2022年06月25日
わたしは最悪。(原題:The Worst Person in the World)
監督:ヨアキム・トリアー
脚本:エスキル・フォクト、エスキル・フォクト
撮影:キャスパー・トゥクセン
音楽:オーラ・フロッタム
出演:レナーテ・レインスヴェ(ユリヤ)、アンデルシュ・ダニエルセン・リー(アクセル)、ヘルベルト・ノルドルム(アイヴィン)
優秀な成績のユリヤは医学部に入学したものの、自分の興味はこれではないと気付いてしまう。心理学や写真もやってみた。道はいくつも開かれていると思っていたが、方向が定まらないまま30歳になるところだ。年の離れた恋人のアクセルはグラフィックノベル作家として成功し、若いユリヤを全て受け入れてきた。40代の彼は、ユリヤときちんと結婚して家庭を持ちたいと思っている。心を決められないユリヤはある晩アクセルと出席したパーティから抜け出し、通りかかった他人のパーティに紛れ込む。そこで魅力的なアイヴィンに出会って、久しぶりに大笑いし楽しい時間を過ごした。
「わたしは最悪」とは、ユリヤの自虐。あれ?若い人たちが大人になる過程で「あるある」なことばかりじゃないの、最悪なわけじゃないと思いつつ観ていました。あれもしたいこれもしたい(それも気が多くてに一つに決められない)と手を出しているうちに時間が過ぎて、いつのまにか30代に。30というのがミソで、10年ごとに刻みがちな人生の中でも子どもから大人への転換時期でもあります。もっと早く結婚して子供を持てば親になり、自分も子ども感覚から抜けて大人にならざるを得ません。
ユリヤには離婚した両親が健在、祖母もいます。そこに行けば「子ども」です。アイヴィンといるときは自分たちのことだけで済みます。しかもユーモアのセンスが合います。アクセルにはもう親はいなくて兄弟のみ。彼といれば「生活」と向き合わねばなりません。ストーリーが進むと、なぜ「最悪」と言ったのか、彼女の悔恨がわかります。
溌剌として何にでも興味を持つユリヤがチャーミングです。恋する気持ちや好きなものを見つけたキラキラな部分がまぶしいほど。大人で考え深く、包容力のあるアクセルがいても、若くて楽しいアイヴィンにも惹かれてしまう。節目ごとに章仕立てで語られる青春ラブストーリーですが、演じた俳優がそこにちゃんと生きていて3人の誰を主人公にしても映画になりそうです。
ヨアキム・トリアー監督作品は『テルマ』(2017)を観ています。美しい映像のホラー作品でした。今回は幻覚を起こす場面に片鱗が見えます。趣は違いますが、アイヴィンに会うためにオスロの街を走る場面が秀逸。周りの人間たちはみなフリーズする中、ユリヤが走り抜けていきます(ポスターはそのワンカット)。美しい上、遊び心もあって好きなシーン。(白)
ユリヤの20代半ばから30代初めにかけての数年間が、序章+12章+終章 と小説のような構成で語られていきます。だんだん大人になっていくのかと思いきや、そうでもありません。人生は試行錯誤。出会いがあって別れもある。別れたと思っても、またくっつくこともある。あの年齢の時にはこんなことをしていた等々。観ていて、誰しもどこかで感情移入できそうです。
「第4章 私たちの家族」では、30歳のユリヤが、母系家族をさかのぼって、30歳の時を写真を見ながら語ります。母30歳で離婚しユリヤを一人で育てる。祖母、曾祖母・・・それぞれの30歳を語り、最後、18世紀、女性の寿命は35歳というオチ。寿命の延びた現代では、30歳はまだまだこれからという年齢だけど、18世紀には余命を考えなければいけなかったのだとドキッとします。
そんなことを考えされられた映画ですが、それよりもオスロの街の魅力が本作には溢れていて、いつか訪れてみたいと思いました。(咲)
行き詰ると別のことがやりたくなるユリヤ。自分探しの節目ごとに男も変わる。そんなユリヤが自分にとって大切なものが何なのかに気づくまでを描いていく。
アクセルはユリヤと出会ったとき、自分は40歳を超えているから一般的な幸せ(子ども)を求めて束縛してしまう可能性があるからこれ以上は踏み込めないと伝えるが、そのひとことがきかっけでユリヤは恋に落ちる。その一方でそのことが彼女を苦しめ、心が離れていく。事前にいってあったのに、それが辛いと言われてしまうのはアクセルからすれば勝手に思えるだろう。しかし、これは恋においてはよくあること。女性心理をしっかりリサーチして脚本が書かれたことがわかる。
ヨアキム・トリアー監督が本作を撮った動機の1つはレナーテ・レインスヴェと語る。自身の過去作『オスロ、8月31日』に端役で出演したときに特別なエネルギーを放っていたそう。ユリヤはレナーテ・レインスヴェをあて書きされた。
またアクセルを演じたアンデルシュ・ダニエルセン・リーのことを監督は自分自身の分身的存在といい、彼の役を執筆するときには自身の過去の経験を反映させているとのこと。ユリヤからみれば“年上で懐が深い”アクセルも、本人いわく“自信のなさを必死に隠していた”というのは監督の経験だったのだろうと思えてくる。
大切なものは失ってから気づくとはよく言われるけれど、それを自分なりに受け止め、前に進むことを決めたユリヤの表情は清々しい。正直、それまでのユリアにはあまり共感できず、自分本位な女と思っていたのだが、その顔を見て、印象が一変した。ユリヤの人生に幸あれと願わずにはいられない。(堀)
2021年/ノルウェー・フランス・スウェーデン・デンマーク合作/カラー/シネスコ/128分
配給:ギャガ
(C)2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VAST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA
https://gaga.ne.jp/worstperson/
★2022年7月1日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ他全国順次ロードショー
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