2022年05月29日
ニューオーダー(原題:Nuevo Orden)
監督・脚本:ミシェル・フランコ
出演:ネイアン・ゴンザレス・ノルビンド(マリアン)、ディエゴ・ボネータ(ダニエル)、モニカ・デル・カルメン(マルタ)
メキシコの裕福な家庭に育ったマリアン。今日は多くの賓客を招いて結婚披露のパーティが催されている。人生最良の一日になるはずだった。
邸宅から近い通りでは、貧富の格差に対する抗議運動が勃発し、暴動と化していた。それまでにたまりにたまった鬱憤を吐き出す民衆は、暴徒と変わりマリアンの家にも押し寄せ、塀を乗り越えてやってくる。集まっていた名士たちは殺戮と略奪の恰好の標的となり、マリアンは辛くも逃げ出すことができたのだが・・・これは始まりに過ぎなかった。
冒頭に短く重ねられる映像の数々。全裸の女性が雨に打たれ、奔流が階段を下り、ガラス窓に液体がぶっかけられます。その水が全て緑色。破壊される家、病院に担ぎ込まれる血だらけの怪我人、折り重なる死体と衝撃的な場面が3分間ほど続きます。次の華やかなパーティの場面の裏ではこんなことがという不穏な幕開け。
メキシコの映画界を牽引する俊英ミシェル・フランコ監督は「メキシコだけでなく、世界は極限状態に追い込まれている。まるで日々ディストピアに近づいているように」と語っています。限りなく真実に近いフィクションだと誰しも思うでしょう。
社会的・経済的格差は拡がり、この映画のようにいつ怒りが噴出するのか不安になります。始まったら誰が止められるのか、自分がどんな風になるのか、考えずにいられません。そうならないように、何ができるのでしょうか? 絶望的な場面では人間の醜悪さが露呈し、観客は想像したくないもの、観たくないものを観てしまった気分になります。ぎゅっと詰まった86分、「観ておくべき映画、でも短くて良かった」と思うはず。ヴェネツィア国際映画祭審査員大賞を受賞。(白)
メキシコの国旗は緑、白、赤の縦三色の中央に国章を配しています。東京都立図書館のHPによれば「緑・白・赤は、スペインから独立するときに掲げた諸州の独立・信仰・統一の「3つの保障」を表し、緑は諸州の独立を、白はカトリックへの信仰心を、赤は民族の統一を象徴している」とのこと。本作では冒頭から世界が緑に飲み込まれていくように描かれる中、ヒロイン的存在のマリアンが真っ赤なスーツに身を包み、メキシコ国旗を彷彿させます。彼女の結婚パーティーが開かれているところにやってきたのが元使用人。彼は妻の手術費用の援助を頼み込んできました。妻も元使用人だったこともあり、彼女は何とかしてあげようと必死に行動します。民族の統一を象徴する赤がここでは富裕層と貧民層を繋ぐ希望となっていく…。
なんて安直なストーリーではありませんでした。だからこそ、リアルに感じてしまう。いつどこで同じことが起こるかわかりません。メキシコのことなどと高を括っていると日本でも起こるかもしれない。そんな恐怖をたっぷり感じる作品です。(堀)
「世界が嫌悪し括目した、今そこにある“悪夢”を描くディストピア・スリラー」と大きく書かれた案内に、ホラーやスリラーが苦手な私は、この映画は観ないでおこうと実は思ったのです。でも、公式サイトに書かれていることや、観た人たちの映画評から、「体制が変わる」ことを描いたものだと知り、思い切って観てみました。確かに、居心地のいい映画ではありません。メキシコで撮影していて、メキシコならではの⽀配階級の白人が裕福で、スペインに征服される前から暮らしているネイティブの人たちが貧困という対比が背景にあるものの、具体的な政変を描いたものではありません。まさに、世界のどこにでも起こりうる話として描いたことに監督の思いを感じます。
私も含め、戦後生まれの日本人は体制が変わるという経験をしていませんが、戦前生まれの日本人は体制が大きく変わったことを経験しています。
私の身近なところでは、イランが1979年の革命で、王政からイスラーム体制に変わり、王政時代の閣僚や富裕層が処刑されるのを目撃しました。生活規範も大きく変わって、王政時代と革命後のイランは、まるで違う国のようです。革命当時、信条の違いで、隣人と仲を分かつということも経験した人たちは、体制派なのか反体制派なのか、はっきり表明しないことが生き延びる術だということも知っているように思えます。
70年以上、「平和」といわれる中で暮らしてきた私たち日本人。事が起こった時に対応できるでしょうか・・・ 映画を観終わって、私たちにも起こりうることと、背筋が寒くなりました。
冒頭に出てくる色鮮やかな抽象画は、メキシコの画家オマール・ロドリゲス・グラハムの「死者だけが戦争の終わりを見た」というタイトルがついたもの。 映画の最後に、冒頭の絵の意味深なタイトルを知り、さらにぞくっとしました。(咲)
2020年/メキシコ・フランス/カラー/スペイン語/シネスコ/86分
配給:クロックワークス
(C)2020 Lo que algunos sonaron S.A. de C.V., Les Films d’Ici
https://klockworx-v.com/neworder/
★2022年6月4日(土)ロードショー
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