2026年01月22日

安楽死特区

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監督:高橋伴明
原作:長尾和宏「安楽死特区」ブックマン社刊
脚本:丸山昇一
プロデューサー:高橋惠子
撮影:林淳一郎
音楽:林祐介
出演:毎熊克哉(酒匂章太郎)、大西礼芳(藤岡歩)、加藤雅也(尾形紘)、 筒井真理子(池田玉美)、板谷由夏(三浦ユカ)、下元史朗(竹ノ内淳)、友近(たまや)、gb(ZAGI)、田島令子(京町綾乃)、鈴木砂羽(尾形のどか)、平田満(池田和行)、余貴美子(酒井真矢)、奥田瑛二(鳥居幸平)

安楽死法案が可決された近未来の日本。実験的に「安楽死特区」が設置され、政治と倫理の問題で賛否両論が渦巻いている。パーキンソン病を26歳で発症、9年を経て余命半年と宣告されたラッパーの酒匂章太郎。安楽死案に反対の彼とパートナーでジャーナリストの歩は内部告発を目的に安楽死特区「ヒトリシズカ」に入居した。そこにはさまざまな思いを抱えた患者とその家族がいた。
末期がんに苦しむ池田、夫と心がすれ違ってしまう妻、認知症になって死なせてほしいと願う元漫才師。章太郎と歩は彼らと交流し、医師たちと話し合いを続ける。しかし病は進行し、言葉を発することも難しくなる。歩は章太郎に「生きて」というのは愛なのかエゴでしかないのかと悩み惑う。特命医の鳥居、尾形、三浦医師たちも葛藤しつつ、患者を見守る日々を送っていた。

痛くない死に方』原作者の長尾和宏医師の著書が原作です。高橋伴明監督と長尾先生何度目のタッグでしょう?本作では製作総指揮も担っています。クリニックは2023年定年退職されたようです。在宅医療、終末医療の第一人者であった長尾先生は「平穏死」を提唱していました。本作では「安楽死」を国が認めたところから始まります。
俳優さんたちの好演で、入居者たちの様々な状況と抱える思いを自分ごととしてとらえる助けになりました。共通するのは今の苦痛から逃れたいということでしょう。自分が保てなくなることも怖いです。周りはそれを軽減し、支えることに心を砕きます。人も生き物なので、生きることが最重要なはず。死期の近づいた動物がどこかへ消えてゆくように、植物が枯れて朽ちていくように自然に任せることはできないものでしょうか? へたれな私は痛いのはイヤ、無理に延命しないでと子供たちに伝えています。それは残された機能を必死で維持して生きている方には傲慢不遜では? いや、命はその人のものだし最後に望むことは贅沢じゃない、などなどいろいろ逡巡してしまった映画でした。(白)


章太郎役には毎熊克哉。自分の命と向き合わざるを得ない男を生々しく演じる。私にはパーキンソン病を患った家族がいたのでその演技は見ていて辛いものがあった。映画の中で医師が語っていたように、たとえこの病に罹っても、重い合併症を引き起こさない限り普通なら長く生きられる。若くして余命宣告された彼のくやしい思いを考えるとやりきれない気持ちになる。ベッドサイドに置かれている「チベット死者の書」が心の支えになっているのだろう。
終盤、苦しみから逃れたい、外の世界とつながる気力と体力がもう無いと安楽死を望んだ彼がひとこと「死にたい」と漏らす場面には思わず涙が零れてしまった。生きる権利と同じように死を選ぶ権利があるのか否か。どうしても章太郎の気持ちを受け入れられない歩に、「日本で安楽死が認められなかったのは、家族のしがらみが強すぎて”生きることも死ぬこともその人の考え方が第一だ”というアイデンティティが根付かなかった」と諭す医師の言葉が重かった。生きていてほしいという周囲や家族の願いはエゴなのか。観る側の気持ちは大いに揺れ動く。人間100人いれば100通りの死生観がある。最後に何を選択するかに正解も間違いもない。エンドクレジット後に流れる実際にスイスで安楽死を試みた女性の言葉「あらゆる意味で苦しまない選択肢が受け入れるようになってほしい」が心に残った。
人生の後半を生きている私も最期は苦しみたくないと切に願う。人間は誰もが死に向かって歩んでいる。現実に起こるかもしれない未来が描かれるこの作品が多くの人に届きますように。(弘)


2025年/日本/カラー/129分
配給:渋谷プロダクション
(C)「安楽死特区」製作委員会
https://anrakushitokku.com/
★2026年1月23日(金)より全国ロードショー

posted by shiraishi at 02:32| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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