監督・脚本・製作:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
撮影: キャレブ・デシャネル
音楽: マックス・リヒター
出演:トム・シリング、セバスチャン・コッホ、 パウラ・ベーア、オリヴァー・マスッチ、ザスキア・ローゼンダール
ナチ政権下のドイツ。少年クルトは叔母エリザベト(ザスキア・ローゼンダール)の影響から、芸術に親しむ日々を送っていた。ところが、精神のバランスを崩した叔母は強制入院の果て、安楽死政策によって命を奪われる。終戦後、クルト(トム・シリング)は東ドイツの美術学校に進学し、そこで出会ったエリー(パウラ・ベーア)と恋におちる。元ナチ高官の彼女の父親(セバスチャン・コッホ)こそが叔母を死へと追い込んだ張本人なのだが、誰もその残酷な運命に気づかぬまま二人は結婚する。
やがて、東のアート界に疑問を抱いたクルトは、ベルリンの壁が築かれる直前に、エリーと西ドイツへと逃亡し、創作に没頭する。美術学校の教授(オリヴァー・マスッチ)から作品を全否定され、もがき苦しみながらも、魂に刻む叔母の言葉「真実はすべて美しい」を信じ続けるクルトだったが―。
モデルとなった現代美術界の巨匠、ゲルハルト・リヒターについて
1932年、ドイツ、ドレスデン(旧東ドイツ)生まれ。ドレスデン芸術大学で絵画を学んだ後、61年に西ドイツに移住し、デュッセルドルフ芸術大学に入学。世界中の主要な美術館が彼の作品をコレクションするなど、名実ともに世界最高峰の評価を受け、最も影響力のある現代アーティストであり、日本では05年に金沢21世紀美術館と川村記念美術館で回顧展を開催。16年には瀬戸内海の豊島に、リヒター作品を恒久展示する日本初の施設がオープンした。(作品の公式サイトより転載)
ナチスがユダヤ人迫害をしていたことは周知の事実ですが、行き過ぎた選民意識が同胞にも刃を向けていたことを本作で初めて知りました。それによってもたらされた悲劇は主人公に大きな影響を与えますが、それを乗り越えた先に新たな希望があったことを描いた作品です。
幼かったころの主人公は叔母から芸術の奥深さとそれを享受できるのは美術館やコンサートホールだけではなく、日々の生活の中でも感じられることを教えられます。運行が終わり、停車場に横並びになったバスの運転手に叔母が頼んで一斉にクラクションを鳴らしてもらうシーンがあるのですが、クラクションが重奏的に鳴り響き、中央に立つ叔母が指揮をとって奏でられたオーケストラのように聴こえました。これはぜひ映画館で聴いてほしいシーンです。
またナチスがもたらした悪夢は戦後もドイツの人々に影を落としていました。主人公の父親はナチ党員ですが、それは家族のために安定した職を得るため。「ハイル、ヒットラー」というのが苦痛で、まるでタモリ倶楽部の空耳アワーのような言い換えで乗り切りました。(言い換えの字幕が見事!ぜひ作品を見て笑ってください。ドイツ語ではどんな意味の言葉で言い換えていたのか知りたい!)しかし、戦後は一転、ナチ党員だったことで苦労します。どちらの選択肢を選んでも困難が待っている点は主人公も同じ。それなりの地位を得た東ドイツに残るか、希望あふれるように思える西ドイツに逃げるか。どちらが正しいのではなく、選んだ道で一生懸命生きることが大事なのだと作品から教えられました。(堀)
189分の長尺が、終わってみればあっという間のクルトの数奇な物語。
いくつか心に残る場面がありました。
まだ小さな少年だったクルトが、大好きなドレスデンの町を去る時、両親と暮らしていた家のすぐ前の広場に並ぶ5台のボンネットバスに一斉にクラクションを鳴らして貰います。鼻ぺちゃバス(鼻ありのボンネットバスに対して!)に一斉にクラクションを鳴らして貰う映画のラストに呼応するエピソード。
西に逃れたクルトが通う美術学校の教授は、どんな時にも帽子を脱がないことで有名。その教授が、クルトの作品を観て、「これは君じゃない」と言い、帽子をとって深々とお辞儀して部屋を後にします。実は作品を観ながら、教授は戦争中に空軍に属していて、2度目の出撃で追撃され、遊牧民のタタール人に助けられた話をするのです。頭を見せたくない理由がわかるエピソード。その教授が頭のてっぺんを見せるのです。作品を全否定されたクルトが、その意図にハッと気づいたのもそれ故とじ~んとさせられました。
本作では叔母が統合失調症と診断され、次世代に病気が移らないようガス室で殺害されます。ユダヤ人迫害はよく知られていますが、ナチスはアーリア人の優秀さを保つために、ロマの人たちや、精神病患者、同性愛者、共産主義者なども抹殺の対象にしていました。そのような人たちが迫害を受けたことを描いた映画は数少なく、本作はそのことを記録した貴重な映画とも言えます。(咲)
2018年/ドイツ/ドイツ語/189分/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/日本語字幕:吉川美奈子/R-15
配給:キノフィルムズ・木下グループ
©2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG
公式サイト:https://www.neverlookaway-movie.jp/
★2020年10月2日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー