2023年03月21日

デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム(原題:Moonage Daydream)

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監督・脚本・編集・製作:ブレット・モーゲン
音楽:トニー・ヴィスコンティ
出演:デヴィッド・ボウイ

世界的ロックスター、デビッド・ボウイのドキュメンタリー。30年にわたり保管していた未公開映像と、「スターマン」「チェンジズ」など代表曲を含む40曲で構成されている。ライブ映像、インタビューに加え、全編にわたってボウイ本人によるナレーションが観客をボウイの人生と精神の旅路に案内する。デヴィッド・ボウイとは一体何者だったのか?
デビッド・ボウイ財団が唯一公式認定したドキュメンタリー映画。

特別にデヴィッド・ボウイ贔屓ではなかったけれど、あのビジュアルに目をひかれました。山本寛斎デザインの個性的な衣装が似合うのって、どういう人なんだろうと興味がありました。派手な舞台から降りればもの静かで、僧侶になりたかったというほど内省的な人だったというのに、なんとなく納得しました。京都が好きで、たびたび訪れてはそこでの暮らしを楽しんでいた映像も覚えています。俳優としての作品『地球に落ちて来た男』(1976/ニコラス・ローグ監督)『戦場のメリークリスマス』(1983/大島渚監督)も忘れられません。
本作は時系列に並べられた伝記映画ではありませんが、ボウイ本人の声を聴きながらブレット・モーゲン監督がカラー・グレーディングにこだわった映像とサウンドをこころゆくまで楽しめるはずです。(白)


2022年/ドイツ・アメリカ/カラー/シネスコ/134分
配給:パルコ ユニバーサル映画
(C)2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
https://dbmd.jp/
Twitter&Instagram:@DBMD_JP
★2023年3月24日(金)全国公開
posted by shiraishi at 23:03| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月15日

ヒトラーのための虐殺会議   原題:Die Wannseekonferenz 英題:THE CONFERENCE

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(C)2021 Constantin Television GmbH, ZDF

監督:マッティ・ゲショネック
出演:フィリップ・ホフマイヤー、ヨハネス・アルマイヤー、マキシミリアン・ブリュックナー

1942年1月20日正午、ベルリン。雪が残る冷えた日。
ヴァン湖(ヴァンゼー)の畔にある大邸宅にナチス親衛隊と各事務次官が、国家保安部代表のラインハルト・ハイドリヒに招かれ、ユダヤ人問題の最終的解決について会議が開かれた。「最終的解決」とは、ヨーロッパにいるすべてのユダヤ人を計画的に駆除する、つまり抹殺することを意味するコード名。ヴァンゼー会議の出席者の中で異を唱えた者は一人もおらず、これにより、現代国家が1つの民族の抹殺に乗り出すという前代未聞の政策が行われた。議事録には、移送、強制収容、強制労働、計画的殺害など様々な方策が詳述されており、単にユダヤ人を排除するだけではなく、移送と同時に強制労働者として利用する目的もあった。会議から1年以内にホロコーストは加速し、ユダヤ人の多くは絶滅収容所に到着すると同時に強制労働者に選別されることなく殺害されていった・・・
※2022年はヴァンゼー会議から80年

会議に出席した高官15名と秘書1名
ラインハルト・ハイドリヒ(国家保安本部長官/ベーメン・メーレン保護領総督代理/親衛隊大将)
オットー・ホフマン(親衛隊人種・植民本部/親衛隊中将)
ハインリヒ・ミュラー(国家保安本部ゲシュタポ局長/親衛隊中将)
ゲルハルト・クロップファー(党官房局長/親衛隊准将)
フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリツィンガー(首相官房局長)
ヴィルヘルム・シュトゥッカート(内務省次官)
マルティン・ルター(外務省次官補)
エーリヒ・ノイマン(四か年計画庁次官)
ローラント・フライスラー(法務省次官)
ルドルフ・ランゲ(ラトヴィア全権区保安警察・保安部司令官/ オストラント全権区保安警察・保安司令部代理/親衛隊少佐)
カール・エバーハルト・シェーンガルト(ポーランド総督府保安警察・保安部司令官/親衛隊准将)
ヨーゼフ・ビューラー(ポーランド総督府次官)
ゲオルク・ライプブラント(東部占領地域省局長)
アルフレート・マイヤー(東部占領地域省次官・北ヴェストファーレン大管区指導者)
アドルフ・アイヒマン(国家保安本部ゲシュタポ局ユダヤ人課課長/親衛隊中佐)
インゲボルグ・ワーレマン(秘書)

本作は、アドルフ・アイヒマンによって記録された会議の一部のみが残されていた議事録に基づき、80年後の2022年にドイツで製作されたもの。
すでに欧州では1933年以来、ユダヤ人迫害が行われていて、「ラトビアからユダヤ人が一掃された」との報告に、皆が、グーの手(拳)で机を叩きます。ユダヤ人をマダガスカルに送る案は、制海権がイギリスにあって無理という発言も。移送先はもうない、さて、どうするというのがヴァンゼー会議でした。
「低劣な人種をすべて排除することが長期的目標」
「読み書きは小学生程度、計算は100までで充分」と、ドイツ民族以外を蔑視する言葉も。
「アーリア化が済んだ」は、没収したという意味。
「ローマ人は、ユダヤ人が面倒で離散させた。我々が尻ぬぐい。病原体を根絶しないと」
「欧州全域にいるユダヤ人は、1100万人。銃殺するには、1100万発の銃弾はもったいない」
「警告の臭気がついていない殺虫剤をつかえば一気に片付けられる」
こんな会話が交わされ、最終的に、東方のアウシュヴィッツ村に欧州全域のユダヤ人を移送して、定住させるのでなく、抹殺することが決定されたのです。
この会議には、アドルフ・ヒトラーは出席していません。いかに、当時のナチスドイツが、アーリア民族を代表するドイツ人こそ優秀で、他者は排除すべきという考えで統一されていたことがわかります。
記録した秘書の女性も同じ考えだったのでしょうか・・・ こんなことを記録することに苦悩はなかったのでしょうか・・・ (咲)


観終わって「これは人間が人間を片付けよう、抹殺しよう」という会議なのだとぞわぞわと寒くなってきました。顔色ひとつ変えず、胸も痛めることもなく話すこの人たちに、ユダヤ人はゴミやがらくたと同様なのでした。家に帰れば良き父親や夫であったでしょうに。これは記録に基づき、80年後に再現した映画です。
救われるのはドイツで作られた作品ということです。加害国でありながらきちんと事実を掘り起こして、伝えていくことから逃げていません。風化し忘れられていくことを止めるには、そうはしない、という人の意思が大事。それが繰り返さないことにつながると信じます。(白)


2022年/ドイツ/112分/ビスタ/5.1ch/G
字幕翻訳:吉川美奈子
配給:クロックワークス
公式サイト:https://klockworx-v.com/conference/
★2023年1月20日(金)より 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、 YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

posted by sakiko at 18:47| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月05日

さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について 原題:Fabian oder Der Gang vor die Hunde  英題:Fabian - Going to the Dogs

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(C)Hanno Lentz / Lupa Film
 
監督:ドミニク・グラフ
原作:エーリヒ・ケストナー「ファビアン あるモラリストの物語」(みすず書房)
出演:トム・シリング(『コーヒーをめぐる冒険』『ピエロがお前を嘲笑う』『ある画家の数奇な運命』)、ザスキア・ローゼンダール(『さよなら、アドルフ』『ある画家の数奇な運命』)

1931年、ドイツ。32歳のファビアンは、作家を志してドレスデンから首都ベルリンにやってきた。昼間はタバコ会社のコピーライターとして働き、日が暮れると裕福な親友ラブーデと芸術家たちの溜まり場や売春宿の立ち並ぶ界隈をさまよい歩く日々。
ある日、ファビアンは映画会社の著作権契約部門で働く25歳のコルネリアと出会い、たちまち恋に落ちる。恋を手に入れたものの、ファビアンは失業してしまう。家賃は溜まっていたが、退職金の185マルクで、女優を夢見るコルネリアに贈ろうとワンピースを買い求める。
ファビアンはコルネリアと共にラブーデの父の別荘に遊びにいく。ラブーデは金持ちの放蕩息子だったが、世界革命を夢見る運動家でもあった。
ドレスデンからファビアンの母がやってくる。失業したことは隠したまま、コルネリアを母に紹介する。3人で出かけたレストランで、大物監督マーカルトを見つけたコルネリアは、ファビアンたちのテーブルに戻ることはなかった。マーカルトに気に入られ、コルネリアは女優への道を歩み始める。
ファビアンのもとに、ラブーデの父が訪ねてくる。ラブーデがデモ行為で逮捕され、釈放後に姿を消したというのだ。コルネリアに去られ傷心のファビアンは、ラブーデを捜し歩く。そして、知るラブーデの思いもかけない姿・・・
故郷ドレスデンに帰ったファビアンは、雑誌を飾るコルネリアの姿を見る。なんとかコルネリアと連絡を取り、日曜日の4時に思い出のカフェ・シュバルテホルツで会う約束をする・・・

ひたひたとナチスの足音が聞こえてくる1931年のベルリンを舞台に、青年ファビアンの恋と惑いの日々を描いた物語。
とあったのですが、冒頭に出てくるのは、立派な現代の地下鉄の駅。そこから一気に1930年代初頭のワイマール共和国に誘われます。
現代と過去を繋ぎたいと思った監督の思いを公式サイトでご覧ください。トム・シリングがファビアン役を受けてくれなければ、この映画はできなかったということも!
https://moviola.jp/fabian/#director_inner

とても素敵だなぁ~と思ったのが、ベルリンにファビアンを訪ねてきたお母さんがドレスデンに帰るときの場面。お母さんは、食べ物を詰めた箱に20マルクを忍ばせてファビアンの家をあとにします。一方、ファビアンは、列車に乗り込む母を抱きしめながら、バッグに20マルクを忍ばせます。差し引きゼロなのですが、母と息子がそれぞれを思う気持ちに、じ~んとさせられました。コルネリアとファビアンの恋の行方は、ぜひ劇場で。これまた心に沁みます・・・ (咲) 


ファビアンの退廃的な生活ぶりに、てっきり学生かと思いきや、実は勤め人。すると案の定、会社には遅刻するし、仕事には真剣みが感じられない。作家志望はわかるけれど、社会人としてどうなんだろう。と考えるのは私が昭和の人間だからかもしれない。
私事だが、子どもが4月から社会人となった。入社前研修として年明けに3冊のテキストが送られてきたが、そこには「規則正しい生活をし、遅刻をしないよう余裕を持って出社しましょう」、「朝、出勤したら、元気に『おはようございます』とあいさつしましょう」といったことが書かれていて驚いた。これではまるで小学校に入学したばかりの子ではないか。
ところがいざ入社してみると試用期間にも関わらず、遅刻してくる人が何人もいるらしい。コロナ禍なので飲み会は自粛するようにと言われているにも関わらず、研修グループで飲みに行っているところもあるとか。
話は長くなったが、バブルが弾けてから生まれ、出口のない不況に明るい未来がまったく描けないイマドキの若者は私なんかよりもよっぽどファビアンに近いのかもしれない。冒頭、現代のハイデルベルガー・プラッツ駅から1930年代初頭のワイマール共和国へとカメラを移動させるところをみると、ドイツの若者も日本と変わらないということなのだろう。
そんなファビアンの恋物語はほろ苦い展開をみせる。好きという思いだけでは上昇志向が強い女性を幸せにしてあげられない。それでも彼女のために後押ししてあげるファビアンが痛々しくて母性本能がくすぐられる。トム・シリングはそういう役どころが本当にうまい。
ラストは衝撃的だったが、思い返してみれば、伏線はちゃんと張られていた。長尺ではあるけれど、ぜひ2度見てほしい作品だ。(堀)



<公開記念トークイベント開催決定>
日時:6月11日(土)10:20の回 上映後 ※予告なし、本編からの上映
ゲスト:マライ・メントラインさん(独・和翻訳家/TVプロデューサー)


第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品
2021年ドイツ映画賞最多ノミネート 主要3部門受賞(作品賞銀賞、撮影賞、編集賞)

2021年/ドイツ/178分/スタンダード
字幕:吉川美奈子
配給:ムヴィオラ 
公式サイト:http://moviola.jp/fabian/
★2022年6月10日(金)よりBunkamura ル・シネマ他全国順次公開

posted by sakiko at 19:36| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月05日

見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界(英題:Beyond the Visible t Hilma af Klint)

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監督:ハリナ・ディルシュカ
撮影:アリシア・パウル、ルアーナ・クニップファー
編集:アンチェ・ラス、マリオ・オリアス、ハリナ・ディルシュカ
出演:イーリス・ミュラー=ヴェスターマン、ユリア・フォス、ジョサイア・マケルヘニー
ヨハン・アフ・クリント、エルンスト・ペーター・フィッシャー
アンナ・マリア・ベルニッツ
声の出演:ペトラ・ファン・デル・フォールト

現在、美術史において、ヴァシリー・カンディンスキーが抽象絵画の先駆者として知られていましたが、その定説が覆されそうになっています。ヒルマ・アフ・クリントがカンディンスキーよりも数年早く、抽象画を描いていたことが判明したのです。本作ではキュレーター、美術史家、科学史家、遺族などの証言と、彼女が残した絵と言葉からヒルマの人生を紐解きながら、抽象画とは何なのかを解説し、現在の絵画ビジネスの在り方についてまで言及しています。

1862 年にスウェーデンの裕福な貴族の家に生まれたヒルマ・アフ・クリントは海軍学校の教師だった父親から数学や天文学、航海学など、さまざまなことを学びました。その後、スウェーデン王立美術院で美術を学ぶと当時の女性としては珍しく職業画家として成功を収めます。“当時、女性が王立の学び舎に入れるとは、スウェーデンはなんて男女平等が進んだ国なんだろう”と驚いたのですが、その裏には男性優位社会の思惑があることを作品は教えてくれます。

一方、霊的世界や神智学に関心を持っていたヒルマは次第に神秘主義に傾倒し、独自の表現の道を歩み始めます。しかし、アドバイスを求めたルドルフ・シュタイナーから認められず、絵を描くことを止めていた時期がありました。同時代の画家たちが新たな芸術作品を発表し、展示を行う中、ヒルマは作品を公表することはなく、最期は甥にすべての作品を遺します。“死後 20 年間はそれを世に出さないように”として。
そして月日は流れ、ヒルマは突如として世界に発見され、各地で開かれた展覧会で評判を呼びます。2019 年にニューヨークのグッゲンハイム美術館で開かれた回顧展は、同館史上最高の来場数(約 60 万人)を記録し、大きな話題となりました。
しかし、現代美術を仕切るMoMAの思惑が絡み、ヒルマが抽象画の先駆者として美術史の定説を覆すには時間が掛かりそうとのこと。芸術も結局、ビジネス優先のようです。(堀)


2019/ドイツ/94 分/英語、ドイツ語、スウェーデン語
配給:トレノバ
公式サイト:https://trenova.jp/hilma/
★2022年4月9日よりユーロスペースほか全国にて公開
posted by ほりきみき at 01:20| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月23日

クレッシェンド 音楽の架け橋  原題:CRESCENDO #makemusicnotwar

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©CCC Filmkunst GmbH

監督:ドロール・ザハヴィ
出演:ペーター・シモニシェック(『ありがとう、トニ・エルドマン』)、サブリナ・アマーリ、ダニエル・ドンスコイ、メフディ・メスカル、ビビアナ・ベグラウ、エーヤン・ピンコヴィッチ、ゲッツ・オットー

和平を願って結成されたイスラエルとパレスチナ混合オーケストラ。融和はあるのか?

「愛し合ってる」と両親宛のビデオメッセージを録画するオマルとシーラ。
オマルはパレスチナ人のクラリネット奏者、シーラはユダヤ人のホルン奏者だ。二人が出会ったのは、中東の和平交渉が行われる南チロルでの一夜限りの演奏会のために結成されたイスラエルとパレスチナ混合のオーケストラ。
企画を任された世界的指揮者エドゥアルト・スポルクによる厳正なオーディションがテルアビブで開かれた。パレスチナ自治区ヨルダン川西岸で暮らすオマルはヴァイオリニストのレイラと共にチェックポイントでのイスラエル兵の厳しい検査をなんとかパスして会場に駆けつけ、メンバーに選ばれた。受かった奏者たちが練習を始める。スポルクは、コンサートマスターに、ユダヤ人の優秀なヴァイオリニストのロンではなく、パレスチナ人のレイラを指名する。レイラが指揮をとって始めようとしても、ユダヤ人の奏者たちは誰も言うことをきかない。スポルクは、本番までの3週間、南チロルの山間部での合宿で、彼らの敵対心を和らげようと荒療治に出る。ロープを挟んで二手に分かれ、5分間、相手への不満を叫ぶよう指示する。「アラブ人はテロリスト」「ユダヤ人こそ人殺し」「おじいちゃんは70年前リッダから追い出された。母親が亡くなる前に家の鍵を受け取った」と怒鳴りあう中で、オマルとシーラだけは戸惑って黙っていた。そんな二人がいつしか心を通わせるようになる・・・

タイトルの「クレッシェンド」は、音楽用語で「だんだん強く」の意味ですが、ロープを挟んで怒鳴りあう声がだんだん強くなっていくのを指しているのではと思うほど。今のパレスチナの状況と同様、この混合オーケストラも二つの民族が分かち合うことはないのかと危惧してしまいます。“音楽の架け橋”という副題に、心温まる感動物語かと思いきや、一筋縄ではいきません。「クレッシェンド」というタイトルには、成長するという意味と共に、音楽を通じて芽生える共振がだんだん広がっていくことを願う気持ちが込められているそうです。

ドロール・ザハヴィ監督は、1959年2月6日、イスラエル・テルアビブ生まれ。物心がついた時からイスラエルとパレスチナの対立を目にして関心を寄せてきました。1982年、奨学金を受け、旧東ドイツのコンラート・ヴォルフ映画テレビ大学で演出を学び、卒業後はイスラエルで映画評論家として活動。ベルリンの壁崩壊直前の1989年の秋にベルリンに渡り、1991年から永住。テレビ番組の製作に勤しむ傍ら、イスラエルとパレスチナの政治的対立をテーマにした長編映画『For My Father』(08・英題)を監督。
本作は、ユダヤ人とアラブ人で結成された実在のいくつかのオーケストラにインスパイアされて描いた物語。特に、1999年に世界的指揮者のダニエル・バレンボイムとパレスチナ系米文学者のエドワード・サイードの提唱により「共存への架け橋」を理念に結成された「ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団」の名前を挙げていますが、あくまでフィクション。中でも、指揮者スポルクがドイツ人で、しかもホロコーストに関わったナチス党員の息子という、葛藤を抱えた人物として描いたことに監督のさらなる思いを感じました。団員のユダヤ人も肉親に強制収容所でつけられたタトゥーがあると語っていて、ヨーロッパのキリスト教社会で脈々と続いてきたユダヤ人蔑視が、今のイスラエル&パレスチナで暮らす人々に影を落としていることも感じさせてくれる作品になっています。(咲)
(注:イスラエル人というと、イスラエル国籍のパレスチナ人も含まれるため、国家はイスラエル、民族としてはユダヤ人としました。)


パレスチナとイスラエルの対立。日本にいるとわかっているようで全然わかっていないことがこの作品を見るとよくわかります。ナチスに両親を殺され、何とか生き延び、イスラエルで平和な暮らしができると思ったら、独立戦争で妹を殺された祖母の話をするイスラエルの青年。イスラエル建国で立ち退かされ、生まれ故郷の家の鍵を母から託され、いつかその鍵を使って家に帰ることを願っている祖父の話をするパレスチナの女性。身近な大切な人の悲しみは時間が経っても癒えることはありません。
対立する2つの民族をまとめる立場のマエストロがドイツ人で、彼もまた歴史的な大きな枷を背負っていました。心を1つにできないままでいる楽団員たちがそれを知り、気持ちに変化が現れる。それが演奏にも如実に表れてきます。相手の悲しみに耳を傾けることで歩み寄る努力はできるのですね。作品内で演奏される曲はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」第2楽章など、どれも有名な曲ばかり。「そういわれてもクラシックは苦手でわからない…」と尻込みしなくても大丈夫。演奏が始まれば「あ~この曲なら聞いたことがある!」と思えるはず。
終盤に思いもしない展開が待っていますが、その先にも希望があったことがうれしい。

ちなみに楽団一のヴァイオリンの腕を持ち、ハンサムで人気者のロンを演じるダニエル・ドンスコイはNetflixドラマシリーズ「ザ・クラウン」シーズン4で、ダイアナ妃の不倫相手ジェイムズ・ヒューイット役に抜擢されたイケメンです。俳優として活躍する傍ら、ミュージシャンとしてアルバム制作やライブを精力的に行っています。しかも5ヶ国語を操るマルチリンガル! 天は二物も三物も与えてしまったようです。(堀)


2019年/ドイツ/英語・ドイツ語・ヘブライ語・アラビア語/112分/スコープ/カラー/5.1ch
日本語字幕:牧野琴子、字幕監修:細田和江
配給:松竹 宣伝:ロングライド
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/crescendo/
★2022年1月28日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、 シネ・リーブル池袋ほか全国公開




posted by sakiko at 12:32| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする