2023年06月04日
プチ・ニコラ パリがくれた幸せ(原題:Le petit Nicolas: Qu'est-ce qu'on attend pour etre heureux?)
監督:アマンディーヌ・フルドン、バンジャマン・マスブル
原作:ルネ・ゴシニ、ジャン=ジャック・サンペ
脚本:アンヌ・ゴシニ、ミシェル・フェスレール
音楽:ルドヴィック・ブールス
声の出演:アラン・シャバ(ルネ・ゴシニ)、ローラン・ラフィット(ジャン=ジャック・サンペ)
日本語吹き替え版:堀内賢雄(ルネ・ゴシニ)、小野大輔(ジャン=ジャック・サンペ)、小市眞琴(ニコラ)、井上喜久子(ママ)、三上哲(パパ)
パリの街並みを望む小さなアトリエ。イラストレーターのサンペと作家のゴシニは、いたずら好きの男の子のキャラクター、ニコラに命を吹き込んでいた。大好きなママのおやつ、校庭での仲間達との喧嘩、先生お手上げの臨海学校の大騒ぎ・・・。ニコラを描きながら、望んでも得られなかった幸せな子供時代を追体験していくサンペ。また、ある悲劇を胸に秘めるゴシニは、物語に最高の楽しさを与えていった。児童書「プチ・ニコラ」の心躍らせる世界を創造しながら、激動の人生を思う二人。ニコラの存在は、そんな彼らの友情を永遠のものにしていく・・・。
フランスで50年以上も前に生み出されたキャラクター、二コラ。天真爛漫でいたずら好きな彼は優しい両親に愛され、学校では悪ふざけや喧嘩もしながら楽しく暮らしています。これはルネ・ゴシニ(1926年生まれ)とジャン=ジャック・サンペ(1932年生まれ)の2人が、自分たちの子供時代はこうあってほしかったと思いながら作っていったストーリーです。
フランス人なら誰もが知っている児童書の国民的スター、30カ国以上で翻訳出版され、日本でもシリーズ本が出ています。実写版の映画も2010年と2014年に上映されて、白いシャツに赤いベスト、青い半ズボンの二コラのファッションにフランス国旗!と思いましたっけ。
本作はゴシニとサンペの2人の背景と、ニコラのストーリーがうまく組み合わされたアニメーションです。サンペのペン先からニコラが生まれ、ゴシニとサンペのかけあいで、キャラクターの性格や動き、物語が動いていくようすが生き生きと表現されています。描き込みすぎないシンプルな絵柄、淡い色付け、配された美しい音楽に幸せな気分になります。二コラが長く愛され続けてきた要因はゴシニとサンペの深い友情によるものですが、ゴシニは1977年に51歳で急死してしまいます。親友を亡くして憔悴したサンペに思わず涙してしまいました。
それから40年余り経って送り出された本作、脚本にあたったアンヌ・ゴシニはルネ・ゴシニの実の娘です。さらに80代のサンペがグラフィッククリエイターとして参加、2022年アヌシー国際アニメーション映画祭で最高賞にあたるクリスタル賞を受賞しました。この受賞を見届けてサンペは89歳で永眠。親友と天国で再会したことでしょう。(白)
天真爛漫でいたずら好きのニコラを生み出したサンペとゴシニ。こんな風に幸せであってほしかったという子供時代をニコラに託したと知り、ちょっと切なくなりました。
サンペはシングル・マザーのもとに生まれ、幼少期養父母に育てられ、実の母と再び暮らすものの、アルコール依存症だった義父が家庭内で暴力をふるうなど、辛い子供時代を過ごしたとのこと。
一方、ポーランド出身のフランス系ユダヤ人のゴシニは、1928年、父の仕事のため、一家でアルゼンチンのブエノスアイレスに移住。パリに住む親族から、「パリはナチスの占領下。アルゼンチンに残れ」という手紙を受け取ります。親族たちはホロコーストの犠牲になってしまい、その悲しみがずっとゴシニの胸に残っていたのです。
そんな少年時代を送った二人が運命的に出会って作り上げたニコラというキャラクターが長年にわたって愛されていることに、じ~んとさせられました。(咲)
2022年/フランス/カラー/アニメーション/86分
配給:オープンセサミ、フルモテルモ
(C)2022 Onyx Films – Bidibul Productions – Rectangle Productions – Chapter 2
https://petit-nicolas.jp/
★2023年6月9日(金)ロードショー
2023年05月28日
苦い涙 原題:Peter von Kant
監督・脚本:フランソワ・オゾン
*ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの名作『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』を自由に翻案
出演:ドゥニ・メノーシェ(『悪なき殺人』『ジュリアン』)、イザベル・アジャーニ、ハリル・ガルビア、ステファン・クレポン、ハンナ・シグラ、アマンテ・オーディアール
1972年、西ドイツのケルン。著名な映画監督ピーター・フォン・カントはオフィスを兼ねた瀟洒なアパルトマンで、同居する若い助手のカールをこき使いながら暮らしている。恋人フランツに捨てられ落ち込んでいたところへ、大女優で親友のシドニーが、俳優志望の美しい青年アミールを連れてやってくる。一目でアミールに心を奪われたピーターは、カメラテストを経て、俳優として育てようと同居させる。9ヵ月後、ピーターの公私にわたる努力によって、アミールは映画界の新星として注目を集めるようになるが・・・
オゾン監督が敬愛するドイツの監督ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが、1970年代西ドイツのアパルトマンを舞台にして描いた室内劇『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』を自由に翻案。女性同士の恋愛関係を男性同士に置き換え、ファッション・デザイナーだった主人公を映画監督に変え、さらにオゾン監督の美意識に基づいたアレンジを施したとのこと。元の作品を観ていないので、比較できないのですが、言葉はドイツ語とフランス語が混じり、愛に生きる人たちの姿からはフランスの香りが漂います。
偏執ともいえるピーターのアミールへの愛。破綻した前のフランツとの関係も、ピーターの偏愛がもたらしたものかと想像してしまいます。大柄なドゥニ・メノーシェ演じるピーターは強烈です。愛に生きる男を体現しています。美青年アミールを演じたハリル・ガルビアは、父親がチュニジア出身のダンサー。ピーターの愛を受け入れる振りをしながら、したたかに俳優の座を手にする様を魅力的に演じています。イザベル・アジャーニの美貌にも目を奪われましたが、本作でなんといっても印象に残ったのは、ステファン・クレポンが演じた助手のカール。ピーターからどんな命令をされても文句も言わずにこなし、アミールに言い寄るピーターのことも静かに見つめています。カールの複雑な思いが伝わる絶妙な演技でした。(咲)
2022年/フランス/フランス語・ドイツ語/スコープサイズ/5.1ch/85分
日本語字幕:手束紀子.
配給:セテラ・インターナショナル
公式サイト:http://www.cetera.co.jp/nigainamida/
★2023年6月2日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
2023年05月27日
Rodeo ロデオ
監督・脚本:ローラ・キヴォロン
撮影:ラファエル・ヴェンデンブスッシュ
音楽:ケルマン・デユラン
出演:ジュリー・ルドリュー(ジュリア)、アントニア・ブレジ(オフェリー)、ヤニス・ラフキ(カイス)、コーディ・シュローダー(キリアン)、ルイ・ソットン(ベン)、ジュニア・コレイア(マネル)、ダブ・ンサマン(アブラ)
物語の主人公は、バイクにまたがるためにこの世に生を受けたジュリア。短気で独立心の強い彼女は、ある夏の日、技を操りながら公道を全速力で疾走する、”クロスビトゥーム”のバイカーたちに出会う。ある事件をきっかけに、彼らが組織する秘密結社の一員となった彼女は、男性的な集団のなかで、自身の存在を証明しようと努力する。しかし、彼らの要求は次第にエスカレートし、彼女は疑問を持ち始める。
バイクが好きで、疾走するために生まれてきたようなジュリア。だまし取ったバイクで機嫌よくかっ飛ばしていたら、”クロスビトゥーム”という暴走族に遭遇します。すっかり魅せられて仲間入りしますが、周りは男ばかり。ジュリアは女性としてではなく、技術と度胸のよさで居場所を作っていきます。いつも不機嫌そうなジュリアですが、バイクで走っているときだけは笑顔を見せます(ちょっと白川和子さん似)。
人気だというヤマハのオフロードバイクYZ450F は、新車なら100万円以上。重量も100㎏以上です。倒れたバイクを起こすこともできなそうな、細身のジュリアにまんまと乗り逃げされてしまったお金持ちが悔しそうでした。あ、これは監督が脚本に何年もかけたフィクションです。オーディションで発掘した俳優たちの演技が自然で、ドキュメンタリーにも見えてしまうくらい。
あれこれと指示を出すボスのドミノは、離れても家族に君臨し妻オフェリーと子どもを外にも出しません。バイク以外のエピソードは、ジュリアとオフェリーとのやりとりが唯一。オフェリーが夫の支配下に戻ってしまってジュリアが見せる表情をなんと解釈しよう。鮮烈なヒロインでした。(白)
2016年に製作した短編『ボルチモアから遠く離れて』で、ライダーたちの社会を描いた後、彼らのコミュニティの一員となったローラ・キヴォロン監督。バーヤという女性ライダーとの出会いが本作のきっかけとなったこと、その後、ジュリー・ルドリューとの出会いが主役ジュリアを生んだことなどが、公式サイトの監督インタビューに詳しく書かれています。
ローラ・キヴォロン監督は、ノンバイナリー(自分の性認識に男性か女性かという枠組みを当てはめない考え方)を公言。男性中心主義のコミュニテイの中で、自分の居場所を見出していくヒロインの姿を鮮やかに描き出しています。
夫ドミノが収監中のオフェリーを演じたアントニア・ブレジが、本作の共同脚本を務めているのですが、敢えて、オフェリーが夫に従い、実家のコルシカに帰るのも控えるというキャラクターにしたのが気になります。いまだに、そのような妻が多いことへの警鐘でしょうか。(咲)
ローラ・キヴォロン監督の長編デビュー作。
2022年の第75回カンヌ国際映画祭ある視点部門で「クー・ド・クール・デュ・ジュリー(審査員の心を射抜いた)賞」を受賞。
2022年/フランス/カラー/シネスコ/105分
配給:リアリーライクフィルムズ、MAP
(C) CG CINEMA/ ReallyLikeFilms
https://www.reallylikefilms.com/rodeo
★2023年6月2日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ロードショー
2023年04月30日
それでも私は生きていく 原題:Un beau Matin 英題:One Fine Morning
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラブ
出演:レア・セドゥ、パスカル・グレゴリー、メルヴィル・プポー、ニコール・ガルシア、カミーユ・ルバン・マルタン
サンドラ(レア・セドゥ)は、5年前に夫を亡くし、通訳の仕事をしながら8歳の娘リン(カミーユ・ルバン・マルタン)を育てている。忙しい合間を縫って、ひとり暮らしをしている年老いた父ゲオルグ(パスカル・グレゴリー)の様子をみにいく。かつて哲学の教師をしていた父だが、目が見えにくくなり、記憶もあやふやになっていて、施設に入れることを考えないといけない状況だ。気持ちが折れそうになっていた矢先、リンを迎えに行った学校で、亡き夫の友人クレマン(メルヴィル・プポー)と再会する。息子がリンと同じ学校なのだ。ある日、宇宙科学者であるクレマンの研究室を訪ね、思わずキスしてしまう・・・
『未来よ こんにちは』(16)で、第66回ベルリン国際映画祭 銀熊(監督)賞を受賞したフランスのミア・ハンセン=ラブ監督の8作目。第75回カンヌ国際映画祭でヨーロッパ・シネマ・レーベルを受賞しています。
監督自身の父親を介護した経験をもとに描いた物語。父をなんとかしなければいけないという大変な矢先に、旧友と再会し、恋に落ちてしまいます。でも、相手にはうまくいってないとはいえ妻がいて、彼もサンドラが好きなのに、妻子に悪いと思って別れてしまうのです。父のことで落ち込んでいるのに、さらに気が滅入るサンドラの気持ちを思うといたたまれません。
かたや、父は20年前に離婚しているのですが、レイラという愛人がいて、ワケあって一緒に暮らしていないのですが、レイラが来ると元気になります。(どんな時にも恋に生きるのが、やっぱりおフランスだなぁ~!)
ちなみにレイラを演じたフェイリア・ドゥリバ(Fejria Deliba)は、アルジェリア系のフランス人。『D'une pierre deux coups』(2016年)という監督作もあります。
父を施設に入れたあと、家の整理をしていて、父が書いていた自伝の原稿が見つかります。そのタイトルが「ある晴れた朝」。この映画の原題はそこからもきているのでしょう。
それにしても、哲学の教師をしていた父親の家に本がいっぱいあることや、自伝を書いていたことなど、去年8月に99歳で亡くなった私の父のことを思い出さずにはいられませんでした。腰が痛いと言っていて、そろそろ施設を探さないといけないとおぼろげに思っていた矢先に自宅で亡くなったので、そういう意味では手間がかかりませんでした。私の父も研究者だったので、本がたくさん! ほぼ書き上げた自伝も遺されていて、本と自伝をどうするかが、もっぱらの悩みなのです。残念ながら色恋とは無縁なのが、この映画と違うところ! (咲)
2022年/フランス/ 112分/カラー/ビスタ/5.1ch/
日本語字幕:手束紀子
配給:アンプラグド
公式サイト:https://unpfilm.com/soredemo/
★2023年5月5日(金・祝)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
2023年04月23日
アダマン号に乗って(原題:Sur l’Adamant)
監督・脚本・撮影:ニコラ・フィリベール
ナレーション:内田也哉子
セーヌ川に浮かぶ木造船アダマン号に、通ってくる人たちがいる。アダマンは精神疾患のある人々を無料で迎え入れるデイケアセンター。ここでは歌ったり、楽器を演奏したり、絵を描いたり、創造的な活動をして社会とつながりを持つ手助けをする。無理強いはしない。一人ひとりが語る過去や抱えているトラウマは、あたりまえだけれどみんな違う。
年齢も病歴もさまざまな人たちが、アダマン号にきて自分の想いのたけを職員へ打ち明けています。フィリベール監督は長く通ってすっかりなじんでいるのか、カメラや監督を気にしていません。
冒頭で歌っていた男性は、投薬で心の平衡を保っていると話しています。カフェで珈琲を入れる人もいれば、売り上げの計算をし、数字の合わない原因を探す人もいます。自分の状態や苦しさをきちんと言葉にでき、行動には意味があること、不安で傷つきやすいと理解してほしいと静かに話す男性も。ここでは禁止されたり、否定されたりしないので落ち着いて安心しています。こういう場所がどこにでもあるといいよね。どの人にも。(白)
●2023年・第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門 金熊賞受賞
2023年/フランス、日本合作/カラー/109分
配給:ロングライド
(C) TS Productions, France 3 Cinema, Longride – 2022
https://longride.jp/adaman/index.html
★2023年4月28日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開