2023年09月10日

熊は、いない  原題:Khers Nist,  英題:No Bears

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(C)2022_JP Production_all rights reserved

監督・脚本・製作:ジャファル・パナヒ
撮影:アミン・ジャファリ
編集:アミル・エトミナーン
出演:ジャファル・パナヒ、ナセル・ハシェミ、ヴァヒド・モバセリ、バクティアール・パンジェイ、ミナ・カヴァニ・ナルジェス・デララム、レザ・ヘイダリ

トルコの街角。カフェから出てきた女に、男が「パスポートが準備できた。3日以内に出国しないと無効になる」という。「自分は後から行くので一人で行ってほしい」と言われ、女は「一緒に行きたい」と揉める。
ここで、「カット!」の声がかかる。映画の撮影だった。
トルコ国境に近いイランの村から、ジャファル・パナヒ監督がリモートでトルコにいる撮影隊に指示を出しているのだ。電波状況が悪くて、時々、途絶えてしまう。
一方、パナヒ監督は、村人にカメラを渡して、その日行われるという婚約式の儀式の様子を撮ってもらう。この村では、女の子が生まれると、結婚する相手を決めてから臍の緒を切るという。ある女性が婚約者でない男と密会しているのをパナヒ監督が写真に撮ったのではないかが問題になり、村の騒動に監督は巻き込まれていく・・・

パナヒ監督の作品はいくつか観ていますが、どこがフィクション?これはドキュメンタリーなの?と境目がわかりません。わからなくても丸ごと見ていれば、監督の見ているもの、言いたいことがわかってくるのかもと思ったりもしますが。監督の難しい立場上、言えること、言えないことがあり、相手に嘘もつかなければなりません。う~ん、藪の中にいるようです。あまりつつくと蛇でなく、熊が飛び出すかも??イランに詳しい(咲)さんに解釈をお願いすることにします。
この作品では映画内の映画と、村のおきてのため不自由な「恋人たち」にフォーカスしています。幼いときからの許嫁も略奪婚も映画でしか観たことはありませんが、理不尽この上ありません。日本もその昔、親のいうとおり結婚するのが定めでしたが。もめたり争ったりしているのは男性ばかり。決まりを作るのも男性で、女性は従うだけ?
男女の格差もすぐには無理でしょうが、少しずつ縮まりますように。映画を作り発表する自由をパナヒ監督が持てますように。せめて書いておきます。(白)


冒頭、トルコの町でイラン人の男女が10年も待機して欧州のどこかに密出国しようとしている話が展開し、カメラが段々引いて、パソコンの画面に収まります。その前に座るパナヒ監督が映し出されたとたん、あ~またパナヒ監督にやられた!と感服しました。
当局から、20年間映画を作ることも、イランから出国することも禁じられているパナヒ監督。それを逆手に取って、国境近くで映画を撮るという快挙。村はずれの国境までは、たった2キロ。ネット事情が悪いからと高台の国境付近に行くパナヒ。気が付けば国境を踏んでいます。眼下には、ロケ地のトルコの町の灯りが広がっています。村の人たちから、何もこんな辺鄙でネットも繋がらないところに来なくてもいいのにと言われるのですが、少しでもロケ地に近いところにいたいのが人情でしょう。トルコのロケ地にいる助監督は、簡単に国境を越えて、撮ったラッシュを届けがてら、パナヒ監督の安否確認。イラン出国を禁じられた監督が国境近くに居座っていて、逮捕されたら大変と心配しているのです。
一方で、滞在中の村は、女の子の赤ちゃんは許嫁を決めてから臍の緒を切るという風習があって、村の人たちはほぼすべてが親戚という状態。パナヒ監督が、婚約者でない男女の写真を撮った撮ってないを問題にされ、撮ってないなら宣誓所で皆の前で神に宣誓しろと言われます。
宣誓所に向かおうとしたパナヒ監督が、「その道は熊が出る」と引き留められ、お茶をふるまわれます。その男から、「村では水や土地を巡って争いが絶えない。先生は嘘でもいいから神に誓ってくれればいい」と助言されます。宣誓するときに、「村のしきたりには戸惑いも感じる」と前置きするパナヒ監督。それは村に対してだけのことではないでしょう。
この宣誓の場面で、もう一つ注目したのは言語のこと。この村の人たちの多くはトルコ系のアゼリー語を普段使っているらしく、ペルシア語だとわかりにくい人もいて、パナヒ監督は宣誓をアゼリー語でと依頼されます。パナヒ監督は、母親としかアゼリー語は使わず、兄弟とはペルシア語。アゼリー語だと自分が述べたいことの正しい単語が見つからないこともあると断ります。イランでは、ペルシア語が母語でない両親から生まれても、育った環境や受けた教育で自分にとって表現するのに楽な言語が両親と違うことはままあること。
さて、『熊は、いない』というタイトルには、脅しになんか乗らないぞ!という監督の気概を感じます。本作の完成後、逮捕され収監され、その間、ハンストもしたパナヒ監督ですが、その後釈放され、ご夫婦で外国にも旅に出られました。様々な圧力にもめげず、これからもキレのいい映画を作り続けてくださることを願うばかりです。(咲)



◆日本での公開に当たって、突如、ジャファル・パナヒ監督よりメッセージが到着!(9/15)
http://youtu.be/mb0S1ULB6mc


第79回ヴェネチア国際映画祭 審査員特別賞受賞
第23回東京フィルメックス オープニング作品 『ノー・ベアーズ(英題)』のタイトルで上映

2022年/イラン/ペルシア語・アゼリー語・トルコ語/107分/カラー/ビスタ/5.1ch
日本語字幕:大西公子/字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン
配給:アンプラグド
公式サイト:http://unpfilm.com/nobears/
★2023年9月15日(金)より 新宿武蔵野館ほか全国順次公開



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2023年08月20日

君は行く先を知らない  原題:Jadde Khaki  英題:HIT THE ROAD 

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(C)JP Film Production, 2021

監督・脚本:パナー・パナヒ   
製作:パナー・パナヒ、ジャファル・パナヒ
出演:モハマド・ハッサン・マージュニ、パンテア・パナヒハ、ヤラン・サルラク、アミン・シミアル

イランの巨匠ジャファル・パナヒの息子パナーの長編デビュー作。
(2021年 東京フィルメックスで『砂利道』のタイトルで上映)

車で旅に出る4人家族と1匹の犬。後部座席で、大はしゃぎする幼い弟。その隣で父親は足を怪我してギブスをして、渋い顔をしている。押し黙って車を運転する兄。助手席で母親は場を明るくしようと、革命前の歌謡曲にあわせて身体を揺らしている。
ウルミエ湖が見えてくる。「昔は泳げたのに、今は砂浴びしかできない」と父。
携帯を持ってくるなと言い聞かせていたのに、弟が隠し持っていたのを母親が岩陰に隠す。
自転車レースの一団が来る。自転車選手に声をかけたら転んでしまって、車に乗せる。
どこか張り詰めたような車の中の雰囲気が少し和らぐ。
自転車選手を下ろし、いよいよ目的地に近づく・・・

「家も車もあの子を送り出すために失った」という言葉などから、両親が長男を密出国させようとしていることがわかります。約束の場所にいくと、羊を選ぶように言われます。白は目立つからダメというので、それを被って山越えするのでしょう。必要なのは羊の皮だけなのに、羊一頭分の値段というのが世知辛いです。ウルミエ湖のそばを通ったので、山越えしてイラクに行くのか、トルコに行くのか・・・
途中で乗せた自転車選手に、母親が胡瓜をどうぞと差し出します。(イランでは胡瓜は果物屋にも売っていてオヤツ感覚)  その彼が複雑な話になった時に、「ペルシア語で説明するのは難しい。トルコ語じゃないと」と語っています。ウルミエ湖のあたりは、トルコ系のアゼリーや、クルドの人たちの多いところ。
葡萄が名産で、紀元前の昔からワインが作られていたところですが、イスラーム政権になってからワイン醸造は禁止されました。加えて、ダム開発などでウルミエ湖が干上がってきていて、農業にも支障をきたしています。

さて、両親は幼い弟に、兄がいなくなることをどう話すか案じていて、「花嫁と駆け落ちしたって言おう」と話しています。
なぜ兄が密出国するのかの理由は、映画を観る私たちにも実は明かされていません。フィルメックスでの上映後にリモートで行われた監督とのQ&Aで、そのワケも明かされました。

東京フィルメックス 『砂利道』(イラン) パナー・パナヒ監督Q&A(咲)

もう別れが近くなった時、父親が国を出る息子に言い聞かせます。「ゴキブリを殺してもトイレに流すのはやめろ。ゴキブリだって、両親が希望を託して外の世界に送りだしたのだから」 こんな風に、自分の思いを語るなんて!

それにしても、幼い弟がうるさいくらいにはしゃぎ過ぎ。こういうキャラクターの子を探してると言ったら、テレビドラマに出ているあの子がいいと教えてくれたのがラヤン・サルアクだそうです。6歳半で、本読みはできないので、母親がセリフを読んで、それを全部覚えて現場に来たとのこと。映画の最後、この幼い弟が歌う場面に、あっと驚かされます。
随所に流れるピアノ曲(バッハ)が切ないです。 全体に音楽が素敵だと思ったら、やはりペイマーン・ヤズダニアンが音楽を担当していました。(咲)


☆トークイベント
8月26日(土)14:50の回上映後

新宿武蔵野館
登壇者
杉森 健一さん(イランの良さを伝える人/PERSIAN TAG 代表)
村山 木乃実さん(宗教学、ペルシア文学研究者)


2021年/イラン/ペルシャ語/1.85:1/5.1ch/カラー/93分   
日本語字幕:大西公子、字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン
後援:イラン・イスラム共和国大使館イラン文化センター
提供・配給:フラッグ
宣伝:FINOR
公式サイト:https://www.flag-pictures.co.jp/hittheroad-movie/
★2023年8月25日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開




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2022年03月27日

英雄の証明    原題:قهرمان ghahreman 英題:A HERO

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(C)2021 Memento Production Asghar Farhadi Production ARTE France Cinema

監督・脚本・製作アスガー・ファルハディ
出演:アミル・ジャディディ、モーセン・タナバンデ、サハル・ゴルデュースト、サリナ・ファルハディ

イラン南西部の古都シラーズ。元看板職人のラヒム・ソルタニは借金が返せず収監されている。婚約者ファルコンデから金貨17枚が入った鞄を拾ったとの連絡を受け、その金貨で借金を返済しようと刑務所から2日間の休暇を貰う。返済する相手は別れた妻の兄バーラム。だが、金貨は返済額の半分程にしかならず、バーラムは全額でないと受け取らないという。ラヒムは、だんだん罪悪感を覚えて、鞄を落とし主に返すことにする。刑務所の電話番号を連絡先にしたビラを、鞄を拾った辺りに貼り、刑務所に戻る。数日後、落とし主と名乗る女性から電話を受け、姉マリのところに取りにいってもらう。このことを刑務所の所長たちが知り、美談として報じたいといわれる。婚約者のことは公にしたくない為、自分が鞄を拾ったことにして報じてもらう。ラヒムは正直者の囚人として美談の英雄になる。特別休暇をもらい出所したラヒムはチャリティ協会の催しに招かれる。吃音症の息子シアヴァシュのスピーチも聴衆の涙を誘い、ラヒムの借金の為に皆が寄付金を差し出す。チャリティ協会から仕事も斡旋してもらい、面談に行くが、そこで「美談」が嘘との報がSNSで出回っているので、証拠を示せといわれる・・・

さすがファルハディ監督! ソーシャルメディアが、人を英雄にも悪者にもするという世界のどこにでも起こり得ることを巧みに描きながら、イランの人たちの暮らしや文化もしっかり見せてくれて唸りました。
冒頭、刑務所を出て向かった先が、2500年前の遺跡ナクシェ・ロスタム(ロスタムの絵)。 シラーズの町から車で1時間ほどのアケメネス朝ペルシアの都ペルセポリスの近くにある崖に刻まれた墓標群です。修復作業をしている義兄を訪ねて、仮設階段を何段もあがっていくので、どれだけ大きいかがわかると思います。
ロスタムといえば、イランが誇る詩人フェルドウスィーの叙事詩「シャー・ナーメ(王書)」に出てくる偉大な英雄。映画のタイトルにも呼応しますが、7世紀にイスラームが入ってくる以前よりの古い歴史を持つイランを強調しているようにも思えました。

出所し、久しぶりに会うファルコンデがいつものコートにスカーフではなく、伝統的なチャードルをはらりと翻しながら階段を下りてきます。「美しい」とつぶやくラヒムに、「鞄を隠すためよ」とファルコンデ。チャードルは実は万引きにも便利! そも、コートにスカーフは1979年の革命後に、イスラームの教えに沿って髪の毛や身体の線を隠すよう、それまでチャードルを利用していなかった人たちのために推奨されたもの。革命前にはなかったスタイルです。

ラヒムを囲んでの久しぶりの食事。絨毯の上に広げたソフレ(食布)に、料理を並べて皆で囲みます。少人数なら食卓で食べることもありますが、絨毯に座ってソフレを囲むのはイランの伝統的な日常の姿。人数が増えても大丈夫。 
「早く来ないと、おこげを食べちゃうよ」と、ゲームをしている息子に声をかけます。おこげは、お皿に別盛りにして、お客様がいればまず先に差し上げるご馳走。
美談が広まり、ラヒムが出所したお祝いに隣近所に振る舞うためにたくさん作ったアーシュ(スープ)。息子がうれしそうな顔でご近所さんに届ける姿にほろっとさせられます。ファルコンデの家に持っていくアーシュには、ラヒム自身が表面に綺麗な飾りつけをしています。(薔薇の花びらやミントなどで絵を描くように飾ります)

休暇をもらって刑務所から一時的に出所できることに驚かされますが、コロナ禍で、密にならないよう一時的に家に帰したという話も聞きました。窃盗犯や麻薬犯などは帰宅できたのに政治犯は認められなかったそうです。
借金が返せなくて収監されることにもちょっと驚きますが、イランでは、結婚する時に取り決めした夫が妻に払う婚資(いつ渡してもいいのですが、離婚した時には必ず払わなければいけない)を払えなくて収監される男性も多いと聞きます。
婚資をせしめる為に、男性を引っかけて離婚するという女性の話も耳にしますが、この映画は、出所する夫が迎えにきた妻と抱き合う姿を遠目に映して終わります。妻が刑務所の人たちへの差し入れのお菓子の大きな箱を持ってきていて、皆さんでどうぞというのも、いかにもイラン♪ おしゃべりで好奇心が強くて、人付き合いを大切にするイランの人たちの姿を、この映画を通じて観ていただければ嬉しいです。
ラヒムのくだした結論も、ぜひ劇場で確認ください。  (咲)


SNSによって、瞬く間に英雄に持ち上げられ、そして叩かれる。嘘と正直、相反しているけど、隣り合わせ。どう解釈するかによって、善意や悪意が紙一重というのを、巧妙に描いている。物事を好意的に見るか悪意で見るか、知らないまに英雄になったり悪人にされたり。ネットの社会は恐ろしい。それにしても借金で拘留されるというのにも驚いたけど、刑務所にいるのに休暇があるというのにもまか不思議な感じがした。日本だったら刑期の途中で、刑務所から家に外出できるということは考えられないこと。やはり世界にはいろいろな考え方がある(暁)。

第74回カンヌ国際映画祭 グランプリ受賞

2021年/イラン・フランス/ペルシア語/127分
日本語字幕:金井厚樹/字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン
提供:シンカ、スカーレット、シャ・ラ・ラ・カンパニー、Filmarks
後援:イラン・イスラム共和国大使館イラン文化センター、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
配給シンカ
公式サイト:https://synca.jp/ahero/
★2022年4月1日(金)よりBunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテほか全国順次公開

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2022年02月13日

白い牛のバラッド   原題:Ghasideyeh gave sefid  英題:Ballad of a White Cow

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監督:ベタシュ・サナイハ、マリヤム・モガッダム
出演:マリヤム・モガッダム、アリレザ・サニファル、プーリア・ラヒミサム

夫ババクが殺人罪で処刑されて1年。ミナは牛乳工場で働き、ろうあの娘ビタを育てながら必死に生きている。ある日、裁判所に呼び出され、義弟と共に出向く。真犯人が見つかり、2億7千万トマンの賠償金が出るといわれる。泣き崩れるミナ。賠償金よりも、夫を死刑に追い込んだ判事に謝罪をしてほしいとミナは裁判所に行くが、会ってもらえない。
そんな折、夫の友人のレザだと名乗る男が訪ねてきて、生前借りた1千万トマンを返したいという。さらに、娘ビタの学校に車で迎えにいくなど手助けしてくれる。だが、数日後、大家の夫人から、「夫がよその男を家に入れたのを見て、今月で出ていってほしいと言ってる」と申し訳なさそうに告げられる。不動産屋に行くが、未亡人、ペットの飼い主、麻薬は嫌がられると、部屋が見つからない。それを知ったレザが、ちょうど空いた部屋があると提供してくれる。一難去って、義弟から義父がビタの親権を求めて訴えたと連絡が入る。
その後、倒れたレザを行きがかり上、ミナが家で面倒をみることになる。ビタと3人、まるで家族のような暮らしに安らぎを感じ、レザに心を寄せ始めるミナ。そんなミナに義弟がレザの正体を告げる・・・

舞台はイランの首都テヘラン。冤罪で夫を死刑にされた喪失感を抱えた女と、心に葛藤を抱える男性が互いの距離感を縮めるうちに、思いもよらぬ結末を迎えることになる。こう書くと日本のテレビの2時間ドラマのようだが、イランの映画は一味違う。未亡人でシングルマザーの女性が幼い娘を抱えて困窮するのはどこの国にもある不幸な現実だが、そこに夫や親戚でもない男が、女性しかいない家に入るという行為が良しとされないイスラーム社会固有の事情も描かれる。主人公の女性は弱い存在であるが、闘志を内に秘める人でもある。自分を取り巻く理不尽な状況に立ち向かう女性が下した決断に、本作を観る者は等しく慄くだろう。普段見慣れたサスペンスモノとは一味も二味も違う。文句なしに面白い作品である。(堀)

予測不能なサスペンスフルな展開に、ぞくぞくさせられました。監督の一人マリヤム・モガッダムが主役ミナを演じ、喪失感の中で出会った男性に次第に思いを寄せていく様を見事に描き出しています。実によく出来た面白い作品なのに、イランでは2020年2月のファジル国際映画祭で3回上映されただけで、政府の検閲により劇場公開の許可が下りていないとのこと。どこが引っ掛かったのかと、考えてみました。死刑については、公開されている映画があるし、冤罪についても脚本段階で検閲を受けているので、違うだろうと。
次に、髪の毛を全面的に見せている場面。ミナが口紅を濃く塗って、レザのいる部屋に入っていく時に、スカーフをはずしています。また、娘ビタも学校を出たところで、スカーフをはずしていました。
ビタという娘の名前は、夫が革命前の有名な歌手グーグーシュ主演の映画『ビタ』が好きでつけたとありました。映画の場面がテレビの中に映し出されていて、もちろんグーグーシュは髪の毛も肌も出しています。革命後、女性がソロで歌うことは禁止され、グーグーシュも活動できなくなっています。
恐らく、細かく削除を求められた以外にも、検閲官の気に障ることがあったのでしょう。

イランで、こんなことも禁止されていると驚くことも描かれています。それは犬。
ミナが引っ越し先の上の階の家に鍵を取りにいった時に、犬の鳴き声が聞こえてきて、おっ来たなと思いました。その後、庭に犬がいるのをみて、レザが汚いから家に入れるようにと言い、犬の飼い主が、大通りで散歩させられないから庭に放させてもらったと言っています。犬は預言者ムハンマドが不浄だとした伝承から、イスラームでは忌み嫌われてきました。イランでペットとして飼う人が増えて、2011年頃に、国会で「犬の所持禁止法案」が審議されていました。家の中で飼うことと、散歩は例えば住宅団地などだとその域内はOKという形で、その時には決着したようです。2019年、首都テヘランでは、公共の場での犬の散歩が禁止になり、犬を車に乗せて運転することも禁止されてしまいました。イランの友人に聞いたところ、真夜中や明け方に大通りを散歩させたり、犬の飼い主たちで集まったりと、頑張って抵抗しているとのことです。

理不尽な冤罪を描いた映画ですが、イラン贔屓の私にとっては、イランの中流の人たちの暮らしがさりげなく描かれていて、イランの社会や文化を知っていただく機会になる映画だと思いました。
大家の奥さんも、引っ越し先の2階の奥さんも、そしてミナもレザに、食事をどうぞと声をかけるのは、まさにイラン人!と思いました。物価があがっても、昔ながらに、いつでも人に振舞えるように多めに作っているのではないかと思います。
ミナがレザと亡き夫のお墓参りのあと、小川の畔でピクニックをして、久しぶりと喜んでいますが、イランの人たちはよく家族でピクニックを楽しみます。夫を亡くして、その機会もなくなっていたのだと思わせてくれる場面でした。
死刑が多くて、息苦しい体制の中で生きている可哀そうな人たちというイメージを持ってほしくないと願うばかりです。息苦しいと思っている人が多いのも確かですが、それを跳ねのけて楽しむエネルギーを持っている人たちが多いと感じます。もちろん、気の毒な境遇の人もいるのですが、イスラームの教えから、自分より悪い境遇の人には手を差し伸べる精神が宿っている社会です。レザが退院するとき、必ず誰かがそばについているのを病院が条件にし、ミナが連れ帰ったこともその表れです。独居老人は少なく、病院でなく家で看取りたいと思う人が多いことも知ってほしいところです。(咲)



第71回ベルリン国際映画祭金熊賞&観客賞ノミネート

2020 年/イラン・フランス/ペルシア語/105 分/1.85 ビスタ/カラー/5.1ch
日本語字幕:齋藤敦子
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/whitecow/
★2022年2月18日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国公開.






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2021年10月06日

そしてキアロスタミはつづく デジタル・リマスター版特集上映

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『友だちのうちはどこ?』にはじまるジグザグ道三部作や、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『桜桃の味』などで知られるイランを代表する巨匠アッバス・キアロスタミ監督(Abbas Kiarostami、1940年6月22日-2016年7月4日)。
詩や写真でも才能を発揮していた彼の映画は人生の真実にあふれ、観た者の心に忘れえぬ記憶として今なお残りつづけています。
そのキアロスタミ監督の珠玉の傑作7作品が、生誕81年を記念してデジタル・リマスター版でスクリーンに甦ります。

本来は生誕80年である2020年に、フランス・パリのポンピドゥーセンターでの回顧展「Abbas Kiarostami Ou est l’ami Kiarostami?」に合わせて日本でも劇場公開が企画されていましたが、コロナによって回顧展が延期。その後、没後5周年となる2021年5月に同展が開催されたのを受け、世界的にキアロスタミ監督の再評価が高まるなか、日本でも満を持してデジタル・リマスター版が劇場初公開されます。
今回の7作品はパリのmk2、ニューヨークのクライテリオンコレクション、ボローニャのラボ、リマジネ・リトロヴァータが2年をかけて修復した4Kまたは2Kリマスター版。上映は全作品2Kで行われます。

期間・劇場:2021年10月16日(土)よりユーロスペースほか全国順次開催
 ユーロスペース 公式サイト:http://www.eurospace.co.jp/

上映作品:
『トラベラー』(1974)
『友だちのうちはどこ?』(1987)
『ホームワーク』(1989)
『そして人生はつづく』(1992)
『オリーブの林をぬけて』(1994)
『桜桃の味』(1997)
『風が吹くまま』(1999)

☆各映画の詳細は、公式サイトでご覧ください。
https://kiarostamiforever.com/

*上映スケジュール*
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★リピーター・プレゼント:会期中、2作品ご鑑賞ごとにオリジナル・ポストカードを1種ずつ、全7作品ご鑑賞でオリジナル・トートバッグをプレゼント。
(チケット半券を劇場受付にご提示ください。)※数量限定
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提供:WOWOWプラス 配給:ユーロスペース 宣伝:大福  
料金:一般1500円/大学生1000円/会員・シニア1100円/高校生800円/中学生以下500円

★公開記念トークショー開催!
10月16日(土)12:40『友だちのうちはどこ?』
上映前 ゲスト:中村獅童(歌舞伎俳優)

10月17日(日) 12:40『トラベラー』
上映後 ゲスト:アミール・ナデリ(映画監督/『CUT』) 
※オンラインでの開催

10月23日(土)12:40『風が吹くまま』
上映後 ゲスト:ショーレ・ゴルパリアン(映画プロデューサー、翻訳家、通訳)

10月24日(日)12:40『そして人生はつづく』
上映後 ゲスト:佐藤元状(英文学・映画研究者)


◆アフマド・キアロスタミ氏(デジタル・リマスター版監修)
動画メッセージ https://youtu.be/tfjE5dLemHo
私の父の映画が日本で上映され続けていることをとても嬉しく思います。日本は父にとってとても特別な国でした。父が日本で撮った作品を見ればそれは明らかだと思います。父の映画が上映されるのに一番ふさわしい国でしょう。近い将来、父の短編作品も日本で見てもらえたらと思います。またグラフィックデザインや写真といった異なるタイプの作品、とりわけどこにも発表していない2つの写真のシリーズを日本で紹介できたらと願っています。私自身にも日本はとても特別なつながりのある国です。イラン国外への初めての旅行、しかも長い時間をへてようやく父と一緒に旅したのが日本でした。私は父アッバスと映画祭に参加し、素晴らしい時間を過ごしました。近いうちにまた日本へ行けることを願っています。ありがとうございました。

◆アミール・ナデリ監督 コメント
message Naderi san for Mr. Kiarostami 320.jpg
アッバス・キアロスタミは、日本の文化や魂に限りなく近い映画を作った、世界でたったひとりの映画監督です。
また、小津安二郎や清水宏の作品にも似たエッセンスも持っています。
キアロスタミの作品を見ることは、誰にとっても忘れられない経験となるでしょう。
なぜなら、彼の作品には真摯さと生命への敬意があふれているからです。
アミール・ナデリ(映画監督/『CUT』)

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キアロスタミ監督とナデリ監督

■関連書籍発売情報
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「映画の旅びと イランから日本へ」 ショーレ・ゴルパリアン/みすず書房
憧れの日本に来てから40年、激動の時代のなかでイランと日本を往復。キアロスタミをはじめとする個性派ぞろいの監督たちとともに映画をつくり、訳し、拡め、二つの文化に橋をかけたイラン女性の涙と笑いの半生記。
http://cinemajournal.seesaa.net/article/483265973.html

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先日、ショーレさんにお話を伺ったのですが、コロナ禍の今、ぜひキアロスタミ監督の作品を大きな画面で観て、心を癒していただければとの言葉をいただきました。
ショーレさん02 320.jpg
ショーレ・ゴルパリアンさんにキアロスタミ監督の思い出を伺う

試写で『友だちのうちはどこ?』を拝見。何度も観ている映画ですが、大きな画面で観るのは格別でした。
また、『桜桃の味』も、久しぶりに観て、前とまた違った印象を持ちました。
最初、大通りを車で走っていると、アフガニスタン難民と思われる青年たちが仕事を求めて声をかけてきます。こんな場面で始まったっけ?と思っているうちに、郊外の丘へ。
自殺しようとしている主人公が、これはと思う人物に声をかけて車に乗せると、必ずどこの出身かを聞いています。エンドロールに、最後の場面に出てきた兵士たちの名前が出身地と共に掲載されていることにも気が付きました。ペルシア語がわかる方は、ぜひそれにも注目してみてください。
イランに多様な人たちがいることを自然な流れでキアロスタミが描いていることに、あらためて気が付いた次第です。

(景山咲子)


アッバス・キアロスタミ監督の『友だちのうちはどこ?』を初めてみたのは、日本公開された1993年。イランの映画を見たのも初めてでした。その後、日本で上映、公開されるキアロスタミ映画はほとんど見てきたかと思います。穏やかな時間の経過とユーモアさをもちながら、主人公が置かれた状況をしっかり映像の中に収めている映像。その後、日本で上映、公開されるイランの映画をたくさん観てきました。それらの映画で、ニュースや文章の中でしか知らなかったイランや周辺諸国の事情を知ることになりました。そして、今はまた混乱の中にある中東周辺国。私たちにできることは、せめて、それらの国の人達のことを知ることから始まるのかもしれません。それにしてもキアロスタミの映画を観ると、イランの人びとの思い、街や自然の姿が思い浮かびます。そしてユーモアと皮肉が含まれた映像を観て、クスっとするのも好きです(暁)。
posted by sakiko at 08:00| Comment(0) | イラン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする