュメンタリー映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(21)での大きな感動と称賛を経て、3/22(金)から彼の出世作であり代表作の『荒野の用心棒』(64)『夕陽のガンマン』(65)『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(66)の“ドル3部作”が4K劇場リバイバルされるなど、いま再びモリコーネ・リスペクト、再評価の動きが高まっている。

これらの動きに連動するかたちで、4/19(金)より『モリコーネ 映画が恋した音楽家』でも取り上げられた『死刑台のメロディ』(71)の4Kリマスター版と、日本初公開となる『ラ・カリファ』(70)の2作品を、『永遠のフィルム・マエストロ エンニオ・モリコーネ特選上映 Morricone Special Screening×2』として上映。

『ラ・カリファ』

監督・脚本:アルベルト・ベヴィラクア 撮影:ロベルト・ジェラルディ 音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:ロミー・シュナイダー、ウーゴ・トニャッツィ、マリーナ・ベルティ、マッシモ・ファネッリ、ロベルト・ビサッコ
★1971年度カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品
★1971年度デヴィッド・ディ・ドナテッロ賞主演男優賞受賞(ウーゴ・トニャッツィ)

モリコーネの甘美なメロディが心に沁みる─。
最盛期のロミー・シュナイダーが許されぬ恋におちる女性を体当たりで演じた社会派メロドラマが、待望の日本初公開!
ストライキでイタリアが混乱する中、イレーネの夫は殺害され、彼女は亡き夫に変わって労働者たちの情熱的な先導者となった。 イレーネはかつて同じ仲間だった工場経営者のドベルドと対立するが、聡明なドベルトの考え方に共鳴するうち、いつしか彼にひかれていく。互いの立場の違いを抱えながらもふたりは逢瀬を重ねていくが、やがて悲劇が彼らを襲う。

かつての仲間だった工場長とストライキの女性リーダーが恋におちてゆく社会派メロドラマ。32歳の女盛りを迎えた凛々しいロミー・シュナイダーと、『Mr.レディ Mr.マダム』シリーズのウーゴ・トニャッツィが禁断の恋を演じる。本作のテーマ曲は、数あるモリコーネのスコアの中でも人気の高い曲として知られているが、映画自体は日本では劇場未公開だった。今回ファン待望の日本初公開が実現する。監督は脚本家出身で、本作で監督デビューを飾ったアルベルト・ベヴィラクア。

「ルートヴィヒ」「夕なぎ」などに出演しヨーロッパ映画界で人気を誇った女優ロミー・シュナイダーが、許されざる恋に落ちた女性を体当たりで演じた1970年製作の社会派メロドラマ。

亡き夫の遺志を継いでストライキのリーダーとなった女性が、かつての仲間であった工場長の男性と対立しながらも次第にひかれ合っていく姿を、巨匠エンニオ・モリコーネの甘美なメロディに乗せて描き出す。「Mr.レディMr.マダム」シリーズのウーゴ・トニャッツィが工場長を演じ、イタリアの脚本家アルベルト・ベビラクアが長編初メガホンをとった。

モリコーネによるテーマ曲は数ある彼の作品の中でも特に人気が高いことで知られるが、映画自体は日本では長らく未公開のままだった。2024年4月、特集企画「エンニオ・モリコーネ特選上映 Morricone Special Screening×2」にて日本初公開。

公式HP https://www.morricone-ss.com/
1970年/イタリア・フランス合作/91分
カラー/ビスタサイズ/DCP/イタリア語モノラル 
配給:キングレコード
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青春 原題:青春(春)英題:Youth(Spring)

4月20日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開 劇場情報

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© 2023 Gladys Glover - House on Fire - CS Production - ARTE France Cinéma - Les Films Fauves - Volya Films – WANG bing

監督:王兵(ワン・ビン)


上海を中心に広がる「長江デルタ地域」。
地方から出稼ぎに来ている若者たちが働く縫製工場。彼らはミシンで子供服を縫っている。手持ちカメラによって捉えられた雑然とした作業場では若い男女が猛烈なスピードで子供服をミシンで縫っている。決まった時間に何枚縫えるか競争までしている。そのような作業をしながら、彼らはその反復労働に慣れて、手を動かしている間でも、同僚同士で活発な会話を続けている。あちこちで言い争いも起こる。また、カップルもいる。
ワン・ビン監督の新作は、中国の10代後半から20代の若い世代を、衣料品製造の中心地である浙江省湖州市の織里鎮という町での彼らの青春と反復労働の日々に焦点を当てた作品。
カメラはあくまで観察的な姿勢で、若者たちの劣悪な労働環境や、彼らの人生や恋愛、賃金交渉にどのように対処しているかを淡々と捉える。若者たちの多くにより良い未来が待っているようには思えないが、今ここを楽しもうとする彼らの楽観主義的な姿が印象に残る。

彼らのような若者も、実は長江デルタの経済を支えている一員であることを認める人はほとんどいない。世界は彼らに注目しない。しかし、ここには驚くほどにみずみずしい青春がある。自分がやるべき仕事は「世界から見えない人たちの生を記録すること」と語る王兵監督。

王兵(ワン・ビン)WANG BING HPより
1967年11月17日、中国陝西省西安生まれ。
街で生まれたが、飢饉のため幼少時に農村に移り住む。父は出稼ぎに行き、母・妹・弟と暮らした。14歳のとき、父が病死し、当時の「接班」政策により父の仕事を受け継ぐことになり、父の職場だった「建設設計院」に職を得て、14歳から24歳まで一家の大黒柱として働く。職場で知り合った建築士らの影響で学問と写真に興味を持つようになり、1991年、人の紹介を得て、瀋陽にある魯迅美術学院で学び始める。翌92年、正規の試験を受けて写真学科に入学。3年間学んだのち、95年から1年間は北京電影学院撮影科で学ぶ。97年に魯迅美術学院に復学し、卒業するが、当時は仕事がなく、新聞映画撮影所に入り、1年半ほど知人の監督の手伝いなどをして過ごしたが、1999年、その生活に見切りをつけ瀋陽に戻り、1999年から中古のデジタルカメラひとつで、『鉄西区』の撮影に着手。2002年に5時間ヴァージョンの『鉄西区』がベルリン国際映画祭フォーラム部門で上映され、世界に衝撃を与える。その後、再編集し、2003年に9時間を超える画期的なドキュメンタリーとして完成させた。同作品は山形国際ドキュメンタリー映画祭最高賞はじめリスボン、マルセイユの国際ドキュメンタリー映画祭、ナント三大陸映画祭などで最高賞を獲得するなど国際的に高い評価を受ける。続いて、「反右派闘争」の時代を生き抜いた女性の証言を記録した『鳳鳴―中国の記憶』(2007年)で2度目の山形国際ドキュメンタリー映画祭最高賞を獲得。2010年には、同じく「反右派闘争」時代の飢餓を題材に、初の長編劇映画となった『無言歌』を発表。初めて日本で劇場公開され、キネマ旬報の外国映画監督賞にも選ばれた。2012年には雲南省に暮らす幼い姉妹の生活に密着したドキュメンタリー『三姉妹〜雲南の子』を発表し、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門グランプリなど数々の国際賞に輝く。
2013年には本作の配給であるムヴィオラが製作出資した『収容病棟』を発表。中国・雲南省の精神病院を撮影し、収容された一人一人が愛を求める姿を感動的に描き、ナント三大陸映画祭銀の気球賞などを受賞。2016年にはミャンマー内戦により中国国境に逃れて来た中国系のタアン族を描いた『TA'ANG』、浙江省の出稼ぎ労働者を題材にした『苦い銭』、2017年には『ファンさん』と国際映画祭で話題作が続いたが、2018年、カンヌ国際映画祭でついにこれまで記録し続けた題材、「反右派闘争時代の飢餓」の集大成となる8時間越えの大作『死霊魂』を発表。3度目の山形国際ドキュメンタリー映画祭最高賞の栄誉に輝いた。
また、ワン・ビン監督の場合、映画作品と美術作品のフィールドが交差しているが、傑作『名前のない男』(2010)をはじめギャラリーや美術祭の委嘱作品も多い。2014年には現代アートの殿堂であるパリのポンピドゥー・センターにて1カ月以上にわたる回顧展、2017年にはドイツのドクメンタ14に招聘。2021年には、パリのル・バルで「The Walking Eye」と題した展覧会が開催され、フランス・シネマテークでは映画のレトロスペクティヴも行われた。2023年にはドイツに住む中国人亡命作曲家・王西麟(ワン・シーリン)を描くビデオアート『黒衣人』を発表し、東京フィルメックスでも上映されて話題を呼んだ。

最初に彼らが出てくるときには、出身地と名前が出てくるがほとんどが近県の出身。しかも10代後半から20代前半がほとんど。作業場のすぐ並びに宿泊施設もある。そんな、2,30人規模の工場が通り沿いにたくさんあり、たくさんの若者が働いている。季節が冬に向かっているのか、彼らが製作していたのは冬用の子供服。こんな風に服は作られているのだなと、制作過程を知った。
最初、これまでの王兵監督の作品とは
「春」という言葉があるけど、これはまだ途中だそう。この作品は215分だけど、最終的に9時間くらいになるらしい。3時間半でも長いのに、9時間かとため息。前作『死霊魂』も8時間を超える作品だった。

2023/フランス、ルクセンブルグ、オランダ/215分
配給:ムヴィオラ

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2022年07月10日

Blue Island 憂鬱之島

2022年7月16日 ユーロスペースほか全国順次公開 その他の劇場情報

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©2022Blue Island project

香港 ここで生きていく

監督・編集:陳梓桓(チャン・ジーウン)
プロデューサー:(香港)任硯聰(ピーター・ヤム)、蔡廉明(アンドリュー・チョイ)/(日本)小林三四郎 馬奈木厳太郎 
撮影:ヤッルイ・シートォウ 
音楽:ジャックラム・ホー ガーション・ウォン 美術:ロッイー・チョイ

現在、過去、未来
自由を求め続け、香港が辿った激動の記録
“香港人”としてのアイデンティティ


香港の自由を求める闘いの歴史を描いた香港・日本合作作品。
一国二制度が踏みにじられた香港。
“文化大革命”(1966~1976年)“六七暴動”(1967年)“天安門事件”(1989年)と世界を震撼させた事件に遭遇し、激動の歴史を乗り越えてきた香港の記憶。そして雨傘革命後の現代、香港市民の自由が急速に縮小してゆくなかで、時代を超えて自由を守るために闘う人たちの姿。文化大革命を逃れ恋人と命懸けで海を渡った陳克治、天安門事件を経て香港へとたどり着いた林耀強、六七暴動の抵抗者から経済人へと変遷していった石中英。異なる時代を生きた実在の3人の話から「自由を守るために闘った人々の記憶」を、ドキュメンタリーとドラマを融合させながら描き出す。
若き日の熱狂や情熱は時代の移り変わりとともに深い闇に埋もれていってしまった。しかし、彼らがいかに抵抗したかという記憶は、香港の歴史に残るかけがえのない瞬間の記録と証言として、市民運動に参加する若者たちへ、多くの励みや示唆を与えている。それぞれの世代の葛藤から、今、未曽有の危機に直面している香港の人々は何を受け止め、これからの自分たちの歴史にどう導いていくのか。この映画は、香港だけでなく、自由を求めるすべての人々とあなた自身の物語でもある。
監督は、香港の雨傘運動を記録したドキュメンタリー『乱世備忘 僕らの雨傘運動』のチャン・ジーウン。プロデューサーは『乱世備忘 僕らの雨傘運動』でも組んだピーター・ヤムと、香港の不安と希望を描いた衝撃作『十年』をプロデュースしたアンドリュー・チョイ。日本側プロデューサーは配給元でもある太秦の小林三四郎と弁護士の馬奈木厳太郎。井上淳一監督の『大地を受け継ぐ』『誰がために憲法はある』や、堀潤監督の『わたしは分断を許さない』もプロディースしている。また日本でのクラウドファンディングを行い、たくさんの日本人の賛同者が協力してできあがった。

2014年、香港の若者たちが未来のために立ち上がった“雨傘運動”の79日間を描いた『乱世備忘 僕らの雨傘運動』のチャン・ジーウン監督の2作目の長編。2017年の山形国際ドキュメンタリー映画祭の時にインタビューする機会があり、名刺交換をした時、すでにこの『憂鬱之島』の構想があって、交換した名刺にはこのチラシの写真が使われていた。その作品が、構想から完成まで5年以上の年月を経て完成し、日本公開されることになってとても嬉しい。一時は出来上がるかどうかと不安を持っているようだったけど、クラウドファンディングで日本の映画愛好者、香港に興味を持つ人たちの協力も得て完成した。でも、香港の状況は2017年の時とはガラリと変わってしまって、日本で公開はできても、今は香港では公開できない。いつか香港でも公開できる日が来ることを祈っている(暁)。

公式サイト  blueisland-movie.com
字幕:藤原由希 字幕監修:Miss D 
製作:Blue Island production  配給:太秦 
2022|香港・日本|カラー|DCP|5.1ch|97分

*参照 シネマジャーナルHP記事
スタッフ日記
●香港返還25年  大雨だった1997年7月1日を思う 
http://cinemajournal.seesaa.net/article/489403875.html
 
特別記事
●『乱世備忘 ― 僕らの雨傘運動』
陳梓桓(チャン・ジーウン)監督インタビュー
山形国際ドキュメンタリー映画祭2017にて   2017年10月11日
http://www.cinemajournal.net/special/2017/yellowing/index.html

●『乱世備忘 僕らの雨傘運動』
陳梓桓(チャン・ジーウン)監督インタビュー(日本公開時)2018年07月22日
http://cineja-film-report.seesaa.net/article/460641864.html
posted by akemi at 20:58| Comment(0) | 合作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月05日

スープとイデオロギー   英題:Soup and Ideology

2022年6月11日 [東京]ユーロスペース、ポレポレ東中野
[大阪]シネマート心斎橋、第七藝術劇場ほか全国公開
そのほかの劇場情報
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(C)PLACE TO BE, Yang Yonghi

国家の残酷さと運命に抗う母の生き様を通して愛の力を唯一無二の筆致で描き出す

監督・脚本・ナレーション:ヤン ヨンヒ
撮影監督:加藤孝信
編集・プロデューサー:ベクホ・ジェイジェイ
音楽監督:チョ・ヨンウク『お嬢さん』『タクシー運転手 約束は海を越えて』など
アニメーション原画:こしだミカ
アニメーション 衣装デザイン:美馬佐安子
エグゼクティブ・プロデューサー:荒井カオル

『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』『かぞくのくに』などで、朝鮮半島と日本の歴史に翻弄され生きる在日朝鮮人である家族を描いてきたヤン ヨンヒ監督が、韓国現代史最大のタブーである「済州島 4・3虐殺事件」を体験した母を主役に撮ったのがこの作品。
朝鮮総連の熱心な活動家だったヤン監督の両親は、1970年代に「帰国事業」で3人の兄たちを北朝鮮へ送り出した。そして何度も北朝鮮へも渡航している。父の他界後も借金をしてまで息子たちへの仕送りを続ける母をヤン監督は理解できないでいた。ある日、年老いた母は心に秘めていた1948年の済州島での壮絶な体験について娘に語り始める。突然打ち明けた「済州島4・3虐殺事件」の壮絶な悲劇。アルツハイマーを患い始めた母。しだいに記憶を失なっていく母の消えゆく記憶をすくいとるべく、ヤン監督は70年ぶりに春の済州島へ母を連れていく。それは母の生きてきた歴史を知る旅だった。なぜ父と母は頑なに“北”を信じ続けてきたのか? 明かされる母の秘密。あたらしい家族の存在。そして、これまで母だけのレシピだったスープのレシピを伝え始める。

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(C)PLACE TO BE, Yang Yonghi

監督のお母さんは日本生まれだけど、空襲を避けるため親の故郷である済州島に避難していて終戦になり、日本に帰ることができなくなってしまった。そんな時、起こったのが「済州島 4・3虐殺事件」(1948年)。監督のお母さんが18歳の時で、幼い弟や妹を連れ、日本に密航でやっと戻ったという。父親も済州島出身と語っていたので、父親もこの事件を経験していたのでしょう。ということで、韓国政府を信じられず、北朝鮮支持になり朝鮮総連に参加していたということが語られる。北朝鮮出身でないのになぜ朝鮮総連?とずっと思ってきたけど、この作品で、そういう人たちがたくさんいるのだということを知った。韓国で1945年から敷かれていた夜間通行禁止令が全面解除されたのは全斗煥政権最末期の1988年。韓国では、この「済州島 4・3虐殺事件」のことを語るのはそれまでタブーだった。
私がこの「済州島 4・3虐殺事件」のことを知ったのは『海女のリャンさん』(2004年原村政樹監督)というドキュメンタリー作品。主人公のリャンさんも済州島出身で、この事件で済州島から命からがら日本にやってきた人だった。そして『焼肉ドラゴン』(2018年鄭義信監督)では、焼き肉屋をやっているお父さんがやはりこの済州島4・3事件で日本に逃れてきた人として描かれていた。韓国の作品では『チスル』(2012年オ・ミヨル監督)が「済州島 4・3虐殺事件」を描いていて日本公開されている。
*シネマジャーナル62号(2004年)に『海女のリャンさん』原村政樹監督インタビュー記事掲載。

映画の中で、お父さんがかつて「誰とでも結婚すればいい。でもアメリカ人や日本人はだめ。朝鮮人がいい」と言い、それに対して監督は「それじゃ誰でもいいといういうことじゃない」というような返答をするシーンがあり、これがこの映画の伏線というのがあとでわかってくる。そして荒井カオルさんの登場。監督より10数歳年下の日本人。この映画のプロデューサーでもある。荒井さんが結婚の挨拶に来る時にお母さんが鶏一羽を使ったスープを作るシーンがある。これは参鶏湯(サムゲタン)でしょう。その後、このスープの作り方を教えるシーンも出てきて、それでこのタイトルになったのかなと思ったけど、ストレートなタイトル(笑)。ちなみに私は参鶏湯が好きで、この数年は参鶏湯のスープの素を買ってきて自分で作っている。でも私は一人暮らしなので、鶏1羽というわけにはいかないので、手羽元を買ってきて、このスープで煮て、さらに白米ともち米を加えて雑炊のようにして作る。そして、この数日前にもそれを作り始めて、これから食べるところ(笑)。これを書くにあたって参鶏湯のことを調べてみたら、韓国では主に夏に食べるものらしい。でも、これを食べると身体がほかほかしてくるので日本では冬場に食べるというイメージ。スーパーでも冬場にこのスープを置いているけど、夏場には置いていない。今日も暑くなる前に作ってしまおうと思って作っていた。
日本人の伴侶を得て、監督はこれから二人三脚で映画を作っていくのでしょう。お母さんも安心ですね(暁)。


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(C)PLACE TO BE, Yang Yonghi

ヤン ヨンヒ監督の作品をずっと観てきました。自分の家族を撮る、またはモデルにした映画を撮るというのは、きっと身を削るようなものだったでしょう。残すこと、発表することで家族や周りへ及ぼす影響を、毎回考えに考えて来られたはずです。私は映画を通じて韓国や北朝鮮の歴史や日本との関わりを少しずつ知りました。離れたところから観るだけですが、今回もお母さんが話せなかった過去、娘としてお母さんを見守る姿に胸がつまりました。
そんな中でホッとした場面が、背広姿でご挨拶に見えた荒井さん。緊張して大汗をかき、着替えたTシャツが可愛くて思わず笑ってしまいました。お母さんにそっと手をそえたり、失礼千万な葬儀会社に凄んだり、直伝の参鶏湯を作ったり…。監督、ほんとに素敵な方に巡り合われました。
「済州島 4・3事件」が戦争時ではなく、政治思想の違いから起きた事件だと詳細を初めて知りました。住民を守るはずの国や警察から手を下されるとはどれだけ恐ろしかったことか。深く胸に沈んでお母さんを苦しめてきたのでしょう。重い荷物をようやく取り出して、楽になられたんですね。(白)


製作:PLACE TO BE 共同制作:navi on air
公式サイト
韓国・日本/2021/カラー/DCP/118分
配給:東風

*参照 
「済州島 4・3事件」 ウィキペディアより
1948年4月3日に在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁支配下にある南朝鮮の済州島で起こった島民の蜂起に伴い、南朝鮮国防警備隊、韓国軍、韓国警察、朝鮮半島の李承晩支持者などが1954年9月21日までの期間に引き起こした一連の島民虐殺事件を指す。南朝鮮当局側は事件に南朝鮮労働党が関与しているとして、政府軍・警察及びその支援を受けた反共団体による大弾圧をおこない、少なくとも約1万4200人、武装蜂起と関係のない市民も多く巻き込まれ、2万5千人から3万人超、定義を広くとれば8万人が虐殺されたともいわれる。また、済州島の村々の70%(山の麓の村々に限れば95%とも)が焼き尽くされたという。その後も恐怖から島民の脱出が続き、一時、島の人口は数分の一に激減したともいわれる。

posted by akemi at 19:28| Comment(1) | 合作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月08日

セルゲイ・ロズニツァ「群衆」ドキュメンタリー3選 『国葬』『粛清裁判』『アウステルリッツ』

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カンヌ国際映画祭で二冠、近作10作品すべてが世界三大映画祭に選出されながら、日本では未公開だったセルゲイ・ロズニツァ監督作品。
この度、【セルゲイ・ロズニツァ「群衆」ドキュメンタリー3選】として、『国葬』『粛清裁判』『アウステルリッツ』が一挙公開されます。

セルゲイ・ロズニツァ
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1964年ベラルーシ生まれ、ウクライナの首都キエフ育ち。現在、ベルリン在住。
1991年、ソ連崩壊後、モスクワの全ロシア映画大学で学び、1996年よりソクーロフの製作で有名なサンクトペテルブルク・ドキュメンタリー映画スタジオで映画製作を始める。


◆『国葬』
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(C)ATOMS & VOID
1953年3月5日、スターリンの死。本作は、独裁者スターリンの国葬の記録。
モスクワ郊外クラスノゴルスクでスターリンの国葬を捉えた大量のアーカイヴ・フィルムが発見される。当時、200名弱のカメラマンによりソ連全土で撮影された、幻の未公開映画『偉大なる別れ』のフッテージだった。セルゲイ・ロズニツァは、それを丁寧に紡ぎ、67年前に執り行われた国葬と、スターリンの訃報に触れたソ連各地の人々の姿を蘇らせている。
2019年/オランダ、リトアニア/ロシア語/カラー・モノクロ/135分
作品紹介+感想はこちら

★11/14(土)公開初日、13時〜『国葬』上映後にロズニツァ監督のZoomセッション開催

◆『粛清裁判』
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(C)ATOMS & VOID
1930年、モスクワ。8名の有識者が西側諸国と結託しクーデターを企てた疑いで裁判にかけられる。いわゆる「産業党裁判」と呼ばれるスターリンによる見せしめ裁判だ。90年前のソヴィエト最初期の発声映画『13日(「産業党」事件)』は、発掘されたアーカイヴ・フィルムにより捏造と判明する。スターリンの台頭に熱狂する群衆の映像が加えられ再構成されたアーカイヴ映画は、権力がいかに人を欺き、群衆を扇動し、独裁政権を誕生させるか描き出す。
2018年/オランダ、ロシア/ロシア語/モノクロ/123分
作品紹介+感想はこちら

◆『アウステルリッツ』
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(C)Imperativ Film
真夏のベルリン郊外。スマートフォン片手に大勢の人たちが門を潜っていく。そこは第二次世界大戦中にホロコーストで多くのユダヤ人が虐殺された元強制収容所。戦後75年、記憶を社会で共有し未来へ繋げる試みはツーリズムと化していた・・・
ドイツ人小説家・W.G.ゼーバルト著書「アウステルリッツ」より着想を得て製作した、ダーク・ツーリズムのオブザベーショナル映画。
2016年/ドイツ/ドイツ語、英語、スペイン語/モノクロ/94分
作品紹介+感想はこちら

各作品の紹介を感想と共に掲載しています。あわせてご覧ください。(景山咲子)


配給:サニーフィルム
公式サイト:https://www.sunny-film.com/sergeiloznitsa-films
★2020年11月14日(土)~12月11日(金)シアター・イメージフォーラムにて3作一挙公開 全国順次ロードショー




posted by sakiko at 12:33| Comment(0) | 合作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする