監督・脚本:吉田大八
原作:筒井康隆
撮影:四宮秀俊
出演:長塚京三(渡辺儀助)、瀧内公美(鷹司靖子)、河井優美(菅井歩美)、黒沢あすか(渡辺信子)、中島歩、カトウシンスケ、高畑遊
渡辺儀助77歳。フランス近代演劇史を専門とする元大学教授。大学を辞したのは10年前。20年前に妻・信子に先立たれてからは一人暮らしを続けている。講演や執筆で僅かな収入を得ているが、預貯金が後何年持つか、自身が後何年生きられるかを計算しながらの慎ましい生活である。子どもはいないが、教え子がときおり訪ねてくれ、とりとめない会話をして食事をするのを楽しみにしている。
モノクロの画面に昭和の映画のようなたたずまいの家での一人の清貧な生活。儀助を演じる長塚京三さんの雰囲気が、時折湧いてくる煩悩や妄想も下品に陥らずに見せています。現実世界と妄想世界のシーンがかわるがわる出てくるので、これはどっち?と疑問に思います。亡くなった奥さんが登場するシーンは思い出の中の一コマなのでしょう。
教え子の靖子は大胆なシーンも辞さない瀧内公美さん、バーで出逢う歩美は出演作が目白押しの河井優美さん。お二人とも男性を惑わせる色香がこぼれていて、元教授だろうが煩悩にまみれるよねと、儀助に同情するものです。
そういえばヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』(23)には男性の欲望など登場しませんでした。監督が理想とした暮らしだったのかも。儀助のようにどんなに細かく計算して予定を立てようが、病気や老いはさけられず忍び寄ってきます。それこそが「敵」?(白)
東京国際映画祭で、東京グランプリ/東京都知事賞、最優秀監督賞、最優秀男優賞の3冠。受賞者記者会見で吉田大八監督は、「映画は俳優を観にいくもの。だから僕の映画も俳優を観に来てほしい。ですので、男優賞が取れたのは嬉しい。監督賞は自信がない。作品賞は関わった皆のもの」と謙虚でした。
パリ、ソルボンヌ大学在学中に、フランス映画『パリの中国人』(74)で俳優デビューした長塚京三さん。『敵』では、かつて大学でフランス文学を教えていた元教授という役どころ。吉田監督は、長塚さんのキャリアからキャスティングしたわけではなく、偶然と語りました。
長塚京三さんは、ほぼ出ずっぱり。「ロケ現場の家が自宅からすごく遠くて、朝早くに出て、帰り着くのが夜遅く。妻のサポートがあって、食べるものを食べて、寝る時間を確保してもらいました。肉体労働を終えて、華やかな映画祭で賞までいただくとは思いませんでした」と感慨深く語りました。
モノクロで撮ったことについて、吉田監督は、これまで古い家が舞台の映画を観ていたら、モノクロが多くて、自分の映画もモノクロがふさわしいと思ったとのこと。あとから観て、観た方がより強く想像力を働かせてくれると感じたそうです。
舞台になった趣のある家は、縁側があって、庭に降りるところには大きな踏み石がありました。祖父が昭和の初めに神戸に建てた私の生まれた家を思い出しました。風情ある日本家屋が今は少なくなったと感じます。(咲)
2023年/日本/カラー/108分
配給:ハピネットファントム・スタジオ、ギークピクチュアズ
(C)1998 筒井康隆/新潮社 (C)2023 TEKINOMIKATA
https://happinet-phantom.com/teki/
★2025年1月17日(金)テアトル新宿ほか全国ロードショー
【関連する記事】