2026年01月27日

在日ミャンマー人 -わたしたちの自由-

2026.1.30(金)よりアップリンク吉祥寺、2.14(土)より新宿K’s cinemaにて公開
ほか全国順次 劇場情報
B5_myanmar_omote_RGB_R_R.jpg
(c)土井敏邦


監督・撮影・編集・製作 :土井 敏邦
編集協力 :尾尻 弘一
整音 :川久保 直貴

異国で懸命に生きる彼らの姿は排外主義が進む世界の希望となるか

2021年2月1日、ミャンマー国軍によるクーデターで、ミンアンフライン総司令官が全権を掌握し国家指導者の地位に就く。国軍は2020年の総選挙を無効にし、非常事態宣言を布告。選挙で勝利した国民民主連盟(NLD)政権の指導者アウンサンスーチー氏らを拘束した。
このクーデターに対し、国民はミャンマー全土で非暴力の抗議デモで激しく抵抗。多くの公務員たちも抵抗の意志を示すため職場を離れ、市民不服従運動(CDM)を展開したが、国軍は武力で弾圧、拷問死も含め多数の死傷者がでた。その結果、推定350万人以上の人々が国軍の弾圧を逃れ、国内避難民になった。
日本でもクーデター直後から4万人ほどいた在日ミャンマー人たちの多くが抗議のデモに立ち上がった。各地で働く技能実習生たちも休日を返上し、地方から東京での抗議デモに駆けつけ、現地支援のための募金活動にも奔走。

これまで『沈黙を破る』『“記憶”と生きる』『福島は語る』『津島』『ガザからの報告』など、そこに暮らす人々の視点で丹念に映し出してきた土井敏邦監督。本作は祖国・ミャンマーの民主化運動のために日本に亡命したチョウチョウソー(チョウ)を14年追った『異国に生きる-日本の中のビルマ人-』(2013年公開、文化庁映画賞文化記録映画優秀賞)の続編的位置づけとなる作品。 
第一部は、デモに参加した若者たちの、祖国のクーデターへの怒りと悲しみ、深い思いを伝え、第二部ではタイの国境沿いの町に避難したミャンマー人たち、その中でも子どもたちが通う学校の支援を続ける在日ミャンマー人女性を追う。第三部では前作のチョウのその後を追い、さらにクーデターを起こした国軍と日本との関係を追う。
世界で民主主義が後退しつつある中、そのレンズに映る在日ミャンマー人たちの姿は、私たちに自由、民主主義そして祖国とは何かを問いかける。

2010年、アウンサンスーチーさんが解放され、2015年には総選挙が行われ、国民民主連盟が圧勝。民主化が進むと思われたが、2020年の総選挙で再び国民民主連盟が圧勝したにもかかわらず、国軍が選挙を無効とし、アウンサンスーチーさんらをまた拘束した。そして、2021年の国軍によるクーデター。それに対して、ミャンマー在住の人ばかりでなく、在日ミャンマー人たちも抗議活動をし、デモや募金活動を続けている。しかし、2010年以前の頃に比べて、日本人の反応が薄い。あの頃、日本ばかりでなく、世界でミャンマーの軍政に反対する運動が盛り上がったのも、ミャンマーの民主化やアウンサンスーチーさんの解放につながったと思うが、現代の日本人は無関心すぎると思う。映像の中の日本人は通り過ぎるばかり。ここに出てくるミャンマーの人たちが必死に生きている姿を観て、我が身を振り返り恥ずかしい。それでも、学問の分野や、報道、通訳、弁護士など、ミャンマーの人たちを支援する日本人が何人か出てきてほっとした。でも、日本とミャンマーをつなぐ団体の人たちの考え方にはびっくりした。そして、日本の国としての支援が、軍や、軍をバックにした団体や会社などに向いていることを知った。そんなことってあり?という思いがあるけど、それに対して抗議するのはミャンマーの方たちばかり。やはり自分がもどかしい。
土井監督は、自身のこれまで撮ってきた映画のテーマについてこのように語っている。「人間が“人間らしく尊厳を持って生きる”とはどういうことなのか、そのためには、何が必要なのか」という問いである。3つのテーマの映画作りは、私にとってその答えを探し求めて暗中模索する営為なのかもしれない」。(暁)

公式HP 
2025年|日本|カラー l 171分
宣伝デザイン :野田 雅也
関西宣伝 :松井 寛子(おふぃす風まかせ)
配給/きろくびと クレジット/(c)土井敏邦
posted by akemi at 10:14| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください