2025年08月31日
タンゴの後で 原題:Maria 英題:Being Maria
監督・脚本:ジェシカ・パルー
原作:「あなたの名はマリア・シュナイダー ―「悲劇の女優」の素顔」(早川書房・刊)
出演:アナマリア・ヴァルトロメイ、マット・ディロン、ジュゼッペ・マッジョ、イヴァン・アタル、マリー・ジラン
撮影現場での問題について声を上げた最初の女性の一人、
マリア・シュナイダーの波乱に満ちた人生
ベルナルド・ベルトルッチ監督の代表作の一つと称される映画『ラストタンゴ・イン・パリ』(1972年)。大胆な性描写と心理描写が大きな反響を呼んだこの作品の陰には、ひとりの女性の怒りと葛藤があった。
19歳の若手女優マリア・シュナイダーは新進気鋭の監督ベルナルド・ベルトルッチと出会い、『ラストタンゴ・イン・パリ』で一夜にしてトップスターに駆け上がる。
しかし、48歳のマーロン・ブランドとの過激な性描写シーンは彼女に苛烈なトラウマを与え、その後の人生に大きな影を落としていく・・・。
監督のジェシカ・パルーは、ベルナルド・ベルトルッチ監督作『ドリーマーズ』(2003)でインターンとして彼との仕事を経験。マリアのいとこであるヴァネッサ・シュナイダーが記した「あなたの名はマリア・シュナイダー:「悲劇の女優」の素顔」に出会い、マリアの視点で彼女の人生を映画化。
今なお世界中で問題とされるエンターテインメント業界における権力勾配、搾取について鋭い視線を投げかけた問題作。
マリア・シュナイダーについて
1952年、フランス・パリ出身。名優ダニエル・ジェランを父に持ち、モデルを経て1969年に映画デビュー。19歳でベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラストタンゴ・イン・パリ』(1972)に主演し、マーロン・ブランドと共演。その過激な性描写は彼女のキャリアと人生に深い傷を残し、以後、性的イメージが付きまとい、彼女はそのイメージに苦しむことになる。
1970年代後半、ドラッグ依存と深刻な精神的苦悩に苦しみながらも、『さすらいの二人』(1974)、『危険なめぐり逢い』(1975)、『夜よ、さようなら』(1979)などに出演。またバイセクシュアルであることを公表し、女性監督の育成や表現の多様性を提唱する活動も行った。人生最晩年はスイスやパリで静かに暮らし、2011年2月3日、58歳で乳がんの合併症により亡くなった。彼女の葬儀では旧友であるブリジット・バルドーからの弔辞をアラン・ドロンが読み上げた。その生涯は、権力と芸術の狭間で傷ついた女性の象徴として後に従妹ヴァネッサ・シュナイダーによる伝記「あなたの名はマリア・シュナイダー ―「悲劇の女優」の素顔」 (早川書房・刊)や、本作『タンゴの後で』により彼女の名誉の回復、そして再評価が進んでいる。
問題の過激な性描写シーンについて、ジェシカ・パルー監督は撮影現場で使用されたオリジナル脚本にアクセスすることに成功。そのシーンは脚本には「暴力的な仕草」とだけ記されていて、撮影当日、スクリプト・スーパーバイザーが欄外に撮影中に加えられた要素を記録していました。
ベルトルッチ監督は即興演出を好み、後のインタビューで「マリアの本物の涙、本物の屈辱がほしかった」と語っているとのこと。マリアは事前に撮影でどんなことが起こるか知らされていなかったのです。マリア自身、フランスや海外メディアのインタビューで、屈辱的な経験をしたことを語っているのに、誰も耳を傾けていなかったことにも、ジェシカ・パルー監督は気づきました。
この数年のMeToo運動で、セクハラを受けたことを告白するうねりがありますが、1970年代当時、声をあげても、それは我慢すべきことと押しつぶされてきました。それどころか、撮影現場で目の前で暴力的なことが起こっても、名監督や名優を前にして、誰も何も言わなかったことが本作では描かれています。
映画の現場で、理不尽な思いをするようなことが起こらないことを願う監督の思いをずっしり感じた一作でした。(咲)
2024年/フランス/フランス語/102分/カラー/5.1ch/PG-12
日本語字幕:岩辺いずみ
協力:CHANEL
配給:トランスフォーマー
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/afterthetango
★2025年9月5日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開
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