2025年02月09日

セプテンバー5   原題:SEPTEMBER 5

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©2024 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

監督・脚本:ティム・フェールバウム(『HELL』、『プロジェクト:ユリシーズ』)
出演:ジョン・マガロ(『パスト ライブス/再会』)、ピーター・サースガード(『ニュースの天才』)、ベン・チャップリン、レオニー・ベネシュ(『ありふれた教室』)、ほか

全世界が初めて目にしたテロ事件生中継
報道のあり方を、今だからこそ考えてみたい


1972年のミュンヘン夏季オリンピック。会期半ばの9月5日、パレスチナ武装組織「黒い九月」が、イスラエル選手団宿舎を襲撃し二人を殺害したあと、9名を人質に立てこもる。アメリカのABCスポーツ番組チー ムは、突如人質事件を中継することになる・・・

ほぼ、放送室内が舞台の本作。司会者ジム・マッケイが語る当時のオリジナル映像と、今回撮影したシーンを融合させた映像は、1972年の雰囲気そのもの。当時使われていたものにこだわって、様々なものを集めた製作チームの努力の賜物です。

ミュンヘンオリンピック開催中に起きたテロ事件については、当時、テレビで知って、大きなショックを受けたものです。それでも、その時には、私はまだイスラエルとパレスチナの関係を深く考えていなかったように思います。50年以上の時を経て、本作が出来たと知って、イスラエルとパレスチナの関係が、さらに混迷を深めている中で、どんな立ち位置で描いたのかが、まず気になりました。映画を拝見して、時系列で事件を追い、両国の関係についての政治的なメッセージは込めず、報道はどうあるべきかを描いたものだと感じました。
テロ犯が立てこもった部屋には、テレビがあり、彼らが見ることへの配慮をする取材班。
人質が解放されたらしいとの報が入ったときに、他社に先駆けて報道することよりも、確実な情報であるかに重きを置くべきとの場面がありました。今や報道機関だけでなく、個人が自由に情報を発信できる時代。フェイクニュースに惑わされる人たちも多々いる今だからこそ、本作が作られた意義は大きいと思いました。
男性ばかりの報道チームの中で、ドイツ語の通訳だけが女性。人質事件が起きて、彼女の役割はさらに増します。冷静沈着に、ドイツ語の情報を的確に通訳して伝える姿を体現したドイツの女優レオニー・ベネシュ、とても素敵です。(咲)


2024年/ドイツ・アメリカ合作/英語・ドイツ語/95分/G
配給:東和ピクチャーズ
公式サイト:https://september5movie.jp/
★2025年2月14日(金)公開




posted by sakiko at 01:24| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年02月02日

ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女   原題:Stella. Ein Leben  英題:Stella. A Life.

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(C)2023 LETTERBOX FILMPRODUKTION / SevenPictures Film / Real Film Berlin / Amalia Film / DOR FILM / Lago Film / Gretchenfilm / DCM / Contrast Film / blue Entertainment


監督:キリアン・リートホーフ(『ぼくは君たちを憎まないことにした』
脚本:キリアン・リートホーフ、 マルク・ブルーバウム、ヤン・ブラーレン
出演:パウラ・ベーア(『水を抱く女』)、 ヤニス・ニーヴーナー(『コリーニ事件』

1940年8月、ベルリン。18歳のステラ・ゴルトシュラーク(パウラ・ベーア)は、アメリカに渡りジャズシンガーになることを夢見ていた。ユダヤ人の両親が、つてを頼って、なんとかアメリカのビザを手に入れようとしていたが、ドイツでは多くのユダヤ人がビザを待っていて、叶わぬ夢だった・・・。
ナチスはパリも陥落させた。
3年後、工場で強制労働を強いられているステラ。ユダヤ人に偽造パスポートを販売するロルフと出会い、恋に落ちると、同胞や家族が隠れて生活する中、ロルフの手伝いをしながら街中を歩き、自由を謳歌するステラ。
ある日、ついにゲシュタポに逮捕される。拷問を受けたステラは、アウシュヴィッツへの移送を免れるため、ベルリンに隠れているユダヤ人逮捕に協力することを余儀なくされる。
生き残るために同胞を裏切ったステラは、終戦後、裏切ったユダヤ人仲間から裁判をかけられる・・・。

ステラは、金髪で青い目というアーリア人にも見える風貌のユダヤ女性。黄色い星をはずして、夜の町に遊びにいっても、ユダヤ人だとは見破られません。 勝気で、ともすれば嫌な女性にみえる描かれ方ですが、アウシュヴィッツ行きを逃れるための自己防衛として、密告者という選択ができるなら、誰しもその誘惑にかられるのではないでしょうか。 ステラはアウシュヴィッツ行きこそ逃れましたが、戦後、同胞を裏切ったことへの思いは彼女を苦しめ、幸せな人生を送っていないようです。 
2025年1月27日、アウシュヴィッツ強制収容所解放から、80年を迎えました。 記念式典で、生き延びた方たちが、憎しみを持たないことが平和につながることを強調されていました。 あれほどまでに過酷な思いをされた方たちの言葉は貴重です。人種や宗教の違いなどで、差別し、それが戦争にも至ることが、今も世界からなくならないのが悲しいです。(咲)

2023年/121分/ドイツ・オーストリア・スイス・イギリス/ドイツ語・英語/PG12
日本語字幕:吉川美奈子 
配給:クロックワークス
公式サイト:https://klockworx.com/movies/stella/
★, 2025年2月7日. (金)より 新宿武蔵野館ほか全国公開




posted by sakiko at 20:47| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月08日

ある一生(原題:Ein ganzes Leben)

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監督:ハンス・シュタインビッヒラー
脚本:ウルリッヒ・リマー
原作:ローベルト・ゼーターラー「ある一生」(新潮クレスト・ブックス)
撮影:アルミン・フランゼン
出演:シュテファン・ゴルスキー(青年期)/アウグスト・ツィルナー(老年期)/イヴァン・グスタフィク(少年期)(アンドレアス・エッガー)、アンドレアス・ルスト(クランツシュトッカー)、マリアンヌ・ゼーゲブレヒト(アーンル)、ユリア・フランツ・リヒター(マリー)

1900年頃のオーストリア・アルプス。孤児の少年アンドレアス・エッガーは、渓谷で農場を営む遠い親戚クランツシュトッカーに引き取られた。酷薄な農場主にとっては、アンドレアスはこき使える働き手に過ぎず、ほかの子供たちと一緒に食卓につくことも許さなかった。少しのミスで、アンドレアスは厳しい折檻を受けるのが常。声を上げず泣きもしないのが、ますますクランツシュトッカーを怒らせた。アンドレアスを支えたのは、老婆のアーンルの存在だった。
青年となったアンドレアスは、アーンルが亡くなるとすぐに農場を出て日雇い労働者として働いた。渓谷には観光客を運び、電気をもたらすロープウェイが建設されることになった。作業員となったアンドレアスはマリーと出会い、ぎこちない付き合いの末結婚する。渓谷を見渡せる山小屋で始まった結婚生活は、幸せに満ちていたが途中で断ち切られてしまう。

苦労の絶えなかったアンドレアス・エッガーを3人の俳優が演じ、それぞれに印象的です。子どものころに木の枝で折檻されて、足の骨が折れる場面がありました。子どもを骨折するほど叩くって、同じ目に遭わせたくなります(こらこら)。そのため骨が変形してアンドレアスは足を引きずるようになりました。それでも力仕事のできる逞しい青年に成長し、一人で暮らしています。
子どものころの暮らしのせいか、口数が少なく朴訥なアンドレアスの人生に光がさしたのはマリーと出会ってから。短い間でも良かったねぇ、と言いたくなります。兵隊に志願しても足が悪いからと却下されたのに、戦争も後半になると兵隊が足りなくなり召集令状がきます。冬山でロシア兵の捕虜となってしまい、シベリアの収容所に送られ、終戦後何年もたってから解放されます。アルプスに戻って山々を見渡したアンドレアスの脳裏を懐かしい日々がよぎって行きます。美辞麗句を排した原作と同じく、無口なアンドレアスの心情の説明はなくとも彼の眼に映る風景が雄弁です。
子どものころの彼を庇ってくれたアーンリお婆さんを演じたのは、『バクダッド・カフェ』(1989年日本公開)のころはふくよかだったマリアンヌ・ゼーゲブレヒト(1945年生)でした。
ローベルト・ゼーターラーのこの小説は、貧しく、困難な日々であっても生きることをあきらめなかった無名な男の一生を淡々と描いて、多くの人々の共感を呼びました。世界40カ国以上で翻訳され160万部以上発行、ブッカー賞最終候補にもなりました。
同じ著者の映画化作品に2020年に公開された『17歳のウィーン フロイト教授人生レッスン』。こちらの原作は「キオスク」(東宣出版/酒寄進一 訳)。「ある一生」と一緒に図書館から借りて、読み始めてすぐ映画を思い出しました。(白)


2023年/ドイツ=オーストリア映画/カラー/ドイツ語/115分/シネスコサイズ
https://www.awholelife-movie.com/
配給:アットエンタテインメント
(C)2023 EPO Film Wien/ TOBIS Filmproduktion Munchen
https://awholelife-movie.com/
後援:ゲーテ・インスティトゥート東京
★2024年7月12日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次公開

posted by shiraishi at 09:16| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月16日

アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家  原題:Anselm

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(C)2023, Road Movies, All rights reserved.

監督:ヴィム・ヴェンダース(『PERFECT DAYS』)
出演:アンゼルム・キーファー、ダニエル・キーファー、アントン・ヴェンダース

戦後ドイツを代表する芸術家、アンゼルム・キーファー。本作は、ドイツの暗黒の歴史を主題とした作品群で知られるアンゼルム・キーファーの生涯と、その現在を追ったドキュメンタリー。
アンゼルム・キーファーは、ナチスや戦争、神話などのテーマを、絵画、彫刻、建築など多彩な表現で壮大な世界を創造。ヴェンダース監督と同じ1945年生まれ。初期の作品の中には、戦後ナチスの暗い歴史に目を背けようとする世論に反し、ナチス式の敬礼を揶揄する作品を作るなど“タブー”に挑戦する作家として美術界の反発を生みながらも注目を浴びる存在となった。1992年からは、南フランスに拠点を移し、わらや生地を用いて、歴史、哲学、詩、聖書の世界を創作している。彼の作品に一貫しているのは戦後ドイツ、そして死に向き合ってきたことであり、“傷ついたもの”への鎮魂を捧げ続けている。
制作期間には2年の歳月を費やし、3D&6Kで撮影。従来の3D映画のような飛び出すような仕掛けではなく、絵画や建築を、立体的で目の前に存在するかのような奥行きのある映像を再現し、ドキュメンタリー作品において新しい可能性を追求した。
本作は『PERFECT DAYS』が出品された第76回カンヌ国際映画祭で、ヴィム・ヴェンダース監督作品として2作同時にプレミア上映された。

広大で天井も高いアトリエに並ぶ様々な作品の間を自転車で行くアンゼルム。作品の制作現場は、まるで工事現場のよう! 大型建設機械も駆使しての制作。観ただけではわからない作品の背景が丁寧に語られます。絵を埋め尽くす神話の英雄、ジークリフト、ヘルマン、パルツィファル・・・ ナチスが崇拝した血塗られたレジェンド。ベネチアビエンナーレに出品された時、批評家たちはアンゼルムをファシストだと非難。ドイツの過去の癒えぬ傷を描いたアンゼルムですが、非難されたことに反論もしません。
アンゼルムが父の軍服を着てナチス式の敬礼をする姿を映し出した作品も、ネオナチか?と言われても、自分が1930年代にいたら、どんな人間かわからないと思い、何も言いません。この作品を制作した1968~69年当時、ドイツで第二次世界大戦の反省は皆無で、学校でもファシズムや第三帝国についてもほとんど教えられなかったことから、忘れていることへの抗議の意味を込めたものなのです。
戦後ドイツの最も重要な詩人パウル・ツェランへの思いを込めた作品の前では、ツェラン自身が詩を朗読する声が披露されました。ツェランはユダヤ人で、両親をウクライナで殺されています。その後、ドイツで、ホロコーストで犠牲になったユダヤ人の子孫でありながら、ドイツ語で詩を書かざるをえなかった苦悩が絵から浮かび上がってきます。
「先入観を捨てて、この衝撃的なビジュアルをただ楽しんでもらいたい」とヴェンダース監督。最初から最後まで圧倒され、アンゼルム・キーファーが胸に秘めた思いを静かに感じることができました。(咲)


2023/ドイツ/93分/1.50:1/ドイツ語・英語/カラー・B&W/5.1ch
字幕:吉川美奈子
配給:アンプラグド
公式サイト:https://unpfilm.com/anselm/
★2024年6月21日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開




posted by sakiko at 13:40| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月12日

ありふれた教室  原題:Das Lehrerzimmer 英題:The Teachers’Lounge

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(C) if… Productions/ZDF/arte MMXXII

監督・脚本:イルケル・チャタク
出演:レオニー・ベネシュ(『白いリボン』)、レオナード・ステットニッシュ、エヴァ・ロバウ、マイケル・クラマー、ラファエル・シュタホヴィアク

若き女性教師カーラ・ノヴァク。新たに赴任した中学で1年生を受け持ち、張り切る日々。学校では盗難事件が頻発していて、ある日、授業中に校長たちが抜き打ち検査を行う。大金を持っていたアリが疑われ、両親が学校に呼ばれるが、母親がいとこへのプレゼントを買う為に渡したものだと判明する。正義感溢れるカーラは、独自に犯人を捜そうと、職員休憩室でパソコンのカメラをオンにしておく。すると、特徴ある柄のブラウスから、ベテラン事務職員クーンがカーラのお金を盗んだらしいことが判明する。クーンは犯行を否定するが、休職させられる。成績優秀な息子のオスカーはカーラのクラスで、母は犯人じゃないと言い張る・・・

カーラは職員休憩室で、ある人物がコーヒー代を入れる箱から小銭を持ち去る姿を見て、カメラを仕掛けるのですが、その行為が人権侵害だと指摘されて、クーンを疑いながらも、画像を公開しません。教師の中には、「今の清掃会社になって盗みが増えた」という者もいます。盗難犯は、おそらく一人ではないはず。オスカーが母親の潔白を信じる姿が、あっぱれです。
移民の多いドイツを反映して、カーラのクラスにはスカーフをした女子生徒やトルコ系や色の黒い男の子もいます。カーラ自身、ドイツ生まれですが、両親はポーランドからの移民という設定。ポーランド系の同僚からポーランド語で話しかけられ、「ここではほかの人もいるからドイツ語で」と言っています。盗難を疑われたアリの両親が、トルコ語で会話した時には、「ここではドイツ語で」と促されます。
イルケル・チャタク監督は、トルコ移民の両親のもとドイツ・ベルリンで生まれ、12歳の時にイスタンブールへ。現地のドイツ系高校での同級生ヨハネス・ドゥンカーと共同で脚本を書いています。二人の学校時代、体育の時間に休んだ者が盗みを働いていたという思い出などが本作のきっかけ。
どこの国でもあり得る物語。ただ、ドイツでは、日本のような職員専用の机のある職員室はなくて、授業の合間の休憩時間に職員が過ごす場所があるとのこと。英語のタイトル『The Teachers’Lounge』が、そのイメージ。ところ変わればですね。
生徒たちが作る学校新聞には、「移民の背景を持つ生徒を証拠もなく疑った」と大きく掲載されます。移民排斥や人種差別があることも、映画の背景になっているようです。(咲)

*本年度アカデミー賞®国際長編映画賞ノミネート
*第73回ベルリン国際映画祭 W 受賞(C.I.C.A.E Award、Label Europa Cinemas)

2022年/ドイツ/ドイツ語、トルコ語、ポーランド語/99分/スタンダード/5.1ch
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:https://arifureta-kyositsu.com/
★2024年5月17日(金)、新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋他全国公開




posted by sakiko at 17:44| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする