2023年09月09日
“敵”の子どもたち 原題:Children of the Enemy
監督・脚本:ゴルキ・グラセル・ミューラー
プロデューサー:クリストフ・ヘネル、エリカ・マルムグレン
娘がISIS(イスラム国)メンバーと結婚し7人の子を遺し亡くなった。
スウェーデンのミュージシャン、パトリシオ・ガルヴェスは、シリアにいる孫7人を救うため命がけの旅に出た・・・
パトリシオ・ガルヴェスの娘、アマンダは元妻と共にイスラム教徒に改宗。スウェーデンで最も悪名高いISISメンバーと結婚し、2014年にカリフ国家建設に加わるためシリアに密航してしまう。帰国の説得は上手くいかなかった。
2019年、ISIS掃討作戦で夫婦共に殺され、1歳から8歳の7人の幼い子どもたちが遺された。「せめて孫は救いたい」と、パトリシオは危険を顧みず孫の救出を決意する。
救助団体からの連絡で孫がシリア北東部のアルホル難民キャンプにいることが判明。スーツケースにおもちゃや靴を詰め込みシリアとの国境近くのイラクの都市へと向かう。
SNSでは「敵の子どもたちを連れて帰るな」など大量の批判があった。スウェーデン当局も解放に前向きでない中、パトリシオは孫を救い出すため自らシリア入りする。
娘アマンダや、その母である元妻がどういう動機や経緯でイスラムに改宗したのかは描かれていないのですが、ヨーロッパの各国で、改宗してISISに参加した人たちが数多くいます。ISISが掃討され、シリアに取り残された欧州出身者やその子どもたちの多くが行き場を失っていると聞きます。
「産めよ増やせよ」で7人の子を産んだアマンダ。幼い子たちがスマホでクルアーンを聴いたり、「アッラーアクバル」と叫んだりしていて、やめさせたいと思う一方、「娘が愛した神を尊重してほしい」とつぶやくパトリシオの姿に涙が出ました。
祖父母に養育権はなく、孫たちは身元を隠して、普通のスウェーデンの子どもとして養父母のもとで育てられているとのこと。子どもには罪はないけれど、いつか両親のことをあばかれて非難されるようなことがないことを願うばかりです。(咲)
2021年/スウェーデン・デンマーク・カタール/ドキュメンタリー/97分
配給:ユナイテッドピープル
公式サイト https://unitedpeople.jp/coe/
★2023年9月16日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
2023年02月18日
逆転のトライアングル(原題:Triangle of Sadness)
監督・脚本:リューベン・オストルンド
撮影:フレドリック・ウェンツェル
出演:ハリス・ディキンソン(カール)、チャールビ・ディーン(ヤヤ)、ドリー・デ・レオン(アビゲイル)、ウディ・ハレルソン(船長)
モデルで人気インフルエンサーのヤヤと、男性モデルのカールは恋人同士。レストランの支払いで当然のようにカールに支払わせるヤヤに、カールは思わず文句を言ってしまった。落ち目のカールの何倍もの収入のあるヤヤもたまには、気遣ってほしいのだ。大喧嘩になっても、ヤヤが招待された豪華客船クルーズの旅にカールも同伴する。
そこで乗り合わせたのは、超のつくお金持ちばかり。アプリ開発で億万長者となった実業家、ロシアの新興財閥「オリガルヒ」、上品な老夫婦は世界中に武器を売って稼いだ武器商人だった。理不尽な乗客の要求にこたえるクルーたち、もちろん高額なチップを期待してのこと。アルコール依存症の船長が主催した豪華ディナーを楽しむ夕べに船が難破し、海賊に襲われてしまった。彼らは沈没した船から逃れ、無人島に流れ着く。
リューベン・オストルンド監督の『フレンチアルプスで起きたこと』は強烈に印象に残っています。人間があまり見せたくない内側の本音を白日のもとにさらけ出して、居心地の悪い思いをさせてくれます。自分が思っているほど善人ではないとか、小さい人間だとか認めるのは恥ずかしくて悔しいですもん。
この作品ではタイタニックのような豪華客船に乗り込んだ超セレブなお金持ちたちが、お金にあかせて贅沢三昧。そのまま豪華な船旅が続くと思いきや、大事件に遭遇します。無人島に着いてからが、監督の本領発揮。これまで頼っていたお金も地位も関係ない世界で、一番強かったのは誰あろう、船内では最下層トイレ清掃員のアビゲイルでした。彼女は非常用の水や食料を確保したうえ、海から獲物を捕り、調理しと、サバイバル能力ゼロのセレブたちのトップに君臨します。ブラックユーモア満載のこの作品、自分に置き換えてあなたは笑えるでしょうか?
無人島でなくとも、天災・人災に遭って平常の生活ができなくなったとき、どうやって生き延びたらと考えてみましょう。最初の犠牲者でいいや、と弱音を吐かず「最低限自分に何が必要か」書き出して準備しても損はありません。
清掃人のアビゲイルを演じたのはフィリピンの女優ドリー・デ・レオン。メンドーサ監督製作総指揮の『評決』(2019)で助演女優賞を受賞しているベテラン女優です。ヤヤを魅力たっぷりに演じたチャールビ・ディーンは、2022年に細菌性敗血症のために32歳で急逝しました。合掌。(白)
☆カンヌ国際映画祭パルムドール受賞
2022年/スウェーデン/カラー/シネスコ/147分
配給:ギャガ
Fredrik Wenzel (C) Plattform Produktion
https://gaga.ne.jp/triangle/
★2023年2月23日(祝・木)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
2022年08月28日
ギャング・カルテット 世紀の怪盗アンサンブル(原題:Se upp for Jonssonligan)
監督:トーマス・アルフレッドソン
脚本:トーマス・アルフレッドソン、ヘンリック・ドーシン
出演:ヘンリック・ドーシン(シッカン)、ヘダ・スターンステット(ドリス)、ダーヴィド・スンディン(ハリィ)、アンダース・ヨハンソン(ラグナル・ヴァンヘデン)
シッカンはスウェーデンでは超有名な金庫破り。ハリィとドリス、ラグナル、3人の仲間たちと計画を練り、奇想天外なやり方でお宝を手に入れる。今日も今日とて倉庫に保管されている大量のコインを盗み出していた。華麗に去る予定がシッカン一人が現場に残されてしまった。刑期を終えて出所する彼を仲間が迎えに来た。刑務所の図書館に入り浸り、次のターゲットを定めていたシッカンはさっそく仲間たちに計画を打ち明ける。しかし、3人はそれぞれ足を洗うと宣言、みんなで住んでいた住処を出て行った。シッカンはまたもや一人残ってしまった。
一方、ストックホルムの北方民族博物館でフィンランド王の王冠が見つかった。スウェーデンのグローヴバル企業のこの王冠を手に入れ、フィンランド貴族の末裔を引き込み、王政を復活させようと誘う。そのためには、王冠に埋め込む伝説の石「カレリアのハート」を見つけ出す必要があった。その石こそがシッカンのターゲットだったのだが、彼はまだ知らなかった・・・。
イェンソン一味の映画がスウェーデンに登場したのは40年前。シリーズ作品となり、多くの人がこれを見て育ったのだそうです。日本でいえば「ルパン3世」のごとく愛され、いつまでも人気のある作品のようです。トーマス・アルフレッドソン監督は『ぼくのエリ 200歳の少女』(2010)『裏切りのサーカス』(2012)を手がけました。本作は全く違ったコメディ作品で、リメイクになりますが、オリジナルの良いところを受け継ぎ、新しいティストも加えました。
犯罪集団ながら誰も傷つけず、欲深な人間を揶揄、素直に共感できます。俳優さんはどの人も馴染みはありませんが、リーダーのシッカン、ハリィとラグナルは凸凹コンビ、3人の男性の誰よりしっかりして見えるのがハリィの奥さんのドリス。ドラえもんの仲間のしずかちゃんと思ってください。峰不二子のように最後に横取りしたりはしません。大人も子どもも一緒に楽しめる作品です。(白)
2019年/スウェーデン/カラー/ビスタ/122分
配給:キノフィルムズ
(C)FLX FEATURE AB. ALL RIGHTS RESERVED
https://movie.kinocinema.jp/works/thejonssongang
★2022年9月2日(金)kino cinéma立川髙島屋S.C.館ほか全国順次公開
2020年11月20日
ホモ・サピエンスの涙(英題:ABOUT ENDLESSNESS/原題:OM DET OÄNDLIGA)
監督・脚本:ロイ・アンダーソン
撮影:ゲルゲイ・パロス
出演:マッティン・サーネル、タティアーナ・デローナイ、アンデシュ・ヘルストルム
銀行が信じられず貯めたお金をベッドに隠している男性。この世に絶望し、信じるものを失った牧師。戦禍に見舞われた街を上空から眺めるカップル。映像の魔術師ロイ・アンダーソン監督が構図・色彩・美術と細部まで徹底的にこだわり、全33シーンすべてをワンシーンワンカットで撮影。悲しみと喜びを繰り返す人類の姿を、愛と希望を込めた優しい視点で映し出す。
第76回ヴェネチア国際映画祭 銀獅子賞(最優秀監督賞)
学生時代の友人に無視された男性、神を見失った牧師、診療を放棄した歯科医は複数シーンに登場しますが、基本的には繋がりのない人たちの人生のワンシーンを切り取って繋げた76分。どのシーンの登場人物も何か問題を抱えており、カメラはそれを一歩引いた視点で淡々と映し出します。
軍隊の行進シーン以外はすべて監督が所有する巨大な制作スタジオ〈Studio24〉で、一からセットを組み、撮影されました。ミニチュアの建物やマットペイント(背景画)を多用し、アナログにこだわった手法がとられています。雨の中で父親が子供の靴紐を結ぶシーンも屋外ではなく、スタジオ内で撮られたそう! 180 メートルのプラスチックパイプに1万5千個の穴を開けて雨を降らせ、雨の降る土の地面にも、雨が不規則に降り落ちで出来た雨跡をペイントで表現したというから驚きです。
(メイキング映像はこちらでご覧になれます)
https://www.youtube.com/watch?v=q12oZ9mQ-BM
また、いくつかの絵画に影響を受けており、マルク・シャガールの「街の上で」、ククルイニクスイの「The end」、イリヤ・レーピンの「1581年11月16日のイワン雷帝とその息子イワン」は構図がそっくりのシーンがあるので、比較してみるとおもしろいでしょう。(堀)
ロイ・アンダーソン監督の綴る不思議世界。でも、一つ一つのエピソードが、世界のどこかで今もありそうだったり、誰かが夢で見ていそうだったり、自分にも思い当たるものだったりします。中には突拍子のない話もあるのですが、それも人間?!
原題にある“oändliga(無限)”は、人間の存在についての“果てしなさ”を示しているのだそうです。生きていれば、喜怒哀楽さまざまなことが降りかかってきます。絶望から立ち上がることが出来そうになくても、長い道の先には光が見えると信じたいのが人間でしょうか・・・ (咲)
2019年/スウェーデン=ドイツ=ノルウェー/カラー/76分/ビスタ
配給:ビターズ・エンド
©Studio 24
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/homosapi
★2020年11月20日(金)ロードショー
2020年07月08日
ブリット=マリーの幸せなひとりだち ( 原題:Britt-Marie var her)
監督:ツヴァ・ノヴォトニー
原作:フレドリック・バックマン
出演:ペルニラ・アウグスト、ランスロット・ヌベ、ヴェラ・ヴィタリ、ペーター・ハーバー、オッレ・サッリ、アンデシュ・モッスリング
スウェーデンに住む専業主婦ブリット=マリー(ペルニラ・アウグスト)は、40年にわたって夫を支えてきた。ある日、出張先で夫が倒れたという知らせを受けて病院に駆けつけると、長年の愛人が付き添っていた。家を出たブリット=マリーは、これまでほとんど働いたことがなかったが、小さな町でユースセンターの管理人兼子供たちのサッカーチームのコーチの仕事に就く。
2016年に公開されたスウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』に魅了された映画ファンは多いだろう。同じ原作者による小説「ブリット=マリーはここにいた」(原題)の映画化である本作は、”おじいさん”を主役とした前作の女性版…ではない。ノスタルジックな場面に多く割かれていた前作と違い、63歳・専業主婦40年の主人公は未来に向かって歩み出す。強い意思を示した原題は、本作の内容を巧みに表現している。
税金の高いスウェーデンでは滅多に成立することがないという”専業主婦”。ブリット=マリーの40年間変わらないルーティンを示す冒頭場面の描写が圧倒的に面白い!朝6時に起床、朝食後に夫を送り出す。整然と並べられたカトラリー。「物は在ったところに仕舞うものよ。家は誰が見ても美しいものでなければ」と哲学を独白しながら家事をこなすブリット=マリーの動きには無駄がない。
夕食はきっかり6時、夫もそれに合わせて帰宅するが、彼が何より優先するのはサッカー。人生の一部といより”全て”なのだ。こうした極めてルーティン化した生活が、「誰かが家具を動かしたら何かが出てきちゃった」ように劇的な変化を迎える事態が起こる。
そんな時も、家事をこなす調子と同様に顔色一つ変えず、決然とした行動に出るブリット=マリー。観客は一気に主人公へ肩入れをしたくなる。ここまで約10分程の淡々とした流れを作り出す女優出身監督ツヴァ・ノヴォトニーの演出は抜群だ。冒頭の丁寧な描写を漏らさず観ていた観客は、中盤以降ブリット=マリーに押し寄せる怒涛の人生に俄然興味を引かれるに違いない。
主演のペルニラ・アウグストは、『愛の風景』や『スター・ウォーズ』のスカイウォーカー母で知られるスウェーデンの国民的女優。男優は英国、女優はスウェーデンに限る!という私見を持つ身としては、アウグストの非の打ち所がない名演を堪能できたことが幸せだった。
シンプルな北欧家具、街並みの整然さが、一気に混沌へと変わる様も興味深い秀作である。(幸)
(幸)さんがブリット=マリーが家を出るまでにスポットをあてているので、私はその先を。
ブリット=マリーはずっと専業主婦をしてきたので、家を出ると収入がありません。しかも63歳。しかし、夫の自宅での楽しみがサッカー観戦だったことをブリット=マリー「人生の大半をサッカーに費やした」と表現したのを職安の職員が勘違いをしてくれて、都会から離れた小さな村のユースセンターの管理人兼弱小サッカーチームのコーチになれました。苦痛だった夫のサッカー好きに助けられる。人生どこで何が幸いするかわかりません。
サッカーは素人ですが、持ち前の家事能力で荒れ放題だったユースセンターをきれいに片付け、子どもたちや村の人と馴染んでいきます。そこにちょっとしたラブロマンスも生まれ、ブリット=マリーは表情が和らぎ、きれいになっていきます。その辺りの微妙な変化をペルニラ・アウグストは繊細に表現しました。(幸)さんが「女優はスウェーデンに限る」というのも納得です。
そこに心を入れ直した夫が登場。帰ってきてほしいと訴えます。しかもユースセンターの取り壊しが決まり、サッカーチームも解散の危機に追い込まれます。果たしてブリット=マリーはどんな選択をするでしょうか。
本作はいくつになっても自分のために生きることができると背中を押してくれます。(堀)
ブリット=マリーにとっては、家事をきっちりこなすことこそ主婦の務めと信じて暮らしてきたのですが、この隙のなさと愛想のなさに、夫が愛人に心のよりどころを求めてしまったのも仕方ないなぁ~と、ちょっと同情してしまいます。
それはさておき、予告編を観た時に、明らかに肌の色の違う子どもたちが出ているのに興味を惹かれ、映画を観てみました。
仕事を紹介されて、たどり着いた小さな村ボリ。まず立ち寄ったお店の主が中東風。ユースセンターのサッカーチームの子どもたちの多くもアフリカや中東風の顔立ち。スウェーデンでは、2017年の時点で、総人口の17%が移民。スウェーデン生まれの2世なども加えると、人口の4分の1がスウェーデン以外にルーツがあるそうです。『幸せなひとりぼっち』でも、隣人にイラン人の女性が出てきました。本作でも、いろんなルーツの人たちが、共に暮らしている姿になごまされました。税金の高いスウェーデンですが、その税金で収入の少ない移民の人たちも恩恵を受けているのがみてとれて、嬉しくもありました。(咲)
2018年製作/97分/G/スウェーデン
配給:松竹
(C)AB Svensk Filmindustri, All rights reserved
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/bm/
★7月17日(金)より新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で順次公開★