2025年02月09日
聖なるイチジクの種 英題:The Seed of the Sacred Fig
監督・脚本:モハマド・ラスロフ(『ぶれない男』『悪は存在せず』)
出演:ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ
市民による政府への反抗議デモで揺れるイラン。
国家公務に従事する一家の主・イマンは、テヘランで妻と娘二人と暮らしている。
イマンは20年間にわたる勤勉さと愛国心を買われ、夢にまで見た予審判事に昇進する。しかし、革命裁判所での仕事は、反政府デモ逮捕者の起訴状を国の指示通りに捏造することだった。市民の反感感情が募っていることから、護身用の銃を支給される。それから程なくして、家に置いていた銃が消える。いったいどこに? 最初イマンは自分の不始末と思うが、次第に疑いの目を妻・ナジメ、長女レズワン、次女サナに向ける。互いの疑心暗鬼が家庭を支配し、家族さえ知らないそれぞれの疑惑が交錯するとき、物語は予想不能に壮絶に狂いだす・・・
時は、2022年。イマンの昇進を機に、妻ナジメは「娘たちに革命裁判所で仕事をしていることを伝えましょう。誇れる仕事よ」と進言。そして、娘たちに父親の仕事を打ち明け、「パパのためにヘジャーブ(髪の毛や身体の線を隠すこと)は守ってね。付き合う相手にも気をつけて」と伝えます。
そんな折、9月16日、22歳のクルド人の女性ジーナ・マフサ・アミニさんが、スカーフの着用状態が不充分だと注意されたことを機に亡くなり、イラン全土に「女性、人生、自由」のスローガンを掲げた抗議運動が広まりました。抗議運動に参加した人たちが次々と逮捕され、その数、老若男女、一日200人から300人におよび、イマンはちゃんとした調査書も見せられないまま起訴状に次々サインすることを余儀なくされることになるのです。精神的にまいっているところに、長女がデモに巻き込まれ怪我をした友人を連れてきた上に、銃が見当たらなくなるという事態に。銃が見つからなければ、昇進できないどころか、懲役になる可能性もあって、疑心暗鬼はピークに達します。郊外の廃虚(遺跡?)を舞台に繰り広げられる家族に対する行いに、目が点になりました。
前作『悪は存在せず』で、死刑執行に携わった4人の男たちの苦悩を描いたラスロフ監督。本作も、ラスロフ監督が、2022年夏にエヴィーン刑務所に収監されていた時に耳にした刑務所の幹部職員の思い惑う言葉がきっかけになっているとのこと。人の生死や人生に関わる仕事に就く者の抱えるジレンマが、人を狂わせることを感じさせてくれる1作です。
冒頭、刑務所での勤務を終えたイマンが、狭く長い通路を通って外に出て、古い石橋を渡って郊外の土漠にあるエマームザーデ(聖者廟)に行き、祈りを捧げる場面が印象的でした。心の平穏を求めるイマンのつらい思いがずっしりと伝わってきました。
娘たちが古い家で、アーシューラー(シーア派3代目イマーム・ホサインの殉教日を追悼する儀式)で使われる道具や、コタツ(日本と同じ!)を見つける場面などに、イランの文化を感じました。そんな場面にもぜひ注目していただければと思います。
『聖なるイチジクの種』というタイトルは、ラスロフ監督が長年暮らしてきた南の島にある聖なるイチジクの古木に由来しています。種が島に運ばれ、ほかの木の枝に落ち、芽を出し、大地に向かって根を伸ばします。根が地面に届くと、聖なるイチジクの木は自身の足で立ち、育ててもらった木を絞め殺すのだそうです。このことをどう解釈すればいいのでしょう・・・ 頭の中で、様々な思いがぐるぐる回っています。(咲)
第77回カンヌ国際映画祭<審査員特別賞>受賞
2024年/フランス・ドイツ・イラン/ペルシャ語/カラー/シネスコ/51.ch/167分
字幕翻訳:佐藤恵子
配給:ギャガ
公式サイト:https://gaga.ne.jp/sacredfig/
★2025年2月14日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
愛を耕すひと 原題:Bastarden
監督:ニコライ・アーセル
脚本:アナス・トマス・イェンセン、ニコライ・アーセル
原作:イダ・ジェッセン「The Captain and Ann Barbara(英題)」
出演:マッツ・ミケルセン、アマンダ・コリン、シモン・ベンネビヤーグ
1755年、デンマーク。退役軍人のルドヴィ・ケーレン大尉は、長年不可能とされた荒野の開拓に、ひとり名乗りを上げる。国王に敬意を表し、貴族の称号を得たいという思いからだった。しかし、それを知った有力者フレデリック・デ・シンケルは、自らの勢力が衰退することを怖れ、ありとあらゆる手段でケーレンを阻止しようと立ちはだかる。フレデリックのもとから逃げ出した使用人の女性アン・バーバラが、ケーレンのもとにいることを知ると、さらに逆上して、迫害は残虐なものとなる。
ある日、両親に捨てられたタタール人の少女アンマイ・ムスがケーレンの家に泥棒に入る。ケーレンは彼女を保護し、ともに暮らすようになる。アン・バーバラやアンマイ・ムスと共に土地を耕していくうちに、頑なに心を閉ざしていたケーレンに変化が芽生えてゆく・・・
ユトランド半島が、開拓不可能なほど不毛な地だったとは知りませんでした。マッツ・ミケルセン演じるケーレンは、貧しい出で、ドイツで30年近く従軍して、努力して大尉になった人物。ドイツからじゃがいもを取り寄せ、植え付けようとするのですが、有力者からの横やりが半端じゃなく、大変な苦労をします。
そんな中でのタタールの少女アンマイ・ムスとの出会い。彼女は肌の色が黒いことから“不吉な子”と虐げられているのですが、タタール人は私のイメージでは肌の色は黒くないので、白人から見た偏見かなぁ~と。
それはともかく、アンマイ・ムスの存在はケーレン大尉にだけでなく、私にとっても清涼剤のようでした。(咲)
★“北欧の至宝”マッツ・ミケルセンからのメッセージ★
日本のみなさん、こんにちは。マッツ・ミケルセンです。
『愛を耕すひと』がいよいよ日本でバレンタインデーの2月14日から公開されます。
私が演じたケーレン大尉が、様々な苦難を乗り越え変化していく姿にぜひご注目ください。
これは〈愛についての物語〉です。観てね!
2023年/デンマーク・スウェーデン・ドイツ/127分/G
字幕翻訳:吉川美奈子
配給:スターキャット、ハピネットファントム・スタジオ
後援:デンマーク王国大使館
公式サイト:https://happinet-phantom.com/ai-tagayasu
★2025年2月14日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
セプテンバー5 原題:SEPTEMBER 5
監督・脚本:ティム・フェールバウム(『HELL』、『プロジェクト:ユリシーズ』)
出演:ジョン・マガロ(『パスト ライブス/再会』)、ピーター・サースガード(『ニュースの天才』)、ベン・チャップリン、レオニー・ベネシュ(『ありふれた教室』)、ほか
全世界が初めて目にしたテロ事件生中継
報道のあり方を、今だからこそ考えてみたい
1972年のミュンヘン夏季オリンピック。会期半ばの9月5日、パレスチナ武装組織「黒い九月」が、イスラエル選手団宿舎を襲撃し二人を殺害したあと、9名を人質に立てこもる。アメリカのABCスポーツ番組チー ムは、突如人質事件を中継することになる・・・
ほぼ、放送室内が舞台の本作。司会者ジム・マッケイが語る当時のオリジナル映像と、今回撮影したシーンを融合させた映像は、1972年の雰囲気そのもの。当時使われていたものにこだわって、様々なものを集めた製作チームの努力の賜物です。
ミュンヘンオリンピック開催中に起きたテロ事件については、当時、テレビで知って、大きなショックを受けたものです。それでも、その時には、私はまだイスラエルとパレスチナの関係を深く考えていなかったように思います。50年以上の時を経て、本作が出来たと知って、イスラエルとパレスチナの関係が、さらに混迷を深めている中で、どんな立ち位置で描いたのかが、まず気になりました。映画を拝見して、時系列で事件を追い、両国の関係についての政治的なメッセージは込めず、報道はどうあるべきかを描いたものだと感じました。
テロ犯が立てこもった部屋には、テレビがあり、彼らが見ることへの配慮をする取材班。
人質が解放されたらしいとの報が入ったときに、他社に先駆けて報道することよりも、確実な情報であるかに重きを置くべきとの場面がありました。今や報道機関だけでなく、個人が自由に情報を発信できる時代。フェイクニュースに惑わされる人たちも多々いる今だからこそ、本作が作られた意義は大きいと思いました。男性ばかりの報道チームの中で、ドイツ語の通訳だけが女性。人質事件が起きて、彼女の役割はさらに増します。冷静沈着に、ドイツ語の情報を的確に通訳して伝える姿を体現したドイツの女優レオニー・ベネシュ、とても素敵です。(咲)
2024年/ドイツ・アメリカ合作/英語・ドイツ語/95分/G
配給:東和ピクチャーズ
公式サイト:https://september5movie.jp/
★2025年2月14日(金)公開