2023年04月09日

聖地には蜘蛛が巣を張る  原題:Ankabut-e moqaddas  英題:Holy Spider 

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©Profile Pictures / One Two Films

監督:アリ・アッバシ(『ボーダー 二つの世界』
出演:メフディ・バジェスタニ、ザーラ・アミール・エブラヒミ

2001年、イランの聖地マシュハド。
濃い化粧をほどこし、寝ている幼い娘に声をかけ夜の街に出ていく娼婦。金持ちの家で一仕事した後、バイクの男に誘われる。金を持っているのを確認し男の家にあがるが、「汚れた女は排除する」と殺されてしまう。町の灯りを見晴らす丘に女を埋める男。
街では、この半年の間に娼婦たちが同じ手口で何人も殺され、街の人々は殺人鬼を「スパイダー・キラー」と呼んで恐れているが、捕まっていない。
テヘランに住む女性ジャーナリストのラヒミは、この娼婦連続殺人事件を追うため、故郷でもあるマシュハドに向かう。警察の捜査責任者や、聖職者の判事のもとを訪ねるが、確かな情報は得られない。それどころか、ラヒミがかつてセクハラ被害にあって職を追われた過去を指摘される。
ラヒミを案内してくれている地元紙の記者のもとに、一人殺すたびに「犯罪人じゃない。腐敗に対する聖戦だ」と殺人鬼から電話がかかってくるという。新聞に記事を書いてほしいらしい。
ある夜、ラヒミはサンドウィッチ屋でトイレを貸してほしいという娼婦らしい若い女性に「怪しい男を知らない?」と声をかける。「皆、怪しい」と答えるソグラと名乗る女性。
警察から、また一人殺されたと遺体発見現場に案内される。被害者はソグラだった。ついにラヒミは自ら娼婦の振りをして殺人鬼に接触を図る・・・

本作は、現在、デンマークを拠点に活動するアリ・アッバシ監督が、2000年~2001年にイランの聖地マシュハドで16人の娼婦を殺害し、“スパイダー・キラー”と呼ばれたサイード・ハナイの実話をもとに描いた物語。当時学生だったアリ・アッバシ監督はイランにいて、16人も殺した男になかなか判決が下らず、それどころか一部の市民や保守派メディアがサイードを英雄として称え始め、汚れた女たちを排除するという宗教的な務めを果たしただけだと擁護したことを知り、いつか映画にしたいと決意。本事件を扱ったマジアール・バハリの2002年のドキュメンタリーに出てきた女性ジャーナリストに着想を得て、架空のラヒミという女性記者が事件を追う形で描いたことで、連続殺人事件を取り巻く社会も見ることのできる作品になっています。
時折映し出されるサイードは、信心深い家族思いの男。一方で、イラン・イラク戦争の前線で殉死出来なかった負い目を感じていて、神に生かされた使命として汚れた娼婦を殺すのです。判決の下ったサイードに退役軍人の会が、裏で何とかすると言ったのもあり得る話だと思いました。
けれども、娼婦としてしか生きていけない弱者こそ社会が救うべきで、本作の中で、アッバシ監督は、ラヒミが訪ねた聖職者である判事に「困窮しなければ、体を売ることもない。政府が市民を守るべきだ」と語らせています。
このような内容も盛り込まれているにも関わらず、イランでの撮影許可は下りず、ヨルダンのアンマンで撮影されています。(友人のイラン人から、「ちゃんとイランに見える」とお墨付き)

ラヒミを演じたザーラ・アミール・エブラヒミは、本作でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞。
彼女自身、第三者による私的なセックステープ流出によりスキャンダルの被害者となり、2008年、国民的女優として成功を収めていたイランからフランスへの亡命を余儀なくされています。
ラヒミのような女性はイランでは特別ではなく、知的で打たれ強く、様々な分野で活躍する女性が数多くいることも知っていただければと思います。革命後、1990年頃には大学に占める女性の割合は、理科系の学科でも6~8割に達し、大卒の女性が圧倒的に増えているのです。アフマディーネジャードが大統領の時に、大学の定員を男女公平に半々にするべきだと提言しましたが却下されています。
ヘジャーブ(髪の毛や身体の線を隠すこと)を強制されていて、女性蔑視が根強いと思われる一面もありますが、家庭では何より母親が尊敬されるイラン社会です。

ところで、マシュハドには、革命前の1978年5月に一度だけ行ったことがあります。町に着いて、バスの前に男性、後ろに女性と分かれて乗っているのを見て、さすが聖地はテヘランとは違うと思ったものです。(革命後は、テヘランでも大型バスは男女別になりました)
借りたチャードルを被って入ったシーア派8代目イマーム・レザー廟では、棺の周りを皆、涙を流しながらお詣りしていて、私も神聖な気持ちになったものです。一神教のイスラームですが、イランでは各地にシーア派の祖であるアリーの血を引いた子孫の廟があって参詣する人が多く、聖者崇拝が根強いことを感じます。
イマーム・レザー廟のあるマシュハドは、イラン国内で最大の聖地で、革命後、政府は特に力を入れて街を整備。イマーム・レザー廟の周辺に密集していた店舗や家を一掃し、廟を中心に広がった街は上から見ると蜘蛛の巣にも見えるようです。サイードが殺害した女性を埋めた丘から見える街の全景にどうぞご注目を! (とはいえ、あれはどこで撮ったのでしょう?) (咲)



2022年/デンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランス/ペルシャ語/シネスコ/5.1chデジタル/118分
字幕翻訳:石田泰子
配給:ギャガ
デンマーク王国大使館後援
公式サイト:https://gaga.ne.jp/seichikumo/
★2023年4月14日(金)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、TOHOシネマズシャンテ他全国順次公開




posted by sakiko at 15:56| Comment(0) | デンマーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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