2022年07月01日
アルピニスト(原題:THE ALPINIST)
監督:ピーター・モーティマー、ニック・ローゼン
制作:レッドブルメディアハウス
撮影:ジョン・グリフィス
出演:マーク・アンドレ・ルクレール、ブレット・ハリントン、アレックス・オノルド、ミッシェル・カイパーズ
アウトドアのドキュメンタリー映画を20年作ってきたピーター・モーティマーとニック・ローゼンはカナダに無名のクライマーがいることを知った。23歳の青年マーク・アンドレ・ルクレールは、多くのクライマーがSNSで発信している中、ただ自分の楽しみのためだけに次々と新しいクライミングを続けている。偉業を誇ることもない、彼の居所をつきとめ、マークと恋人のブレットと長く一緒に過ごし、カメラが同行することを許された。
命綱をつけず、身体一つで山に登るマーク、無駄のない見事な動きは瞬時に的確な判断のできるセンスがあってこそ。撮影が進んだある日、マークの行方が分からなくなる。そして再会したときに彼が告白したのは大きな事件ともいえる挑戦だった。
ニコニコと人あたりの良い好青年のマーク、このドキュメンタリーを見るまで全く知らずにいました。「マークのことなら一日中でも話せる」というクライマーのアレックス・オノルドは『フリーソロ』で観た人でした。同じようにフリーソロでどこまでも登り、その結果をだれに見せるわけでもないマークがほんとに好きだったのでしょう。
マークは子どものころADHD(注意欠陥障害)と診断され、母親は将来息子が仕事につくのは難しいかもしれないと不安だったそうです。ところが、好きなものには抜群の集中力を見せるんです。クライミングを知り、山に出逢ったことでマークは自分だけの道を見つけました。特化すれば才能です。
高いところも登山も苦手、決して近づかない私は心臓に悪い…と思いながら観ていました。緊張で力が入って身体がこわばっていました。断崖の岩肌に自分の手と足だけでつかまり、下は谷底って何の罰ゲーム!?なんでこんなに危ないことを嬉々としてできるの?!答えは彼の笑顔です。ただただ山が好きで、彼の天性の素質がぴたりと合っていたとしか言いようがありません。中断した撮影を続け、彼の人となりをインタビューで追って、作品を完成させてくれた2人の監督に感謝。(白)
クライミングのドキュメンタリー作品はこれまでにもいくつか見てきましたが、本作のマーク・アンドレ・ルクレールはそれらの作品に登場するどのアルピニストよりも過酷なクライミングをしていました。たとえば『フリーソロ』ではアレックス・オノルドがマークと同じようにロープや安全装置を一切使わずに山や絶壁を登っていましたが、アレックスがクライミングするのは雪山ではありません。『MERU/メルー』では難攻不落の壁として知られている北インド高度6500メートルにそびえるヒマラヤ・メルー峰のシャークスフィンに挑戦する3人のクライマーたちの姿を映し出しますが、こちらはロープや安全装置を使っていますし、1人ではありません。マークは目も眩むような断崖絶壁や崩れ落ちそうな氷壁に、命綱もつけずにたった1人で挑んでいくのです。しかも、今どきの若者はそんな偉業を達成したらSNSなどで誇示しがちですが、マークは一切しないそう。自分の楽しみのためだけに登山する姿を見ていると、打ち込めるものがあるっていいなと思えてきます。
そして何より、クライミングをするマークを至近距離で映し出す映像に驚きます。マークの集中力が途切れさせないよう、制作陣は事前にかなりの信頼関係を築いたはず。本作を観て、マークのクライミングに寄り添うことで、自然の中で何にも邪魔されず、自分の時間を楽しむ気持ちを劇場にいながら感じることができそうです。(堀)
私自身、山にハマり、1980年~84年の約5年、北アルプスの山麓、長野県白馬村にある会社の山荘に住み込みで働きながら鹿島槍ヶ岳という山の写真を撮っていたことがあります。私の山への興味は山の自然、高山植物や山の景色、自然現象などで、山へは登りますが山登りが好きというわけではありませんでした。でも、このマークという青年は切り立った岩壁を命綱なしのフリークライミングで登頂することが自分の興味の対象です。そして、こういう岩壁登りが好きな人たちがけっこういるのです。『フリーソロ』のアレックス・オノルドも、やはり飄々と登っていましたし、世界の山登りはより困難な登り方を目指す人たちが競い合っているようです。でもマークはそういう競い合いには興味がないし、登ったと誇示するのも好きではない青年です。そしてマークは、アレックス・オノルドが絶賛する孤高のアルピニストです。この映画の冒頭のパーティシーンでアレックス・オノルドが登場しますし、『フリーソロ』を監督したジミー・チンも一瞬ですが登場します。ジミー・チンは『MERU/メルー』に出てきた3人の登山家のうちの一人で高度な登山技術をもち、『フリーソロ』の撮影を担っていましたが、この『アルピニスト』の、目も眩むような断崖絶壁を登るマークを頭上から捉えたポスターの写真を観ると、この映画の撮影者ジョン・グリフィスも相当な技術を持ったアルピニストなのでしょう。そうでなければこんな写真は撮れません。それにしても、私はこんな危険極まりないフリーソロにハマっていく人たちの気持ちがわかりません。ただ怖いだけです。その恐怖を克服することに生きがいというか達成感を感じるのでしょうか。
この映画を観て、『さかなのこ』(9月公開)のことを思いました。こちらはさかなクンの驚きの人生を映画にしたものですが、「何かを猛烈に好きになった人の映画」というところが共通です。何かに夢中になり、他の人の追随が届かないところに到達する人の生き方にはやはり共通点があるのかもと思いました。
この夏、登山をめぐる映画がいくつも公開されます。これまでシネマジャーナルではたくさんの山岳映画を紹介してきました。下記にそれら山岳映画の記事を参考までに記します。興味のあるかた覗いてみてください(暁)。
2021年/アメリカ/カラー/ビスタ/93分
配給:パルコ ユニバーサル映画
© 2021 Red Bull Media House. All Rights Reserved.
https://alpinist-movie.com/
★2022年7月8日(金)TOHOシネマズ シャンテ 他全国公開
*シネマジャーナル 山岳映画関連記事
シネマジャーナルHP
2019年
●東京国際映画祭 『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』 ワールドプレミアイベント
●『フリーソロ』 劇場公開日 2019年9月6日
2018年
●特別記事『クレイジー・フォー・マウンテン』
ジェニファー・ピードン監督インタビュー
2016年
●『ヒマラヤ~地上8,000メートルの絆~』
対談≪韓国の伝説的登山家オム・ホンギル × 野口健≫
●『エヴェレスト 神々の山嶺』完成報告会見
●MERU/メルー 原題 Meru
2014年
●『クライマー パタゴニアの彼方へ』デビッド・ラマ インタビュー
●『ビヨンド・ザ・エッジ 歴史を変えたエベレスト初登頂』公開記念
女性世界初エベレスト登頂者 田部井淳子&エドモンド・ヒラリーの子息 ピーター・ヒラリートークショー
本誌
●2014年 シネマジャーナル91号
★今年、続々公開される山岳映画 古典~最新作まで
『ビヨンド・ザ・エッジ 歴史を変えたエベレスト初登頂』『K2 初登頂の真実』『春を背負って』『アンナプルナ南壁 7400mの男たち』『クライマー パタゴニアの彼方へ』を紹介。また、1920年代に製作されたレニ・リーフェンシュタールの出演作『死の銀嶺』『モンブランの嵐』
●2011年 シネマジャーナル83号
★山好きから観た山岳映画 『劔岳 点の記』『岳 ―ガク―』『アイガー北壁』『127時間』『ヒマラヤ 運命の山』
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