2026年2月28日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開 劇場情報
台湾の記憶をたどる 時を経て語られる、激動の時代を歩んだ一人の男の生涯
監督・撮影:黃銘正(ホァン・ミンチェン) 連楨惠(リェン・チェンフイ)
プロデューサー:連楨惠(リェン・チェンフイ)
出演:ドキュメンタリー部分
ジャーナリスト 楊淑芬(ヤン・シューフェン)
莉莉青果店 店主 李文雄(リー・ブンヒョン)
湯徳章 養子 湯聡模(トゥン・ツォンボォ)
劇部分:鄭有傑(チェン・ユウチェ)
企画・製作:角子影音製作有限公司
配給/国際版権:希望影視行銷股份有限公司
助成機関:文化部影視及流行音楽産業局 台南市政府文化局
監修:栖来ひかり
日本語字幕:加藤浩志
台湾で生まれ育った日本人たちの望郷の想いを記録したドキュメンタリー映画『湾生回家』の黄銘正(ホァン・ミンチェン)監督が、連楨惠(リェン・チェンフイ)とともに、共同監督として5年の歳月をかけて制作した最新作。日本統治下、そして国民党による一党独裁体制―。台湾人のアイデンティティと向き合い、激動の時代を生き抜いた一人の男・湯徳章(トゥン・テッチョン)とはどういう人物なのかという問いから映画は生まれた。
湯徳章(トゥン・テッチョン)
台湾は日清戦争後、1895年(明治28年)から日本の統治領になったが、湯徳章は1907年(明治40年)、日本人の父(警察官)と台湾人の母のもと台南で生まれた。8歳の時、父・新居徳蔵が噍吧哖事件に巻き込まれ殉職。新居姓から湯姓
湯徳章本人も1926年(大正15年)19歳の時に警察官になった。1935年(昭和10年)叔父・坂井又蔵の養子になり、姓を「坂井」に改める。1940年(昭和15年)33歳の時、日本に渡り、司法を学び弁護士資格を取得。1943年(昭和18年)36歳で台南に戻り、姓を「湯」に。弁護士として人々のため尽力した。1947年(昭和22年)2月28日、二二八事件が勃発し、湯徳章は身を挺して混乱の収拾に尽力し多くの市民を守ったが、1947年3月11日、高雄から台南に進駐してきた軍に逮捕され拷問を受け、3月13日、町中を引き回されたうえで台南市の中心部にある民生緑園(現・湯徳章紀念公園)で公開処刑された。40歳だった。その時の事情で、何回も苗字が変わった。
1947年3月13日、今では整備されたロータリーの中心にある公園で一人の男が処刑された。彼・湯徳章が生まれたのは1907年、台湾が日本の植民地だった頃。先住者と日本からの移住者との間に発生する摩擦のなかで、「台湾人」というアイデンティティが形成された時代でもあった。湯徳章も日本人なのか、台湾人なのか、悩んだことでしょう。
日本の敗戦後、台湾は中華民国政府の統治下に置かれるが、国民党政権の抑圧や腐敗に台湾の民衆は不満と怒りを募らせ「二二八事件」が起こった。以降、長きにわたる言論弾圧と戒厳令が敷かれる。事件にまつわる人や物事を語ることは禁じられ、台湾の記憶の奥に静かに封じられていった。
現在、台南には湯徳章の名を冠した公園や旧居、道路が残されているが、多くの台湾人、さらには台南の地元住民でさえ、彼の人物像を知る人は少ない。湯徳章の名誉が回復されたのは、38年間続いた戒厳令が解除された1987年以降。
映画は彼の足跡をたどる旅に観客を導く。息子(養子)・湯聡模(トゥン・ツォンボォ)や姪(聡模の実の姉)、ロータリー近くにある果物屋の店主、ジャーナリスト、歴史家、作家など、何人もの人に取材、当時の新聞記事などたくさんの資料等々。関わりのあった人々の証言や記録を紐解きながら湯徳章の人物像、そして彼が歩んだ人生の輪郭を浮かび上がらせていく。
台湾の未来を切り開こうとしていたのに、その志を果たす前に命を奪われた彼の想いとは—…。これは湯徳章のアイデンティティをたどるだけではなく、台湾の記憶をもたどる物語。湯徳章の人柄、生涯を時代の変化とともに、発見していくような構成で描き出した。
当時を再現するシーンでは、監督であり俳優としても活躍する鄭有傑(チェン・ユウチェ)が湯徳章を演じた。歴史の狭間に埋もれ忘れ去られかけた人物を体現し、湯徳章の人物像の解釈をより深めていく。湯徳章を演じる過程で、鄭有傑自身もまた、台湾と日本の狭間に生きる一人の人間として(台湾華僑)、自らのルーツと向き合う時間を過ごしたという。その思いは作品の中でも静かに語られ、湯徳章の生きた時代と、今を生きる私たちの姿が重なり、そこで生きる人々の温かな繋がりを見つめる。
*鄭有傑監督作品:『シーディンの夏(原題:石碇的夏天)』(2001)、『親愛なる君へ(原題:親愛的房客)』(2020)など
7本の路が繋がるロータリーの中央にある公園(湯徳章紀念公園)に「湯徳章」の銅像がある。しかし、台南でも「湯徳章」のことを知る人は少ない。それは二二八事件について語ることがずっとタブーだったから。70年代に学生だった黄銘正監督は、そんな時代だったという。1987年に戒厳令が解除され、その後に学生になった人たちは、名誉回復し教科書にも載っているという湯徳章のことを知っている。
監督は、タブーだった二二八事件のことを扱うとは思ってもみなかったそうだが、前作『湾生回家』のあと、「湯徳章」のことを知り、彼を訪ねるドキュメンタリーを作った。日本人としても、「湯徳章」という方がいたということを知ることができた。それにしても、この公園は日本統治時代は「大正公園」と言っていたらしいので、この公園は大正時代からあったのだろうか。ここには以前、「児玉源太郎」(第4代台湾総督)の像、その後は「蒋介石」の像があったらしく、映画の冒頭、その二つの像が並んで出てきてびっくり。また、古い資料もいっぱい出てきて、台湾は支配者が変わっても、そういうものをちゃんと保存していると驚いた(暁)。
公式HP https://thngtek-chiong.com/
後援:台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター 宇土市
配給・宣伝 太秦
【2024 台湾 DCP 93分】
●イベント情報
【2月28日(土)初日舞台挨拶】
◆ユーロスペース
日時:10:30回上映後 舞台挨拶
登壇:黄銘正(ホァン・ミンチェン)監督、連楨惠(リェン・チェンフイ)監督
劇場:ユーロスペース(渋谷区円山町1‐5 KINOHAUS 3F)
劇場HP: http://www.eurospace.co.jp/
※マスコミ等の撮影が入る場合がございます。
その際、お客様が映像等に映り込む可能性がございますこと予めご了承ください。
◆kino cinéma立川髙島屋S.C.館
日時:13:35回上映後 舞台挨拶
登壇:黄銘正(ホァン・ミンチェン)監督、連楨惠(リェン・チェンフイ)監督
劇場:kino cinéma立川髙島屋S.C.館(立川市曙町2-39-3 立川髙島屋8F)
劇場HP: https://kinocinema.jp/tachikawa/
◆シネマロサ
日時:16:15回上映後 舞台挨拶
登壇:黄銘正(ホァン・ミンチェン)監督、連楨惠(リェン・チェンフイ)監督
劇場:シネマ・ロサ(豊島区西池袋1-37-12 ロサ会館内)
劇場HP: https://www.cinemarosa.net/
【3月1日(日)大阪公開記念舞台挨拶】
◆第七藝術劇場
日時:10:00回上映後 舞台挨拶
登壇:黄銘正(ホァン・ミンチェン)監督
劇場:第七藝術劇場(大阪市淀川区十三本町1丁目7−27)
劇場HP: https://nanagei.com/index.html
◆kino cinéma心斎橋
日時:13:30回上映後 舞台挨拶
登壇:黄銘正(ホァン・ミンチェン)監督
劇場:kino cinéma心斎橋(大阪市中央区西心斎橋1丁目6−14)
劇場HP: https://kinocinema.jp/shinsaibashi/
2026年02月22日
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