2023年10月05日
ヨーロッパ新世紀 原題:R.M.N
監督:脚本:クリスティアン・ムンジウ
出演:マリン・グリゴーレ、エディット・スターテ、マクリーナ・バルラデアヌ 他
ルーマニア、山に囲まれたトランシルヴァニア地方の村。主要産業だった鉱山が閉鎖され、経済的に落ち込んでいる。
クリスマス直前の冬、出稼ぎ先のドイツの食肉工場で暴力沙汰を起こしたマティアスが村に帰ってくる。疎遠だった妻アナは突然帰ってきた夫に冷たい目を向ける。幼い息子のルディは、最近、森で恐ろしい何かを目撃し、口がきけなくなっていた。
マティアスは元恋人のシーラに心の安らぎを求める。シーラはパン工場の責任者を務めていて、EUからの補助金を得るために広告を出すも、働き手はより良い収入を求めて西ヨーロッパに出稼ぎに行っていて、シーラは人材派遣業者を通じてスリランカ人3人を雇う。ところが、アジア系の彼らを異端視した村人たちが、「彼らの作るパンは汚くて食べられない」などとSNSで流し、やがて騒動は収拾がつかなくなり、村長、神父、警察、報道関係者の立ち合いのもと、文化センターで緊急集会が催されることになる・・・
ルーマニア人とハンガリー人、少数のドイツ人やロマの人々が暮らす多民族の村。それぞれ民族の言葉を話していますが、お互い理解しあえています。ムンジウ監督は、字幕製作にあたり、それぞれの色を違えることを色まで指定してきたとのこと。あえて字幕をつけなかったところも、監督の指示。
ルーマニアの片田舎の物語ですが、まるで世界の縮図のよう。
偏見や無理解が諍いに至ります。言葉は通じなくても、お互いを敬う気持ちがあれば、争うまでにはならないはずです。
原題のR.M.Nは、Rezonanta Magnetica Nuclearaの略で、英語では、NMR(Nuclear magnetic resonance)で核磁気共鳴という意味。脳を検査するもので、表面下にあるものをスキャンする方法とのこと。人が生きるために共感する本能??
『4ヶ月、3週と2日』でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したクリスティアン・ムンジウ監督の作品。なかなか意味深なタイトルです。(咲)
第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品
2022年/ルーマニア・フランス・ベルギー/カラー/シネスコ/127分/5.1ch
日本語字幕:関美冬
宣伝:テレザ、竹田美智留 後援:在日ルーマニア大使館
配給:活弁シネマ倶楽部/インターフィルム
公式サイト:https://rmn.lespros.co.jp/
★2023年10月14日(土)よりユーロスペース他全国順次公開
2022年04月23日
アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 英題:BAD LUCK BANGING OR LOONY PORN
監督・脚本:ラドゥ・ジューデ
出演:カティア・パスカリウ、クラウディア・イェレミア、オリンピア・マライ、ニコディム・ウングレアーヌ、アレクサンドル・ポトチェアン
ルーマニア、ブカレスト。名門校の歴史教師エミは、コロナ禍の街をさまよい歩いていた。夫とのプライベートセックスの動画が、パソコンよりネットに流失してしまい、生徒や親の目に触れて問題となり、保護者会が開かれることになったのだ。その前に校長宅に行くと、寝たきりのお婆さんが垂れ流した糞尿の処理に皆が追われていて、事情説明するどころじゃない。さらに、街をさまよい、夜、学校の中庭で保護者が待ち受けているところに着くと、正面に座らされる。問題の動画を観ていない者もいるからと、動画が流される。立ち上がって動画を覗き込む男性もいる。そして、まるで弾劾裁判のような保護者会が始まる・・・
あらすじを簡単に書いてしまえば、こんな流れなのですが、この映画、あちこち寄り道して、実に面白い構成でできています。
プロローグ
ベッドの上でセクシーな下着姿の女性が男を誘う。ホームビデオのような映像。
「皆さん、検閲版だよ」と、画面が隠される。男女の喘ぎ声だけが聞こえてくる。「殺 人シーンはOKで、フェラはNG?」「米アカデミー賞で一票を!」「見られなくて残念!」「検閲=金」と矢継ぎ早にコメントが映し出される。
(というワケで、肝心な問題の場面は、みられません!)
第一部:一方通行の通り
マスクをしてコロナ禍のブカレストの街をさまよい歩くエミ。市場で花を買う。教会の鐘が鳴る。トラムの走る大通り。町の喧騒。工事中の建物だらけ。本屋。ソーシャルディスタンスを保つため、外で待つ人。
校長の家を訪ねる。寝たきりのお婆さんが垂れ流したと皆が慌てふためいている。事情説明もそこそこに失礼する。
モールのおもちゃ売り場へ。レジで「食事券で全部は買えない」とぶつぶつ言いながら計算する女性。レジは一つしかなくて、待たされる。
歩道に止めている車に文句をいうと、汚い言葉を返す車の持ち主。
夫から「誰かが保存していた動画を再アップした」と電話。ポルノ教師と書かれているらしい。
本屋で、エドガー・リー マスターズの詩集を求める。「コロナの時代にぴったり」と。
「チャールズ・レズニコフはどう?」と本屋。「19世紀後半の恐ろしいことが書かれてるよ」と。
戸外のカフェで休憩。若者たちが、神風特攻隊で文系の若者たちが使い捨てにされたと話している。
大きなソフトクリームのオブジェが道端に並んでいる。
1918年の年号と兵士の絵が壁に。
シネマトフラフィ・ブカレストの建物を映して、第一部終了。
第二部:逸話 兆候 奇跡の簡易版辞書
AからZまでの言葉を映像で綴る。
始まりは、8月(August)23日の連合国軍事パレード。
「軍隊」国民制圧の手段。1848年革命、1907年農民一揆、第一次大戦後、少数民族や左翼を抑圧、第二次大戦中は少数民族虐殺、1989年革命家たちを殺した
「ルーマニア正教会」独裁政権と親しく、1989年革命家たちが軍から逃げてきた時、教会の扉を開けなかった。
「競争」ペルシアの王は、訪英時に競馬鑑賞の誘いを断った。勝者と敗者が生じるのは明白だから。
「コロナ禍のダンス」長い棒を持ってソーシャルディスタンスを保ってのダンス
「ロボット」中東で戦った将校が言った。「戦争が自動化されつつある」
「禅」本物の詩人は喜劇と悲劇を同時に作る。人生には悲劇と喜劇の両方が含まれているからだ。
第三部:実践とほのめかし
夜、学校に着いたエミ。体温を測り、中庭に行くと、保護者たち20数名と校長が待ち構えている。思い思いの目立つマスクをした保護者たち。話し合いの前に、問題の動画を見ていない人もいるのでと、全員の前でさらされる。身を乗り出して好奇心丸出しで見る人たち。見終わって、いよいよ弾劾裁判が始まる。高圧的にエミを追いつめる人たち。エミも負けてはいない。「偉そうな教会の人がいるせいで、この国には性教育が存在しない」
「国民的詩人エミネスクもエロティックな詩を書いています」と、詩を朗読するエミ。
「最も大切なことは成績よりも知識を求めること」というハンナ・アーレントの言葉を引用する。
校長が、「エミは優秀な教師」と時折、口を挟むのもさもありなんのエミの堂々とした受け答え。最後に処遇をどうするか多数決をとることになる・・・
ここで監督が提供してくれるのが、3つのエンディング。まずは、おおごとにならないバージョン。最後は、映画自体をジョークで終わらせるバージョン。
映画全体を通じて、笑いでぶっ飛ばそうとする場面があるかと思えば、ルーマニアの歴史や、人間の本質をついた場面があって、くらくら。
『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』というタイトルに、思い切り引いてしまい、観るのをやめようと思ったほどだったのですが、第一部では、ブカレストの街のなにげない風情が楽しめたし、第二部では、それぞれの言葉のウンチクが面白かったし、第三部では、保護者たちの言葉の暴力に応酬するエミの姿が小気味よくて、ぜひ観てくださいと太鼓判を押せる映画でした。“イカれたポルノ”に惹かれた方には、日本公開バージョンは、監督による検閲版ですので、期待外れです! 念のため。
それにしても、「教師にあるまじき卑猥な行為」と攻め立てる母親に、「あなたは聖母マリアさま?」と問い詰めたくなりました。(咲)
第71回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞
2022年米アカデミー賞®ルーマニア代表作品
2021/ルーマニア、ルクセンブルク、チェコ、クロアチア/ルーマニア語/106分/シネスコ/5.1ch R-15
字幕翻訳:大城哲郎
配給:JAIHO
公式サイト:https://unluckysex-movie.com/
★2022年4月23日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
2021年09月26日
コレクティブ 国家の嘘 原題:Colectiv 英題:Collective
監督・撮影:アレクサンダー・ナナウ
出演: カタリン・トロンタン、カメリア・ロイウ、テディ・ウルスレァヌ、ヴラド・ヴォイクレスク、ナルチス・ホジャ
2015年10月、ルーマニア・ブカレストのクラブ「コレクティブ」でライブ中に火災が発生。27名の死者と180名の負傷者を出す大惨事となった。一命を取り留め病院に運ばれた負傷者が、その後、次々に亡くなり、最終的にこの火災での死者は64名まで膨れ上がった。このことを不審に思い調べ始めたスポーツ紙「ガゼタ・スポルトゥリロル」の編集長は、内部告発者からの情報提供により衝撃の事実に行き着く。莫大な利益を手にする製薬会社、彼らと黒いつながりを持った病院経営者、そして政府関係者との巨大な癒着・・・
クラブ「コレクティブ」の悲惨な火災事件を発端に、当初は、病院での負傷者の相次ぐ死亡を不審に思った「ガゼタ・スポルトゥリロル」誌に密着する形で撮影を始めた本作。 監督は、生存者や火災後に病院で親族を失った家族の思いにも寄り添います。ドイツへ搬送して救命するはずだったのに移送手続きが滞って間に合わず息子を失い悲嘆に暮れる父親もいました。内部告発者が次々に現れ、長年にわたる医療現場の国家権力との癒着も明らかにされていきます。そして、利益優先の病院経営。消毒液を本来より10倍もの水で薄めていた事実も。重度の火傷を負った患者が感染症で相次いで亡くなったのも、そのせいでした。恐ろしや~
報道を目にした市民たちの怒りは、内閣を辞職に追い込み、正義感溢れるヴラド・ヴォイクレスクが保健省大臣に就任。新大臣から保健省オフィス内での撮影を許され、州政府の内部事情にも踏み込みます。それは、メディアや市民の監視なしには、国家機関は脆弱であるという残念な真実を映し出すことになってしまいます。
本作を観て、これはルーマニアだけの問題でないことを強く感じました。国家権力との癒着や、国家が国民に都合のいいようにしか報道しないのはどこにでもある話。新型コロナがなかなか収まらない今、私たちは何を知らされないでいるのでしょう・・・ (咲)
2019年/ルーマニア・ルクセンブルク・ドイツ/ルーマニア語・英語/109分/ビスタ/カラー/5.1ch
配給:トランスフォーマー
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/colectiv/
★2021年10月2日(土) シアター・イメージフォーラム、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー.
2020年08月23日
マロナの幻想的な物語り 原題: L'extraordinaire voyage de Marona 英題: Marona's Fantastic Tale
監督: アンカ・ダミアン
脚本: アンゲル・ダミアン
キャラクター・デザイン: ブレヒト・エヴェンス
日本語吹き替え:のん、小野友樹、平川新士ほか
大通りで車に轢かれ息絶え絶えの犬のマロナ。走馬灯のように、これまでの人生(犬生)が脳裏を駆け巡る。
パパは血統書付きのアルゼンチン・ドゴ種で差別主義者。そんなパパが一目惚れしたのが、ペキニーズのミックスで元野良犬だけど美しくて博愛主義者のママ。二匹の間に出来た9匹の9番目に生まれ、ナインと名付けられ、パパの飼い主に引き取られる。が、わずか12分で捨てられ、曲芸師マノーレの帽子に隠れこみ、マノーレの家で世話になることに・・・
躍動的で斬新なアニメーションで綴られるワンちゃんの一生。
鼻がハート型でキュート!
最初に拾われたマノーレにはアナ、その後に引き取られたイシュトヴァン一家にはサラと名付けられて、幸せな日々を送るのですが、ワケあって別れ、最後に出会ったソランジュという女の子がつけてくれたのがマロナという名前でした。ルーマニア語で茶色という意味。
アンカ・ダミアン監督は、ルーマニアでは唯一の女性監督。美術を専攻後、アニメーションの世界へ。本作の脚本は、息子のアンゲルさんが母のアイディアをもとに執筆しています。
2Dと3Dを組み合わせるなど、ダイナミックな場面もあって、ワンちゃんの運命にハラハラドキドキ。いろいろな人との出会いが、人生に彩りを与え、成長させてくれることを教えてくれる素敵な物語です。(咲)
とってもアートな雰囲気で、シャガールの絵画を見ているかのよう。セリフは少なめで、画からたくさんのことが伝わってきます。日本のアニメに慣れていると面食らうかもしれません。
作品を見ていると犬を飼いたくなるけれど、その一方で、思いつきで動物を飼ってはいけないというメッセージもはっきりと描かれています。公益社団法人ACジャパンの動物の遺棄・虐待は犯罪であることや盲導犬についてのCMを思い出しました。
日本語吹替版ではマロナの声をのんが演じています。マロナは女の子ですが男の子に間違えられたりするので、透明感があって中性的なのんの声がうまくハマっていました。マロナ以外のヴォイスキャストも含め、字幕版よりも落ち着いた印象です。(堀)
東京アニメアワードフェスティバル2020 コンペティション部門
長編アニメーション グランプリ作品
2019年/ルーマニア・フランス・ベルギー/フランス語 / DCP / 92分
提供: リスキット/マクザ厶/太秦/カルタクリエイティブ
配給: リスキット
後援: ルーマニア大使館
協力: キャトルステラ / Stylab / げんべい商店
公式サイト:https://maronas.info/
★2020年8月29日(土)より、渋谷・ユーロスペースにて字幕版先行公開、9月12日(土)より吹替え版を含め、全国順次公開