2023年03月22日

トリとロキタ  原題:Tori et Lokita

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(C)LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM - FRANCE 2 CINEMA - VOO et Be tv - PROXIMUS - RTBF(Television belge)


監督・脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演:パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アウバン・ウカイ、ティヒメン・フーファールツ、シャルロット・デ・ブライネ、ナデージュ・エドラオゴ、マルク・ジンガ

カメルーン出身の10代の少女ロキタと、ベナン出身のまだ幼い少年トリ。ふたりはアフリカからベルギーにたどり着く途中で出会い、お互いを本当の姉弟のように思って支えあっている。すでにビザが発行されたトリの姉と偽り、ロキタはビザを取得しようとしている。だが、ビザ取得のための面接でうまく答えられずパニック障害を起こしてしまう。
トリとロキタはイタリア料理店でカラオケを歌って小銭を稼いでいるが、実はシェフのベティムが仕切るドラッグの運び屋が裏の仕事。さらに、偽造ビザと引き換えに、ロキタはベティムが提案する孤独で危険な仕事を引き受ける。姉同様のロキタと引き裂かれたトリは、なんとかロキタの居場所を探し出す・・・

世界には、様々な事情で生まれた国を出ざるを得ない人たちが後を絶ちません。トリやロキタのように、未成年なのに親兄弟とも離れて、ヨーロッパにたどり着く者も多々。どれほど孤独で不安な思いを抱えていることでしょう。そんな人たちにつけ込む密入国手配師や、闇の仕事をさせる者たち。人間の尊厳をないがしろにされながら、故国に残る家族に送金しようと過酷な仕事に耐えるロキタ。異国で知り合い本当の姉のようにロキタを慕うトリ。純粋な心を失わない二人の姿に胸がしめつけられる思いでした。
世界の皆が平穏に暮らせる時代はいつになったら来るのでしょう… (咲)


ベナンもカメルーンもアフリカの西側海沿いにある国です。どちらも海外へ人が違法に出て行くほど、経済的に恵まれません。両国はフランス語が公用語(ということはかつてフランス領だった?)で、二人はベルギーでもなんとか会話できるようです。ロキタとトリの事情は、詳しくは語られませんが、たぶんロキタとトリと似たような子どもたちが世界各国にいるのでしょう。
89分と最近では短めの作品です。その中で外国で生きることの厳しさ、助け合う二人の深い絆を十分に描いています。知られた子役でなく、無名の新人の出演にドキュメンタリーのような生々しさがありました。
ロキタを救うために、アクションヒーローばりの活躍をするトリにハラハラしました。(白)


第75回カンヌ国際映画祭 75周年記念大賞受賞

2022年/ベルギー、フランス/89分
日本語字幕:横井和子
配給:ビターズ・エンド
公式サイト:https://bitters.co.jp/tori_lokita/
★2023年3月31日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次公開


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2020年08月14日

シリアにて  原題:Insyriated  英題:In Syria

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監督・脚本:フィリップ・ヴァン・レウ
出演:ヒアム・アッバス(『シリアの花嫁』『ガザの美容室』)、ディアマンド・アブ・アブード(『判決、ふたつの希望』)、ジョリエット・ナウィス、モーセン・アッバス、モスタファ・アルカール、アリッサル・カガデュ、ニナル・ハラビ、ムハマッド・ジハド・セレイク

内戦下のシリア。戦地に赴いた夫の留守を預かるオームは、3人の子と義父、そして隣人の若夫婦と共にアパートの一室に身を潜めている。赤ちゃんを抱えた隣人ハリマの夫が、レバノンに脱出する手続きに出かけていくが、外に出た途端、スナイパーに撃たれてしまう。窓辺で目撃したメイドがオームにそのことを伝えるが、ハリマにはとても言えない。やがて、ドアの外に男の気配がする・・・

ドアの内側には、しっかり木が打ち付けられているのですが、押し入られてしまいます。気丈に対峙する主婦オームを演じたのは、イスラエル生まれのパレスチナ人の名女優ヒアム・アッバス。若い娘たちを守るため、押し入った男たちの犠牲になるハリマを、『判決、ふたつの希望』での弁護士役が記憶に新しいディアマンド・アブ・アブードが演じています。
ある一日を描いた本作。この緊迫感の中で、シリアの人たちは暮らしているのだと、ひしひしと感じさせられました。タイトルにシリアとあるので、シリアの話なのだとわかるのですが、政治的なことを語りたい映画ではなく、戦争で犠牲になる庶民を描きたかったのだと思いました。
そも、シリアではいろいろな勢力がはびこっていて、まさに誰が敵かわからない状況。
イスラーム映画祭5で、シリア難民を描いた『ゲスト:アレッポ・トゥ・イスタンブール』上映後のトークで、山崎やよいさん(考古学者/シリア紛争被災者支援プロジェクト)が語っていた言葉を思い出します。
「シリアで起こっているのは戦争ではなくて、大虐殺。政権に従わない者はテロリストとされてしまう」「自由と尊厳を語る有象無象のグループがいます」
昨年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で上映された『私の影が消えた日』(監督:スダーデ・カダン)でも、内戦下のシリアで、誰が敵かわからない様子が描かれていました。
また、シリアの人たちが、もう何年にもわたって独裁政権に苦しめられてきたことは、『カーキ色の記憶』(2016年/カタール)で語られています。

この数年、シネジャのサイトで紹介したシリアが舞台の映画をリストアップしてみました。どれも、内戦下で苦しむ人たちを描いた映画ばかりです。
『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』(シリア/2013年)
『シリア・モナムール』(2014年/シリア・フランス)
『ラジオ・コバニ』(2016年/オランダ)
『ラッカは静かに虐殺されている』2017年/アメリカ
『アレッポ 最後の男たち』(2017年/デンマーク・シリア)
『娘は戦場で生まれた』(2019年/イギリス、シリア)
一刻も早くシリアに平和が訪れて、明るいシリアを描いた映画ができることを願ってやみません。(咲)


シリアを描いた映画としては『娘は戦場で生まれた』が記憶に新しいですが、内戦状態で爆撃が毎日あり、緊張が続く中で暮らす人々の姿を見るたびに、私たちに何かできることはないのか、映画を観ている場合じゃないと、いつも心がざわつきます。この映画はドキュメンタリーではないものの、やはり観ているだけで緊張が伝わってきました。こんな中でも強盗団が出現するというのにも驚きましたが、このコロナ禍で留守になった店舗に泥棒が横行していると聞き、こういう状況だから、人の弱みに付け込む人が出てくるのかとも思う。シリアでの緊張した中での1日を描いた作品ではあるけど、助け合う人々の姿にかすかな希望を忘れてはならないと思った。銃で撃たれたハリマの夫は夜になってやっと搬出されたけど、無事だったのだろうか。『娘は戦場で生まれた』に出てきたような病院はまだ残っているのだろうかと考えてしまった(暁)。

シリアは紛争地域で危険であることは分かっているものの、取り巻く情勢について、恥ずかしながらよくわかっていない。そんな状態でこの作品を見て、理解できるだろうかと少し不安を感じながら見始めたのだが、全く問題なかった。もちろん分かっていれば、より作品を理解できたに違いない。しかし、何の知識がなくても、戦争は絶対にしてはいけないことだという監督の強い思いは伝わってきた。
家族と一緒に穏やかに暮らしたい。ただ、これだけのことをするのに、みな命懸けとは!これはシリアだけでなく、すべての紛争地域で苦しむ人々の物語である。(堀)


第67回ベルリン映画祭パノラマ部門 観客賞
第30回東京国際映画祭(2017年) ワールド・フォーカス部門で上映

2017年/ベルギー・フランス・レバノン/アラビア語/カラー/86分
配給:ブロードウェイ
公式サイト:https://in-syria.net-broadway.com/
★2020年8月22日(土)より岩波ホールほか全国順次公開
posted by sakiko at 10:12| Comment(0) | ベルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月12日

その手に触れるまで(英題:YOUNG AHMED、原題:LE JEUNE AHMED)

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監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:イディル・ベン・アディ、オリヴィエ・ボノー、ミリエム・アケディウ、ヴィクトリア・ブルック、クレール・ボドソン、オスマン・ムーメン

13歳の少年アメッドはどこにでもいるゲーム好きの普通の少年だったが、尊敬するイスラム指導者に感化され、過激な思想にのめり込む。
ある日、学校の先生をイスラムの敵を考え、抹殺しようとして失敗。少年院に入ったアメッドは更生プログラムのひとつである農場作業を手伝うようになるが、動物に触れたり、親切にされたりすることが心地悪くて仕方ない。
狂信的な考えに囚われてしまった少年の気持ちを変えることはできるのだろうか?

ダルデンヌ兄弟が、過激な思想に感化された少年をどのように描いたのかが一番の関心事でした。細部にわたって、イスラームにも様々な解釈があることが散りばめられていて、過激な思想がイスラーム社会の一般的なものでないことを伝えようとする気遣いが感じられました。その点について、スタッフ日記に詳しく書きました。
http://cinemajournal.seesaa.net/article/475497357.html
結末については、私の中でもやもやしています。観た人と話したい気分です。(咲)


人は見たいものを見、信じたいものを信じてしまうのね、とため息が出てしまいました。同じ年頃、自分もそう違わなかった、とほろ苦い思いです。平和な世の中で過ごしましたし、ひどい大人も近くにいなくて幸いでした。思春期のまっすぐな少年を利用する大人が許せません。選ばれたキャストと監督の演出に、まるでドキュメンタリーを観るかのように、ハラハラして見守りました。(白)

母の飲酒や姉の肌の露出。スクリーンのこちらから見る分には問題なく程度に思えるけれど、13歳の真っすぐな少年アメッドには忌み嫌うものに見えてしまったよう。だから、尊敬するイスラム指導者に必要以上に感化され、過激な思想にのめり込んでしまいました。
アメッドは学校の先生をイスラムの敵を考え、抹殺しようとしますが、けっして特別な少年ではありません。そして、彼の家族も(お父さんの姿は見えないけれど)ごくごく普通です。私の子どもも気がつかないうちにアメッドのような思いを抱えているかもしれない。そんなことを考えてしまいました。(堀)


2019年/ベルギー=フランス/84 分/1.85:1/映倫区分:G 
配給:ビターズ・エンド
© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF
公式サイト:http://bitters.co.jp/sonoteni/
★2020年6月12日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
posted by ほりきみき at 21:56| Comment(0) | ベルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月27日

Girl/ガール 原題:Girl

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監督・脚本:ルーカス・ドン
振付:シディ・ラルビ・シェルカウイ
出演:ビクトール・ポルスター、アリエ・ワルトアルテ

15歳のトランスジェンダー、ララは娘の夢を応援する父に支えられ、バレリーナを目指して難関のバレエ学校への編入を果たす。それと同時にララが待ち望んでいたホルモン療法も始まるが、効果はなかなか現れなかった。それでも夢のためにバレエに没頭し、そのかいもあって先生の目も少しずつララに向けられるようになる。

近年、トランスジェンダー役をシスジェンダー(身体的性別と性同一性が一致している人)が演じることへの批判が起きているようだ。が、そうした議論は観客にとって関係ない。トランスジェンダーであろうと、シスであろうと肝心要はその俳優が「役を生きているかどうか」だ。本作の主役であるビクトール・ポルスターが現実にはシスであっても「ララ」その人にしか見えない。それほどに、本作に於けるララとビクトールは一体化している。

少女の繊細な感情を生理的な面にも目を逸らさず演出した監督・脚本のルーカス・ドンは、これが長編デビュー作とは思えない安定感を見せる。また、完璧なララ像を造形し得たビクトール・ポルスター無しでは成立しなかった秀作だろう。

成長期にあって、男性性器をレオタードの中に収める苦しさ、テーピングの痛さ、トイレやシャワールーム、あらゆる場所でララの身心を疼痛と困難が駆けめぐる。豆だらけで血まみれになった爪先…。カメラは容赦なくトランスジェンダーが立ち向かう過酷な”日常”を映し出す。飛び散る汗、涙。これほど身体性を痛痒させる青春映画は少ないのではないか。

主人公の痛みを家族や周囲の理解が支える展開が救いだ。本作は第71回カンヌ国際映画祭〈カメラドール〉(新人監督賞)を受賞した。ルーカス・ドンは、ベルギーを超越した新世紀映画界の監督となる大器の予感がする。(幸)


2018年/ベルギー/カラー/105分
©︎Minuet 2018
配給 クロックワークス、STAR CHANNEL MOVIES
公式サイト: http://girl-movie.com/
7月5日(金)より全国公開
posted by yukie at 13:43| Comment(0) | ベルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月21日

パパは奮闘中!  原題:Nos Batailles   英題:Our Struggles

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監督・脚本:ギヨーム・セネズ 
共同脚本:ラファエル・デプレシャン
出演:ロマン・デュリス(『タイピスト!』『ムード・インディゴ うたかたの日々』)、レティシア・ドッシュ(『若い女』)、ロール・カラミー(『バツイチは恋のはじまり』)、ルーシー・ドゥベイ

妻は子どもを置いて家出、職場ではリストラの嵐・・・
人生は日々闘い!


オンライン販売の倉庫で働くオリヴィエ(ロマン・デュリス)。残業続きで忙しく、幼い息子のエリオット(バジル・グルンベルガー)と娘のローズ(レナ・ジラード・ヴォス)の子育てと家事は、妻のローラ(ルーシー・ドゥベイ)に任せきり。
そんなある日の午後、学校から子どもたちを迎えに来るよう電話がかかってくる。母親が迎えに来ないというのだ。子どもたちを連れて家に帰ると、ローラは身の回りの品と共に消えていた。心当たりもなく途方に暮れるオリヴィエ。その日から、オリヴィエの闘いが始まる。仕事は忙しいのに、慣れない子育てに家事もこなさなくてはならないのだ。おまけに、職場で人望の厚いオリヴィエは肩たたきの対象になった人の相談に乗ってあげないといけない。やがて、本格的に会社がリストラ政策を打ち出す。会社側からは、人事部のポストを今より高い給料で用意すると声がかかる。一方、組合の専従のポストが空いたから、ぜひ専従になって会社と闘ってくれと頼まれる。専従を引き受けると、遠くの町に引っ越さないといけないので、子どもたちは母親が帰ってきた時に困ると不服だ。さて、オリヴィエはどうする・・・
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日本語のタイトル『パパは奮闘中』から、ママが家出して、パパが子育てに奮闘する物語とイメージしていたら、もう一つの物語の軸が、職場でリストラが始まり、組合側につくか、会社側につくかという選択を迫られる話。
がぜん興味を持ちました。というのも、私自身、20年ほど前に、勤めていた会社の経営が悪化して、希望退職とい形で辞めた経験をしているのです。それまで一緒に仲良くカラオケやお酒を飲みに行っていた上司が、部下のクビを切る立場になり、内心、さぞつらかったことと、この映画を観て思い出しました。

そういえば、私の知り合いの男性で、家に帰ったら、奥さんとお子さんが、身の回りの品と共に消えていたという方がいます。お子さんを置いていかれなかっただけ、マシ?

どこの世界にもありそうな物語。結構辛辣なテーマを、ユーモアも交えて軽やかに描いています。

原題Nos Bataillesは、「私たちの戦い」という意味。 ギヨーム・セネズ監督にインタビューした際、タイトルに込めた思いを伺ったら、人生の中で起こる様々な戦いを想定。「戦い」も複数形であることに注目くださいとの答えでした。 (咲)

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ギヨーム・セネズ監督  
*インタビューは、こちらでどうぞ!

2018年 トリノ国際映画祭 観客賞受賞
2018年 ハンブルグ国際映画祭 批評家映画賞 受賞
2019年 セザール賞 最優秀男優賞・外国映画賞 ノミネート
2019年 ベルギーアカデミー賞(マグリット賞)作品賞、監督賞 含む 5部門受賞

2018年/ベルギー・フランス/99分/フランス語/日本語字幕:丸山垂穂
配給・宣伝:セテラ・インターナショナル/宣伝協力:テレザ、ポイント・セット
協賛:ベルギー王国フランス語共同体政府国際交流振興庁(WBI)
@2018 Iota Production / LFP – Les Films Pelléas / RTBF / Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma
公式サイト:http://www.cetera.co.jp/funto/
★2019年4月27日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開





posted by sakiko at 21:59| Comment(0) | ベルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする