2024年08月11日
ぼくの家族と祖国の戦争(原題:Befrielsen)
監督・脚本:アンダース・ウォルター
撮影:ラスムス・ハイゼ
出演:ピルウ・アスベック(ヤコブ)、カトリーヌ・グライス=ローゼンタール(リス)、モルテン・ヒー・アンデルセン(ビルク)、ラッセ・ピーター・ラーセン(セアン)、ペーター・クルト(ハインリヒ)、ウルリッヒ・トムセン
第二次世界大戦末期のデンマーク。北欧の小さな国に、敗色濃厚となった隣国ドイツから20万人以上の難民が押し寄せてきた。占領下にあったので、従うしかなかった。フュン島リュスリンゲ市民大学の学長ヤコブがドイツ司令官から200人の難民を受け入れるよう命令が下る。ところが到着したのは子どもを含む500人以上で体育館を開放してもすし詰め状態となった。そのうえ現地のドイツ兵はひきあげてしまい、食料や薬品の供給もなかった。劣悪な環境でジフテリアが発生、窮状を見かねたヤコブの妻のリスは、子どもたちに手を差しのべるが、ドイツ占領下の人々には自国民を裏切る行為と写った。12歳の息子セアンは、ドイツを敵と信じて疑わず、危険なレジスタンス運動に関わろうとする。
日本と似た島国のデンマーク。唯一陸上で国境を接しているのが、ドイツです。大戦末期にはドイツの敵国であるソ連軍が南下してきたため、多くの難民が国境を越えて逃げてきました。地続きのヨーロッパ各国の戦争中の混乱はどうにも想像がつきません(こんなことを言うと沖縄の人に申し訳ない思いでいっぱいになります)。
ここでは戦地の闘いではなく、戦時下の人々がどんな風に暮らしていたのか、そこでたち現れる対立を描いています。実際にあったことを調査、収集し、この作品がフィクションとして生まれました。体験した人がいまも残っていること、今も戦火に追われる国があることもあってか、本国で多くの観客を集めたそうです。
国同士、人と人との間だけでなく、一人の中でも葛藤があり、ヤコブやリス、少年のセアンの心も揺れ動きます。人間として正しいことの規範となるのは主に宗教なのでしょうが、その宗教でさえ愛や許しではなく対立の元となったり、さらに憎悪をあおったりします。戦争は博愛の精神も道徳も倫理も蹴散らし、敵を憎むあまり報復として同じ所業に及びます。白か黒かの間には限りなくグレーが続くのに、どちらか選べと強要されます。
人は反省したことを忘れて同じことを繰り返します。何度も間違えてはまた悔やみます。どうしたらいいのか、正しいとは何なのかそれぞれが考えるしかないのでしょう。多数が正しいとは限りません。この映画は、観た人の心に小さな石つぶてを投げ込み大きな波を起こすはずです。広島、長崎の原爆忌、終戦の日を思いつつ、観ていただきたい作品。(白)
2023年/デンマーク/カラー/101分
配給:スターキャット
(C)2023 NORDISK FILM PRODUCTION A/S
★2024年8月16日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBIS GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
2022年09月14日
LAMB ラム(原題:Lamb)
監督:バルディミール・ヨハンソン
脚本:ショーン、バルディミール・ヨハンソン
撮影:イーライ・アレンソン
音楽:ソーラリン・グドナソン
出演:ノオミ・ラパス(マリア)、ヒルミル・スナイル・グズナソン(イングヴァル)、ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン(ペートゥル)
山間に住む羊飼いの夫婦イングヴァルとマリア。ある日、二人が羊の出産に立ち会うと、羊ではない何かが産まれてくる。
子供を亡くしていた二人は、"アダ"と名付けその存在を育てることにする。
奇跡がもたらした"アダ"との家族生活は大きな幸せをもたらすのだが、やがて彼らを破滅へと導いていく—。
凍てつくアイスランドの牧場。静かに暮らしている夫婦と羊たち。彼らを見守るような犬と猫。ある晩羊小屋へ何かが侵入してきて、やがて生まれたのは羊か何か?ファンタジーのようなスリラーのような、はたまたポスターの「子羊を抱くマリア」の聖母子の物語なのか?誰の視点で、何をポイントに観るかでまた印象が変わるでしょう。
羊は従順で、群れて生き、”子羊”は、か弱いものの代表です。マリアとイングヴァルは生まれた子を母羊からとり上げ、慈しみます。母羊は、たびたび窓の下に現れて、返してと鳴き続けます。これがなんとも切なくて、返しても育てられないでしょと言ってきかせたい思いにかられます。マリアは実力行使、羊相手だから?製作にも名をつらねているノオミ・ラパスの強い女のイメージが、年々濃くなります。
初の長編作品を送り出したバルディミール・ヨハンソン監督は子どものころの牧場の思い出を入れ込んだそうです。ワイド画面の風景は厳しくも美しいです。
第74回 カンヌ国際映画祭「ある視点部門」でPrize of Originalityを受賞。(白)
2021年/アイスランド・スウェーデン・ポーランド合作/カラー/シネスコ/106分
配給:クロックワークス
(C)2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JOHANNSSON
https://klockworx-v.com/lamb/
★2022年9月23日(金・祝)ロードショー
2022年06月25日
わたしは最悪。(原題:The Worst Person in the World)
監督:ヨアキム・トリアー
脚本:エスキル・フォクト、エスキル・フォクト
撮影:キャスパー・トゥクセン
音楽:オーラ・フロッタム
出演:レナーテ・レインスヴェ(ユリヤ)、アンデルシュ・ダニエルセン・リー(アクセル)、ヘルベルト・ノルドルム(アイヴィン)
優秀な成績のユリヤは医学部に入学したものの、自分の興味はこれではないと気付いてしまう。心理学や写真もやってみた。道はいくつも開かれていると思っていたが、方向が定まらないまま30歳になるところだ。年の離れた恋人のアクセルはグラフィックノベル作家として成功し、若いユリヤを全て受け入れてきた。40代の彼は、ユリヤときちんと結婚して家庭を持ちたいと思っている。心を決められないユリヤはある晩アクセルと出席したパーティから抜け出し、通りかかった他人のパーティに紛れ込む。そこで魅力的なアイヴィンに出会って、久しぶりに大笑いし楽しい時間を過ごした。
「わたしは最悪」とは、ユリヤの自虐。あれ?若い人たちが大人になる過程で「あるある」なことばかりじゃないの、最悪なわけじゃないと思いつつ観ていました。あれもしたいこれもしたい(それも気が多くてに一つに決められない)と手を出しているうちに時間が過ぎて、いつのまにか30代に。30というのがミソで、10年ごとに刻みがちな人生の中でも子どもから大人への転換時期でもあります。もっと早く結婚して子供を持てば親になり、自分も子ども感覚から抜けて大人にならざるを得ません。
ユリヤには離婚した両親が健在、祖母もいます。そこに行けば「子ども」です。アイヴィンといるときは自分たちのことだけで済みます。しかもユーモアのセンスが合います。アクセルにはもう親はいなくて兄弟のみ。彼といれば「生活」と向き合わねばなりません。ストーリーが進むと、なぜ「最悪」と言ったのか、彼女の悔恨がわかります。
溌剌として何にでも興味を持つユリヤがチャーミングです。恋する気持ちや好きなものを見つけたキラキラな部分がまぶしいほど。大人で考え深く、包容力のあるアクセルがいても、若くて楽しいアイヴィンにも惹かれてしまう。節目ごとに章仕立てで語られる青春ラブストーリーですが、演じた俳優がそこにちゃんと生きていて3人の誰を主人公にしても映画になりそうです。
ヨアキム・トリアー監督作品は『テルマ』(2017)を観ています。美しい映像のホラー作品でした。今回は幻覚を起こす場面に片鱗が見えます。趣は違いますが、アイヴィンに会うためにオスロの街を走る場面が秀逸。周りの人間たちはみなフリーズする中、ユリヤが走り抜けていきます(ポスターはそのワンカット)。美しい上、遊び心もあって好きなシーン。(白)
ユリヤの20代半ばから30代初めにかけての数年間が、序章+12章+終章 と小説のような構成で語られていきます。だんだん大人になっていくのかと思いきや、そうでもありません。人生は試行錯誤。出会いがあって別れもある。別れたと思っても、またくっつくこともある。あの年齢の時にはこんなことをしていた等々。観ていて、誰しもどこかで感情移入できそうです。
「第4章 私たちの家族」では、30歳のユリヤが、母系家族をさかのぼって、30歳の時を写真を見ながら語ります。母30歳で離婚しユリヤを一人で育てる。祖母、曾祖母・・・それぞれの30歳を語り、最後、18世紀、女性の寿命は35歳というオチ。寿命の延びた現代では、30歳はまだまだこれからという年齢だけど、18世紀には余命を考えなければいけなかったのだとドキッとします。
そんなことを考えされられた映画ですが、それよりもオスロの街の魅力が本作には溢れていて、いつか訪れてみたいと思いました。(咲)
行き詰ると別のことがやりたくなるユリヤ。自分探しの節目ごとに男も変わる。そんなユリヤが自分にとって大切なものが何なのかに気づくまでを描いていく。
アクセルはユリヤと出会ったとき、自分は40歳を超えているから一般的な幸せ(子ども)を求めて束縛してしまう可能性があるからこれ以上は踏み込めないと伝えるが、そのひとことがきかっけでユリヤは恋に落ちる。その一方でそのことが彼女を苦しめ、心が離れていく。事前にいってあったのに、それが辛いと言われてしまうのはアクセルからすれば勝手に思えるだろう。しかし、これは恋においてはよくあること。女性心理をしっかりリサーチして脚本が書かれたことがわかる。
ヨアキム・トリアー監督が本作を撮った動機の1つはレナーテ・レインスヴェと語る。自身の過去作『オスロ、8月31日』に端役で出演したときに特別なエネルギーを放っていたそう。ユリヤはレナーテ・レインスヴェをあて書きされた。
またアクセルを演じたアンデルシュ・ダニエルセン・リーのことを監督は自分自身の分身的存在といい、彼の役を執筆するときには自身の過去の経験を反映させているとのこと。ユリヤからみれば“年上で懐が深い”アクセルも、本人いわく“自信のなさを必死に隠していた”というのは監督の経験だったのだろうと思えてくる。
大切なものは失ってから気づくとはよく言われるけれど、それを自分なりに受け止め、前に進むことを決めたユリヤの表情は清々しい。正直、それまでのユリアにはあまり共感できず、自分本位な女と思っていたのだが、その顔を見て、印象が一変した。ユリヤの人生に幸あれと願わずにはいられない。(堀)
2021年/ノルウェー・フランス・スウェーデン・デンマーク合作/カラー/シネスコ/128分
配給:ギャガ
(C)2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VAST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA
https://gaga.ne.jp/worstperson/
★2022年7月1日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ他全国順次ロードショー
2022年02月05日
ロスバンド(原題:Los Bando)
監督:クリスティアン・ロー
出演:ターゲ・ホグネス(グリム)、ヤコブ・ディールード(アクセル)、ティリル・マリエ・ホイスタ・バルゲル(ティルダ)、ヨナス・ホフ・オフテブロー(マッティン)
ノルウェーの田舎町。グリムとアクセルは幼いころからの親友で、2人はロックが大好き。グリムはドラム、アクセルはギターが村で一番上手い。本人は全く気付いていないが、困ったことに音痴なのだ。グリムはどうしてもアクセルに本当のことが言えず、こっそり調整した音源で大会に応募する。おかげで大会への出場権は得たけれど、メンバーが足りない。ベースを募集してみると応募してきたのは、9歳のチェロ少女ティルダだけだった。開催地は遥か北の街トロムソ。2人の有り金をはたいて、近所のマッティンに運転手を頼んでみた。家での不満が鬱積していたマッティンは、兄のワゴン車をこっそり塗り替え、3人とともに北を目指してくれることになった。
グリムの両親は不仲で喧嘩が絶えません。争う声が聞こえるとグリムは音楽を聴きます。アクセルはクラスの女の子に片想いしていますが、モテる彼女の反応は冷たくて落ち込んでいます。小さなティルダの両親は仕事で多忙、いつも独りぼっちでした。それぞれに事情を抱えた少年少女が、南北に細長いノルウェーの南から車で北上します。にわか仕立てのバンドは、最初のうち不協和音を奏でるばかり。本番までにアクセルの音痴をどうしよう…とグリムの悩みは尽きません。
お金がなくなったり、ティルダの両親に大騒ぎされたり、問題も続出。ほんとに会場までたどり着いて出場できるのでしょうか?観客はノルウェーの美しい景色を眺めながら、彼らを見守ることになります。
この作品はベルリン国際映画祭のジェネレーション部門(4歳以上が対象)に選出されています。それを聞くとちょっと安心しますよね。豊かな北欧の自然を堪能し、音楽を楽しんでください。出演の子どもたちが成長して、いつかまた画面に登場するのが今から楽しみです。(白)
2018年/ノルウェー,スウェーデン合作/カラー/シネスコ/94分
配給:カルチュアルライフ
FILMBIN AS (C) 2018 ALLE RETTGHETER FORBEHOLDT
https://www.culturallife.jp/losbando/
★2022年2月11日(金・祝)より新宿シネマカリテほか全国公開
2022年01月16日
ライダーズ・オブ・ジャスティス 原題:RETFÆRDIGHEDENS RYTTERE 英題:RIDERS OF JUSTICE
監督・脚本:アナス・トマス・イェンセン
撮影:キャスパー・トゥクセン
編集:ニコライ・モンベウ、アナス・エスビャウ・クレステンスン
音楽:イエッペ・コース
出演:マッツ・ミケルセン、ニコライ・リー・コース、アンドレア・ハイク・ガデベルグ、ラース・ブリグマン、ニコラス・ブロ、グスタフ・リンド、ローラン・ムラ
クリスマスを数日後に控えたエストニアのタリン。少女マチルダはお祖父さんから店頭に売りに出ていた赤い自転車をプレゼントにすると言われるが、青い自転車がいいと答える。マチルダの父で軍人のマークスが任地アフガニスタンから妻に電話すると、娘の自転車が盗まれたから車で学校に送りにいくところだという。
買い物をして大荷物を抱えて列車に乗り込むマチルダと母。眼鏡をかけた男が母に席を譲ってくれる。その後、事故が起こり母を含め11名が亡くなる。
知らせを受け、急きょ帰国したマークスのもとに、二人の男が訪ねてくる。その一人、数学者のオットーが、席を譲ったために奥さんが亡くなられてしまったと誤り、さらに事故ではなく、“ライダーズ・オブ・ジャスティス”と言う犯罪組織が、殺人事件の重要な証人を暗殺するために仕掛けたものだという。マークスは妻の無念を晴らそうと、オットーたちの協力を得て復讐に身を投じていく・・・
眼鏡をかけたオットーは数学者なのですが、いつもおどおどしています。そして彼の仲間レナートはヘラヘラしているし、最強のハッカーだというエメンタールも超デブで、まさに3馬鹿トリオ。オットーは、事故の起こる直前に、一口食べただけのサンドイッチと、ほとんど飲んでいないジュースを列車に捨てていった男が事故の仕掛け人に違いないと推測し、エメンタールが人物像を検索します。ヒットしたのが、エジプトに住むAharon Nahas Shadidという歯科技工士。そんな遠くに住む奴じゃないと、 Palle Olesenという兄がギャングという男に辿りつきます。Omar Shargawiの二役。似てるはず!
ところで、使用言語は、Estonian、Danish、Arabicとあって、エストニア語とデンマーク語の違いは私にはわからないのですが、イスラームのお祈りを知らせるアザーンが聞こえてきて、エジプトに帰ったAharonがアラビア語で話す場面がありました。これが笑える種明かしになってます。お見逃しなく!
本作のマッツ・ミケルセンは、職業軍人で家族と過ごすこともあまりなかったのに妻を失い、にこりともしない鬱ぎみという役どころ。マチルダに「パパは軍人だから暴力で乗り切ろうとする」と言われます。マチルダはマチルダで、ポストイットに、赤い自転車、青い自転車・・・と、母親が事故死するに至った過程を自分なりに探っています。オットーもまた、女性には席を譲るものと教え込まれてなければ・・・とつぶやきます。でも、人生に「もし」はありません。そんなことを思わせてくれた映画でした。 最後には、それぞれにクリスマスらしいセーターを着て、プレゼント交換。出会いは、どんなきかっけであれ、人と繋がれるのはいいなぁ~と!(咲)
2020年/デンマーク・スウェーデン・フィンランド/カラー/シネスコ/5.1ch/116分 /デンマーク語ほか/PG12
日本語字幕:平井かおり
配給:クロックワークス
公式サイト:https://klockworx-v.com/roj/
★2022年1月21日(金)新宿武蔵野館ほか全国ロードショー