2020年07月23日
剣の舞 我が心の旋律 (原題:Tanets s sablyami 英題:SABRE DANCE )
監督・脚本:ユスプ・ラジコフ
出演:アンバルツム・カバニン、ヴェロニカ・クズネツォーヴァ、アレクサンドル・クズネツォフ、アレクサンドル・イリン
第2次世界大戦中、レニングラード国立バレエ(現ミハイロフスキー劇場バレエ)は地方に疎開する。劇団員たちは軍部の監視や物資不足に悩まされながらも、「ガイーヌ」プレミア上演を目指していた。そんな中、作曲家のアラム・ハチャトゥリアン(アンバルツム・カバニャン)は公演開始8時間前にいきなり上官から、剣を持つクルド人が戦いのダンスを踊る楽曲を創作するよう命じられる。
アラム・ハチャトゥリアンが、僅か8時間で名曲「剣の舞」を書き上げた2週間前後に物語を絞ったことが奏功した。ハチャトゥリアンはアルメニアにルーツを持つ。アルメニアの紙幣に肖像が使用され、今でも民族の誇りを象徴する存在なのだ。
「アルメニア人虐殺を傍観しなければユダヤ人迫害もなかった」と劇中で言及する台詞には今日性、普遍性があり、本作主題の肝となっている。
アルメニア・アゼルバイジャン・ジョージア…などコーカサス地方の土俗的な民族音楽の影響がハチャトゥリアンの楽曲から聴き取れる構成にしたのは、ウズベキスタン出身の監督・脚本家ユスプ・ラジコフの意図だろう。
本作でも、ハチャトゥリアンがアララト平原を訪れるシーンは最も印象的だ。高原の空気が流れ、真っ青な空と荒涼とした大地にハチャトゥリアンが佇む時、演じるアンバルツム・カバニャンの眼差しに強い意思が宿る。
旧ソ連の政治支配から逃れられないハチャトゥリアンの不遇が滲み出ている点が伝わった。それが作曲の原動力になるのだが…。
アルメニアを舞台にしたバレエ曲「ガイーヌ」の「アダージョ」は、キューブリック監督作『2001年宇宙の旅』で宇宙船内を飛行士がジョギングしているところで流される。浮遊感と孤独を表現した名場面だ。
また、「仮面舞踏会」よりワルツが奏でる目眩く情動も聴き応えがある。クラシック音楽ファンもハチャトゥリアンを堪能できる作品として見逃せない作品となろう。 (幸)
ハチャトゥリアンは、1903年5月24日、ロシア帝国支配下にあったグルジア(現ジョージア)のティフリス(現トビリシ)でアルメニア人の家庭の4男として生まれた。
アルメニア人は、12世紀に東ローマ帝国によってアルメニア王国が滅ぼされると、世界中に離散。アルメニア人の6割はアルメニア共和国の外で暮らしている。
ハチャトゥリアンの祖先がいつグルジアに移住してきたのかは不明だが、1915年から1916年にかけて東トルコの地を追われて命からがら逃げてきたアルメニア人の姿を、ハチャトゥリアンは子どもの頃に目の当たりにしているに違いない。
映画の中で、回想場面として出てくる1939年のアルメニア訪問。アルメニア人の心の拠り所であるアララト山を眺めながら、老人が語りかける。「25年前に先祖の墓も家も捨てて、砲弾の中、泣く泣く故郷をあとにした。あの山で死んだ者の分まで生きねば。忘れなければ、世界を腐敗から防げる」
ハチャトゥリアンは、このアルメニア滞在で、祖国を追われたアルメニア人の苦悩を生涯のテーマにして世界に伝えたいと誓うのだ。それはアルメニア人に限らず、全人類が平和に暮らせるようにとの願いなのだ。
共産党員で文化省の役人プシュコフが、「今やトルコはソ連の友好国。昔のことは忘れろ。百年もすれば誰も覚えてない」と一蹴する。直接描けない思いを、ハチャトゥリアンはしっかり後世に伝えている。
小学生の頃から慣れ親しんできた「剣の舞」に、こんな思いが込められていたことを知り、胸が締め付けられる思いだ。(咲)
スタッフ日記にも雑感を書きました。
『剣の舞 我が心の旋律』 世界に離散したアルメニア人に思いを馳せる
何度も聴いたことがある「剣の舞」の誕生にこのような秘話があったとは驚きだった。しかも、公演直前に作られた曲だったとは。初めて聴いたのはいつだったか忘れたけど、きっと小学生の頃の運動会だったと思う。疾走感あふれる曲で、一度聴いたら忘れられない。クラッシック音楽という風に意識したことはなかったけど、気がついたら耳に馴染んだ曲のひとつになっている。
ハチャトゥリアンという名前も一度聞いたら忘れられない名前。どこの国の人とか、どういう背景を背負った人というのは、今まで考えたこともなかったけど、この映画で知ることができた。映画は遥か昔の時代へといざない、ハチャトゥリアンの境遇を映し出す。そしてアルメニア人迫害の歴史とソ連の暴挙も。やはりハチャトゥリアンがアララト山を眺める光景が圧倒的で、あの山にこの曲を生んだ力強さのヒントがあるのではと思った。
それにしてもこの曲に限らず、流行歌、歌謡曲、ポピュラーソングなどでも、印象的だったり、耳に残る曲にはこういう締め切り直前にせっぱつまって作られらた曲が意外に多いなとこの映画を観ながら思った(暁)。
2019年製作/92分/ロシア・アルメニア合作
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト https://tsurugi-no-mai.com/
★2020年7月31日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開★
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