2022年04月23日

リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス (原題:Linda Ronstadt: The Sound of My Voice)

2022年4月22日(金)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか3作連続公開
劇場情報

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©LR Productions, LLC 2019 – All Rights Reserved


アメリカの1960年代以降の音楽、フォーク、カントリー、ロックなどの分野を代表する歌い手を紹介する、「極上のロック・ドキュメンタリー ROCKUMENTARY2022」の3本が公開され、その第一弾として『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』が4月22日から公開される。

『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』
ウェストコーストの歌姫 リンダ・ロンシュタットの半生を描く

監督・製作:ロブ・エプスタイン&ジェフリー・フリードマン
製作:ジェームズ・キーチ、ミシェル・ファリノラ
製作総指揮:エイミー・エンテリス コートニー・セクストン
撮影:ナンシー・シュライバー、イアン・コード
編集:ジェイク・プシンスキー
音楽:ジュリアン・レイモンド、ベネット・サルベイ
出演
リンダ・ロンシュタット、ジャクソン・ブラウン、エミルー・ハリス、ドリー・パートン、ボニー・レイット、ライ・クーダー、ドン・ヘンリー、ピーター・アッシャー、デビッド・ゲフィン、キャメロン・クロウ他

世界が愛し続ける「ウェストコーストの歌姫」リンダ・ロンシュタット。
フォーク、カントリー、ロック、ポップス、ソウル、オペラ、そして彼女のルーツであるメキシコのマリアッチに至るまで、どんなジャンルの曲も歌いこなしたアメリカ西海岸を代表するシンガー、リンダ・ロンシュタット。そのたぐいまれなる歌声は一度聴いたらきっと忘れない。そんな彼女の半生を彼女自身のガイドによって描きだす。
リンダは1946年メキシコ国境に近い米国アリゾナ州ツーソンに生まれた。父方の曾祖父がドイツからの移民で、曾祖父はメキシコ人と結婚。父親は金物屋だったが若い頃は歌手だった。兄弟は4人で、父は子供たちに幅広く様々な音楽を聴かせたそう。兄と姉との3人でツーソンのコーヒーハウスやクラブで歌い始め、14歳の時には、のちにグループで活動するボブ・キンメルに見いだされた。ボブに誘われ、1965年にロサンゼルスへ。1967年にはソロ活動を始め、またたくまに音楽界で認められるようになった。
バンド時代、ソロ2枚目あたりまではカントリー・フォーク色が強かったが、だんだんにロック色を強め、バックバンドをしていたイーグルスのナンバーやオールディーズナンバーをカバーし、ロック的なボーカルスタイルに変えていった。1974年~1980年にかけて発売したアルバムがミリオンヒット。曲としては「悪いあなた」「ブルー・バイユー」「イッツ・ソー・イージー」などがヒット。それら彼女が歌う歌が全編に流れる。ビルボード1位のアルバムは3枚、グラミー賞を10回受賞し、来日公演し日本武道館で公演した。
ニール・ヤング、ジェームス・テイラー、ジャクソン・ブラウン、ライ・クーダー他、イーグルスのメンバーなど、多数のあの当時から活躍している歌手やアルバムプロデューサーなどが登場。また、ドリー・パートン、エミルー・ハリスとは時々共演し、1987年には共演アルバム『Trio』を発表するまでのいきさつが語られる。
2021年・第63回グラミー賞で最優秀音楽映画賞を受賞したドキュメンタリー。

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1968年頃、フォークソングにはまり、ジョン・バエズやボブ・ディラン、PPM,ブラザース・フォー、ニール・ヤングやドノバン、キングストントリオなど、アメリカやイギリスなど欧米の歌手の歌をラジオでよく聴いていた。その関係で、カントリーウエスタンにも興味を持っていた。その後、日本のフォークソングも聴くようになり、あげくのはてに高校3年の時に友人5人とフォークグループを組んで、卒業までの半年くらいは、ギターと歌の練習に励んでいた。就職も決まり、そういう余裕があったし、バイトをして自分のお金で初めてギターを買ったということもあった。まさにその頃は音楽三昧だった。
1970年、社会人になってからは、自分でギターを弾いたり、ラジオで音楽を聴くという生活がほとんどだったけど、時々、学生時代の音楽仲間から誘われ、新宿歌舞伎町のコマ劇場隣りの東宝会館地下にあった「ウィッシュボン」というカントリーウエスタン専門のライブハウスに通うようになった。そこで、日本のカントリーウエスタン歌手の人たちを知ったけど、彼らはアメリカのカントリーウエスタンの歌をよく歌っていたし、ライブタイム以外はカントリーウエスタンの歌がよくかかっていた。
ウィリー・ネルソンやジョニー・キャッシュ、ハンク・ウイリアムス、ジミー・ロジャース、ジェームス・テイラーなどの男性歌手だけでなく、ドリー・パートン、パッツィー・クライン、ロレッタ・リン、エミルー・ハリスなどの歌も流れ、そんな中にリンダ・ロンシュタットもいた。映像も流れていたけど、おしゃべりに夢中で画面はあまり見てはいなかった。それに、その頃は自分でオーディオ機器を買って、レコードを聴く余裕はなく、ラジオでこれらの歌を聴いていた。だから名前は知っていても顔は知らないという人がほとんどだった。
今、YouTubeなどを見ると、その頃の映像がたくさんあるということを知った。そして、こういうドキュメンタリー映画を観て、ほんとに昔の映像がたくさん残っているのだなと思い、今になって、やっと名前と顔が一致するという人がたくさんいる(笑)。ライ・クーダーなどはその代表。当時名前を良く聞いたけど、顔は全然知らなかった。この映画で当時の顔を知ったけど、知ったばかりで、年を経た今の顔がどの人なのかわからずという状態。ライ・クーダーばかりでなく、他にもこの映画の中で顔を知った(一瞬なので覚えるまではいかなかったかも)人が何人も出てきたのでよけい混乱(笑)。おかげで出てくるたびに、この人誰だっけ?と思いながら観ていた。2,3回は観ないとなかなか覚えられないくらいのたくさんの人が出てきて、リンダはたくさんの人に支えられながら、大きな存在になっていったのだなと思った。
そしてなんといっても圧巻だったのは、ドリー・パートンやエミルー・ハリスと3人で時々共演し歌っていたシーン。YouTubeを見てみたら、3人で歌っているシーンがたくさんアップされていた。こんな豪華なメンバーがそろって歌うなんてことがあったんだ。そのことは、リアルタイムでは知らなくて残念だったけど、今はYouTubeなどで見ることができる。すごい時代だなとも感じた。
それにしてもこんなにも広い分野で活躍していたのは知らなかったし、パーキンソン病を患って引退していたことも、この映画で知った。音楽界を引退した後も家族と一緒に音楽を楽しんでいることが描かれ、彼女はコンサートなどで歌うことはなくなったけど、好きな音楽を楽しんでいる姿に安心した。ほんとに知られざるリンダ・ロンシュタットの姿をみせてもらった。彼女のスケールの大きな生き方、自分を通して来た姿は、私たちに勇気を与えてくれた(暁)。


2019 年/アメリカ/93 分/ビスタ/ステレオ
提供:ジェットリンク
配給:アンプラグド
©LR Productions, LLC 2019 – All Rights Reserved
極上のロック・ドキュメンタリー ROCKUMENTARY2022 公式HP
posted by akemi at 10:06| Comment(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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