2023年09月10日

熊は、いない  原題:Khers Nist,  英題:No Bears

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監督・脚本・製作:ジャファル・パナヒ
撮影:アミン・ジャファリ
編集:アミル・エトミナーン
出演:ジャファル・パナヒ、ナセル・ハシェミ、ヴァヒド・モバセリ、バクティアール・パンジェイ、ミナ・カヴァニ・ナルジェス・デララム、レザ・ヘイダリ

トルコの街角。カフェから出てきた女に、男が「パスポートが準備できた。3日以内に出国しないと無効になる」という。「自分は後から行くので一人で行ってほしい」と言われ、女は「一緒に行きたい」と揉める。
ここで、「カット!」の声がかかる。映画の撮影だった。
トルコ国境に近いイランの村から、ジャファル・パナヒ監督がリモートでトルコにいる撮影隊に指示を出しているのだ。電波状況が悪くて、時々、途絶えてしまう。
一方、パナヒ監督は、村人にカメラを渡して、その日行われるという婚約式の儀式の様子を撮ってもらう。この村では、女の子が生まれると、結婚する相手を決めてから臍の緒を切るという。ある女性が婚約者でない男と密会しているのをパナヒ監督が写真に撮ったのではないかが問題になり、村の騒動に監督は巻き込まれていく・・・

パナヒ監督の作品はいくつか観ていますが、どこがフィクション?これはドキュメンタリーなの?と境目がわかりません。わからなくても丸ごと見ていれば、監督の見ているもの、言いたいことがわかってくるのかもと思ったりもしますが。監督の難しい立場上、言えること、言えないことがあり、相手に嘘もつかなければなりません。う~ん、藪の中にいるようです。あまりつつくと蛇でなく、熊が飛び出すかも??イランに詳しい(咲)さんに解釈をお願いすることにします。
この作品では映画内の映画と、村のおきてのため不自由な「恋人たち」にフォーカスしています。幼いときからの許嫁も略奪婚も映画でしか観たことはありませんが、理不尽この上ありません。日本もその昔、親のいうとおり結婚するのが定めでしたが。もめたり争ったりしているのは男性ばかり。決まりを作るのも男性で、女性は従うだけ?
男女の格差もすぐには無理でしょうが、少しずつ縮まりますように。映画を作り発表する自由をパナヒ監督が持てますように。せめて書いておきます。(白)


冒頭、トルコの町でイラン人の男女が10年も待機して欧州のどこかに密出国しようとしている話が展開し、カメラが段々引いて、パソコンの画面に収まります。その前に座るパナヒ監督が映し出されたとたん、あ~またパナヒ監督にやられた!と感服しました。
当局から、20年間映画を作ることも、イランから出国することも禁じられているパナヒ監督。それを逆手に取って、国境近くで映画を撮るという快挙。村はずれの国境までは、たった2キロ。ネット事情が悪いからと高台の国境付近に行くパナヒ。気が付けば国境を踏んでいます。眼下には、ロケ地のトルコの町の灯りが広がっています。村の人たちから、何もこんな辺鄙でネットも繋がらないところに来なくてもいいのにと言われるのですが、少しでもロケ地に近いところにいたいのが人情でしょう。トルコのロケ地にいる助監督は、簡単に国境を越えて、撮ったラッシュを届けがてら、パナヒ監督の安否確認。イラン出国を禁じられた監督が国境近くに居座っていて、逮捕されたら大変と心配しているのです。
一方で、滞在中の村は、女の子の赤ちゃんは許嫁を決めてから臍の緒を切るという風習があって、村の人たちはほぼすべてが親戚という状態。パナヒ監督が、婚約者でない男女の写真を撮った撮ってないを問題にされ、撮ってないなら宣誓所で皆の前で神に宣誓しろと言われます。
宣誓所に向かおうとしたパナヒ監督が、「その道は熊が出る」と引き留められ、お茶をふるまわれます。その男から、「村では水や土地を巡って争いが絶えない。先生は嘘でもいいから神に誓ってくれればいい」と助言されます。宣誓するときに、「村のしきたりには戸惑いも感じる」と前置きするパナヒ監督。それは村に対してだけのことではないでしょう。
この宣誓の場面で、もう一つ注目したのは言語のこと。この村の人たちの多くはトルコ系のアゼリー語を普段使っているらしく、ペルシア語だとわかりにくい人もいて、パナヒ監督は宣誓をアゼリー語でと依頼されます。パナヒ監督は、母親としかアゼリー語は使わず、兄弟とはペルシア語。アゼリー語だと自分が述べたいことの正しい単語が見つからないこともあると断ります。イランでは、ペルシア語が母語でない両親から生まれても、育った環境や受けた教育で自分にとって表現するのに楽な言語が両親と違うことはままあること。
さて、『熊は、いない』というタイトルには、脅しになんか乗らないぞ!という監督の気概を感じます。本作の完成後、逮捕され収監され、その間、ハンストもしたパナヒ監督ですが、その後釈放され、ご夫婦で外国にも旅に出られました。様々な圧力にもめげず、これからもキレのいい映画を作り続けてくださることを願うばかりです。(咲)



◆日本での公開に当たって、突如、ジャファル・パナヒ監督よりメッセージが到着!(9/15)
http://youtu.be/mb0S1ULB6mc


第79回ヴェネチア国際映画祭 審査員特別賞受賞
第23回東京フィルメックス オープニング作品 『ノー・ベアーズ(英題)』のタイトルで上映

2022年/イラン/ペルシア語・アゼリー語・トルコ語/107分/カラー/ビスタ/5.1ch
日本語字幕:大西公子/字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン
配給:アンプラグド
公式サイト:http://unpfilm.com/nobears/
★2023年9月15日(金)より 新宿武蔵野館ほか全国順次公開



posted by sakiko at 18:46| Comment(0) | イラン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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