2019年08月04日

シークレット・スーパースター   原題:Secret Superstar

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監督・脚本:アドヴェイト・チャンダン
出演:ザイラー・ワシーム(『ダンガル きっと、つよくなる』)、メヘル・ヴィジュ(『バジュランギおじさんと、小さな迷子』)/アーミル・カーン(『PK』『きっと、うまくいく』『ダンガル きっと、つよくなる』)ほか

インド、グジャラート州ヴァドーダラー。
保守的なムスリムの家庭で育った14歳のインスィア(ザーイラー・ワースィム)は、歌が大好きな女の子。ギターで弾き語りしながら、いつか世界に自分の歌を届けたい願っている。そんなインスィアに母のナジマー(メーヘル・ヴィジュ)は、金のアクセサリーを売ってパソコンを買ってあげて、YouTubeで流せばという。サウジアラビアに出張中のパパに見られたら怒られるとすくむインスィア。「ブルカを被れば大丈夫!」と母に励まされて「シークレット・スーパースター」の名前で投稿すると、たちまち評判に。有名人からもコメントが寄せられ、新聞にも写真入りで紹介される。
断食月になって、サウジアラビアに出張していたエンジニアの父ファルーク(ラージ・アルジュン)が帰ってくる。30点という試験の結果を見て、ギターの弦を切ってしまう父。パソコンも捨ててしまえといわれる。
そんな中、動画を見て有名な音楽プロデューサー、シャクティ・クマール(アーミル・カーン)からインスィアの歌をレコーディングしたいと連絡が届く・・・

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(C)AAMIR KHAN PRODUCTIONS PRIVATE LIMITED 2017


アドヴェイト・チャンダンの初監督作品。俳優、脚本、助監督など様々な仕事をしてきたが、アーミル・カーンの元マネージャーでもあり、アーミルが全面バックアップ。出演も快諾して、有能な音楽監督だけど、同時に3人と不倫して、奥さんから離婚を突きつけられているという、ちゃらい男を実に楽しそうに演じている。おそらくアーミルとは間逆のキャラ。
そして、アドヴェイト・チャンダン監督が、「母と母性に捧げる」と掲げているように、本作は保守的なインド社会の中で虐げられながらも闘う女性たちの物語。

インスィアは、友達の男の子チンタンの助けを借りて、学校を抜け出してムンバイのシャクティのスタジオに飛行機で往復。なんとか夢を叶えたいと頑張る一方、権威主義的な父から母を救いたいと、シャクティの奥さんに離婚調停で実績にある有能な弁護士を紹介してもらう。実に痛快。

少女インスィアを演じたザイラー・ワシームは、アーミルの娘役を演じた『ダンガル きっと、つよくなる』がデビュー作。
娘の夢を叶えてあげようと、自分が盾となる母親を演じているのは、『バジュランギおじさんと、小さな迷子』でも少女の母親役のメヘル・ヴィジュ。

そして、本作がムスリムの家庭を描いていることにも注目したい。顔を隠してYouTubeに投稿する時、イスラームの女性が髪の毛や身体を隠すヒジャーブの習慣を利用するための設定だけど、インドの映画でムスリムが主役になることはなかなかないので貴重。
ヒンドゥー至上主義のモディ首相の政権下であることを考えると、さらに興味深い。
グジャラート州のムスリムの状況がどんなものなのか知らないが、父親が「明日呼ばれている結婚式は進歩的な家だからブルカは被るな」と母親に命令する場面があって、ムスリムにも様々な考えがあることを思わせてくれる。

なお、最初に出て来るタイトルも、ヒンディー語とアラビア文字のウルドゥ―語が併記されている。ウルドゥー語は、ムガル王朝の時代、イスラームに改宗した人たちが、ヒンディー語をアラビア文字で書き、語彙にもアラビア語やペルシア語起源のものを取り入れた言葉。ヒンディー語とウルドゥー語は見た目は全く違うが、文法体系は同じ。
それにしても、グジャラート州のムスリムがウルドゥ―語を話しているのかどうか知りたいところ。 (咲)


歌手を夢見る主人公は顔を隠して動画サイトに歌をアップ。一躍、有名になるが、DVな父親は音楽や自由を認めない。良かれと思って手筈を整えた両親の離婚も母から否定される。いろいろと助けてくれる友人にイライラをぶつけ、母が父に隠れてこっそり買ってくれたパソコンを投げ捨ててしまう。不自由な境遇とはいえ、不満の吐き出し方が父親に似ているのはあえてか。演じていたのは『ダンガル きっと、強くなる』で映画デビューしたザイラー・ワシーム。そういえば、あの時は父親にレスリングを無理強いされていたっけ。主人公を助ける友人の彼女への恋心は一目瞭然。それを必死に隠して、彼女の歌手デビューのために奔走する。その純な思いはいじらしく、応援したくなった。
アーミル・カーンは動画サイトから少女を見つけたプロデューサー役。彼女の自由に一役買う。いい役どころのはずだが、俺様感たっぷりの女ったらし。こんな設定は初めてでは? ピタピタの衣装が妙にハマってた。インドの良心と言われる彼とは正反対だが、実はこれが本当の姿ではと思ってしまうくらい楽しそうに演じていた。(堀)


2017年/インド/ヒンディー語/シネマスコープ/5.1ch/150分/映倫G
配給:フィルムランド、カラーバード 
公式サイト:http://secret-superstar.com/
★2019年8月9日(金)8月9日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー




posted by sakiko at 14:56| Comment(0) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月25日

あなたの名前を呼べたなら   原題:Sir

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監督:ロヘナ・ゲラ
出演:ティロートマ・ショーム、ヴィヴェーク・ゴーンバル、ギーターンジャリ・クルカルニー

インドの大都市ムンバイで住み込みの家政婦をしているラトナ。
高原の村に里帰りしていたラトナは、突然雇い主に呼び戻される。仕える建設会社の御曹司アシュヴィンの結婚式が婚約者の浮気で直前にキャンセルになったのだ。
傷心の旦那様アシュヴィンに気遣いながら世話をする日々。広いマンションだが、それほど家事に時間もかからないので、午後のひと時、仕立ての勉強をしに行きたいと旦那様にお願いする。それをきっかけに、アシュヴィンはラトナの夢がデザイナーになることだと知る。さらに、結婚して4か月後の19歳のときに夫に先立たれ、「未亡人になったら人生終わり」というラトナに、「誰でも夢を持っていい」と励ます。実はアシュヴィン自身、アメリカでライターとして働いていて、作家になるのが夢だったが、兄が急逝し、家業を継がなければならなくなったのだ。アシュヴィンはラトナの夢が叶うようにと、何かと配慮して優しくする・・・

まだまだカーストや階級が社会規範になっているインドで、身分の違いを越えて心を通わす二人、そしてデザイナーとして自立したいと願う女性の姿を、しっとり味わい深く描いた物語。
なにより、家政婦に人間らしく優しく接する旦那様アシュヴィンに心惹かれました。演じたヴィヴェーク・ゴーンバルは、アートハウス系の映画製作会社ズー・エンターテインメントの創設者で、同社が手掛けた『裁き』(チャイタニヤ・タームハネー監督)ではプロデューサーだけでなく熱血弁護士として出演もしています。
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(C)2017 Inkpot Films Private Limited,India
本作では、物静かで知的な旦那様なのですが、映画祭で賞を受けて喜びのスピーチをしている姿は、とても陽気な感じでちょっとイメージが違いました。演技者としての彼自身の力もありますが、ロヘナ・ゲラ監督の演出の賜物でしょう。

そして、ラトナを演じたティロートマ・ショームもデビュー作の『モンスーン・ウェディング』や、これから日本で公開される『ヒンディー・ミディアム』でのお受験コンサルタントとしてのテキパキした女性とは全く違う雰囲気。ラトナの出身地の言葉であるマラーティー語を学んで本作に臨んだそうです。
身分違いの恋は、まだまだインドでは受け入れられないこと。タブーに果敢に挑戦したロヘナ・ゲラ監督にエールをおくりたいです。(咲)


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『あなたの名前を呼べたなら』ロヘナ・ゲラ監督インタビュー
©mitsuhiro YOSHIDA/color field

2018年/インド,フランス/インド、フランス/ヒンディー語、英語、マラーティー語/99分
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:http://anatanonamae-movie.com
★2019年8月2日(金) Bunkamuraル・シネマ他全国順次公開






posted by sakiko at 21:39| Comment(0) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月01日

パドマーワト 女神の誕生 (原題:Padmaavat) 

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監督:サンジャイ・リーラ・バンサーリー
出演:ディーピカー・パードゥコーン、ランヴィール・シン、シャーヒド・カプール アディティ・ラーオ・ハイダリー

13世紀末、シンガール王国の王女、パドマーワティ(ディーピカー・パードゥコーン)は、西インドの小国、メーワール王国の王、ラタン・シン(シャーヒド・カプール)と恋に落ち、妃となった。同じころ、北インドでは、叔父のジャラーウッディーン(ラザ・ムラッド)を暗殺した若き武将、アラーウッディーン(ランヴィール・シン)が、イスラム教国の皇帝(スルタン)の座を手に入れていた。
獰猛で野心に満ちた彼は、第二のアレキサンダー大王との異名を持つほどに、その権勢を広げていく中、絶世の美女、パドマーワティの噂をききつけ、メーワール国に兵を差し向けるが、堅牢な城壁と、誇り高いラージプート族の王であるラタン・シンの抵抗により、パドマーワティの姿を見ることも許されなかった。
一計を案じたアラーウッディーンは、ラタン・シンを拉致してパドマーワティを自らの城におびき寄せるが、彼女の勇気ある救出策によりラタン・シンは奪い返され、遂に総力をメーワール王国に向かわせる。 城を取り囲むアラーウッディーンの大軍勢と睨みあうメーワール王国の兵士たち。 やがて始まる、王と王の誇りと野望を懸けた最後の戦い。
そして、圧倒的に不利なその戦に、パドマーワティは、ある決意をもって臨んでいた…

13世紀のインドを舞台に、絶世の美女を巡って引き起こされた一国の尊奉劇。獰猛で野心に満ち、第二のアレキサンダー大王と呼ばれた王が他国の王妃に興味を持ったことがきっかけで争いは起こる。王妃の覚悟の決断は日本人には共感しやすいだろう。豪華絢爛な王妃の衣装は眩い。ディーピカー・パードゥコーンの美しさがより引き立つ。(堀)

映画の冒頭に、「サティーなどの慣習を支持する意図はない」と掲げられている。
サティー(またはサッティ)とは、ヒンドゥー社会において亡き夫の火葬の火に、残された夫人が飛び込んで殉死すること。古くから特に支配階級の間で行われてきた慣習。サティーの本来の意味は「貞淑な女性」とのこと。
映画の後半で、赤いサリー姿の女性たちが火にむかっていく場面があった。お腹の大きい女性もいた。かつてインドを旅した時、ジョドプールのお城で、女性たちが火に飛び込む前に残した手形を見たことがある。大きなものから小さなものまで、いくつもあって、何人もいた妻が皆、焼身自殺したのだと胸がしめつけられる思いだった。
『パドマーワト』のサティーの場面は、慣習としての史実として描いたということだろう。
本作は、ヒンドゥー教とイスラーム教の対立という側面もあるが、実は後に17世紀のムガル帝国では支配者層であったムスリムが、サティーを野蛮な風習として反対したそうだ。そも、イスラームにおいて火葬そのものが禁止事項なのだが。
本作では、部族による慣習の違いも垣間見れて興味深い。(咲)



2018年/インド/ヒンディー語/シネスコ/164分
配給:SPACEBOX 
©Viacom 18 Motion Pictures ©Bhansali Productions
公式サイト:http://padmaavat.jp/
★2019年6月7日(金)より新宿ピカデリー他全国順次ロードショー
posted by ほりきみき at 02:05| Comment(0) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする