2022年03月27日
英雄の証明 原題:قهرمان ghahreman 英題:A HERO
監督・脚本・製作アスガー・ファルハディ
出演:アミル・ジャディディ、モーセン・タナバンデ、サハル・ゴルデュースト、サリナ・ファルハディ
イラン南西部の古都シラーズ。元看板職人のラヒム・ソルタニは借金が返せず収監されている。婚約者ファルコンデから金貨17枚が入った鞄を拾ったとの連絡を受け、その金貨で借金を返済しようと刑務所から2日間の休暇を貰う。返済する相手は別れた妻の兄バーラム。だが、金貨は返済額の半分程にしかならず、バーラムは全額でないと受け取らないという。ラヒムは、だんだん罪悪感を覚えて、鞄を落とし主に返すことにする。刑務所の電話番号を連絡先にしたビラを、鞄を拾った辺りに貼り、刑務所に戻る。数日後、落とし主と名乗る女性から電話を受け、姉マリのところに取りにいってもらう。このことを刑務所の所長たちが知り、美談として報じたいといわれる。婚約者のことは公にしたくない為、自分が鞄を拾ったことにして報じてもらう。ラヒムは正直者の囚人として美談の英雄になる。特別休暇をもらい出所したラヒムはチャリティ協会の催しに招かれる。吃音症の息子シアヴァシュのスピーチも聴衆の涙を誘い、ラヒムの借金の為に皆が寄付金を差し出す。チャリティ協会から仕事も斡旋してもらい、面談に行くが、そこで「美談」が嘘との報がSNSで出回っているので、証拠を示せといわれる・・・
さすがファルハディ監督! ソーシャルメディアが、人を英雄にも悪者にもするという世界のどこにでも起こり得ることを巧みに描きながら、イランの人たちの暮らしや文化もしっかり見せてくれて唸りました。
冒頭、刑務所を出て向かった先が、2500年前の遺跡ナクシェ・ロスタム(ロスタムの絵)。 シラーズの町から車で1時間ほどのアケメネス朝ペルシアの都ペルセポリスの近くにある崖に刻まれた墓標群です。修復作業をしている義兄を訪ねて、仮設階段を何段もあがっていくので、どれだけ大きいかがわかると思います。
ロスタムといえば、イランが誇る詩人フェルドウスィーの叙事詩「シャー・ナーメ(王書)」に出てくる偉大な英雄。映画のタイトルにも呼応しますが、7世紀にイスラームが入ってくる以前よりの古い歴史を持つイランを強調しているようにも思えました。
出所し、久しぶりに会うファルコンデがいつものコートにスカーフではなく、伝統的なチャードルをはらりと翻しながら階段を下りてきます。「美しい」とつぶやくラヒムに、「鞄を隠すためよ」とファルコンデ。チャードルは実は万引きにも便利! そも、コートにスカーフは1979年の革命後に、イスラームの教えに沿って髪の毛や身体の線を隠すよう、それまでチャードルを利用していなかった人たちのために推奨されたもの。革命前にはなかったスタイルです。
ラヒムを囲んでの久しぶりの食事。絨毯の上に広げたソフレ(食布)に、料理を並べて皆で囲みます。少人数なら食卓で食べることもありますが、絨毯に座ってソフレを囲むのはイランの伝統的な日常の姿。人数が増えても大丈夫。
「早く来ないと、おこげを食べちゃうよ」と、ゲームをしている息子に声をかけます。おこげは、お皿に別盛りにして、お客様がいればまず先に差し上げるご馳走。
美談が広まり、ラヒムが出所したお祝いに隣近所に振る舞うためにたくさん作ったアーシュ(スープ)。息子がうれしそうな顔でご近所さんに届ける姿にほろっとさせられます。ファルコンデの家に持っていくアーシュには、ラヒム自身が表面に綺麗な飾りつけをしています。(薔薇の花びらやミントなどで絵を描くように飾ります)
休暇をもらって刑務所から一時的に出所できることに驚かされますが、コロナ禍で、密にならないよう一時的に家に帰したという話も聞きました。窃盗犯や麻薬犯などは帰宅できたのに政治犯は認められなかったそうです。
借金が返せなくて収監されることにもちょっと驚きますが、イランでは、結婚する時に取り決めした夫が妻に払う婚資(いつ渡してもいいのですが、離婚した時には必ず払わなければいけない)を払えなくて収監される男性も多いと聞きます。
婚資をせしめる為に、男性を引っかけて離婚するという女性の話も耳にしますが、この映画は、出所する夫が迎えにきた妻と抱き合う姿を遠目に映して終わります。妻が刑務所の人たちへの差し入れのお菓子の大きな箱を持ってきていて、皆さんでどうぞというのも、いかにもイラン♪ おしゃべりで好奇心が強くて、人付き合いを大切にするイランの人たちの姿を、この映画を通じて観ていただければ嬉しいです。
ラヒムのくだした結論も、ぜひ劇場で確認ください。 (咲)
SNSによって、瞬く間に英雄に持ち上げられ、そして叩かれる。嘘と正直、相反しているけど、隣り合わせ。どう解釈するかによって、善意や悪意が紙一重というのを、巧妙に描いている。物事を好意的に見るか悪意で見るか、知らないまに英雄になったり悪人にされたり。ネットの社会は恐ろしい。それにしても借金で拘留されるというのにも驚いたけど、刑務所にいるのに休暇があるというのにもまか不思議な感じがした。日本だったら刑期の途中で、刑務所から家に外出できるということは考えられないこと。やはり世界にはいろいろな考え方がある(暁)。
第74回カンヌ国際映画祭 グランプリ受賞
2021年/イラン・フランス/ペルシア語/127分
日本語字幕:金井厚樹/字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン
提供:シンカ、スカーレット、シャ・ラ・ラ・カンパニー、Filmarks
後援:イラン・イスラム共和国大使館イラン文化センター、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
配給シンカ
公式サイト:https://synca.jp/ahero/
★2022年4月1日(金)よりBunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテほか全国順次公開
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