2020年06月25日
アングスト 不安 ( 原題:Angst 英題:FEAR )
監督:ジェラルド・カーグル
撮影・編集:ズビグニェフ・リプチンスキ
音楽:クラウス・シュルツ
実在の殺人鬼、ヴェルナー・クニーセクが起こした一家惨殺事件を映画化した衝撃作。1980年にオーストリアで実際にあった事件を基に、刑務所出所後に凶行に及んだ主人公の行動に肉薄する。『アンダーワールド』などのアーウィン・レダーが殺人鬼にふんし、ジェラルド・カーグル監督がメガホンを取る。1983年公開当時、あまりにも衝撃的な内容のため本国では1週間で上映打ち切りになった。
このような大傑作が製作から37年の時を経て日本初公開されたことは全くもって喜ばしい。余程の過激内容かと思いきや、終始上品な話法に徹し、撮影、照明、劇版ともスタッフワークの見事さに唸り、主人公の独白によって紡がれるアイデアに眼を見張らされた。
各国で上映禁止、ビデオ発売もNG、米国では“XXX指定”となり配給会社が逃亡…といった問題作の烙印が押されたのは、恐らくキリスト教的倫理観に照らしての”禁忌”場面が含まれているせいではないだろうか。幼少期にサディストと診断され、その後の行為について、オーストリアに実在した犯人ベルナー・クニーセクの過去として成育歴を紹介するのは致し方ないことだ。
中盤以降の殺害場面に於ける”死と欲望”の成立は、宗教的倫理観を前提とするならば受け容れ難いだろう。だが、本作は決して扇情、劣情を刺激する表現を用いていない。乾いた冷静なタッチで綴られる。
冒頭から手持ちカメラが醸し出す不穏な空気 。説明は一切ない。ニュース映像により淡々と事実が明かされる。動機は不明、無自覚な犯罪傾向。私生児の出自により預けられた修道院では体罰が容認されていた。修道院を追い出されてからの犯罪に関し、主人公の独白が続く。
終盤まで緊張を保つ演出力は生半可ではない。監督は本作が唯一の作品であるジェラルド・カーグル。元「タンジェリン・ドリーム」のクラウス・シュルツによる劇版は金属音のように響き、主人公の歩調や鼓動とスピードを同じくする。殺人に至るまでの高まる緊張…。殺害場面も凡百な映像表現には留まらない。人はなかなか死なないものだ。殺害時、アップになるのは犯人の顔である。苦しんでいるように見えるのは殺害者のほうなのだ!かといって、カーグル監督は決して犯行を容認しているわけではない。殺人鬼の映画を”心理劇”として描きたかったであろうことが分かる。
主人公ベルナー・クニーセク役は『U・ボート』『アンダーワールド』などで強烈な印象を残したエルウィン・レーダー。ベルナー・クニーセクが憑依したかの如き鬼気迫る名演に魂が揺さぶられるようだった。本作が血ドバーッのスリラーやホラーと一線を画したのは、レーダー、カーグル監督及びスタッフ陣の”品性”が高潔だったからに他ならない。聖と俗をめぐる懊悩。それでも生き続けねばならない犯人の苦しみを美的に昇華した本作は今年一番の必見作だ。
ただ、人によっては心的外傷を及ぼす可能性もあるため、鑑賞の際には十分に熟慮の上で、とお伝えしたい。(幸)
1983年製作/87分/R15+/オーストリア/カラー/ビスタサイズ
配給:アンプラグド
(C) 1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion
公式サイト: http://angst2020.com/
★7月3日(金)からシネマート新宿ほか全国順次公開★
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