2019年10月20日

アダムズ・アップル(原題:Adam's Apples)

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監督・脚本:アナス・トマス・イェンセン
撮影:セバスチャン・ブレンコフ
音楽:イエッペ・コース
出演:マッツ・ミケルセン(イヴァン)、ウルリク・トムセン(アダム)、パプリカ・スティーン(サラ)、ニコラス・ブロ(グナー)、アリ・カジム(カリド)

スキンヘッドの男がバスから降り立った。刑務所から仮釈放で出てきたばかりのアダムは、がちがちのネオナチ。田舎の1本道を迎えに来たのは、アダムの更生プログラムを請け負った聖職者のイヴァン。アダムは神など信じていないが、とりあえずプログラムをこなさねばならない。イヴァンから「目標」を聞かれて「庭のリンゴでアップルケーキを作る」と答えておいた。教会にはメタボのグナー、移民のカリドという二人の「先輩」がいた。教会には妊娠したけれど、子どもに障がいがあるかもと医師に言われて産むかどうか悩むサラがやってきた。
アダムがアップルケーキを作ろうとするたびに何かの邪魔が入り、最初の目標をクリアすることができない。

マッツ・ミケルセンを認識したのは『007/カジノ・ロワイヤル』(2006)、6代目ジェームズ・ボンドとなったダニエル・クレイグに注目が集まっていましたが、敵対するル・シッフル役のマッツ・ミケルセンに何者?と思ったのでした。スザンネ・ビア監督で主演の『アフター・ウェディング』は見逃し、『誰がため』(2008)で魅了されました。2013年の本誌87号では続いて公開された『偽りなき者』『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』を紹介しました。この作品はそのずっと前の2005年の作品。まだ40そこそこのマッツ・ミケルセンが懐の深い、しかしいわくありげな聖職者として主演しています。試写の前に配給の方が「この作品が好きで好きで」とおっしゃっていましたが、んー、なんか頷けます。
原題の「アダムのリンゴ」は、禁断の果実を口にしてしまったため、楽園から追放されるアダムとイヴを思い出させますし、作品中でページが開かれる聖書の「ヨブ記」はサタンに信義を試されるヨブの話です。ストーリーはそれを下敷きにして、ブラックユーモアと皮肉と愛情が詰めこまれています。観た後ずっと忘れられない作品でした。(白)


2005年/デンマーク、ドイツ/カラー/シネスコ/94分
配給:アダムズ・アップルLLP
https://www.adamsapples-movie.com/
★2019年10月19日(土)ロードショー
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2019年10月03日

ボーダー 二つの世界 原題:Gräns/英題:Border

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監督:アリ・アッバシ 
原作・脚本:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『ぼくのエリ 200歳の少女』
出演:エヴァ・メランデル、エーロ・ミロノフ、ヨルゲン・トーション、アン・ペトレン、ステーン・ユンググレーン

違法なものを持つ人をかぎ分けることができる税関職員のティーナ(エヴァ・メランデル)は、ある日、勤務中に風変わりな旅行者のヴォーレと出会う。彼を見て本能的に何かを感じたティーナは、彼を自宅に招き、離れを宿泊先として貸し出す。ティーナはヴォーレのことを徐々に好きになるが、彼はティーナの出生の秘密に関わっていた。

今年の洋画暫定1位に推したい作品をご紹介出来ることが嬉しくて仕方がない。冒頭から観客の眼を釘付けにする主人公の容姿。備わった能力が、違法な匂いだけでなく、”悪意”まで嗅ぎとる、と知った時から、本作のただならぬ様相に心がざわついてくる。
日本でも根強い人気を持つ『ぼくのエリ 200歳の少女』の原作者であるスウェーデン人作家ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの小説は意外なほどの短編だ。イラン系デンマーク人のアリ・アッバシ監督は、よくぞあの原作から想像力を羽ばたかせ、登場人物たちのビジュアルを造形したものだと感心する。

北欧の湿原、深い森と湖を舞台に蒼白且つ怜悧な舞台設定は、湿った空気や粘菌の感触まで漂ってくるようだ。その背景の中に主要男女を配置した途端に生まれる圧倒的な映像のインパクト。本作の魅力は、あらゆる要素が観客を引き込む点だ。終始、静謐さを保ちながら展開する極めて普通の日常。主人公は社会生活に溶け込んでいる。それを打破る男の出現。観る者は主人公と同化し、男のフリーキッシュな風貌と行動に動揺を覚えて行く。

脚本も兼ねる原作者のヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストは、性別や種族の境界に興味があるらしい。その点は『ぼくのエリ〜』と似て非なるものがある。『エリ〜』に観られた切なさや詩情は本作にはない。獣的官能と自然世界が混在し、未だかつて観たことがなく生涯忘れ得ぬ映画体験を齎してくれるだろう。

北欧の民間伝承に基く甘美な世界にぜひ脚を踏み入れてほしい。衝撃的な場面も無修正での公開に踏み切った配給会社は大英断だ。絶対のお薦め作!(幸)


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私が本作に注目したのは、ほかでもない、監督がイラン人であるということからだ。アリ・アッバシは、1981年、イラン・テヘラン生まれ。テヘラン工科大学での研究を2002年で辞め、スウェーデン・ストックホルムに移住。建築学の学位を取得。その後、デンマーク国立映画学校に入学し演出を学ぶ。現在、コペンハーゲン在住。
プレス資料に掲載されているインタビューの中で、「この作品は自分自身のアイデンティティを選ぶことのできる人についての映画である」と語っている。
アリ・アッバシは「イランでもコペンハーゲンと同じくらい少数派だ」という。(宗教的、例えばゾロアスター教徒やバハーイー教徒、無神論者、それともジェンダー的なのか定かではない)それでも、イランの文化に育まれた背景があるという。
「見えないものに、より興味を持つ。死と死後の世界に夢中である。見えない何かが常に働いていると思っている。時にそれは少し妄想的かもしれないし、また詩的であるかもしれない」
イランには脈々と続く詩の文化がある。『ボーダー 二つの世界』の中で、表面的にイランが顔を出している場面はないが、まさしくアリ・アッバシ監督をイラン人たらしめている詩的な世界が広がっている。醜い容姿のティーナとヴォーレの異様な行動が不思議に官能的に思えるのも、その故か。衝撃の一作であることは間違いない。(咲)



2018年/スウェーデン・デンマーク/スウェーデン語/110分/シネスコ/DCP/カラー/5.1ch/R18+
配給:キノフィルムズ
©Meta_Spark&Kärnfilm_AB_2018
公式サイト:http://border-movie.jp/
★10月11日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー★
posted by yukie at 11:55| Comment(0) | 北欧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月01日

ウトヤ島、7月22日(原題:Utoya 22. juli)

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監督:エリック・ポッペ

脚本:シブ・ラジェンドラム・エリアセン、アンナ・バッヘ=ビーク

撮影:マルティン・オッテルベック

出演:アンドレア・バーンツェン(カヤ)、エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン(エミリエ)、ジェニ・スベネビク(オーダ)、アレクサンデル・ホルメン(マグヌス)、インゲボルグ・エネス(クリスティーネ)


7月22日、ノルウェーの首都オスロ。近郊のウトヤ島では労働党青年部のキャンプが始まっていた。カヤは妹のエミリエと一緒に参加している。心配する母親に「世界一安全な島」と返し、エミリエの面倒を見ることを約束した。テントにエミリエを残して友人たちと談笑していると、突然銃声が聞こえ、血相を変えた男女が逃げてくる。急いでテントに戻るがエミリエはもういなかった。オスロ市内では爆発があったと知ってますますパニックになる。カヤたちは何が起きているのかわからないまま逃げ出し、散り散りに隠れ場所を探す。警察に電話をするが、島まで救援に来るのには時間がかかる。その間にも銃声と悲鳴が聞こえている。


2011年に本当にあった事件をもとに作られたフィクションです。冒頭は集まってきた若者たちのシーンが続き、彼らの夢や希望が語られます。その後、最初の銃声が聞こえてから72分間ワンカットで、実際にこの事件が収束するまでと同じ時間を映しています。この間、観客はカヤと一緒に逃げ惑い、エミリエを探し、助けてやれなかった子どもの死に泣くことになります。犯人の姿ははっきり見えず、音楽もナレーションもありません。カメラがアップで映し出す表情、息遣い、足音などで緊張感が途切れず、テロ事件を体感させます。映画が終わったときには大きく息をつきました。

犯人はたった一人の極右思想の男。周到な準備をして、オスロ市内で市庁舎を爆破した後、ウトヤ島に移動して無差別銃乱射事件を起こしています。オスロでは8名、ウトヤ島では69名もが亡くなっています。

エリック・ポッペ監督はかつて戦場カメラマンとして活躍した人、ジュリエット・ビノシュが報道写真家を演じた『おやすみなさいを言いたくて』にはご自身の体験が反映されているとか。このウトヤ島事件の切迫した臨場感にも色濃く出ています。(白)

キャンプ場に突然鳴り響く銃声。悲鳴とともに走り込んでくる人々。何が起きたのか。事件? 訓練? 状況がつかめないまま逃げ惑う。緊迫感が半端ない。2011年ノルウェーで起きた連続テロ事件を被害者視点で描く。難を逃れた生存者も忌まわしい記憶に苦しんでいるに違いない。(堀)

2018年/ノルウェー/カラー/シネスコ/97分

配給:東京テアトル

Copyright (C) 2018 Paradox


★2019年3月8日(金)ロードショー
posted by shiraishi at 15:09| Comment(0) | 北欧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月15日

THE GUILTY/ギルティ (原題:Den skyldige)

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監督:グスタフ・モーラー
脚本:グスタフ・モーラー、エミール・ナイガード・アルベルトセン
出演:ヤコブ・セーダーグレン(アスガー・ホルム)、イェシカ・ディナウエ(イーベン)、ヨハン・オルセン(ミケル)、オマール・シャガウィーラ(シッド)

警察官のアスガー・ホルムは、ある事件をきっかけに一戦を退き、今は緊急通報司令室のオペレーターを勤めている。交通事故の緊急搬送や、車の手配など瑣末な事件にうんざりしていた。そこへ1本の通報が入った。「誘拐されて車でどこかへ連れて行かれている」という女性からの電話だった。犯人に気づかれることなく、女性の乗っている車を特定しなければならない。事件を解決するための手がかりは、電話を握り締めているだろう女性の声と、かすかに聞こえてくる”音”だけなのだ。

「おお、こう来ましたか!」と思わず拍手しそうになった作品。すぐハリウッドリメイクが決まったというのが納得です。ワンシチュエーション+電話というと、トム・ハーディが一人で演じきった『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』が浮かびます。状況は誘拐事件のこちらのほうが切迫しておりますが、グスタフ・モーラー監督も意識していたでしょうか?(白)

映し出されるのは、緊急通報司令室と、主人公のオペレーターの男のみ。緊急事態を告げる女性の声と、その背景の音だけで、オペレーターの男も、映画を観ている私たちも、事態を把握することになります。凄惨な場面は映らないのに、まるで目の前で残酷な事件が繰り広げられているかのよう。主人公の男も、私たちも、電話から聴こえてくる声と音だけで現場を想像してしまいます。
製作費をそれほどかけなくても、これほどの映画が作れると驚かされました。そして、思いもかけない結末にも!(咲)


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◆制作秘話◆ (配給・宣伝のファントム・フィルムさんより)
監督は「新しい形式を試したかった。制限された枠内でクリエイティブに制作したいという欲望を抱いていた」インタビューで答えている。「観る人に挑み、驚かせるようなジャンル映画を作りたい」という思いで作られた本作は、見事に観るものを今までの映画で体験したことない“新感覚”の世界に誘ってくれる傑作に仕上がった。そしてその稀有な体験を生み出すのは徹底的にこだわり抜かれた“音”である。主人公しか映し出されないにも関わらず、電話先の女性の声や事件現場が観る者の頭に鮮明に浮かび上がってくる。その秘訣はキャスティングにあった。本作で誘拐された女性を演じるイェシカ・ディナウエは、声でのみ出演している。そのため、監督はあえて彼女の顔を見ずに、音声ファイルだけを聞いてブラインドオーディションを行ったという。

このオーディションについて、監督はこうインタビューに答えている「観客にそれぞれのイメージを思い浮かべてもらい、一緒に作品を作り上げていくというのがこの映画の主旨だ。どの作品でもそうだが、枠の外側にあるものを(=作品の中で直接語っていない)観客に思い浮かべてもらうというのが最も重要だと思うんだ。だからサウンドデザインや声だけで出演している役者も大事だった。役者に関しては、その人物を語れる独特の声を持った役者を求めていたから、ブラインド・オーディションを行ったんだ。キャスティング会社があるシーンを役者に演じさせ、僕はその音声だけをもらった。彼らの見た目はもちろん、名前も有名な役者なのかも知らされず、声だけで判断したのさ。色々聞いていくうちに、どのような声であれば観客の想像力をかき立てられるかが明確に分かってきた。」さらに、その時を思い出して「彼らはオーディションをした役者の中でも、とても特徴的な声だったのだ。」と監督は振り返る。異例のオーディション方法で見出された彼らは、劇中でも一度聞いたら脳裏から離れない特徴的な声による、見事な熱演を見せている。

 このような一風変わった方法をとった理由を監督は、「主人公と観客の目線を合わせ、距離をできるだけ縮めたかったから」と語っている。キャスティング時点から既に“音と声だけしかない”という本作の設定にこだわったことが伺える。さらに、本作において徹底して追求されたリアリティは、“電話からの音と声”はもちろんのこと、映像にも現れている。監督はあえてロングテイクを多用することで、撮影現場で起こる些細なミスも映画の中に取り込むという手法をとっていた。
加えて、主演のヤコブ・セーダーグレンには、「作品の主旨やリサーチ結果を共有し、キャラクターの背景などを話し合った上で、さらに脚本を一単語ずつ見ていき、なぜそのようなことを言うのか細かく分析していった。また、リハーサルは一切行わなかった。誘拐された女性と初めてセリフを合わせるのは、そのシーンを撮影する時だった。その新鮮さを求めていたから、事前に読み合わせはしなかったんだ。」と監督は答え、首尾一貫した本作のテーマへの徹底ぶりを語っていた。

 これらのこだわりが、サンダンス映画祭で大絶賛され、異例のスピードで主演ジェイク・ギレンホールでハリウッドリメイクまで決定した傑作『THE GUILTY/ギルティ』を生み出したのです。  


2018年/デンマーク/カラー/シネスコ/88分
配給:ファントム・フィルム
(C)2018 NORDISK FILM PRODUCTION A/S
http://guilty-movie.jp/
★2019年2月22日(金)新宿武蔵野館/ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開





posted by shiraishi at 20:46| Comment(0) | 北欧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする