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監督:ヨナス・ポヘール・ラスムセン
脚本:ヨナス・ポヘール・ラスムセン、アミン・ナワビ
製作プロダクション:Final Cut for Real『アクト・オブ・キリング』
製作総指揮:リズ・アーメッド、ニコライ・コスター=ワルドー
アフガニスタンで生まれ育ったアミンは10代半ばにデンマークにやってきた。
それから20数年後、アミンは研究者となり、恋人の男性との結婚を目前にしていた。 幸せな人生を手に入れるまで、アミンには恋人にも明かしたことのない過去があった。アミンは絨毯の上に目を瞑って横になり、デンマークに来た頃からの友で映画監督のヨナスに、自らの生い立ちと、故国を逃れてデンマークにたどり着くまでの壮絶な記憶を語り始める・・・
アミンが3~4歳だった1984年頃。姉から父の話を時折聞かされ、父の記憶のないアミンは姉がうらやましかった。1978 年、王政を倒し実権を握った共産主義政府に父は危険分子として検挙され、そのまま行方不明なのだ。1979年12月末、ソ連が侵攻。ソ連に後押しされた政府に対し、ムジャヒディン(イスラーム聖戦士)たちが抵抗運動を起こし内戦状態となる。長兄は兵役を逃れるため、1980年に出国しスウェーデンに行く。ムジャヒディンが政権を取る直前、アミン一家は間一髪で出国し、モスクワに。ソ連崩壊直後のロシアは、物がなく、犯罪が横行する国だった。長兄のいるスウェーデンに向かいたいが、一人3000ドルかかるため、清掃で日銭を稼いでいる長兄には家族全員分を用意するには時間がかかった。ビザが切れ、警官を見かけると逃げる日々。ようやくアミンは密入国業者に大金を払い出国するが、一度は、ロシアに戻され、紆余曲折の末、デンマークのコペンハーゲンにたどり着く。兄のいるストックホルムではなく・・・
ELAHA FAIZの歌う「SARZAMIN-E-MAN(我が祖国よ)」 が心に沁みました。
世界には実に多くのアミンがいることを思い、心が痛みます。生まれ育った国が安住の地であれば、危険をおかしてまで国を逃れる必要はないはずです。
*原題『FLEE』は、危険や災害、追跡者などから(安全な場所へ)逃げるという意味。
密入国業者たちが、大金をむしり取った上に、コンテナーや船に大勢の人たちを詰め込んで、結果、死なせてしまったニュースも後をたちません。たどり着いた国で、運よく暖かく受け入れてもらえることもあれば、ひどい扱いを受けることも多々聞きます。アフガニスタンから難民として逃れたドキュメンタリーとしては、最近では、『ミッドナイト・トラベラー』(2019 年 監督:ハッサン・ファジリ)を思い出します。
『FLEEフリー』がユニークなのは、アミンがイスラーム社会ではタブーとされるホモセクシュアルであること。家族にとっても「恥」となるので、家族にさえカミングアウトすることができないでいたのです。同性婚が合法のデンマークで、生涯のパートナーと出会えたことは、アミンにとって、ほんとうによかったと祝福をおくりたいです。アミンをゲイクラブに連れて行ってあげたお兄さんにも拍手!
イスラーム社会で同性愛者がいかに生きづらいかは、下記の映画もご参考に。
『チェチェンへようこそ ーゲイの粛清ー』(2020年、監督:デイヴィッド・フランス)
『ジハード・フォー・ラブ』(2007年、監督:パーヴェズ・シャルマ)
アミンが心を開いてヨナス・ポヘール・ラスムセン監督に自身の過去を明かしたのは、長年の友人であったことや、ヨナスもまたゲイであるということもあるのでしょう。
そして、監督にとっては、自身の祖母がユダヤ人で、迫害から逃れるためにロシアを離れ、ドイツ、イギリスと逃げ歩いた経験をしていて、アミンの物語が他人事だと思えず、映画にして世に知らせたいと思ったのでしょう。
アミンの身の安全を守るためアニメという手法が取られていますが、挟み込まれるニュース映像が当時の様子をリアルに伝えてくれます。1984年の映像では、女性たちが髪の毛を出し、西洋的な服装をしています。
また、アニメと映像の両方で時折出てきた凧揚げは、イスラームを極端に解釈する勢力が台頭する度に禁止したもので、象徴的。
もう一つ、しみじみ大変だなぁと思ったのが、国を逃れるということは、たどり着いた地の言語と対峙しなければならないということ。 アミン一家がロシアから出国するまで、じっと家に潜んでメキシコのドラマを観ていたという場面がありました。おそらく、ロシア語吹き替え。ドラマだから、なんとなくわかったのかな~と、ちょっと笑ってしまいました。
そして、アミンはその後落ち着いた先でデンマーク語を習得。本作はアミンの声を本人が担当していますが、ほとんどの部分がおそらくデンマーク語。アフガニスタン時代の思い出もデンマーク語で語っていて、お姉さんたちはダリー語で話しています。
その母国語ダリー語は忘れないまでも、デンマークに着いてすぐに書き留めた難民として認めてもらうための作り話(家族が皆殺しにされて、一人でアフガニスタンを出て、やっとの思いでデンマークにたどり着いた云々)も、20年以上の時が経ち、自分で書いたものなのに読めないところも。
デンマークに着いたときの通訳がイラン人で、よくわからなかったという話も興味深かったです。ペルシア語とダリー語は文法は同じだし、とても似ているのですが、通訳のイラン人がテヘラン方言で話していて、10代のアミンにとっては、難解だったのだなぁ~と。通訳次第で、意思がちゃんと伝わらないことも、難民にとっては多々あるのだと思います。 それが運命を決めることもあるのですから、通訳の役目は大事ですね。 (咲)
実話をベースにしているけれどアニメの手法を取ったのは語ってくれた友人や彼の家族の身に危険が及ぶ可能性があるからとのこと。日本にいると経験しない恐怖を日々感じながら生きている人たちがいることに改めて驚きました。
冒頭にまだ故郷で楽しく暮らしていた頃の実写映像が挟み込まれます。街の中をa-haの「テイク・オン・ミー」が流れていますが、爆発的に流行ったこの曲は主人公にとっても懐かしい曲のはず。今でもこの曲を聴くと、家族みんなで幸せに暮らしていた頃を思い出すことでしょう。
その後の凄まじい体験は実写だったら正視できなかったと思いますが、アニメにしたことで表現が緩和されました。しかし、その結果、特定の場所で起こったことに限定せず、世界のどこかで今も起こっていることに思えてきます。こんなことは絶対にあってはいけません。
大切な人と落ち着いた生活をする。これが当たり前のことだとみんなが思える世界にしなくては。(堀)
2021年/デンマーク・スウェーデン・ノルウェー・フランス/デンマーク語・英語・ダリー語・ロシア語・スウェーデン語/89分
日本語字幕:松浦美奈
後援:デンマーク大使館
配給:トランスフォーマー
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/flee/
★2022年6月10日(金) 新宿バルト9、グランドシネマサンシャイン 池袋ほか全国ロードショー