2020年10月10日
スパイの妻 劇場版
監督:黒沢清
脚本:濱口竜介 野原位 黒沢清
撮影:佐々木達之介
美術:安宅紀史
音楽:長岡亮介
出演:蒼井優(福原聡子)、高橋一生(福原優作)、坂東龍汰(竹下文雄)、恒松祐里(駒子)、みのすけ(金村)、玄理(草壁弘子)、東出昌大(津森泰治)、笹野高史(野崎医師)
1940年。戦争の足音が近づいてきたころ。神戸の瀟洒な洋館で暮らす優作と聡子夫婦。優作は貿易会社を営み、何不自由ない生活を送っている。満州へ買い付けに出かけた優作は、偶然国家機密を知ってしまう。一緒に目撃した甥の文夫と共に、現地で手に入れた証拠を秘密裡に持ち帰り、事実を世界に知らしめようと準備をしていた。何も知らない聡子は、幼なじみの憲兵の津森から夫が満州から女性を連れ帰っていたこと、その女性はすでに死亡したと聞かされた。夫とどんな関わりがあるのか、聡子は夫を信じたい気持ちと湧き上がる嫉妬に悩まされる。
戦争間近とはいえ、神戸の美しい洋館、調度品、執事とお手伝いもいる若い夫婦のハイソな暮らしは別空間。髪型や衣裳、小物まで、時代と階層に合わせて選び抜いたと思われます。上品な色使い、良い仕立ての衣裳は主人公の夫婦の人柄まで表しているようでした。穏やかで一点の曇りもなかった幸せな生活が、次第に不穏な空気に包まれてサスペンスに転じていきます。
信じる正義を貫けば愛する人を巻き込むことになると心痛める夫、信じてみな受け入れようとする妻、双方の想いが切ないです。蒼井優さんの目元の泣きボクロが色っぽくて、和服もよく似合いました。東出昌大さんが珍しい敵役ですが、聡子さんには惚れるかもね、とうなずいてしまいます。この作品はヴェネチア映画祭で、黒沢清監督が銀獅子賞(監督賞)を受賞しました。普遍的なストーリー、映像の美しさは国や時代を越えて届くものですね。(白)
8K・スーパーハイビジョン撮影された本作は6月にNHKBSで放送され、スクリーンサイズや色調を新たに劇場版として10月に劇場公開されます。一般の人が8Kのドラマを目にする機会はそう多くないと考えた黒沢清監督が最初から劇場公開を想定して撮っていたのです。ただ、8Kの映像は生々しくて、フィクションのドラマ感が出ない。8Kのよさである、きめの細かさは残したまま、生々しさを消すよう、大河ドラマを作ってきたNHKの技術スタッフががんばりました。
高橋一生と蒼井優は『ロマンスドール』でも夫婦を演じているので、息はぴったり。個人的には太平洋戦争間近という時代設定の衣装やセリフ回しがこの2人はあっているように思えました。ブリティッシュなスーツを着こなす高橋一生が何と素敵なことか。また、夫が撮影する自主映画に出演した妻のアップが銀幕のスターさながらの煌めきを放ち、蒼井優の美しさを改めて感じました。
クライマックスに向け、互いが相手を思うがゆえにこっそり取った行動は厳しい現実になって2人を苦しませますが、エンドロールに書かれたその後には希望があると信じています。(堀)
プロデューサーの岡本英之氏が、本作の企画は監督:黒沢清、脚本:濱口竜介という座組と、「神戸」の地が絡む物語という2点だけで立ち上がったとプレス資料のプロダクションノートに書いておられました。その時点では現代劇か時代劇、いずれになるかも決まってなかったとのこと。それが、昭和15年~20年という戦争の時代を背景にした『スパイの妻』という形で結実したのです。
神戸で生まれ育った私にとって、神戸がどんな風に出てくるのか興味津々でした。繁華街や神戸港の雰囲気は、私の思い出の中の神戸とちょっと違うと感じましたが、思えば私の知っている神戸は戦後の昭和30年代。違って当然です。私が通っていた赤塚山にある学校から、阪急御影駅に降りていくバス道から脇に入ったあたりには瀟洒な洋館が点在して、優作と聡子夫婦もあのような雰囲気のところで暮らしているのだなと想像できました。
黒沢清監督も神戸生まれ。通っていらした六甲学院は、私の通っていた御影の隣り六甲駅から上がった伯母野山。同じ茅渟の海(ちぬのうみ:現在の大阪湾)を眺めていらしたのだと、ちょっと嬉しくなりました。満州から連れ帰った女性を匿っていたのは、有間温泉。六甲山の裏手にある風情ある温泉地で、これまた神戸っ子には懐かしい。
さて、優作が満州で偶然目撃してしまった国家機密。今や皆が知る歴史ですが、優作が撮った映像を見せられた聡子の、なんとかこれを伝えなければという思いが、心にひしひしと突き刺さってきました。そして、人間の残酷な行為が今もどこかで続いていることに思いが至ります。(咲)
これは1940年の話として作られた映画だけど、過去を舞台にしてはいるけど、「もしかして戦争前夜かもしれない」現代に置き換えられるような映画である。「忖度」という言葉が流行るほど政府の内実(嘘や真実)が隠されていたり、最近の日本学術会議での政府の意向に沿わない人の会員候補からの除外等々、そんなことが続くと、隠された真実を表に出すことの難しさは昔も今も変わらないんじゃないかとさえ思えてくる。政府のすることに疑問の声をあげようとすると戦前のように「非国民」などというような人がいるような状態がある今の日本。過去のことを描いているようでいて、今の日本に警鐘を出してるような映画でもあると感じる(暁)。
2020年/日本/カラー/115分
配給:ビターズ・エンド
https://wos.bitters.co.jp/
★2020年10月16日(土)新宿ピカデリーほかロードショー
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