2022年08月22日
サハラカフェのマリカ 原題:143 Rue du Désert 英題:143 Sahara Street
監督・撮影:ハッセン・フェルハーニ
プロデューサー:オリビエ・ボイショット&ナリマネ・マリ
製作:Allers Retours Films、Centrale Electrique
出演:マリカ、チャウキ・アマリ、サミール・エルハキム
アルジェリア。その大半を占めるサハラ沙漠を貫く幹線道路沿いに佇む小さな一軒家。そこは、老いた女性マリカが営むカフェ。客はまばらだ。一日の大半を猫と過ごす。トラック運転手、バイクで旅するヨーロッパの女性、気がふれた兄を探している男・・・ 時折やってくる客との何気ない会話。椅子に座って寝ているマリカのそばで、お祈りする男性もいる。そんなマリカのカフェの日々を追ったドキュメンタリー。
ハッセン・フェルハーニ監督は、友人で俳優でありコラムニストのチャウキ・アマリと一緒に旅をしたときに、かつてチャウキ・アマリが書いた作品「ナショナル1」(アルジェからタマンラセットを繋ぐ道路)に登場したマリカと出会う。ロードムービーを撮りたいと思っていた監督は、マリカのカフェを定点観測する形でロードームービーを紡いだ。静かな日常が、物語のよう!
冒頭に沙漠に響き渡る歌が郷愁をそそります。
マリカは自分のことを多くは語りません。
「エル・メニアの出身で、子どもも親もいない」とつぶやくマリカに、「神がそばにいる」と語りかける男。
マリカの年齢からして、フランス統治時代に生まれ、独立戦争を経験し、その後、暗黒の10年と言われる1990年代に吹き荒れたテロの時代を生き抜くという、歴史に翻弄された激動の人生だったと思うのですが、マリカは過去を語ることはありません。
楽器を奏でる男たちがカフェを訪れ、歌にあわせて踊るマリカが可愛い。いい人生を送ってほしいと願わずにいられませんでした。
マリカが語らないアルジェリアのことを深く知るために、下記の映画紹介記事をご参照ください。
『アルジェの戦い』(1966年、ジッロ・ポンテコルヴォ監督)
http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/442440621.html
『ビバ!アルジェリア』(2004年、ナディール・モクネッシュ監督)
http://www.cinemajournal.net/special/2004/france/index.html
『パピチャ 未来へのランウェイ』(2019年、ムニア・メドゥール監督)
http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/478135355.html
イスラーム映画祭7『時の終わりまで』(2018年、ヤスミーン・シューイフ)
http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/485877029.html
原題『143 Rue du Désert』は、沙漠(サハラ)道路143番地。
「エル・メニアから、60キロ」という言葉があったので、首都アルジェと南のタマンラセットを繋ぐ幹線道路の中ごろより少し北あたり。沙漠のど真ん中で、アルジェリア社会に吹き荒れた様々な風をマリカはどのように浴びてきたのだろうと思いを巡らしました。(咲)
◆アップリンク吉祥寺 トークショー
8月27日(土)13:25からの回 上映後 登壇者:野町和嘉(写真家)
8月28日(日)13:25からの回 上映後 登壇者:私市正年(イスラーム研究者)
8月26∼28日の3日間限定でアラブ菓子セットの販売
2019 年/アルジェリア・フランス・カタール/104 分/カラー/ドキュメンタリー
配給:ムーリンプロダクション
後援:駐日アルジェリア大使館
公式サイト:https://sahara-malika.com/
★2022年8月26日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国公開
2020年10月27日
パピチャ 未来へのランウェイ 原題:Papicha
監督・脚本:ムニア・メドゥール
出演:リナ・クードリ、シリン・ブティラ、アミラ・イルダ・ドゥアウダ、ザーラ・ドゥモンディ、ヤシン・ウイシャ、ナディア・カシ、メリエム・メジケーン
1990年代のアルジェリア。大学の女子寮で暮らすネジュマは夜な夜なルームメイトのワシラと寮を抜け出してナイトクラブに繰り出す。ファッションデザイナーを夢見るネジュマは、そこに集う女性たちの採寸をしてドレスの仕立てを請け負っているのだ。ジャーナリストの姉リンダもネジュマの夢が実現することを応援している。
だが、町にはイスラーム過激派が台頭してきて、女性にヒジャーブ(髪の毛や全身を隠す服装)を強制するポスターがいたるところに貼られ、締め付けが厳しくなる。武装した彼らは、独自の基準でイスラーム的でない者を容赦なく殺すようになる。ついにネジュマの身近で悲劇が起こる。ネジュマは自分たちの夢と未来のために、命がけでファッションショーを開く決意をする・・・
1962年、フランスから独立を果たしたアルジェリア。民衆が一丸となって戦った姿を描いた『アルジェの戦い』(1966年、ジッロ・ポンテコルヴォ監督)のデジタルリマスター/オリジナル言語版が2016年10月8日に公開されて、女性たちも果敢に闘った姿を知ることができました。
その後、独立を担った民族解放戦線FLNが一党独裁支配を続けたことにより国内の不満が高まり、1991年の選挙で急進派のイスラーム救国戦線FISが勝利を収めますが、FIS政権が軍のクーデーターで倒されたあと、様々なイスラーム急進組織によるテロが頻発し内戦状態に。2002年まで続いた暗黒の10年の間に10万人の市民がテロのために命を落としたといわれています。特に、西欧的な思想を持つ知識人や西欧的服装をしている人たちが標的になりました。
ムニア・メドゥール監督は、1978年モスクワ生まれ、アルジェリア育ち。内戦の時代、知識人として第一線で闘っていた映画監督だった父が殺すと脅され、1997年末、一家はフランスに移住することを決意。監督が18歳の時のこと。出国前には、本作と同じような大学でジャーナリズムを専攻していて、その経験がネジュマに投影されています。
皆が国を出たいという中で、ネジュマは、「アルジェリアが好き、ここで頑張る」という気概を見せます。監督も、事情が許せばアルジェリアで暮らしたかったに違いありません。
さて、ネジュマは、ある出来事があって、その時に血まみれになったハイクと呼ばれるアルジェの伝統的な白い布を洗いながら、ハイクだけを使ったお洒落なドレスでファッションショーを開く決意をします。
ハイクはアルジェの女性たちが身体を覆う伝統的な5m四方ほどもある大きな一枚の布。ネジュマの母親が、ハイクを羽織ったことのない娘たちに使い方を説明する場面があります。
「未婚女性は前髪を出して、結婚したら髪を隠すの。完全に隠れたかったら、片目だけ出せばいい。独立戦争のときには、この中にピストルを隠してフランス軍相手に戦ったのよ」
そんな母親も「父さんが生きてる間は使ってたけど、今は使わない」と、あっけらかんと言っています。
一方、イスラーム勢力が推奨するヒジャーブは、全身真っ黒なもので、アルジェ伝統の白いハイクではありません。
大学に銃を持って侵入してくる女性たちが黒づくめで、アルジェリアの女性たちの間にも分断があったことを感じさせてくれます。
アルジェリア内戦を背景にした映画で思い出すのは、第12回 フランス映画祭横浜2004で上映された『ビバ!アルジェリア』(2004年、ナディール・モクネッシュ監督)です。暗黒の10年が終わってもなお社会が落ち着かないアルジェの姿を3人の女性たちを主人公に描いたもの。『パピチャ~』で、女子学生寮の寮母を演じたナディア・カシさんが高級売春婦役でした。
来日され、インタビューさせていただいたのですが、ハイクの使い方について、「持ち上げて足を見せれば、男を誘惑することもできるのよ」とご自身のスカートを引っ張り上げながら語っていたのを思い出します。原理主義者を見かけた時には、深く被って顔を隠すともおっしゃっていました。
ところで、タイトルの「papicha」は、“愉快で魅力的で常識にとらわれない自由な女性”を意味するアルジェリアのスラング。思えば、『ビバ!アルジェリア』に出てきたキャバレーの歌手の名前がpapichaでした。演じたビュウナさんも来日され、お話を伺ったのですが、本物の歌手で、内戦の時代もアルジェで歌っていたという気骨のある女性。慶應大学での講演会の折にも、突然立って歌いだすという愉快な方でした。
『パピチャ~』の中で、「家族に男がいないと飢え死にする」という言葉が出てきます。
『ビバ!アルジェリア』で、母娘二人での暮らしが大変なことが描かれていたのですが、ナディア・カシさんがインタビューの中で、「アルジェリアは男性絶対優位で女性として生き難い国。1984年に施行された家族法の中に、“女性は生涯男性に従わないといけない”とあり、一夫多妻の上に、男性は一方的に離婚し妻を放棄する権利があって、子どもと共に家を放り出された女性は家を探す術もなく路頭に迷います」とおっしゃっていました。(インタビューは、シネマジャーナル62号に掲載しています)
これほどまでに女性が生き難いアルジェリアで、ネジュマは自立して生きていくことを模索します。暴力で脅かされても、決して屈しません。こうした勇気ある女性たちの行動の積み重ねが、後世の女性たちに光を与えてくれるに違いありません。(咲)
「パピチャ」とは、はアルジェリアで若い娘に使うスラングとのこと。日本風に言えば「お転婆娘」ですかね。内戦状態で暗黒の10年と言われた1990年代のアルジェリアの首都アルジェを舞台にした作品。アルジェリア育ちで、内戦時代の1997年、18歳で両親と共にフランスに逃れたというムニア・メドゥール監督自身の経験を元に作られた、お転婆娘の反骨精神にエールを送る作品。「国を出る必要はない。ここに満足している。闘う必要があるだけ」というセリフがあったけど、この言葉は国を出ざるを得なかった監督自身の気持ちを込めたものだろう。
私は(咲)さんのようにイスラム圏のことに詳しくないけど、この作品に出てくる勇気ある女性たちの姿を観て、世界の女性たちが同じように困難と闘って、自分たちの可能性を広げていったことに思いを馳せた。そして私自身の1970年からの約50年に渡る「女性であることの制限との闘い」を考えた。イスラム圏でなくても、日本は女性の活躍、活動ということを考えるとかなり遅れている。日本社会、家族、会社、地域、議会など、女性が何かをするときにかなり制約を感じている人は多いと思う。世界経済フォーラムが発表している男女間の格差指数のことを「ジェンダーギャップ指数」というらしいが、日本は全153か国中121位とのこと。経済・教育・保健・政治などの状況を項目別に点数化して算出した数字からランキングを出したもので、ランキングの上位に入るほど男女格差が少ない。ちなみにランキングTOP3は、1位アイスランド、2位ノルウェー、3位フィンランド。日本でも1970年代に比べたら女性が活躍しているし、その当時より女らしさの呪縛から逃れ、少しは生きやすくはなっていると思うけど、世界はもっと早い速度で女性の活躍の場が広がっている。
話をこの映画に戻すと、この作品の舞台は1990年代だけど、今、アルジェリアはどうなっているのだろう。少しは変わってきているのかとても気になる。世界のイスラム地域で、あの当時より女性の服装に関する制限が強まっているのではないかと感じている(暁)。
第72回カンヌ国際映画祭 ある視点部門 正式出品
第45回セザール賞 2冠 新人監督賞、有望若手女優賞
第92回アカデミー賞® 国際長編映画賞 アルジェリア代表
2019年/フランス・アルジェリア・ベルギー・カタール/アラビア語・フランス語・英語/109分
配給:クロックワークス
© 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS - JOUR2FETE – CREAMINAL - CALESON – CADC
公式サイト:http://papicha-movie.com/
★2020年10月30日(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー