2022年07月17日
アウシュビッツのチャンピオン 原題:Mistrz 英題:The Champion of Auschwitz
監督・脚本:マチェイ・バルチェフスキ
撮影:ヴィトルド・プウォチェンニク
音楽:バルトシュ・ハイデツキ
出演:ピョートル・グウォヴァツキ、グジェゴシュ・マウェツキ、マルチン・ボサック、ピョートル・ヴィトコフスキ、ヤン・シドウォフスキ
1940年6月、第2次世界大戦最中のドイツ占領下のポーランド。アウシュヴィッツ強制収容所に最初の囚人たちが移送されてきた。その中に、戦前のワルシャワで“テディ”の愛称で親しまれたボクシングチャンピオン、タデウシュ・ピトロシュコスキがいた。左腕に囚人番号「77番」の入れ墨を刻まれ、十分な寝床や食事を与えられることなく過酷な労働に従事させられた。ある日、一人のカポ(囚人の中の統率者)が、ボクシングチャンピオンだったテディを、司令官たちの娯楽としてリングに立たせることを思いつく。ここでのボクシングはスポーツではない。テディは、退屈しのぎの気晴らしとして対戦相手をさせられたのだ。必死に闘い、戦利品として手に入れた食糧や薬を囚人仲間たちに惜しげもなく分け与え、無敵のテディは、次第に囚人たちの希望の星となっていった・・・
タデウシュ・ピトロシュコスキは、1917年ワルシャワ生まれ。愛国主義とカトリックの教えが重要な役割を果たすポーランド家庭で育っています。なぜ、彼がいち早く強制収容所に送られたのかと思ったら、ポーランドに侵攻したナチス・ドイツは、愛国主義の温床になるとしてスポーツ組織を禁じ、「愛国心」の強い危険分子とみなしたアスリートを強制収容所に送ったと知りました。ユダヤ人だけでなく、ロマや障がい者が強制収容所に送られたことは知っていましたが、こうした愛国心が強いとみなされた人たちが政治犯として収容されたことを、本作を通じてあらためて知りました。
1940年6月に、最初に強制収容所に入れられたのは、こうしたアスリートを含め、ポーランドの愛国心の強い「政治犯」700人。当時、ポーランド軍の宿営地だったアウシュヴィッツを強制収容所にする改築工事に従事させたのです。ナチスはポーランド人を“下等人間”として、労働を強いたのですが、さらに“人間以下”と見なしたユダヤ人の抹殺計画が決定されたのは1942年です。
テディは、強制収容所のナチ親衛隊たちの退屈しのぎの慰めだったとはいえ、ボクシングをし続けることで生き延びました。連行されてきたプロレスやフットボールなどのアスリートたちも、対戦相手をさせられたとのことです。
ところで、アメリカ映画『ナチス、偽りの楽園 -ハリウッドに行かなかった天才-』(2003年、マルコム・クラーク監督)では、テレージエンシュタット収容所で、音楽、映画、演劇など芸術の才能のあるユダヤ人たちが集められ、戦況が悪化する中でも文化活動が続けられていたことが描かれていました。
本作でも、収容所に到着した列車を音楽隊が迎える姿が映し出されていました。ナチスが悪だくみをカモフラージュするかのよう!
本作は、過酷な強制収容所を生き抜いた実在の人物を描いたものですが、生き抜けなかった多くの人たちに思いを馳せ、世の中から戦争がなくなることを祈るばかりです。(咲)
2020年/ポーランド/91分/カラー/5.1ch
日本語字幕:渡邉一治
配給:アンプラグド
公式サイト:https://unpfilm.com/COA/
★2022年7月22日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
2021年01月10日
聖なる犯罪者 原題: Boże Ciało 英題: Corpus Christi
監督:ヤン・コマサ
出演:バルトシュ・ビィエレニア、エリーザ・リチェムブル、アレクサンドラ・コニェチュナ、トマシュ・ジィェンテク
20歳のダニエルは殺人を犯し少年院で更生を受けている。熱心なカトリック教徒の彼は、厳格なマシュ神父に信頼されミサのまとめ役を任されていた。神父になりたいと夢見るが、前科者は神学校に入れないといわれる。仮出所が認められ、田舎町の製材所で働くことになる。地元の教会で知り合った少女マルタに、自分は司祭だと嘘をついてしまう。マルタからヴォイチェフ神父を紹介されたダニエルは、神父が不在の間、教会を任せたいと依頼される。
ダニエルは村に若者6人の献花台があることが気になっていた。マルタの兄も含め6人が乗っていた車が、飲酒運転をしていた車とぶつかりその運転手も含め7人が亡くなったという。運転をしていたスワヴェクは司祭から埋葬も拒否されたと聞き、ダニエルがスワヴェクの妻に会いにいくと、彼は4年間断酒していたと聞かされる。事故の真相を明かそうとしている矢先、少年院で一緒だったピンチェルが告解室にやってくる・・・
この映画を観て、真っ先に思い出したのが、イラン映画の傑作『ザ・リザード』(2004年、キャマール・タブリーズィー監督)。囚人が刑務所付のイスラーム僧の袈裟を失敬して脱獄し、人々に崇められてしまう物語。これはコメディー仕立てでしたが、「制服」を信じてしまう人々の心理は同じ。実は、「ポーランドでは偽司祭の話は毎年起こるぐらい珍しくない」とプレス資料にありました。
ダニエルは、告解に来た人への答えに困るとスマホで告解の手引きを検索し、ミサも独自のスタイルで説教をして、「神父様」と慕われます。格好から、自分自身、神父になりきり善人になったような陶酔した気持ち。子役時代から舞台で活躍していたバルトシュ・ビィエレニアが罪人なのに聖人にも見える得体の知れない人物を体現していて圧倒されました。(咲)
ダニエルは偽司祭だが、彼がミサを行うようになってから村の人たちは変わっていく。村で1年前に7人もの命を奪う凄惨な事故が起こり、被害者家族も加害者家族も心に深い傷を負っていることを知り、奔走するダニエルの姿に嘘はない。しかし、ダニエルの過去を知る少年が現れたことをきっかけにダニエルの嘘が明らかになっていく。
実際に起きたことに着想を得た作品という。モデルになった少年がどうなったのかはわからない。“犯罪歴があると神学校に入れない”といわれても以前の自分だったら何の違和感もなかっただろう。しかし、本作を見てから「なぜダメなのか。人生をやり直すチャンスを奪っていいのか」という疑問が残るようになった。(堀)
2019年/ポーランド=フランス合作/ポーランド語/115分/R18/5.1chデジタル/スコープサイズ
字幕翻訳:小山美穂 字幕監修:水谷江里
後援:ポーランド広報文化センター
配給:ハーク
© 2019 Aurum Film Bodzak Hickinbotham SPJ.- WFSWalter Film Studio Sp.z o.o.- Wojewódzki Dom Kultury W Rzeszowie - ITI Neovision S.A.- Les Contes Modernes
公式サイト:http://hark3.com/seinaru-hanzaisha/
★2021年1月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
2020年08月02日
赤い闇 スターリンの冷たい大地で 原題:Mr.Jones
監督:アグニェシュカ・ホランド
出演:ジェームズ・ノートン、ヴァネッサ・カービー、ピーター・サースガード
1933年、英国。ガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)は、20代の若さながら首相の外交顧問を務めていたが、国家予算削減で解雇される。兼ねてよりジョーンズは、世界中に恐慌の嵐が吹く中、ソ連だけが経済的に繁栄していることに疑問を抱いていた。スターリンの資金源を明かしたいと、フリーランスの記者としてモスクワに赴く。ヒトラーに直接取材した経験のあるジョーンズは、スターリンにも直接取材したいと目論んでいた。モスクワ入りし、ニューヨーク・タイムズのモスクワ支局長ウォルター・デュランティ(ピーター・サースガード)にコンタクトを取る。彼の口から、かつてヒトラー取材の橋渡しをしてくれた友人の記者ポールが強盗に射殺されたと聞かされる。ニューヨーク・タイムズの女性記者エイダ(ヴァネッサ・カービー)は、ポールがスターリンの金脈であるウクライナに行こうとして撃たれたと言って、ポールの遺した訪問先メモをジョーンズに手渡す。真実を追究する!と決意し、ジョーンズは列車でウクライナのスターリノに向かう。そこは母がかつて英語の家庭教師として暮らしていた町でもあった・・・
シャンデリアが輝く華やかなモスクワのホテルから一転、モノクロで描かれる凍てつくウクライナの大地。静寂の中から子どもたちの悲しげな歌が聴こえてきます。
♪ 飢えと寒さが家の中を満たしている。隣人は正気を失い、ついに自分の子供を食べた・・・♪
肥沃なはずのウクライナ。穀物はすべて中央に送られ、1932年から1933年にかけて300万人以上が餓死したと推定され、今ではこれは「ホロドモール」(ウクライナ語で「飢饉による殺害」)と呼ばれています。
ジョーンズはこの実態を明かす記事を発表しますが、声明を撤回するよう命じられます。さらに、ニューヨーク・タイムズが、ジョーンズの発言は真実でないと報道します。
デュランティは、ソ連に関する一連の報道でピューリッツァー賞を1932年に受賞した人物で、ウクライナの穀物が金脈だと知りながら黙殺。結果、1933年11月の米ソ国交樹立の立役者となっています。
独裁国家ソ連が、嘘っぱちな誇大報道をする一方で、自由だと思われているイギリスやアメリカでも、政治的圧力で不都合な真実を抹殺していることを監督は見事に描いています。現在にも通じる、メディアの在り方に一石を投じた作品といえます。
監督は、これまでの作品でもリアリティを大事にされてきましたが、言語も、本作では英語、ロシア語、ウクライナ語、ウェールズ語とそれぞれの場面で使い分けています。
本作では、特にウェールズ語にこだわったことに興味を持ちました。ジョーンズはウェールズ出身という縁で、ロイド・ジョージ首相の外交顧問でした。また、19世紀にウクライナのスターリノに製鉄所を作ったのがウェールズ人で、ジョーンズの母親はそこで英語の家庭教師をしていたという縁もありました。
監督にオンラインでインタビューした折に、監督の思うウェールズ人気質などについてもお話を伺いました。インタビューの詳細は、こちらで!(咲)
『ソハの地下水道』2012年公開の折のホランド監督インタビューは、こちらで!
この作品と前後して『はりぼて』を観ていました。昨年話題をさらった『新聞記者』、『i ー新聞記者ドキュメントー』と合わせて、記者やメディアのあり方を思いました。ジョーンズが言います。「記者は崇高な仕事だ。誰の肩を持つこともせず、真実のみを追いかける」いつの時代もそうあってと願っています。(白)
2019年/ポーランド・ウクライナ・イギリス/英語・ウクライナ語・ロシア語・ウェールズ語/118分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
字幕翻訳:安本煕生/字幕監修:沼野充義
©FILM PRODUKCJA – PARKHURST – KINOROB – JONES BOY FILM – KRAKOW FESTIVAL OFFICE – STUDIO PRODUKCYJNE ORKA – KINO ŚWIAT – SILESIA FILM INSTITUTE IN KATOWICE
配給:ハピネット
公式サイト:http://www.akaiyami.com/
★2020年8月14日(金)より新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
2020年06月19日
オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡(原題:Over the Limit)
監督:マルタ・プルス
出演:マルガリータ・マムーン、イリーナ・ヴィネル、アミーナ・ザリポア、ヤナ・クドリャフツェワ
「あなたは人じゃない。アスリートなの!」リタ(=マルガリータ・マムーン)は、新体操王国ロシアの代表選手。オリンピックに向けて、鬼コーチたちからの強烈な指導を受け、日々の練習に励む。アリーナ・カバエワなど、数多くのオリンピック金メダリストを育て上げたイリーナ・ヴィネルの指導は、特に精神面において厳しい。リタは優雅にリングをキャッチし、ボールを肩で転がすが、コーチたちは更なる高みを求め、何度も何度も繰り返させる。わずかな自由時間には、彼氏と電話で話したり、家族と穏やかに過ごすが、すぐにまた激烈なトレーニングが始まる…。
本作はリタがリオ・オリンピックで金メダルを獲得するまでの道のりを追ったドキュメンタリー。美しく華やかな表舞台で栄光を勝ち取るため、 アスリートはその裏で何をしているのか。想像を絶する世界に迫る。
マルガリータ・マムーンは、バングラデシュ人の父とロシア人の母との間に生まれました。幼少期にはバングラデシュの選手として活動、その後ロシアの選手として活動するようになったと資料にあって、俄然、興味を持ちました。
リオデジャネイロオリンピックに出場中、お父様は癌で病床にあって、金メダルを取って帰国して、2日後にお父様は亡くなられました。
お父様とお母様の馴れ初めを知りたいなと思いました。
指導をするイリーナ・ヴィネルの個性は、マルガリータ・マムーン以上に強烈です。国の威信をかけて、なんとしてでもメダルを取らせるという厳しい指導。
ポーランド人であるマルタ・プルス監督が、ロシアの新体操選手を追ったドキュメンタリーを作ろうと思ったのは、彼女自身が5歳から11歳まで新体操をしていた素地も影響しています。ですが、なにより、映画に政治的な要素を取り入れたいという思いから、ロシアで政治とプロパガンダのために体操が重要であることに注目したのです。アスリートとして活躍した後、コーチを務めるイリーナ・ヴィネルが、ロシア一の富豪と結婚していることからも、体操界から現代ロシアを映し出せるのではと考えたそうです。(咲)
総監督のイリーナ・ヴィネルがリタに対して罵詈雑言を浴びせかけ、まるで暴君のように映し出されます。きっと同じ経験を彼女自身も経験したのでしょう。日本の昔の運動部あるあるな状況です。いえ、もしかしたら相変わらず、日本でもひっそり繰り広げられているかもしれません。
『新体操の女王マムーンの軌跡』というタイトルを考えれば、結果は自ずから見えてくるのですが、タイトルを忘れてしまうくらい強烈です。そしてイリーナが辛辣な物言いをするのはリタだけではありません。リタを直接的に指導するアミーナ・ザリポアにも浴びせかけます。中間管理職の辛さを思い出す人もいるのではないでしょうか。このアミーナもイリーナに見出されて、ロシアの選手として活躍していたのです。きっと選手時代にはリタと同じように言われていたのでしょう。
リタは結果を残しました。今は引退し、作品にも出てきた彼を結婚しています。また別の若い才能の持ち主がイリーナの暴言に耐えているのもしれません。パワハラでその才能が潰れてしまうことがないよう祈るばかりです。(堀)
2018年/ロシア語/74分/ポーランド、ドイツ、フィンランド/
配給:トレノバ、ノーム
©Telemark, 2018
公式サイト:https://otl-movie.com/
★2020年6月26日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリー他全国順次ロードショー
2019年07月20日
隣の影(原題:Under the Tree)
監督・脚本:ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン
撮影:モニカ・レンチェフスカ
編集:クリスティアン・ロズムフィヨルド
音楽:ダニエル・ビヤルナソン
出演:ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン、エッダ・ビヨルグウ゛ィンズドッテル、シグルヅール・シーグルヨンソン、ラウル・ヨハナ・ヨンズドッテル
郊外の住宅地に居を構えるインガ(エッダ・ビヨルグヴィンズドッテル)とバルドウィン(シグルズール・シーグルヨンソン)夫婦に隣人のエイビョルグ(セルマ・ビヨルンズドッテル)とコンラウズ(ソウルステイン・バックマン)夫婦がクレームをつけてきた。インガたちの家の庭に生えている木が大きくなり過ぎ、エイビョルグたちの庭に影を落としているという。バルドウィンは、庭師を呼んで木の手入れをしようとしたが、妻インガは「あの木には触らせない」と反対。日光浴やサイクリングで自分磨きに余念がないエイビョルグに犬のフンを投げつける。翌日、バルドウィンが外出しようとすると、車の4つのタイヤすべてが何者かによってパンクさせられていた。インガは隣人夫婦の仕業だと言い放つ。こうして両家の対立はじわじわと深刻化していった。やがて、情緒不安定になったインガは隣人への怒りを募らせ、ある信じがたい行動に出る。それは新たな憎悪を呼び、取り返しのつかない災いを招き寄せた。
隣家とのトラブルは些細なことも不信感に繋がり、しこりになりやすい。庭木が落とす影をキッカケに2組の夫婦でいがみ合いがエスカレート。常軌を逸していく。ブラックなホームドラマを不気味な劇伴が煽り、驚愕のラストへ。背筋が凍りそうな物語だが日本で起こりうるのでは。(堀)
2017年/アイスランド・デンマーク・ポーランド・ドイツ/氷語/カラー/89分/DCP
配給:ブロードウェイ
2017🄫Netop Films. Profile Pictures. Madants
公式サイト:https://rinjin-movie.net-broadway.com
★2019年7月27日(土)よりユーロスペースほか全国順次ロードショー