2024年08月07日
デビルクイーン 原題:A RAINHA DIABA
監督・脚本:アントニオ・カルロス・ダ・フォントウラ
出演:ミルトン・ゴンサルヴェス、オデッチ・ララ、ステパン・ネルセシアン、ネルソン・シャヴィエル ほか
1973年ブラジル、軍事独裁政権下に誕生した伝説のクィア・ギャング映画
リオデジャネイロの裏社会を牛耳るデビルクイーン。ピンクのバスローブを羽織り、ヴィヴィッドな色のアイシャドウで彩った目で売春宿の奥の部屋から部下のギャングたちを監視し、裏切り者は容赦なく切り裂き、恐怖を植え付けている。ある日ハンサムなお気に入りが警察に追われていることを知ると、右腕であるカチトゥに、キャバレーシンガーのイザのヒモで、世間知らずのべレコをスケープゴートとして警察に差し出すよう指示する。一方で、オカマのデビルクイーンがボスとして君臨するのを良しとしない者たちが手を組んでデビルの恐怖政治を終わらせようとしていた・・・
デビルクイーンを演じたブラジルの伝説的俳優ミルトン・ゴンサルヴェスの迫力が半端ないです。まさに裏社会に君臨する悪魔のような女王。一方で、ブラジルにおける黒人解放運動の活動家でもあった方。2022年にご逝去されています。
歌手のヒモでデビルクイーンを密かに倒そうとするベレコを演じたステパン・ネルセシアンはとても美男。『オルフェ』(1998 年、カルロス・ディエギス監督)にも出ていたそうです。
そして、ベレコを愛するキャバレーシンガーのイザを演じたオデッチ・ララは、映画製作当時、フォントウラ監督の奥様だった方。
1964 年にクーデタで政権を握った軍部が、文化活動にも介入し、厳しい検閲を行なった中で、ギャング、同性愛者、ドラァグクイーン、娼婦など、軍事独裁政権下のブラジルで最も阻害された人々を扱った本作が、よく検閲を潜り抜けたと驚きます。強烈なサウンドやサイケデリックな色が、物語をさらにぶっ飛んだものにしていて、しばらく忘れられそうにないです。(咲)
リオデジャネイロの裏社会を描いた50年前(1973)の作品のデジタルリマスター版とのこと。クィア・ギャング映画なるジャンル名まで。ここはリオデジャネイロのファベーラの一角なのだろうか。混沌とした社会が出てくるけど、最後はこうなるの?みたいな終わり方だった。救いのある世界ではない。
私がブラジルのノワール映画を初めて観たのは20年くらい前だったが、あまりに暴力的で冷酷な仕打ちの連続でびっくりした記憶がある。その後、いくつかのブラジルのノワール映画を観てもそういう印象を受けたけど、50年も前のこの映画ですでにそういう要素があったんだ。ブラジルの現実社会が反映されているのだろう。それにしても同性愛者や、ドラァグクイーンが、このように出てくる映画が50年も前にブラジルに存在していたとは。ブラジルでは1964年から1985年まで軍事政権下、その間に作られた映画で、しかも公開されてヒット作だったというのに、もっとびっくり。今のブラジルは、このころよりは暴力に支配されない社会になっているのだろうか。かつてブラジルに移住したいと思っていた私としては、とても気になる(暁)。
◆製作から50年の節目となる2023年に制作された4Kレストア版で日本初公開
1973年/ブラジル/100分/カラー
字幕翻訳:原田りえ
配給:ALFAZBET
公式サイト:https://alfazbetmovie.com/devilqueen
★2024年8月10日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
2023年01月21日
ピンク・クラウド(原題:A Nuvem Rosa 英題:The Pink Cloud)
監督・脚本:イウリ・ジェルバーゼ
撮影:ブルーノ・ポリドーロ
出演:ヘナタ・ジ・レリス(ジョヴァナ)、エドゥアルド・メンドンサ(ヤーゴ)
一夜限りの出会いを楽しんでいたジョヴァナとヤーゴ、二人寛いでいると警報が響き渡った。屋内に入って施錠せよという。空はピンク色の雲で覆われ始めていた。ニュースによるとこの雲は世界中で突如発生し、強い毒性があり10秒で絶命するという。ジョヴァナは妹と親友、ヤーゴは老いた父親が気にかかるが、外出は禁止されて部屋から出ることができない。オンラインで無事を確かめ合い、いつか雲は消えるだろうと楽観視するが、期待は裏切られ続ける。二人は役割分担して日々暮らすことになった。そして二人の間に男の子が誕生し、リノと名付けられた。リノは窓からピンクの雲漂う無人の外を眺め、部屋の中だけで成長していく。
コロナのパンデミック以前に完成した作品ですが、まるで状況を予見してなぞるようなストーリーに、製作した側もとても驚いたようです。
すぐにインフラや食料はどうなるの?などと心配になりますが、映画ではネットが盛んでオンラインで注文したものが、窓に取り付けられた太いパイプを通って届けられます。ジョヴァナの出産もオンラインの指導のもと、ヤーゴが取りあげます。
もっと大騒ぎになるだろうとか、外に出られずに生活必需品はどう作られるのかとか、細かく突っ込むときりのない設定です。ではありますが、監督が描きたかったのは死と隣り合わせの非日常が日常となったとき、人間はその中で何を考え、何を求めていくのかということ。
現状を受け入れて前向きに生きようというヤーゴに、ジョヴァナは共感できません。二人の食い違いの中、日々リノは成長します。オンラインでつながっていた人たちにも変化があります。コロナを経験している身には絵空事とは思えず、今も慣れるばかりでなく、解決策はないのかと探したくなります。(白)
イウリ・ジェルバーゼは、これまでに6本の短編の脚本、監督を手がけてきて、本作が長編デビュー作。
突っ込みどころはいろいろありますが、「ロックダウンの状況を論理的に見せることを目指した脚本ではありません」と監督は語っています。 それでも、世界中がコロナ禍を経験した今、他人事ではなく、自分たちの問題として、この映画を捉えることができるでしょう。
閉じ込められた中で、ジョヴァナは最初望んでなかった子供をヤーゴとの間に設けますが、それでも普通の家庭生活をおくりたくないと抵抗します。
ほぼ見知らぬ男性と二人きりの世界に閉じ込められたとき、さて、どう行動する? 女性監督ならではの感情が感じられる場面が多々ありました。(咲)
2020年/ブラジル/シネスコ/103分/ポルトガル語
字幕翻訳:橋本裕充
配給:サンリスフィルム
(C)2019 Luminary Productions, LLC.
https://senlisfilms.jp/pinkcloud/
https://twitter.com/thepinkcloud_jp
★2023年1月27日(金)ロードショー
2022年11月13日
奇跡の人 ホセ・アリゴー 原題:Predestinado, Arigó e o Espirito do Dr. Fritz 英題:A Dangerous Practice
監督::グスタヴォ・フェルナンデス
出演::ダントン・メロ/ジュリアナ・パエス/ジェームズ・フォークナー/アントニオ・サボイア
1955年、ブラジル南東部ミナスジェライス州の小さな町コンゴーニャス。鉱員だったホセ・アリゴーは、鉱員組合を作りながらも身体を壊し、今は雑貨店を営んでいる。ある日、夢にドイツ人医師アドルフ・フリッツが現れ、「お前の使命だ」と人々を治癒するよう諭される。何かに憑かれたように、アリゴーは病に冒された人たちに対し、素手で癌を取り除いたり、ナイフで白内障や傷口の施術を施したりする。神父からは、心霊治療は許されないと脅されるが、噂を聞いて大勢の人が押しかけ、奇跡を見たいと国外からも取材にやってくる。偽医者と告発され、実刑判決も受けるが、彼を慕う人々からの抗議が殺到。その後、釈放され治療を続けるが、やがて、使命の終わりと死を察知。自らの予言通り、1971年に交通事故で命を落とす。
無学にもかかわらず、200万人もの人の癌や白内障などを心霊手術で治した実在の人物ホセ・アリゴーの物語。本名は、ホセ・ペドロ・デ・フレイタス。小さい時から、「ホセ・アリゴー(農場の少年、愚か者と言った意味合い)」のあだ名で呼ばれていたとのこと。
信じがたいですが、映画の最後には、実際にナイフを目に突き刺して治癒している様子や、手を突っ込んで悪い部分を取り出したりしている本物のホセ・アリゴーの映像が出てきました。多くの人の病を治しながら、治療費を一切受け取らなかったことも、人々から敬愛された理由なのでしょう。
その一方で、神父をはじめ、ホセ・アリゴーのことをよく思わない人々がいたのも事実。従妹である奥様との間に、7人の子に恵まれましたが、何かに取りつかれ、自分であって自分でないような人生、果たして幸せだったのでしょうか・・・ (咲)
2022年/ブラジル/カラー/108分
共同製作:パラマウント・ピクチャーズ/協力:エデン
配給:エクストリーム
公式サイト:http://kisekinohito.com/
★2022年11月18日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、UPLINK吉祥寺他全国ロードショー!
2022年03月26日
私はヴァレンティナ(原題:Valentina)
監督・脚本:カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス
出演:ティエッサ・ウィンバック、グタ・ストレッサー、ロムロ・ブラガ、ロナルド・ボナフロ、マリア・デ・マリア、ペドロ・ディニス
ブラジルの小さな街に引っ越してきた17歳のヴァレンティナ(ティエッサ・ウィンバック)。彼女は出生届の名であるラウルではなく、通称名で学校に通う手続きのため蒸発した父を探している。未だ恋を知らないゲイのジュリオ(ロナルド・ボナフロ)、未婚の母のアマンダ(レティシア・フランコ)など新しい友人や新生活にも慣れてきたが、自身がトランスジェンダーであることを伏せて暮らしていた。そんな中、参加した年越しパーティーで見知らぬ男性に襲われる事件が起きる。それをきっかけにSNSでのネットいじめや、匿名の脅迫、暴力沙汰など様々な危険が襲い掛かるのだった…
ブラジルはLGBTQの権利保障に対して前向きに動き、同性婚が認められた。その一方で差別はいまだ根強く残っており、トランスジェンダーの中途退学率は82%、そして平均寿命は35歳と言われている。
監督のカッシオ・ペレイラ・ドス・サントス、プロデューサーで監督の姉であるエリカ・ペレイラ・ドス・サントスはともにLGBTQであり、自分たちのような人物たちを社会がもっと認識してほしいという望みから映画を作ったという。
主人公のヴァレンティナを演じているのは実際にトランスジェンダーのティエッサ・ウィンバック。77万人の登録者がいるYouTubeチャンネルを運営している。演技経験はなかったものの、ヴァレンティナの言葉にできない辛さや悲しみが全身からにじみ出ていたのは自身が経験してきたことだからだけでなく、YouTuberとして表現してきたことが活きているのだろう。
希望を感じるラストに後味はとてもいい。ただ、フィクションだからこういう風に終われたのではないか。いや、このラストがリアルに感じられるような社会が早く来るよう、社会全体の意識が変わることを切に願う。(堀)
2020年/ブラジル映画/ポルトガル語/95分/スコープサイズ/カラー
配給:ハーク
(C)2020 Campo Cerrado All Rights Reserved.
公式サイト:https://hark3.com/valentina/
★2022年4月1日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
2020年09月05日
マイ・バッハ 不屈のピアニスト(原題:Joao, o Maestro)
監督:脚本:マウロ・リマ
プロデューサー:ブルーノ・レザビシャス
撮影:パウロ・バイネル
出演:アレクサンドロ・ネロ(ジョアン成年)、ロドリゴ・パンドルフ(ジョアン青年)、ダヴィ・カンポロンゴ(ジョアン幼少)、カコ・シオークレフ(ピアノ教師)、フェルナンダ・ノーブル(最初の妻)、アリーン・モラエス(妻)
幼い頃からピアノが得意だったジョアンは、瞬く間にとその才能を伸ばし13歳でプロとなった。20歳でカーネギーホールでの演奏デビューを飾っり“20世紀最も偉大なバッハの奏者”として世界的に活躍するまでになる。
一流の演奏家として世界を飛び回っていたジョアンだったが、不慮の事故により右手の3本の指に障害を抱えてしまう。ピアニストとして生命線である指が動かせなくなった彼はリハビリに励み、再びピアニストして活動できるまでになる。ついに復帰を果たし自身の代名詞ともいえるバッハの全ピアノ曲収録という偉業に挑戦をしていたところ、さらなる不幸が襲いかかった。
ブラジルのピアニスト、ジョアン・カルロス・マルティンスの伝記映画。子ども時代、青年時代、成年時代と3人の俳優がジョアンを演じています。ピアノ演奏の場面も多く、どのシーンも本人が演奏しているように見えます。プレスには言及されていませんが、動きは本人のものでしょう。得意な楽器が何もない私など、どれを見てもははーっと感服するばかり。
最初の事故で指が動かなくなっても決して諦めず、リハビリに励んだジョアンですが、さらに何度もの試練がやってきます。たった一つでさえ、乗り越えられず屈服してしまいそうなのに。
重なる不幸にめげず、片手で、さらには握りこぶしで、と道を開いていくジョアンの姿が素晴らしい!誰もができることではありません。が、ちょっとのことで愚痴っちゃいられないと背筋がシャキン!!と伸びますよ。この偉業の一方なかなかのプレイボーイだった一面も描いていて、人間臭いところもあるのねとちょっと安心します。(白)
クリント・イーストウッドも映画化を考えたという。若くして世界的な活躍をしていたピアニストが2度の不幸に見舞われたにもかかわらず、その苦難を乗り越えて、音楽の道を切り開いていく。確かにクリント・イーストウッドが興味を示しそうな内容だ。プロデューサーであるブルーノ・レザビシャスはジョアン・カルロス・マルティンスが指揮を務めるコンサート会場で「この物語はブラジル人こそが映画化すべきだ」と直談判し、映像化にこぎつけた。
話を暗く、重いものにしたくなかったからだろうか。ものすごい苦労があったはずなのだが、いつもするりと乗り越えてしまう。またジョアンがいつの間にか結婚をしているなど、パーソナルな部分に説明不足を感じた。それはジョアン本人から音楽家としての功績などにフィーチャーしてほしいというリクエストがあって、脚本の方向性を修正したからのようだ。クリント・イーストウッドが作ったら、もっと人間ジョアン・カルロス・マルティンスが深く描かれたのかもしれない。
しかし、音楽家としての功績にスポットを当てたので、ジョアンがピアノを弾くシーンが多い。しかも、それはジョアン・カルロス・マルティンス本人が弾いたものを使っている。心地よいバッハのメロディーに酔いしれる2時間となった。(堀)
2017年/ブラジル/カラー/117分
配給:イオンエンターテイメント
http://my-bach.jp/
★2020年9月11日(金)ロードショー