2024年06月16日
つゆのあとさき
監督:山嵜晋平
原案:永井荷風「つゆのあとさき」
脚本:中野太 鈴木理恵 山嵜晋平
撮影:山村卓也
出演:高橋ユキノ(琴音)、西野凪沙(さくら)、吉田伶香(楓)、渋江譲二(清岡)、守屋文雄(矢田)、松嵜翔平(木村)/テイ龍進(野口)、前野朋哉(川島)
琴音は20歳。キャバクラで働いていたが、コロナ禍で店が休業してしまった。悪いことに一緒に住んでいた男がその日、家財を持って姿をくらまし家賃が払えない。行き場所をなくしてスーツケース一つで座り込んだ琴音に、声をかけた女の子がいた。出会い系喫茶で働いてる楓は琴音を誘い、パパ活で日々しのげるようになった。楓はホストにはまっていつも金欠、さくらは琴音とは真逆のまじめな女子大生だが学費のために働いている。ネットで中傷されたり、変な客にからまれたりもするが、琴音はあっけらかんと逞しく生きている。
永井荷風の短編小説を現代の東京に置き換えて構築した作品。
何もかもなくした琴音でしたが、とりあえず暮らせる術を見つけました。売られた昔と違って、本人が選び、納得していれば「堕ちた」という言葉はあたりません。マジックミラー越しにお客が品定めをするのは、飾り窓や遊郭の格子の現代版、選ばれる側のスマホでの会話が可笑しいです。
女の子たちの働く理由はさまざまで、男たちの通う理由は一つ(細かく見るとちがうかもしれないけれど)。生き物の身体の作りのせいとはいえ、冷めた表情の琴音の上でせっせと動く男の姿はなんだかもの哀しいです。好みの客に遇えた琴音が全く違うテンションで喜ぶのがまたゲンキン。でもずっとそうやって暮らしてはいけないよ、とまさに老婆心がむくむくとわいてきます。
渋谷の交差点で見上げる琴音の視線が印象的なポスター、琴音はこれからどこへ行くのでしょう。さくらに出逢ったことでちょっと変わったよね、と思いたいです。琴音役の高橋ユキノさんは200名を超えるオーディションの中から主役に抜擢。朝ドラの『虎に翼』にも出演を果たしたそうです。あら、どこに出ていたのでしょう?(白)
2023年/日本/カラー/105分/R15+
製作著作・配給:BBB
配給協力:インターフィルム
制作:コギトワークス
(C)2024BBB
https://tsuyunoatosaki.com/
★2024年6月22日(土)より、ユーロスペースにて公開!!
ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命 原題:ONE LIFE
監督:ジェームズ・ホーズ
脚本:ルシンダ・コクソン、ニック・ドレイク
出演:アンソニー・ホプキンス、ジョニー・フリン、レナ・オリン、ロモーラ・ガライ、アレックス・シャープ、マルト・ケラー、ジョナサン・プライス、 ヘレナ・ボナム=カーター
ナチスの脅威から 669 人の子供たちを救ったニコラス・ウィントンの物語。
1938年、ロンドンで株式仲買人として働く青年ニコラスは、 労働党左派の友人マーティンから、プラハに大勢のユダヤ人がナチスから逃れてきていると聞く。プラハに赴き、現地で活動するイギリス難民委員会のメンバーたちと共に、子供たちをイギリスに避難させる為に奔走する。一人一人里親を見つけ、保証金も準備しなくてはならない。ロンドンに戻り新聞社に投稿し、2週間後には第一便で子供たちがリバプールに到着。里親に引き合わせる。その後、第8便まで669人の子供たちをチェコから脱出させた。第9便に250名を乗せようとしていた2日前、ついにナチスが侵攻し第二次世界大戦が始まってしまう。
それから50年。ニコラスは自責の念から捨てることの出来なかった子供たちの写真やデータを貼ったスクラップブックをメディア王の妻で歴史家の女性に預ける。すると、BBCからTV番組「ザッツ・ライフ!」の収録に呼ばれる・・・
ニコラス・ウィントンは、ロンドンに住むドイツ系ユダヤ人の両親のもとに生まれた方。親交のあった労働党左派の活動家からヒトラーの政策によるユダヤ人の危機を知り、株式仲買人の仕事をする傍ら、ユダヤ人の子供たちを救うことに手を尽くした人道活動家。ユダヤ人の子の里親になることを引き受けたイギリスの方たちが多くいたことにも感銘を受けました。
BBCのTV番組「ザッツ・ライフ!」の収録場面の撮影には、実際にニコラスに助けられた子供たちやその親族が世界中から参加。老いたニコラスを演じた名優アンソニー・ホプキンスも、そのことを知って感極まったそうです。一つの命を救ったことが、多くの命に繋がることをまざまざと見せてくれました。(咲)
2023年/イギリス/英語/109分/カラー/ビスタ
字幕翻訳:岩辺いずみ
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
★2024年6月21日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国ロードショー
アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家 原題:Anselm
監督:ヴィム・ヴェンダース(『PERFECT DAYS』)
出演:アンゼルム・キーファー、ダニエル・キーファー、アントン・ヴェンダース
戦後ドイツを代表する芸術家、アンゼルム・キーファー。本作は、ドイツの暗黒の歴史を主題とした作品群で知られるアンゼルム・キーファーの生涯と、その現在を追ったドキュメンタリー。
アンゼルム・キーファーは、ナチスや戦争、神話などのテーマを、絵画、彫刻、建築など多彩な表現で壮大な世界を創造。ヴェンダース監督と同じ1945年生まれ。初期の作品の中には、戦後ナチスの暗い歴史に目を背けようとする世論に反し、ナチス式の敬礼を揶揄する作品を作るなど“タブー”に挑戦する作家として美術界の反発を生みながらも注目を浴びる存在となった。1992年からは、南フランスに拠点を移し、わらや生地を用いて、歴史、哲学、詩、聖書の世界を創作している。彼の作品に一貫しているのは戦後ドイツ、そして死に向き合ってきたことであり、“傷ついたもの”への鎮魂を捧げ続けている。
制作期間には2年の歳月を費やし、3D&6Kで撮影。従来の3D映画のような飛び出すような仕掛けではなく、絵画や建築を、立体的で目の前に存在するかのような奥行きのある映像を再現し、ドキュメンタリー作品において新しい可能性を追求した。
本作は『PERFECT DAYS』が出品された第76回カンヌ国際映画祭で、ヴィム・ヴェンダース監督作品として2作同時にプレミア上映された。
広大で天井も高いアトリエに並ぶ様々な作品の間を自転車で行くアンゼルム。作品の制作現場は、まるで工事現場のよう! 大型建設機械も駆使しての制作。観ただけではわからない作品の背景が丁寧に語られます。絵を埋め尽くす神話の英雄、ジークリフト、ヘルマン、パルツィファル・・・ ナチスが崇拝した血塗られたレジェンド。ベネチアビエンナーレに出品された時、批評家たちはアンゼルムをファシストだと非難。ドイツの過去の癒えぬ傷を描いたアンゼルムですが、非難されたことに反論もしません。
アンゼルムが父の軍服を着てナチス式の敬礼をする姿を映し出した作品も、ネオナチか?と言われても、自分が1930年代にいたら、どんな人間かわからないと思い、何も言いません。この作品を制作した1968~69年当時、ドイツで第二次世界大戦の反省は皆無で、学校でもファシズムや第三帝国についてもほとんど教えられなかったことから、忘れていることへの抗議の意味を込めたものなのです。
戦後ドイツの最も重要な詩人パウル・ツェランへの思いを込めた作品の前では、ツェラン自身が詩を朗読する声が披露されました。ツェランはユダヤ人で、両親をウクライナで殺されています。その後、ドイツで、ホロコーストで犠牲になったユダヤ人の子孫でありながら、ドイツ語で詩を書かざるをえなかった苦悩が絵から浮かび上がってきます。
「先入観を捨てて、この衝撃的なビジュアルをただ楽しんでもらいたい」とヴェンダース監督。最初から最後まで圧倒され、アンゼルム・キーファーが胸に秘めた思いを静かに感じることができました。(咲)
2023/ドイツ/93分/1.50:1/ドイツ語・英語/カラー・B&W/5.1ch
字幕:吉川美奈子
配給:アンプラグド
公式サイト:https://unpfilm.com/anselm/
★2024年6月21日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開