2023年09月01日
ヒンターラント(原題:Hinterland)
監督・脚本:ステファン・ルツォヴォツキー「ヒトラーの贋札」
撮影:ベネディクト・ノイエンフェルス
出演:ムラタン・ムスル(ペーター・ペルク)、リヴ・リサ・フリース(テレーザ・ケルナー博士)、マックス・フォン・デル・グローベン(パウル・セヴェリン)、マルク・リンパッハ(ヴィクトア・レンナー)、マルガレーテ・ティーゼル(管理人)
第一次世界大戦が終結、ロシアの捕虜収容所から帰還したオーストリアの兵士たち。ドナウ川をさかのぼり、故郷のウィーンを目指している。力尽きた者は川に捨てられた。たどり着いた故郷は敗戦のため荒廃、皇帝は国外へ逃亡し、共和国となっていた。元刑事のペーター・ペルク中尉は、帰る家も家族も失った戦友に自分の住所を渡す。戻った家は空で、長い留守の間妻は生活に追われ、田舎へ移っていた。
拷問の跡がある死体が発見された。ペーターのメモを持っていたため、警察が容疑者として連行する。その後も痛めつけられた死体が次々と見つかり、帰還兵だったことが共通していた。敏腕刑事だったペーターは捜査に協力することになる。それは自分の心の闇と向き合うことでもあった。
まるでダークファンタジーのような画面は、全編ブルーバックで撮影したのだそうです。背景が何もないところで俳優は演技をし、後で描き込まれた背景と合成するわけですね。陰惨な物語なのに、どのシーンも絵画的で美しいのです。冒頭、死にゆく若い兵士を仲間が取り囲む場面は一人一人の表情が光に浮かび上がり、レンブラントの名画”夜警”のようでした。
皇帝や国のために戦い、ロシアに抑留されて戻ったペーターは、アカと呼ばれて蔑まれます。戦友たちは帰る家がありません。消息不明の兄を探し続けるセヴェリン警部、死体を検分するテレーザ・ケルナー博士は「戦争が終わり、共和制になってから女性でも医師の仕事ができるようになった」といいます。様々な立場の人々たちの人にスポットが当たっていくにつれ、不可解な殺人事件の真相解明も進んでいきます。
「Hinterland」とは「後背地」。港湾や都市などの背後にある土地のことをいうのだそうです。この映画でのヒンターラント(後背地)とは何を指していたのでしょうか?宿題。(白)
舞台は、1918年に第一次世界大戦が終結して、2年程経った1920年頃のウィーン。
地獄のような抑留生活を耐え抜いて帰ってきた故郷は変わり果てていました。
1270年以来この地を支配してきたハプスブルク家。戦争前には、オーストリア、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ウクライナの一部、ポーランドの一部を領土とする巨大な帝国となっていました。フランツ・ヨーゼフも約70年間皇帝として君臨していました。帝国が崩壊し共和国になりましたが、国土はほぼ今のオーストリアだけと大幅に縮小。超大国の威信を持って戦地に赴いた人たちにとって、生きて帰ったものの複雑な思いがあったことと思います。
東から逃げてきたユダヤ人が「イスラエル再建を」のビラを撒いていて、「彼らを養うために戦ったのか」とののしる声も聞こえ、ロマノフ王朝が崩壊しソ連となった影響も垣間見られます。
それでも、戦前から変わらないウィーンも映画に映し出されています。
『第三の男』で有名な観覧車のあるプラーター公園、白と赤の路面電車(1897年より電化車両)、シュテファン大聖堂とその脇にある大鐘プンマリン・・・
このプンマリンは、1683年にオスマン帝国軍が敗退した時に残していった大砲などの武器を溶かして鋳造したもの。トルコ人の両親のもとにウィーンで生まれた名優ムラタン・ムスルが主役ペーターとして、この大鐘のそばで殺人鬼を追い詰めるのですから、なんとも面白い!
ウィーンのカフェ文化も、オスマン帝国軍が敗退時に置いていったコーヒー豆を使って、取り残されたトルコ人がカフェを開業したのが始まりといわれています。
ジャズの生演奏を聴きながら女医のテレーザとカフェでくつろぐペーター。「戦前は、ワルツとオペレッタだけだった」と語っています。趣向は変わってもカフェ文化は健在。
それにしても、今も世界の各地で領土を巡って続く戦争・・・ 権力者の思惑で犠牲になるのは、戦争などには加担したくない庶民。むなしいです。(咲)
2021年/オーストリア、ルクセンブルク/カラー/シネスコ/99分
配給:クロックワークス
(C)FreibeuterFilm / Amour Fou Luxembourg 2021
https://klockworx-v.com/hinterland/
★2023年9月8日(金)ロードショー
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