2024年08月29日

チャイコフスキーの妻   原題:Tchaikovsky's Wife

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(C)HYPE FILM - KINOPRIME - LOGICAL PICTURES – CHARADES PRODUCTIONS – BORD CADRE FILMS – ARTE FRANCE CINEMA

監督・脚本:キリル・セレブレンニコフ(『LETO -レト-』『インフル病みのペトロフ家』)
出演:アリョーナ・ミハイロワ、オーディン・ランド・ビロン、フィリップ・アヴデエフ、ユリア・アウグ

旋律から戦慄へ
天才作曲家チャイコフスキーを盲目的に愛した“世紀の悪妻”アントニーナ
その知られざる実像に迫る


ロシアの天才作曲家、ピョートル・チャイコフスキー。かねてから同性愛者だという噂が絶えなかった彼は、恋文で熱烈求愛する地方貴族の娘アントニーナと、世間体から結婚する。しかし女性への愛情を抱いたことがないチャイコフスキーの結婚生活はすぐに破綻し、夫から拒絶されるアントニーナは、孤独な日々の中で狂気の淵へと堕ちていく…。

チャイコフスキーというと、「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」の旋律がすぐに思い浮かびますが、彼の妻がどんな人だったのか、はたまた彼が同性愛者だったことなど、彼の私生活については全く知らなかったので、驚きの一作でした。
同性愛者であることは、当時の帝政ロシアではタブー。そんな中で、チャイコフスキーがカモフラージュのために、執拗に言い寄る女性と結婚した気持ちはわかりますが、ほとんど一緒に暮らさなかったというのは、あまりにアントニーナに気の毒。歴史上まれに見る悪妻という汚名まで着せられているとは! 
女性の権利が著しく制限されていた19世紀後半の帝政ロシア。旅券は、夫のものとして名前が付されただけ。参政権もありませんでした。夫に見向きもされなかったアントニーナの暮らしぶりはどうだったのか、心が痛みます。
『LETO -レト-』『インフル病みのペトロフ家』で、キリル・セレブレンニコフ監督の鬼才ぶりは存分に味わっていましたが、本作も監督が二人の数少ない手紙や手記などを丁寧に検証し、大胆な解釈を織り交ぜて描いたもの。特に、偉大なロシアの作曲家のイメージを守るために、チャイコフスキーの手紙や日記はソ連時代、当局によって厳密に保管され検閲されたとのこと。ロシアになってからも、高貴なイメージは守り継がれていますが、他の国では、限定的ながらチャイコフスキーは同性愛者の作曲家ということが浸透しているのだとか。曲が素晴らしければ、どんな人物が作ったのかは、どうでもいいことだと思うのですが、そんな人物の妻が精神に異常をきたすほどだったことは憂うばかりです。(咲)



2022年/ロシア、フランス、スイス/ロシア語、フランス語/143分/カラー/2.39:1/5.1ch
字幕:加藤富美
配給:ミモザフィルムズ
公式サイト:https://mimosafilms.com/tchaikovsky/
★2024年9月6日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開





posted by sakiko at 10:19| Comment(0) | ロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年04月23日

独裁者たちのとき(原題:Skazka、英題:Fairytale)

劇場公開 2023年4月22日 ユーロスペース他 上映情報 

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黄泉の国からヒトラー、スターリン、チャーチル、ムッソリーニが蘇る!

監督・脚本:アレクサンドル・ソクーロフ
出演:アドルフ・ヒトラー、ヨシフ・スターリン、ウィンストン・チャーチル、ベニート・ムッソリーニ ※全て本人(アーカイヴ映像)

2022年/ベルギー・ロシア/78分/日本版字幕:松岡葉子
ジョージア語・イタリア語・フランス語・ドイツ語・ロシア語・英語
ウェブデザイン:竹内健太郎/資料作成協力:松岡葉子/梶山祐治

『エルミタージュ幻想』『太陽』などで知られるロシアの鬼才アレクサンドル・ソクーロフが、冥界を舞台に神の審判を受けるため天国の門を目指してさまよう独裁者たちの姿を描く。アーカイヴ映像を利用し、全編本人が出演!
これはソクーロフによる悪夢かおとぎ話か。過去の独裁者の姿、言動を通じて、現代の世界に警鐘をならしている?

深い霞におおわれた灰色の廃墟の中で、ヒトラー、スターリン、チャーチル、ムッソリーニなど第二次世界大戦時に世界を支配していた独裁者たちがうごめいている。煉獄の晩餐が始まると、お互いの悪行を嘲笑、揶揄し、己に陶酔。冥界を舞台に、神の審判を受けるため20世紀の独裁者たちが天国の門を目指しさまよう。その姿が、時には滑稽にシュールに、現代をも示し、人類の未来を予感させる。
歴史上まったくあり得ない、親しげに語り合い、笑い合い、罵り合う独裁者たちの姿は、気の遠くなるような量のアーカイヴ素材から選びだされたもので構築されている。すべて実際の映像が使われ、独裁者たちが語る言葉は、それぞれ過去の手記や実際の発言の引用から作られた。完成まで6年の歳月を要したという本作は、ソクーロフの近現代史への挑戦である。
登場するヒトラー、スターリン、チャーチル、ムッソリーニらの映像は、過去のアーカイブ映像をデジタルテクノロジーでよみがえらせ、4人が話すドイツ語、イタリア語、ジョージア語、英語は、現代の俳優が語っている。
ロシアによるウクライナ侵攻の年(2022)に完成した本作は、カンヌ国際映画祭でのお披露目が数時間前に中止になり、ロカルノ国際映画祭コンペ部門に出品された。

風変りな映像とストーリー。全編本人たちの映像というのがすごい! よく探し出してきたなと思う。映像は実物でも口から出るセリフは創造したもの。意味があるのかないのかわからないこともつぶやく。筋書きとか筋の通ったものとかはない。20世紀の歴史を左右した4人を冥界から引っ張り出してきて、語らせたかったのでしょうが、もう少し、現代に対して突っ込んだセリフが欲しかったかな。
キリストやナポレオンまで登場しますが、こちらはもちろん作った映像。彼にとって第二次世界大戦は過去ではなく、また冷戦終結という転機もない。独裁者の季節がずっと続いている世界なのでしょう(暁)。

宣伝・お問合せ:スリーピン 原田/
各地域配給:ミカタ・エンタテインメント 大森/
提供・配給:パンドラ
 
posted by akemi at 21:27| Comment(0) | ロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月15日

新生ロシア1991  原題The Event

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(C)Atoms & Void

監督 セルゲイ・ロズニツァ

1991年 8 ⽉19 ⽇。ペレストロイカに反対する共産党保守派がゴルバチョフ⼤統領を軟禁し軍事クーデターを宣⾔した。テレビはニュース速報の代わりにチャイコフスキーの「⽩⿃の湖」を全⼟に流した。モスクワで起きた緊急事態にレニングラードは困惑した市⺠で溢れかえった。夜の街では男がギターを掻き鳴らしウラジーミル・ヴィソツキーの「新時代の歌」を歌い、ラジオからはヴィクトル・ツォイの「変化」が流れた。⾃由を叫んだ祖国のロックが鳴り響くレニングラードは解放区の様相を呈し、8万⼈が集まった宮殿広場でついに⼈々は共産党⽀配との決別を決意する・・・

本作はレニングラード・ドキュメンタリー映画スタジオの 8 名のカメラマンが混乱する市中に紛れ撮影したモノクロ映像をセルゲイ・ロズニツァが⼿にし、3⽇間で終わった「ソ連 8⽉クーデター」に揺れながらもロシアの⾃由のため⽴ち上がったレニングラードを再構成したもの。
カメラはエリツィンを⽀持し市⺠にロシアの⺠主主義を訴えるアナトリー・サプチャーク・レニングラード市⻑も追いかけている。サプチャークの側近を務めていた若かりし頃のウラジーミル・プーチンの姿も映している。プーチンは 旧体制を解体したこの出来事の9年後にロシア連邦の⼤統領となり絶対的な権⼒を⼿にして現在に至っている。

このクーデターをきっかけに、ペレストロイカでソ連邦の緩やかな改⾰を考えていたゴルバチョフは失脚し、連邦最⼤の共和国であるロシアのトップだった急進改⾰派のエリツィンが実権を握り、結果的に同年12⽉にソ連邦の崩壊へ繋がりました。
当時の映像は、レニングラードの人たちが、モスクワでクーデターが起こったとの報に、純粋に社会の変革と自由を求めている姿を伝えてくれます。
共産党が良しとしなかったロシア正教会の司祭がスピーチする姿も出てきました。
ソ連崩壊後のロシアで、人々はどんな自由を得ることができたのでしょうか・・・
領土を拡大しようとする指導者のもとで、どんな思いをしていることでしょう・・・
歴史に「もし」はありませんが、違う人物が実権を握っていたなら・・・と、つい考えさせられました。

☆本作で描かれた8月クーデターの日々を含む数年間を、リトアニア側から見たのが、同じくロズニツァ監督の『ミスター・ランズベルギス』です。非暴力でソ連からリトアニアを独立させたランズベルギス。こんな方に国を率いてほしい!(咲)


第72回ヴェネチア国際映画祭正式出品

2015年/70分/ベルギー=オランダ/ロシア語/4:3
⽇本語字幕 守屋愛
配給 サニーフィルム
公式サイト:https://www.sunny-film.com/theevent
★2023年1⽉21⽇(⼟)よりシアター・イメージフォーラム他全国順次公開





posted by sakiko at 19:21| Comment(0) | ロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月06日

ペルシャン・レッスン 戦場の教室    原題:Persian Lessons

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HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)
監督:ヴァディム・パールマン 
出演:ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート、ラース・アイディンガー、ヨナス・ナイ、レオニー・ベネシュ

1942年、ナチス占領下のフランス。ユダヤ人青年ジルは捕らえられ移送中のトラックの中で、手にしていたサンドイッチを、ペルシャ語の本と交換してほしいと同胞の男に頼まれる。レザという家主が出国する時に置いていった本だという。森の中で銃殺されそうになった時、ジルは本を掲げ、「自分はペルシャ人だ」と嘘をつき難を逃れる。
折しも、強制収容所のコッホ大尉が、部下にペルシャ人を見つけたら褒美をやると命じていた。コッホ大尉の前に連れていかれ、証拠を示せと言われ、たった一つ聞いていた単語を伝える。コッホ大尉は、戦争が終わったら、兄のいるテヘランでドイツ料理店を開くのが夢だという。ペルシャ語を教えてくれという大尉に、ジルは、父はペルシャ人だけど母はベルギー人、家で話していただけで読み書きはできないと伝える。ジルは、一日40の単語を教えることになる。すべて造語だ。
コッホ大尉のもとで囚人名簿の記入係をしていた女性が、字が汚いとほかの部署に飛ばされ、代わりにジルが名簿を担当することになる。造語を思いつくのに苦労していたジルは、囚人の名前から単語を作るようになる・・・


偽のペルシャ語を教えて、ホロコーストを生き延びた実話?と思ったら、ヴォルフガング・コールハーゼの短編小説に着想を得た物語。 とはいえ、あの時代、なんとかして生き抜こうと模索したユダヤ人は多々いることと思います。
ペルシャ語を学んだ私にとっては、ユダヤ人の青年がペルシャ人になりすまし、“偽”のペルシャ語レッスンを行うという物語に興味津々。 最初に、たった一つ知っている単語として出てきた「お父さん」は、「バーバー(ババ)」なのですが、字幕がバウバウになっていて、ちょっとがっかり。
1日40語ずつとはいえ、自分で作った偽の単語を記憶するのは、並み大抵のことではできません。演じたナウエル・ペレーズ・ビスカヤートは、アルゼンチン出身で、母語はスペイン語。ほかにドイツ語、イタリア語、フランス語も話せるそうで、まさにジル役にぴったり。 また、ジルのスバ抜けた記憶力は、戦後、思いもかけないことで役に立つというラストには、涙が出る思いでした。
ペルシャ語をご存じの方には、ほんの少しですが、本物のペルシャ語が重要な場面で出てきますので、お楽しみに♪
思えば、ヴァディム・パールマン監督の『砂と霧の家』(2003年)は、革命でイランからアメリカに亡命した一家の物語でした。もしかしたら、監督、イランにご興味が?? (咲)



2020年/ロシア、ドイツ、ベラルーシ/ドイツ語、イタリア語、フランス語、英語/129分/カラー/シネスコ/5.1ch/G 
字幕翻訳:加藤尚子
提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ 
公式サイト:https://movie.kinocinema.jp/works/persianlessons
★2022年11月11日(金)より kino cinéma横浜みなとみらい他 全国順次公開

posted by sakiko at 18:23| Comment(0) | ロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月08日

戦争と女の顔(原題:Dylda)

 
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監督・脚本:カンテミール・バラーゴフ
共同脚本:アレクサンドル・チェレホフ
原案:『戦争は女の顔をしていない』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ, 三浦みどり 訳(岩波現代文庫)
音楽:エフゲニー・ガルペリン
撮影:クセニア・セレダ
出演:ヴィクトリア・ミロシニチェンコ、ヴァシリサ・ペレリギナ、アンドレイ・ヴァイコフ、イーゴリ・シローコフ

1945年、終戦直後のレニングラード。第二次世界大戦の独ソ戦により、街は荒廃し、建物は取り壊され、市民は心身ともにボロボロになっていた。史上最悪の包囲戦が終わったものの、残された残骸の中で生と死の戦いは続いていた。多くの傷病軍人が収容された病院で働く看護師のイーヤ(ヴィクトリア・ミロシニチェンコ)は、PTSDを抱えながら働き、パーシュカという子供を育てていた。しかし、後遺症の発作のせいでその子供を失ってしまった。そこに子供の本当の母であり、戦友のマーシャ(ヴァシリサ・ペレリギナ)が戦地から帰還する。彼女もまた後遺症や戦傷を抱えながらも、二人の若き女性イーヤとマーシャは、廃墟の中で自分たちの生活を再建するための闘いに意味と希望を見いだすが...。

30歳を過ぎたばかりのカンテミール・バラーゴフ監督がノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチのデビュー作『戦争は女の顔をしていない』を原案に、戦後の女性の運命をテーマに脚本を書いた。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でプレミア上映され、国際映画批評家連盟賞と監督賞をダブル受賞したほか、50を超える世界各国の多くの映画祭で上映、30を超える映画賞を受賞している。バラク・オバマ元米大統領が年間ベストに選出したことでも話題になった。日本では『戦争は女の顔をしていない』が書籍だけでなく、コミックとしても販売されている。
主人公であるイーヤとマーシャはスナイパーとして従軍していたとのこと。「現代ならともかく、第二次世界大戦で女性がスナイパー?」と思うかもしれない。調べたところ、ソ連では第二次世界大戦時に多くの女性兵士が男性同様に前線で戦っており、リュドミラ・パヴリチェンコは309人を狙撃したと記録に残っている。女性のスナイパーは決してフィクションではない。
イーヤとマーシャは2人とも戦争による後遺症を抱えており、イーヤが看護師として働く病院には多くの傷病軍人が収容されている。戦争は勝っても負けても心や体に大きな傷を残すのだ。しかもマーシャは戦後になっても戦場に行っていない同胞の女性から侮蔑的な扱いを受けた。マーシャの心の痛みはいかばかりか。反戦を訴える監督の強い意志が全編から伝わってきた。(堀)


冒頭、何を思い出すのか、茫然と立ち尽くす背の高い女性イーヤ。傷病軍人が多く入院する病院で看護師として働くイーヤは、彼女自身、戦場を経験していて、その記憶に苛まされているのです。幼い男の子パーシュカを一人で育てているイーヤに、院長は「死者が出たので、その分の食糧を坊やのために」と配慮してくれます。
やがて戦地からマーシャという女性が帰還して、彼女がパーシュカの生みの母で、なぜイーヤが代わりに育てていたのかを観ている者は知ることになります。
我が子が亡くなったことを知ったマーシャが、心を癒すためにどうしても子どもが欲しいと画策するのですが、これがもう凄い展開。(ぜひ劇場でご確認ください。)

英題『Beanpole』は、「のっぽさん」という意味。背の高いイーヤは、親友マーシャからも傷病兵たちからも、のっぽさんと親しまれています。病院の台所で働く年配の男性から、「イーヤはギリシャ語でスミレという意味だよ」と聞かされます。まさにスミレのように純粋なイーヤ。ナンパされ、相手の男の腕をへし折るほど純なのです。親友マーシャのことが大好きで、マーシャにつきまとうウブな男サーシャが疎ましくて追い払おうとします。
戦地で壮絶な経験をしたイーヤとマーシャが深い絆で結ばれ、なんとか生き抜こうとする姿が描かれているのですが、一方で、戦地から生還したものの、首から下が不随になってしまい、家族の重荷になるから死にたいという男性の姿も本作では描かれています。1945年を舞台にした物語ですが、今も世界各地で戦争の犠牲になる人が後を絶ちません。民間人だけでなく、お国のためにと否応なく戦地に行かされる兵士も犠牲者であることを、本作はずっしりと伝えてくれます。皆が平穏に暮らせる世界はいつ実現するのでしょう・・・ (咲)


ロシア/ロシア語/2019年/137分/DCP/カラー/字幕翻訳:田沼令子/ロシア語監修:福田和代/PG12
配給:アットエンタテインメント
(C) Non-Stop Production, LLC, 2019
公式サイト:https://dyldajp.com/
★2022年7月15日(金)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ピカデリーほか、全国順次ロードショー

posted by ほりきみき at 23:42| Comment(0) | ロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする