2023年06月15日
探偵マーロウ 原題:Marlowe
監督:ニール・ジョーダン
出演:リーアム・ニーソン、ダイアン・クルーガー、ジェシカ・ラング、アドウェール・アキノエ=アグバエ、ダニー・ヒューストン、アラン・カミング
原作:「黒い瞳のブロンド」(ベンジャミン・ブラック/小鷹信光 訳 早川書房刊)
1939年10月、アメリカ・ロサンゼルス。探偵フィリップ・マーロウの事務所にブロンドの美女クレアが訪ねてくる。他界した父は石油業界にいて裕福。母はアイルランド出身の有名な女優だという。「突然姿を消した愛人ニコ・ピーターソンを探してほしい」との依頼をマーロウは引き受ける。映画界で売れてない下っ端の役者ニコの家に行ってみる。隣人は7週間前から姿を見ないといい、その間にメキシコ人が二人訪ねてきたと聞かされる。さらに警察で、ニコがコルバタクラブの外の道で轢き逃げされ亡くなったことを知る。クレアに確認しにいくと、轢き逃げで死んだのは周知の事実だけど、先週、見かけたのだという・・・
ハリウッドの富裕層が集うコルバタクラブ前の道での事故に、権力者が絡んでいるはずと捜査を進めるマーロウ。けれども、妹のリンが兄ニコの遺体だと確認したといわれます。有名女優であるクレアの母ドロシーもマーロウの前に現れ、さて、真相は?
ダイアン・クルーガー演じるクレアと、ジェシカ・ラング演じる母ドロシーの雰囲気がとても似ていて、いかにも母娘という感じ。どちらも貫禄たっぷりです。
リーアム・ニーソン銀幕デビュー45周年、出演100本目の作品。これまでハンフリー・ボガート、ロバート・ミッチャムなどが演じてきた探偵マーロウを、一度演じてみたかったというリーアム・ニーソン。私自身は、ほかのマーロウを観ていないし、原作も読んでいないので、リーアム演じる思慮深く紳士的な探偵マーロウにとても好感が持てました。
背景にさりげなく流れるジャズに、1960年代に夢中になってみていたロサンゼルスを舞台にしたTVの探偵ドラマ「サンセット77」を思い出しました。
冒頭にヒトラーの言葉が流れ、映画の後半には鍵十字の旗が並ぶ撮影現場が出てきます。アメリカはまだ参戦していませんが、ちょうど第二次世界大戦がヨーロッパで口火を切ったころが舞台なのも興味深かったです。
ちなみに本作はアメリカ映画ではなく、アイルランド人のニール・ジョーダン監督が、北アイルランド出身のリーアム・ニーソンを主役にして描いた映画。アイルランド訛りの英語が味わえるらしいです。(咲)
2022年/アイルランド・スペイン・フランス/英語/109分/カラー/PG12)
配給:STAR CHANNEL MOVIES
公式サイト:https://marlowe-movie.com/
★2023年6月16日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
2023年05月20日
ぼくたちの哲学教室(原題:Young Plato)
監督:ナーサ・ニ・キアナン、デクラン・マッグラ
撮影:ナーサ・ニ・キアナン
音楽:デヴィッド・ポルトロック
出演:ケヴィン・マカリーヴィー、ジャン・マリー・リール
北アイルランド、ベルファストにはプロテスタント地区とカトリック地区を隔てる分離壁(通称:平和の壁)がある。その周辺では時折衝突が起こる。北アイルランドの宗派闘争の傷跡が街にも人の心にも残り、犯罪や自殺率の高い地域だ。地域の発展も遅れている。そのアードイン地区のホーリークロス男子小学校には、4歳から11歳までの子どもたちが通う。女子の通う小学校は別で、2001年にホーリークロス女子小学校の子どもたちが地元のロイヤリストに通学路で脅迫される事件が起き、世界中のニュースになった。
男子小学校のケヴィン校長は、激動の時代に自分の拳で生き延びてきた。今は副校長やほかの教師たちと共に地域の向上に全力を注いでいる。「やられたらやりかえせ」と父親に言われた生徒には「親も間違うこともある、自分の頭で考えてみよう」という。
エルヴィス・プレスリーの大ファンのケヴィン校長は、車にも校長室にもエルヴィスのフィギュアや写真を飾っています。とてもお茶目でキュートな校長先生です。かつての自分を反省し、自分の頭で考えるために「哲学」を主要科目にあげ、自ら担当しました。生徒たちが“感情をコントロールし、抵抗する力”を身につけられるのに役立つと信じ、根気強く話し合いをくりかえします。日々おきてしまう生徒たちの諍いの場では、どんな意見も大切とすくいあげ、どの子も自分の意見を言える場を作ります。「相手の意見を尊重して違いを知り、考える。互いに考えることで、自分が変わることもある」子どもも哲学者なのでした。
公立学校だからか、男女別なのが惜しいです。男女一緒に学べば、互いの違いも知り、話し合いがもっと深まるでしょうに。(白)
「哲学」というと、難しそうな気がします。
「同じものを観ても、人によって受け止め方が違う」
「人の意見に耳を傾けよう」
「絶対正しい意見はない」
ケヴィン校長がおっしゃることを聞けば、な~んだ、哲学って難しくないんだとホッとします。
物事を柔軟に考えて、人と衝突しない処世術を身に着けるために学ぶのが哲学でしょうか・・・ こんな先生に子どもたちが出会ってほしい! (咲)
2021年/アイルランド・イギリス・ベルギー・フランス合作/カラー/シネスコ/102分
配給:doodler
(C)Soilsiu Films, Aisling Productions, Clin d'oeil films, Zadig Pro
https://youngplato.jp/
★2023年5月27日(土)ユーロスペースほか全国順次ロードショー
2022年05月02日
マイ・ニューヨーク・ダイアリー 原題:My Salinger Year
監督・脚本:フィリップ・ファラルドー(『ぼくたちのムッシュ・ラザール』『グッド・ライ~いちばん優しい嘘~』)
原作:「サリンジャーと過ごした⽇々」(ジョアンナ・ラコフ 著/井上里 訳/柏書房)
出演:マーガレット・クアリー、シガニー・ウィーバー、ダグラス・ブース、サーナ・カーズレイク、ブライアン・ F ・オバーン、コルム・フィオールほか
1995年、秋、ニューヨーク。作家を夢見るジョアンナ。職探しに人材紹介会社を訪ねる。「作家志望は敬遠されるから出版社はダメね」と、老舗出版エージェンシーを薦められる。著者の代理人として出版社へ企画を持ち込んだり、著作物の権利管理を代行する仕事。ジョアンナは、J.D.サリンジャー担当のマーガレットの下で働き始める。
日々の仕事は、世界中から毎日大量に届くサリンジャーへの熱烈なファンレターに返事を出すこと。でも、ジョアンナは「ライ麦畑でつかまえて」どころか、サリンジャーの小説を一つも読んでなかった。
定型文で返事を出せと指示されていたが、戦争体験を打ち明ける退役軍人、作家志望の娘を亡くした母親、返事を貰えれば落第せずに済むという学生・・と、熱心に語り掛ける手紙に、ジョアンナは自分の署名入りで返事を書き始める。
そんなある日、ボスの不在時にサリンジャーからの電話を取る。「人嫌いという噂は嘘よ」とボスから聞いていた通り、「会えるのを楽しみにしてるよ」と気さくに話しかけてくれるサリンジャー。ジョアンナが詩を書くと知って、その後も電話で励ましてくれる。
ようやくボスから数点の原稿を渡され、ふさわしい雑誌を選んで売り込むよう任される。担当した作品の出版が初めて決まり、上司から、「これで一人前ね」と言われる・・・
目をきらきらさせて、水を得た魚のようにはつらつと働くジョアンナが、とてもキュート。ジョアンナはいつか作家になりたいという目標に向かって、日々邁進しているのです。まだ若い時に、自分のやりたいことを見つけられるっていいなと思いました。
フィリップ・ファラルドー監督には、『ぼくたちのムッシュ・ラザール』が公開された折にインタビューしたことがあって、こんな爽やかな作品を作ってくれた!と、懐かしく思い出しました。
サリンジャーは、なかなか姿を見せないのですが、映画のラスト、ジョアンナが外出先から帰ってくると、シガニー・ウィーバー演じる上司を訪ねてきていて歓談中。 ジョアンナがサリンジャーと直接会えたかどうかは、ぜひ劇場で! ラストがとても爽やかで素敵です。(咲)
2020年/アイルランド・カナダ合作/101分/ビスタ
提供:カルチュア・パブリッシャーズ、ビターズ・エンド
配給:ビターズ・エンド
公式サイト:https://bitters.co.jp/mynydiary/
★2022年5月6日(金)新宿ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
2020年10月29日
ウルフウォーカー(原題:Wolfwalkers)
監督:トム・ムーア、 ロス・スチュアート
脚本:ウィル・コリンズ
音楽:キーラ、オーロラ
声の出演:オナー・ニーフシー(ロビン)、エバ・ウィッテカー(メーヴ)、ショーン・ビーン(ビル)
日本語吹き替え:新津ちせ(ロビン)、池下リリコ(メーヴ)、井浦新(ビル)
1650年、アイルランドの町キルケニー。ロビンは狼ハンターの父と一緒にイングランドからやってきた。父から「女の子は家事をしていなさい。森には危険なオオカミがいるので、家から出ないように」ときつく言われていたのに、こっそり出かけていく。
自由で不思議な力を持つメーヴという少女と出会い、友達になった。人間とオオカミが身体に共存する”ウルフウォーカー”のメーヴは、人間のために森がだんだん小さくなり、オオカミの住む場所がなくなっていること、オオカミの姿で出かけた母親が戻らなくて心配なことを打ち明ける。翌日、城の調理場で働くように送り出されたロビンは、メーヴの母親らしい大きな狼が檻に囚われているのを知った。なんとしても助け出して、オオカミ退治をやめさせなくては。
『ブレンダンとケルズの秘密』(2003)『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014)に続くケルトの伝説三部作の最終作品。前作では美術監督だったロス・スチュアートが共同監督となっています。
東京アニメアワードで鑑賞して以来、その美しさ、質の高さに感嘆したカートゥーン・サルーン・スタジオの制作です。『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』のころに着想、『ブレッドウィナー』(2017)の後に本格的に制作が開始され、構想7年で完成となりました。監督が「大好き!これからも続ける!」という2D手描きアニメーションの世界観はそのまま、今回は3Dソフトウェアも使って森や狼のモブシーンなどが作られました。手描きの線の力を大切にして消さずに残し、ソフトウェアを使った絵も紙に出力して手を加えているそうです。街と城、森、そこに住む人々、動物をそれに合った手法・色味で描き分けているのにも注目を。
イングランドがアイルランドの支配権を手に入れようと画策していた時代、森のオオカミを悪者として退治することも人心の掌握手段であったのでしょう。そんな歴史を背景に、街と森、そこに住む人間とオオカミ、男と女と相反するものが、共存すること理解しあうことも物語の中に語られていました。
この作品を観て細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』(2012)を思い出しました。設定は異なるものの、通ずるものがありますね。(白)
2020年/アイルランド、ルクセンブルク/カラー/シネスコ/110分
配給:チャイルド・フィルム
(C)WolfWalkers 2020
https://child-film.com/wolfwalkers/
★2020年10月30日(金)YEBISU GARDEN CINEMA他ロードショー
2020年03月14日
CURED キュアード(原題:The Cured)
監督・脚本:デイヴィッド・フレイン
出演:エレン・ペイジ、サム・キーリー、トム・ヴォーン=ローラー
人間を凶暴化させる新種の病原体、メイズ・ウイルスのパンデミックによって大混乱に陥ったアイルランド。6年後、治療法が発見されたことで秩序を取り戻し、治療効果が見られない25%の感染者は隔離施設に監禁され、治癒した75%は“回復者”として社会復帰することになった。回復者のひとりである若者セナン(サム・キーリー)は、シングルマザーの義姉アビー(エレン・ペイジ)のもとに身を寄せるが、回復者を恐れる市民の抗議デモは激しさを増すばかり。やがて理不尽な差別に不満を募らせ、過激化した回復者のグループは社会への復讐テロを計画する。その怒りと憎しみの連鎖はセナンやアビー親子を巻き込み、新たな恐怖のパンデミックを招き寄せるのだった……。
あまたあるゾンビ映画でこれまで描かれなかった「その後」です。フィクションとはいえ、辛いのは元ゾンビだった治療済みの人たちの記憶が鮮明であり、PTSDに苦しんでいること。戦争中に命令のまま行ったことに苦しむ帰還兵士たちが重なります。記憶が日ごとに薄れても、あったことをなかったことにできないのは本人です。主演のエレン・ペイジが製作にあたっています。
つい先日、新型コロナウィルスのパンデミック宣言が出たばかりなので、なんだか身近な感じがしてしまいます。今、電車内や映画館で咳き込んだら…みんな離れていきそうです。マスクはもちろんお茶やのど飴必携な今日この頃。早く終息させるにはどうすれば?(白)
感染者のうち、75%は治癒したとされ、回復者として社会復帰するのだが、家族はそれをすんなり受け入れられるのだろうか。若者セナンはジャーナリストである義理の姉アビーが身元引受人になってくれたが、元弁護士のコナーは父親から拒否される。父親は妻を襲った息子が許せないのだ。しかし、義弟を受け入れたアビーも不安がないわけではない。当然である。彼女は感染パニックの中で夫を喪っており、セナンを受け入れたことで、自宅に差別的な落書きをされた。とはいえ、ジャーナリストとして、理性的な選択をしなくてはいけないという思いもある。その苦悩はいかばかりか。エレン・ペイジが揺れる心情を繊細に体現した。
本作はあくまでもゾンビ・ウィルスへの恐怖と不安を描いているが、これはさまざまな差別や対立に置き換えられる。立場の違いを乗り越え、みなが互いに受け入れて、手を取り合って生きていく社会の実現は難しい。しかし、本作のラストでアビーはセナンを信じ、未来を託す。どんな状況でも希望はあると信じたい。(堀)
2017年/95分/アイルランド・フランス合作
配給:キノフィルムズ
©Tilted Pictures Limited 2017
公式サイト:http://cured-movie.jp/
★2020年3月20日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国にて順次公開