2023年06月29日
キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(原題:Carol of the Bells)
監督:オレシア・モルグレッツ=イサイェンコ
脚本:クセニア・ザスタフスカ
撮影:エフゲニー・キレイ
音楽:ホセイン・ミルザゴリ
美術:ブラドレン・オドゥデンコ
プロデューサー:アーテム・コリウバイエフ、タラス・ボサック、マクシム・レスチャンカ
キャスト:
ソフィア・ミコライウナ(ウクライナ人母親) ヤナ・コロリョーヴァ
ミハイロ・ミコライウナ(ウクライナ人父親) アンドリー・モストレーンコ
ヤロスラワ・ミコライウナ(ウクライナ人子ども) ポリナ・グロモヴァ
ワンダ・カリノフスカ(ポーランド人母親) ヨアンナ・オポズダ
ヴァツワフ・カリノフスカ(ポーランド人父親) ミロスワフ・ハニシェフスキ
テレサ・カリノフスカ(ポーランド人子ども) フルィスティーナ・オレヒヴナ・ウシーツカ
ベルタ・ハーシュコウィッツ(ユダヤ人母親) アラ・ビニェイエバ
イサク・ハーシュコウィッツ(ユダヤ人父親) トマシュ・ソブチャク
ディナ・ハーシュコウィッツ(ユダヤ人子ども) エウゲニア・ソロドウニク
1939年1月、ポーランドのスタニスワヴフにあるユダヤ人が住む母屋に、店子としてウクライナ人とポーランド人の家族が引越ししてくる。ウクライナ人の娘ヤロスラワは、音楽家の両親の影響で歌が得意。特にウクライナの民謡「シェドリック」=「キャロル・オブ・ザ・ベル」は、歌うと幸せが訪れると信じ、大事な場面でその歌を披露している。
第2次大戦開戦後、スタニスワヴフはソ連の侵攻、ナチス・ドイツによる侵攻が続き、再びソ連によって占領される。ポーランド人とユダヤ人の両親は迫害によって連れ出されてしまった。とっさの機転によって子どもたちだけは、難を逃れることができた。ウクライナ人の母であるソフィアは、ユダヤ人の娘ディナ、ポーランド人の娘テレサ、自分の娘ヤロスラワの3人を必死に守り通していく。
戦火に揺れ続けたポーランドのスタニスワヴフ(現ウクライナ、イヴァーノ=フランキーウシク)での3家族の運命を描いています。今の世情と重なってしまい、次々と訪れる不幸に胸が痛みました。この悲劇の舞台となる家ではそれぞれルーツの違う3家族が住んでいますが、表面上と本音では違います。けれども、抗いようもなく連行されるとき、親たちはわが子だけでも、と残るソフィアに目で訴えて託していきます。心情いかばかり。
頼みの夫も連れ去られ、みんなの命の重さがソフィア一人の肩にずっしりとかかってきます。食料が不足する中苦労して子供たちを育てねばならず、投げ出すことはできません。後から住人となるドイツの軍人家族を「親を殺したドイツ人」と、敵視する子どもたち。国家間の争いと個人は別、ましてや子どもには責任はないとかばうソフィア。誰もが言えることではありません。
自分の身に起こったら、と想像するだけでも辛いです。が、今も戦争が起こってしまったら国の東西を問わず、文化どころか人の命も尊厳も踏みにじられて行きます。映画のように。他人事ではないと気づかなくちゃ。
みんなが一堂に会したのは、最初で最後のクリスマスの食事会。子どもたちが歌うシーンが、後の悲劇を予感させて悲しくも美しいです。(白)
物語の舞台が、当時ポーランドのスタニスワヴフ、今はウクライナのイヴァーノ=フランキーウシクと掲げられ、地続きの町が時の権力を持った国に翻弄されてきたことを、まず憂いました。
ウクライナ人のお父さんミハイロは、ウクライナ民族主義者組織(OUN)の一員で、独立のために戦っていた時にけがをして足を引きずっています。ソ連に支配されていたキーウに住めなくなり引っ越してきたのですが、ドイツが侵攻してきて、ドイツ人将校の前で「リリー・マルレーン」を弾き語りする姿が悲しげです。
ソ連が勝ち、ソ連兵の取り調べに、ソフィアが「ウクライナ民謡を教えていた」と答えると「そんなものがあると思うか」と恫喝されます。
本作の中で何度も歌われる「シェドリック」=「キャロル・オブ・ザ・ベル」は、「ウクライナ人、ウクライナ語、ウクライナ文化が存在している」という何百年前から伝わる民謡。
2022年2月のロシア侵攻直後に、ロシア風の呼び方のキエフでなくウクライナ風にキーウと表記してほしいとの願いにも、ウクライナ独自の言語や文化を大切にしたい思いを切に感じたものです。
一方で、本作では、ウクライナ、ポーランド、ユダヤの少女たちが、一緒に暮らし、お互いの宗教や文化を分かち合う姿も描かれていて、それぞれの文化を敬いながら共存することの大切さも教えてくれます。
この哀しくも美しい物語を紡いだのは、ウクライナの女性監督オレシャ・モルグネツ=イサイェンコさん。1984年生まれ。本作が長編劇映画2作目。
脚本家のクセニア・ザスタフスカさんのお祖母さんが第2次大戦中に体験したことが数多く盛り込まれているとのこと。実際、お祖母さんは、ポーランド人とユダヤ人の家族をドイツ軍から守っていたそうです。ユダヤ人を匿っただけで罪になった時代。
ソフィアが、ユダヤ人だけでなく、弾圧した側のナチス・ドイツの子どもも守ろうとした姿を、戦争をやめない権力者たちに観てほしいものです。(咲)
2021/ウクライナ・ポーランド/ウクライナ語/シネマスコープ/122分
配給: 彩プロ 後援:ウクライナ大使館
©︎MINISTRY OF CULTURE AND INFORMATION POLICY OF UKRAINE, 2020 – STEWOPOL SP.Z.O.O., 2020
https://carolofthebells.ayapro.ne.jp/
★2023年7月7日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国公開
愛しのクノール(原題:Knor)
監督:マッシャ・ハルバースタッド
原作:トスカ・メンテン
日本語吹替え版:すぅ(バブス)、泉谷しげる(スパウトじいちゃん)、ゆかるん(母マルグリート)、あいにゃん(肉屋のお客さん)、ユージ(父ノール)、杉田智和(肉屋のスマック)、森本73子(クリスおばさん)、知念明希保(シーン)
まもなく9歳になる少女バブスは、誕生日プレゼントに欲しかった仔犬のかわりに、祖父から子豚をプレゼントされました。最初は不満だったバブスですが、子豚にクノールと名づけて一緒にすごすうち、かけがえのない存在になっていきます。しかし、おじいちゃんが子豚をプレゼントしたのには、とんでもない秘密が隠されていたのです。
オランダからやってきたパペット・アニメーション。個性的な登場人物と、作りこまれた背景をそばでじっくり見たくなります。
冒頭ではお爺ちゃんと肉屋のスマックとの確執が描かれます。遠くで暮らしていたお爺ちゃんが帰ってきて、騒動の種が蒔かれてしまいます。ただ可愛いだけのアニメではなく、実は…という真実も隠されていて大人にも見ごたえがあります。大切なものを守るために何ができるんでしょう?悩めるバブスや子豚を中心に笑いもたっぷり、パペットたちの大騒ぎに引き込まれます。
日本語吹き替えには、ガールズバンド”SILENT SIREN”のメンバーが声優初挑戦。一癖も二癖もあるスパウトお爺ちゃん役に泉谷しげるさん。なかなかの配役ですね。(白)
2022年/オランダ/カラー/73分
配給:リスキット
(C)2022 Viking Film,A Private View
https://knor.info/
★2023年7月7日(金)ロードショー
2023年06月28日
1秒先の彼
監督:山下敦弘
原作:チェン・ユーシュン
脚本:宮藤官九郎
撮影:鎌苅洋一
音楽:関口シンゴ
主題歌:幾田りら「P.S.」
出演:岡田将生(ハジメ)、清原果耶(レイカ)、荒川良々、羽野晶紀、加藤雅也、福室莉音、片山友希、しみけん、笑福亭笑瓶、桜子
京都の中賀茂郵便局に勤めるハジメは子どものころから、何をするにもほかの人より1秒早い。かけっこではいつもフライング。記念写真はシャッターが下りたとき、必ず目をつむってしまっている。高卒後、12年間郵便配達員だったのに今窓口勤務なのは、人より早いがゆえの信号無視とスピード違反でついに免停になってしまったからだ。
毎日のようにハジメのいる窓口で切手を買うレイカは、なぜかいつでも人よりワンテンポ遅い。そのせいか学生生活もすでに7回生。アルバイトで学費を稼ぎ、写真部の部室が家の貧乏生活をしている。こんな真逆な2人があることで交差する。それは、ハジメの初デートの日が消えたことから発覚した。
台湾のヒット作『1秒先の彼女』を男女入れ替えてリメイクしたのが本作。6月23日、主演の岡田将生、山下敦弘監督、脚本の宮藤官九郎が訪台し、台北映画祭でもお披露目が済みました。肝になるところは大きく変えず、小ネタを仕込んだ官九郎脚本となっています。
岡田将生は山下監督とは『天然コケッコー』(2007年公開)以来16年ぶりのタッグとなります。当時はまだ高校生「こうやって大人になってから、また一緒に映画が作れることは感慨深い」と語り、初心を思い出す良い機会になったようです。同年代のスターが群雄割拠というほど大勢いる芸能界で、今もテレビ、映画で活躍しているのは大変なことです。この作品では饒舌なハジメを演じて賑やかですが、どんな役どころもできる役者さんになってきたなぁと、遠くから観ていても感慨深いものがあります。(白)
チェン・ユーシュン監督の名作『1秒先の彼女』のリメイクということで、つい比較しながら観てしまいました。男女を入れ替えたというアイディアや、京都の郵便局を舞台にしたところなど、良い意味で予想を裏切られました。中でも、時間が止まった時に平安神宮前の道から行く、レイカの生まれ育った伊根町の舟屋が並ぶ海沿いの風情ある街並みや、天橋立の景観が素晴らしいです。
それにしても、ハジメとバスの運転手さん以外の人たちが硬直してしまった場面は、どのようにして撮影したのでしょう・・・ (咲)
陳玉勲(チェン・ユィシュン)監督作品のユーモア感、ポップなのにノスタルジー感がある世界、そしてなによりも不器用に生きている人への優しいまなざしが大好きな私は、元の『1秒先の彼女(消失的情人節)』を、日本版ではどのようにリメイクしているのかとても興味を持っていました。男女の設定を入れ替え、京都(かも川べり、天橋立、伊根含む)を舞台にしたところなど、とても良かったと思います。原作を踏襲した上でのひねりもユニークで、ノスタルジーという部分では、「女ひとり」や「なのに貴方は京都へゆくの」などの歌が、リアルタイムでヒットしたのを知っている世代の私にとってはとてもツボでした。それと、今年2月に亡くなった笑福亭笑瓶さんが本人役でラジオ番組DJで出て来たり、写真館の館主で出てきたので、コミカルな作品なのにちょっとしんみりしました。
脚本の宮藤官九郎さんは、「既存作品のリメイクは初めてでしたが、オリジナルのファニーで可愛らしい印象は残しつつ、山下監督が撮るんだからと欲張って、人生の苦み、もどかしさ、おかしみなどのエッセンスを盛り込みいい具合に変換できたと思います」と語っていますが、最強の監督と脚本コンビだったと思います(暁)。
2023年/日本/カラー/シネスコ/119分
配給:ビターズ・エンド
https://bitters.co.jp/ichi-kare/
★2023年7月7日(金)ロードショー
Pearl パール(原題:Pearl)
監督・制作・脚本・編集:タイ・ウェスト
撮影:エリオット・ロケット
音楽:タイラー・ベイツ、ティム・ウィリアムズ
出演:ミア・ゴス(パール)、デヴィッド・コレンスウェット(映写技師)、タンディ・ライト(母 ルース)、マシュー・サンダーランド(父)、エマ・ジェンキンス=プーロ(ミッツィー)
1918年、テキサス。
スクリーンの中で踊る華やかなスターに憧れるパールは、敬虔で厳しい母親と病気の父親と人里離れた農場に暮らす。若くして結婚した夫は戦争へ出征中、父親の世話と家畜たちの餌やりという繰り返しの日々に鬱屈としながら、農場の家畜たちを相手にミュージカルショーの真似事を行うのが、パールの束の間の幸せだった。
ある日、父親の薬を買いに町へ出かけ、母に内緒で映画を見たパールは、そこで映写技師に出会ったことから、いっそう外の世界への憧れが募っていく。そんな中、町で、地方を巡回するショーのオーディションがあることを聞きつけたパールは、オーディションへの参加を強く望むが、母親に「お前は一生農場から出られない」といさめられる。
生まれてからずっと“籠の中”で育てられ、抑圧されてきたパールの狂気は暴発し、体を動かせない病気の父が見る前で、母親に火をつけるのだが……。
『X エックス』(2022)の前日譚であり、現在製作中の『MaXXXine(原題)』を完結編として”A24”初の三部作となります。1作目も観ているのに、なぜか紹介しぞびれていました。すみません。きっとホラー続きで力尽きてしまってたのでしょう。
前作ではヒロインのマキシーンと最高齢のシリアルキラー、パールを演じたのはミア・ゴスです。後で知るまでてっきり別の女優さんだとばかり。そのくらい堂に入った演技だったんですね。
この2作目でもあどけない夢見る女性から、狂気にかられてサイコパスになってしまうまでを演じて生々しいです。マイナス要因ばかりが積み重なって、足し算ではなく掛け算になってしまったパール。気の毒ではあるけれども、やっぱり後ずさりしてしまうな、怖くて。ミア・ゴス、これからも目が離せません。(白)
2022年/アメリカ/カラー/シネスコ/102分
配給:ハピネットファントム・スタジオ
(C)2022 ORIGIN PICTURE SHOW LLC. All Rights Reserved.
https://happinet-phantom.com/pearl/
★2023年7月7日(金)ロードショー2023.6.23
2023年06月25日
小説家の映画 原題:소설가의 영화 英題:The Novelist's Film
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:イ・へヨン、キム・ミニ、ソ・ヨンファ、パク・ミソ、クォン・ヘヒョ、チョ・ユニ、ハ・ソングク、キ・ジュボン、イ・ユンミ、キム・シハ
長らく執筆から遠ざかっている著名作家のキム・ジュニ。ソウルから少し離れた河南(ハナム)市のお洒落な書店を訪ねる。創作仲間だった後輩が店主で、彼女はいろいろな人間関係が面倒になり、今は好きな本に囲まれて気ままに過ごしているという。書店を後にして、町を見晴らすユニオンタワーに上ったジュニは、映画監督ヒョジンとその妻にばったり出会う。かつてジュニの小説を映画化する予定だったが、出資者の意向で立ち消えになったことがあり、監督はちょっと気まずそうだ。タワーを降り、監督夫妻と共に公園に行くと、散歩中の女優ギルスと出会う。有名な女優だが最近は出演作が途絶えている。監督に紹介され、ジュニとギルスは初対面だったが、ギルスも作家としてのジュニは尊敬する存在と意気投合する。監督夫妻と別れ、二人で話しているところにギルスの甥で映画学校に通うギョンウがやって来る。ジュニは、いつか映画を撮りたいと思っていたと、二人に映画製作を実現したいと持ちかける。
ジュニはギルスと遅めの昼食をとるために入った食堂で、なぜ映画を作りたいかについて話す。食堂を出て、ギルスから先輩との飲み会に誘われてついていくと、そこは後輩の経営する書店だった。しかも、飲み会には、かつてジュニがよく一緒に飲み歩いていた詩人の男性も加わる・・・
人と人との会話で物語が進んでいく、ホン・サンス監督の映画スタイル。時にまったり、時に激しく、言葉が飛び交います。お酒が入ると熱が籠るのもお決まり。
今回は、小説家が女優と出会って、映画を作る話がトントン拍子に進み、最後は小さな素敵な映画館で、キム・ユニ演じる女優ギルスが、自分の出演する小説家の作った短編を観るところまで行きつきます。
しばらく執筆していなかった小説家が、映画を作る夢を叶えてしまう物語。
人は好きなことをして生きるのが、何よりの幸せと教えてくれる一作。
小説家を演じたのは、『あなたの顔の前に』でホン・サンス監督作品に初めて出演し元女優を貫禄たっぷりに演じたイ・ヘヨン。
監督役のクォン・ヘヒョは、ホン・サンス作品の常連。お顔を観るだけで笑いたくなってしまうのですが、妙な安心感があります。実の奥様チョ・ユニと、本作では夫妻役。
そのほかの出演者も、ホン・サンスの映画でお馴染みの方たち。会話の間の取り方が絶妙です。
ところで、今回の映画の舞台であるソウルの東隣の河南市は、お洒落なカフェの多い町としても人気だそう。訪ねてみたくなりました。(咲)
2022年 第72回ベルリン国際映画祭 銀熊賞受賞
2022年/韓国/韓国語/92分/モノクロ・カラー/1.78:1/モノラル
字幕:根本理恵
配給:ミモザフィルムズ
公式サイト:https://mimosafilms.com/hongsangsoo/
★2023年6月30日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国公開
絶唱浪曲ストーリー 英題:With Each Passing Breath
監督・撮影・編集:川上アチカ
プロデューサー:赤松立太、川上アチカ、土田守洋
アソシエイトプロデューサー:秦岳志、藤岡朝子、矢田部吉彦
編集:秦岳志 整音:川上拓也 カラリスト:西田賢幸
本編タイトル:大原大次郎 写真撮影:五十嵐一晴
出演:港家小そめ 港家小柳 玉川祐子 沢村豊子 港家小ゆき 猫のあんちゃん 玉川奈々福 玉川太福 ほか
落語、講談と並び寄席演芸を支える浪曲。
浪曲師の独特の唸り声、エモーショナルな節回し、キレのよい啖呵。曲師の三味線とのスリリングなインタープレイ・・・
今、平成生まれの浪曲師や曲師が育ち、女性の演者が増えている。
本作の主人公は、そんな浪曲の世界に飛び込んだ港家小そめ。伝説の芸豪・港家小柳に惚れ込み弟子入りした小そめが、晴れて名披露目興行の日を迎えるまでの物語。
映画のもう一つの主役は関東唯一の浪曲の常打ち小屋である木馬亭。東京大空襲で焼け残った浅草の奥山おまいりまち商店街にある建物が1970年に改修されて浪曲の定席となって半世紀。かつてメリーゴーランドがあったことが名前の由来。
木馬亭の舞台裏では、さまざまな人生が交錯し、ベテランから若手へと芸が継承されていく・・・
そも、浪曲とは何かを知りませんでした。
公益社団法人浪曲親友協会のサイトの冒頭に
浪曲(ろうきょく)とは、明治時代初期から始まった演芸の一つ。
「浪花節」(なにわぶし)とも言い、三味線を伴奏に用いて物語を語ります。
とあります。 さらに詳しくは、https://www.rokyokushinyu.org/
浪花節と聞けば、義理人情に厚い世界を思い浮かべます。
川上アチカ監督は港家小柳に惚れ込み、8年の歳月をかけて、この人情味に溢れた世界を追い、本作を完成させました。
港家小そめは、浪曲師・小柳に弟子入りする前、ちんどん屋に弟子入りし、ちんどん屋として旗揚げしています。浪曲もちんどん屋もどちらも大事にしている小そめの姿が眩しいです。
継承する担い手がいなくなれば途絶えてしまう伝統文化。映画として後世に遺したことは、とても意義あること。触発されて、浪曲の世界に飛び込む若い人が増えることを願います。(咲)
監督 川上アチカ(かわかみ・あちか)
1978年、横浜生まれ。横浜市立大学卒業。初監督作、日系アメリカ人の強制収容経験を題材にした『Pilgrimage』で「キリンアートアワード2001」準優秀賞を受賞(※川上紀子名義)。以来、フリーの映像作家としてドキュメンタリー、音楽家とのコラボレーション、ウェブCM、映画メイキング等、幅広く制作。戦争を生き残った祖父を一人きりで死なせてしまった後悔から、2004年より6年間、舞踏家大野一雄氏の最晩年に病床でカメラを回し命を見つめる稽古を受ける。その後、浪曲や河内音頭の芸能者を記録した短編ドキュメンタリー『港家小柳IN-TUNE』(15)、『鈴の音のする男』(16)、『河内の語り屋』(18)を発表。本作『絶唱浪曲ストーリー』は初の長編ドキュメンタリー映画となる。
(公式サイトより抜粋)
◆東京・ユーロスペース 舞台挨拶予定
7月1日(土) 10:30の回/12:50の回上映後、川上アチカ監督による舞台挨拶(各15分間)
7月2日(日) 12:45の回上映後、玉川祐子さん・港家小そめさん・川上アチカ監督によるトーク(30分間)
◎「浪曲映画祭─情念の美学2023 完結篇」で先行上映されました。
2023年6月23日(金)~6月26日(月)
http://eurolive.jp/#000317
2023年/日本/111 分/DCP/ドキュメンタリー
配給:東風 協力:木馬亭 (一社)日本浪曲協会
文化庁「ARTS for the future!」補助対象事業
公式サイトhttps://rokyoku-movie.jp/
★2023年7月1日(土)より、東京・ユーロスペースほか全国順次公開
山女
監督:福永壮志(『リベリアの白い血』『アイヌモシリ』)
脚本:福永壮志 長田育恵
撮影:ダニエル・サティノフ
音楽:アレックス・チャン・ハンタイ
プロデューサー:エリック・ニアリ、三宅はるえ、家冨未央
出演:山田杏奈、森山未來、二ノ宮隆太郎、三浦透子、山中崇、川瀬陽太、赤堀雅秋、白川和子、品川徹、でんでん、永瀬正敏
18 世紀後半、冷害が続く東北の山間の村。人々はわずかに採れた農作物を分け合って凌いでいるが、17歳の凛の一家は先々代が火事を起こした責任から配給量を極端に減らされ差別されている。凛は村で間引きされる赤ん坊を川に捨てる役目、父の伊兵衛は死体の埋葬などで食い扶持を稼ぐしかない。ある日、飢えに耐えかねた伊兵衛が村の蔵から米を盗んでしまう。凛は父の罪を被って村を去り、足を踏み入れてはならない山奥の神聖な森に入る。そこで凛は、白い長髪の山男に出会う。山男から大自然の中で暮らす術を学びながら、次第に心を通わせていく。一方、村では作物が育たず、巫女のお婆が、冷害を終わらせるために若い娘を生贄として天の神様に捧げよとのお告げをする。誰も我が娘を捧げたくない。そんな折、「山女」の目撃情報が入る・・・
閉鎖的な村で蔑まれて暮らす家族。さらに、その中で父は息子を優遇し、女である凛は差別され、こき使われています。人里離れた山の中で、凛は解き放たれて、初めて生きている喜びを感じます。
18世紀後半の「天明の大飢饉」に襲われた時代。日本各地で飢饉という異常事態の中で、さらに差別を受け苦しんだ人たちがいたことに思いを馳せました。
本作を紡いだのは、長編デビュー作『リベリアの白い血』が衝撃的だった:福永壮志監督。

『リベリアの白い血』福永壮志監督インタビュー
出身地北海道を舞台にした『アイヌモシリ』を経て、本作では18世紀末の日本を舞台に描いています。過酷な運命に翻弄されながらも、逞しく生きる女性を描いた柳田國男の「遠野物語」に触発されたこと、遠野弁にこだわったことなど、昨年の東京国際映画祭の折の公式インタビューを是非お読みください。
日本人の心の奥にある風景を求めてーー第35回東京国際映画祭コンペティション部門出品作品『山女』 福永壮志監督公式インタビュー
『山女』で描かれている男尊女卑や、社会的弱者への差別は、今なお日本社会に見られる問題。遠い昔の話と片付けないで、今を見つめる機会になればと願います。(咲)
2022年/日本・アメリカ/100 分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
制作プロダクション:シネリック・クリエイティブ ブースタープロジェクト
国際共同制作:NHK
製作:「山女」製作委員会
配給:アニモプロデュース
配給協力:FLICKK
公式サイト:https://yamaonna-movie.com/
★2023年6 月 30 日(金)ユーロスペース、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
2023年06月24日
マルセル 靴をはいた小さな貝(原題:Marcel the Shell with Shoes On)
監督:ディーン・フライシャー・キャンプ
脚本:ディーン・フライシャー・キャンプ、ジェニー・スレイト、ニック・パーレイ、エリザベス・ホルム
キャスト:ジェニー・スレイト(マルセル/声)、イザベラ・ロッセリーニ(マルセルの祖母コニー/声)、ディーン・フライシャー・キャンプ(アマチュア映画作家ディーン)、レスリー・スタール(CBS「60ミニッツ」キャスター/本人役)
貝のマルセルは体長2.5センチ。貝は普通20匹以上のコミュニティで暮らすのに、祖母のコニーと一軒家でふたりきり。前の住人のカップルは喧嘩して出て行った。コミュニティの家族たちもいなくなった。どこにいるんだろう?
ある日家に映像作家のディーンが越してきた。おしゃべりで好奇心でいっぱいのマルセルはディーンと話すのが楽しみだ。ディーンがマルセルの動画を撮ってYouTubeにアップすると、SNS上で人気者になってしまった。SNSでバズったはいいがひと騒動起こってしまった。家族を探したいマルセルの望みは叶うのか?!?
マルセルの一つ目に最初違和感がありましたが、声や話し方が可愛くて観ているうちに気にならなくなりました。あまりにディーンとのやりとりが上手なのでどんな人がと思ったら、コメディの上手な女優のジェニー・スレイトが脚本にも関わり、声を当てています(アドリブも多いようです)。おばあちゃんの声があのイザベラ・ロッセリーニというのにもびっくり。
元はディーン・フライシャー・キャンプ監督と、ジェニー・スレイトが2人で作ってYouTubeにアップした短編で、2010年から14年まで少しずつ発表したものが大好評を博し、長編となりました。人間パートの実写の映像をまず作ったところに、コマ撮りのマルセルやコニーの映像を合わせて一つにしていくのだそうですが、後でのせた映像がしっくりなじんでいるのを見ると、どれだけ大変なことだったか気が遠くなりそうです。影ひとつとっても動きにつれて動くものですし、完成までに7年もかかったというのが納得です。熾烈な北米配給権の争奪戦を制したのは、A24、アカデミー賞を総なめにした『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(ジェニー・スレイトも出演)を送り出した会社です。
主人公のマルセルは、小さな世界の中で生きてきましたが、新しい世界への好奇心にあふれ、飛び込む勇気を振り絞ります。そのときに応援してくれるのはコニーおばあちゃん。このおばあちゃんとのやりとりにグッときます。いろいろな体験を通して迷ったり進んだりするマルセルを見守ってください。(白)
第50回アニー賞:長編インディペンデント作品賞・長編作品声優賞・長編作品脚本賞を受賞
第95回アカデミー賞:長編アニメーション賞にノミネート
第80回ゴールデングローブ賞:アニメ映画賞ノミネート
2021年/アメリカ/カラー/90分
配給:アスミック・エース
(C)2021 Marcel the Movie LLC. All Rights Reserved.
■公式サイト:marcel-movie.asmik-ace.co.jp/
■公式Twitter:@Marcel_movie_JP
■公式Instagram:@marcel_movie_jp
★2023年6月30日(金)新宿武蔵野館・渋谷ホワイト シネクイントほか全国公開
オレンジ・ランプ
監督:三原光尋
原作:山国秀幸「オレンジ・ランプ」 (幻冬舎文庫)
脚本:金杉弘子、山国秀幸
撮影:鈴木周一郎
音楽:宮崎道
主題歌:THE CHARM PARK「セルフノート」
出演:貫地谷しほり(只野晃一)、和田正人(只野真央)、伊嵜充則(佐山隆裕)、山田雅人(加藤光雄)、赤間麻里子(藤本和子)、赤井英和(島崎社長)、中尾ミエ(飯塚さゆり)
妻・真央や二人の娘と暮らす39歳の只野晃一は、充実した日々を送るカーディーラーのトップ営業マン。そんな彼に、顧客の名前を忘れるなどの異変が訪れる。下された診断は、「若年性アルツハイマー型認知症」。驚き、戸惑い、不安に押しつぶされていく晃一は、とうとう退社も決意する。心配のあまり何でもしてあげようとする真央。しかし、ある出会いがきっかけで二人の意識が変わる。「人生を諦めなくていい」と気づいた彼ら夫婦を取り巻く世界が変わっていく・・・。
仙台で車のセールスマンだった丹野智文さんの実話を元にしています。若年性認知症を抱えながら、仕事も続けていると話題になったのを覚えています。認知症と言えば負の面ばかりが取り上げられがちですが、映画の冒頭はまさにそれ。「若年性認知症」になったことで、本人や家族が大変だったことにフォーカスしたい取材者。期待している答えではないので、困り顔です。笑顔の只野夫妻ですが、シーンは発症したばかりのころに遡ります。貫地谷しほりさんと和田正人さんが好演です。
大変なことも潜り抜け、当事者を真ん中にできないことをフォローしていく家族。会社のトップ次第で上司や同僚にも恵まれました。どこもこんなにうまくいくとは思えないのですが、指針になります。ほかの家族、会社だってヒントにできるはず。
『ケアニン』シリーズのスタッフ製作と知ると、共通するところが「あるある」です。悲惨なことを穿り出すのでなく、明るさや優しさに満ちているところ。押しつけでなく人に寄り添うところ。
団塊の世代が次々と後期高齢者の仲間入りをしていき、2025年には5人に1人が認知症になると予想されています。そのときにこのオレンジ色の灯りが道しるべになっているかもしれません。それにしても、後半に登場する中尾ミエさん、「只者ではない感」ありすぎです。エンドロールにたくさんの人が登場しますが、ラストの1枚は只野さんご本人!(白)
2023年/日本/カラー/99分
配給:ギャガ
(C)2022「オレンジ・ランプ」製作委員会
https://www.orange-lamp.com/
★2023年6月30日(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
NO LIMIT,YOUR LIFE ノー リミット,ユア ライフ
監督:毛利哲也
音楽:mi-on
ナレーション:石原さとみ
出演:武藤将胤(むとうまさたね)、武藤木綿子(むとうゆうこ)ほか
学生時代はイベントを手掛け、「クレージーに行こうぜ!」が口癖だった武藤だった将胤(むとうまさたね)は、夢を形にするために大手広告代理店に就職した。伴侶となる武藤木綿子(むとうゆうこ)に出会ったころ、手の震えが始まっていた。2014年、27歳で告げられた病名は「ALS(エー・エル・エス)=筋萎縮性側索硬化症」。筋肉を動かす脳や脊髄にある運動神経細胞(運動ニューロン)が正常に働かなくなり、身体のあらゆる箇所の筋肉が萎縮する難病。徐々に手足だけでなく、発話すること、飲み込むこと、呼吸することができなくなる。いまだ原因不明で治療法も確立していない。
診断を聞いた武藤は一時落ち込むが、病名を知っても妻となった木綿子と共にあきらめずに戦い続けることを選択する。自分だけでなく、ほかのALSの患者たちともつながり、進行していく病状と向き合う。不便なことがあれば改善することを考え、アイデアを次々と形にしていく。毛利哲也監督は武藤と知り合ってから6年余り、夫妻の日常にも密着してその喜怒哀楽を撮り続けてきた。
「ALSを治る病気にするために行動し続けよう」と決めた武藤さんご夫妻。お洒落で行動的な武藤さんが、一つずつ身体の機能を失っていくところも、静かに映しとっています。病気は生活を一変させてしまい、小心者の自分などその始まりのところでくじけてしまいそうですが、お二人は果敢です。
増えてくる介護負担はヘルパーさんを頼み、使いやすい電動車椅子を探します。40歳未満には介護保険が適用されないので、必要な人たちのためにカーシェアを思いつくとクラウドファンディングで呼びかけ、資金を集めて4台を購入しました。いつも自分だけでなく、ほかの人にきちんと目を向けていることに感心しきり。足りないものを補うのに、熱意とアイディアと科学の進歩が大きな助けになります。
「Orihime」を開発したロボット研究者の吉藤オリィさんも登場しています。「Orihime」で、遠くの人や家から出られない人ともパソコンやスマホとは違った形で(動きも可愛い)コミュニケーションをとることができます。身体を持ったロボットを操作すれば、家にいながら働いて社会参加ができます(現在、実現しています)。
呼吸機能が低下していくと気管切開をして人工呼吸器をつけますが、声が出せなくなります。「音声合成アプリ」で自分の声を保存しました。目の動きとまばたきで発したい言葉を選ぶと、保存した自分の声からAIが合成してくれるのです。科学技術の進歩に驚きます。大好きな音楽を表現手段に、と目の動きで作詞作曲もDJもやっちゃいます。この厳しい病いに負けず、よりよく生きようと何度でも挑戦する姿に心揺さぶられます。
「やりたいことがまだまだたくさんあるから、これからも一緒に頑張ろう」と武藤さん、「頑張ろうね」と木綿子さん。自ら介護事業も立ち上げ、自分もその利用者です。「限界を突き破った未来、夢をあきらめない未来」のために、今も立ち止まることのない武藤さん、そして全てのALS患者のみなさんに応援を!!(白)
武藤将胤(むとうまさたね)
1986年 アメリカ・ロサンゼルス生まれ、東京育ち。
大学卒業後、博報堂/博報堂DYメディアパートナーズで、様々なクライアントのコミュニケーション・マーケティングプラン立案や新規事業開発に従事。
27歳で難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されたことをキッカケに一般社団法人WITH ALSを設立。
現在は、クリエイティブの力で「ALSの課題解決を起点に、全ての人が自分らしく挑戦できるBORDERLESSな社会を創造する。」ことをミッションに、エンターテインメント、テクノロジー、介護の3領域で課題解決に取り組んでいる。クリエイターとして、2021年東京パラリンピック開会式や2022年CANNES LIONSなど国際的イベントにも多数出演。
自身のアパレルブランドでは、視線入力によるデザインを担当。楽曲の作詞作曲も手掛け、EYE VDJ MASAとして、様々なアーティストとコラボレーション楽曲を制作。2021年に『EVERYONE,CHALLENGER』、そして2022年にリリースした『FLY』は、今作の主題歌となった。映画HPより
2022年/日本/カラー/99分
配給:東映エージェンシー
(C)2023テレビ朝日・フレックス
https://www.masatane.toeiad.co.jp/
★2023年6月23日(金)より絶賛公開中
2023年06月18日
遺灰は語る 原題:Leonora addio
監督・脚本:パオロ・タヴィアーニ
出演:ファブリツィオ・フェッラカーネ、マッテオ・ピッティルーティ、ロベルト・エルリツカ(声)
1936年、ノーベル文学賞受賞作家のピランデッロが亡くなり、「遺灰は故郷シチリアに」と遺言を残すが、時の独裁者ムッソリーニは、その遺灰を自分の名誉に利用しようとローマに留め置いた。戦後、ようやく遺灰は故郷シチリアに帰ることになり、シチリアのアグリジェント市から特使がやって来る。遺灰をギリシア式の壺に移し、木箱に入れしっかり保護する。米軍の飛行機に乗せようとするが、遺灰との同乗は不吉だと拒否され、列車で運ぶことにする・・・
ギリシアの壺に入れられた遺灰が巡る運命はモノクロで描かれ、エピローグの短編「釘」の部分はカラー。味わい深く、ほのかなユーモアもある1作。
これまで兄ヴィットリオとともに〈タヴィアーニ兄弟〉として、『父/パードレ・パドローネ』(1977年)『カオス・シチリア物語』(1984年)など数々の名作を製作。2018年4月、兄ヴィットリオが88歳で死去。本作が、現在91歳の弟パオロが一人で発表した初めての作品。実は、『カオス・シチリア物語』を撮った折、最後に「ピランデッロの灰」のエピソードを入れたかったけれど予算が足りず諦めたとのこと。冒頭に「ヴィットリオに捧ぐ」と掲げられています。
モノクロームで遺灰の旅がしっとりと描かれたあとに、鮮やかなカラーで描かれる短編「釘」は、事情を知らなかったので、ちょっと唐突な感じがしました。ピランデッロが死の20日前に書いた小説をもとに脚色したもの。シチリアからニューヨークのブルックリンに移民した少年が、ある日拾った釘で少女を殺してしまいます。警察の取り調べに「それが定めだから」としか言わない少年。一生、少女のことを忘れないという少年。映画は、少女のお墓の前に佇む白髪の男の姿で終わります。ピランデッロは、どんな思いでこの物語を綴ったのでしょうか・・・ そして、パオロ・タヴィアーニ監督の作家への思いは? (咲)
パオロ・タヴィアーニ Paolo Taviani
2023年5月2日、イタリア映画祭のオープニング作品として『遺灰は語る』が上映され、上映後にオンラインでパオロ・タヴィアーニ監督のトークが予定されていて、楽しみに会場に駆け付けたのですが、風邪を引かれ体調がすぐれないとのことで直前に中止になりました。
公式サイトの監督インタビューを、ぜひお読みください。
https://moviola.jp/ihai/#director_wrapper
◆公開初日にパオロ・タヴィアーニ監督オンラインQ&Aが行われます。
日時:6月23日(金)18:30の回上映後
会場:新宿武蔵野館
座席のオンライン予約
https://www1.musashino-ticket.jp/shinjuku/schedule/index.php
2022年/イタリア/90分/モノクロ&カラー/PG12
字幕:磯尚太郎、字幕監修:関口英子
配給:ムヴィオラ
後援:イタリア大使館 特別協力:イタリア文化会館
公式サイト:https://moviola.jp/ihai/
★2023年6月23日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
告白、あるいは完璧な弁護 原題:자백(自白) 英題:Confession
監督・脚本:ユン・ジョンソク(『マリン・ボーイ』)
製作:リアライズピクチャーズ『王になった男』『神と共に 第一章:罪と罰』、『神と共に 第二章:因と縁』
出演:ソ・ジソブ、キム・ユンジン、ナナ(AFTER SCHOOL)
IT企業社長ユ・ミンホは、不倫の事実を暴露するという脅迫を受けてホテルに向かう。気がつくと、一緒にいた不倫相手キム・セヒが死んでいて、犯人は痕跡もなく消えた。密室での事件の第一容疑者となったミンホは潔白を主張し、100%無罪を勝ち取る敏腕弁護士ヤン・シネを雇い事件の真相を探り出す・・・
雪に閉ざされた山荘で、真相を探るユ・ミンホとヤン・シネ。
無罪を立証するために、すべてを話してほしいというシネ。ミンホは、少し前に起きた交通事故がセヒの殺人に関係しているかもしれないと打ち明けます。徐々に明かされていく話の展開を息を殺して見守りました。
本作の原作は、スペインで2017年に公開されたオリオ・パウロ監督の映画『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』。韓国的なテイストでリメイク。結末も異なるそうです。
驚きの真相は、ぜひ劇場で! (咲)
2022/韓国/105分/DCP/スコープサイズ/カラー/5.1ch
配給:シンカ
公式サイト:https://synca.jp/kokuhakuaruiwa/
★2023年6月23日(金) シネマート新宿、シネスイッチ銀座、グランドシネマサンシャイン池袋、YEBISU GARDEN CINEMA、シネマート心斎橋 他 全国順次ロードショー
70歳のチア・リーダー(原題:Calendar Girls)
監督・制作・撮影・編集:マリア・ルーフヴード &ローヴェ・マルティンセン
出演:カレンダー・ガールズ
キャサリンはフロリダのチア・ダンスチーム“カレンダー・ガールズ”のリーダー。50代以上のシニア女性ばかりのメンバーで2005年から活動中。自分たちで曲にあったダンスを振り付け、衣装を手作りし、教会や同窓会、高齢者施設、イベント…と呼ばれればどこへでも駆けつける。
メンバーは時間をやりくりし、自分の持病をなだめ、夫のご機嫌を伺いながら年間100回以上の公演をこなしている。そのために週3回の練習をして、準備も怠りない。
引っ越してきたパティは、これまでやらなかったことに挑戦しようと参加した。仲間たちは、ダンスについていくのがやっとの新人を励まし、勇気づける。これまで試したこともない派手なメイクの指導もする。若いころとは違う緩んだ体型も、シミもシワも、もう気にならない。
“カレンダー・ガールズ”は超ミニスカートの衣装に、キラキラの髪飾り・ドラァグクイーンばりのメイクで踊るガールズたち。舞台に上がると気持ちが浮き立つのでしょう。みんなニッコニコの笑顔です。いろんな事情を抱えていても、ここで踊ることが心のチャージになっています。
自分たちが楽しむばかりでなく、大きな目的もあります。毎年カラフルな衣装で撮影し、カレンダーを作って売り出します。その収益から退役軍人に盲導犬や介助犬を贈り、それは彼女たちの誇りとなっているようす。誰にも来る老いや病気を受け入れて、前向きに支えあう人たち。劇的なドラマはなくとも、いいなぁと感じいったドキュメンタリー。
シニア男性がストリップに挑戦するコメディ映画『フル・モンティ』(1997/イギリス)を思い出します。失業中でやむにやまれず、というのが始まりでしたが、すぐにプロダンサーなみに稼げるわけもなく特訓特訓また特訓。そちらも持病や老いとの闘いも描かれていました。なんとその25年後の設定でオリジナルドラマ(ディズニープラスで配信中)ができたと知ったばかり。
25年後はあまりに先ですが、このドキュメンタリーの彼女たちが、その後も笑顔で続けていてくれますように。(白)
いくつになっても、夢中になれることがあるのはいいなと思わせてくれました。
それにしても、カレンダー・ガールズの出で立ちのユニークなこと! 出演するイベントに合わせて自分たちで作る衣装や髪飾り。トナカイ、ユニコーン、ゾンビ・・・ 本作が初監督作品となるマリア・ルーフヴードが、フロリダでのイベントで彼女たちを初めて観て、あっけにとられ、高齢者のイメージが崩され、思わずインタビューを申し入れたのが、この映画を作ることになった発端。若い世代にとっては、60歳以上の高齢者が・・・と驚くのもわかります。すでに彼女たちと同年代の私にとっては、若い時に思ったほど、老齢の域に入っても気持ちは変わらないというのが実感。いろいろな問題があっても、心躍ることさえあれば、元気でいられるような気がします。そんなことを教えてくれるカレンダー・ガールズです。(咲)
2022年/スウェーデン・アメリカ合作/カラー/85分
配給:パンドラ
http://www.pan-dora.co.jp/
★2023年6月23日(金)ロードショー
大名倒産
監督:前田哲
原作:浅田次郎(文春文庫刊)
脚本:丑尾健太郎 稲葉一広
撮影:板倉陽子
音楽:高石真美
主題歌:GReeeeN
出演:神木隆之介、杉咲花、松山ケンイチ、小日向文世、小手信也、桜田通、宮崎あおい、キムラ緑子、梶原善、勝村政信、石橋蓮司、高田延彦、カトウシンスケ、秋谷郁甫、ヒコロヒー、浅野忠信、佐藤浩市
ひょんなことから越後丹生山(にぶやま)藩・第十三代藩主となってしまった青年・小四郎。塩引き鮭作りの父・作兵衛と亡き母なつの一人息子として元気にすくすく育った…のに、いきなり松平家の血筋と言われてもどうすりゃいいの?
鮭を売る庶民から一国の殿様へと、まさにシンデレラストーリー!かと思ったのもつかの間、実は25万両、現在の価値で借金100億を抱える、ワケあり藩だった!とっとと隠居した先代藩主の父に藩の命運を託され、失敗すれば切腹だなんて――!?
巻き込まれたにわか若殿・小四郎(神木隆之介)がまずお目通りした幕府老中、板倉周防守(勝村政信)と仁科摂津守(石橋蓮司)。お二人なかなかの貫禄です。藩のおとりつぶしをなんとか阻止しようと、奮闘する真面目な小四郎。幼馴染さよ(杉咲花)、異母兄(松山ケンイチ、桜田通)は味方ですが、「殿が金勘定などするものではありません」と家来たちは小四郎の邪魔をしてきます。その中で指南役となった磯貝(浅野忠信)、勘定方の橋爪(小手伸也)らは、まっすぐな若殿の人柄にほだされて、一緒に藩の立て直しを図ります。
浅田次郎の原作は上下2 巻の長編、映画では裏で画策する悪人たちをもっとわかりやすく配しています。小四郎たちの必死の倹約ぶりも楽しく脚色。実はいろいろと裏もある、詳細ないきさつが気になる方は原作もぜひどうぞ。異母兄の松山ケンイチさんのなりきりぶりがすごくて、あの鼻水は本物か、それとも何かで作ってあるのか気になっています。エンドロールで出演者たちのダンスが観られます。席を立たずに最後までご覧ください。
神木隆之介さん、子役からの長い芸歴で初の時代劇。髷姿が可愛らしいです。リュック・ベッソン監督のファンタジー映画『アーサーとミニモイの不思議な国』(07公開)でアーサー(フレディ・ハイモア)の吹き替えをして、来日したベンソン監督と完成披露試写会に登場。当時中学生の可愛い少年でした。ずっと出演作が続き、『るろうに剣心』で華麗な殺陣を見せたかと思えば、今は朝ドラ「らんまん」で日本の植物学の先駆者である牧野富太郎博士をモデルにした主人公を演じ、さらに認知度があがっています。この先も楽しみ。(白)
藩の財政がひっ迫しているのに策も立てないどころか原因も探らないまま、息子にあとを託して趣味に生きる父。そんなお殿様だから家臣に付け込まれてしまうのですね。山と積まれた帳簿を若殿・小四郎自ら先頭に立って必死になって調べる姿が頼もしいです。
国家も企業も、「うまくやる人」が、私腹を肥やしていることが多々ありそうです。
名だたる俳優たちが、ちょっと羽目をはずして演じているのが楽しいです。丹生山藩の付家老、天野大膳と、その弟の中膳、小膳の三役を演じた梶原善さんが特に印象に残りました。(咲)
2023年/日本/カラー/シネスコ/120分
配給:松竹
(C)2023映画「大名倒産」製作委員会
https://movies.shochiku.co.jp/daimyo-tosan/
★2023年6月23日(金)ロードショー
2023年06月16日
めんたいぴりり パンジーの花
監督:江口カン
脚本:東憲司、江口カン
出演:博多華丸、富田靖子、⻫藤優(パラシュート部隊)、瀬口寛之、福場俊策、井上佳子、増永成遥、菊池拓眞
酒匂美代子、ゴリけん、博多大吉(友情出演)、地頭江音々(HKT48)、森永悠希、余貴美子
福岡 中州の食料品店「ふくのや」に今日も見慣れないお客がいる。腹ペコで動けないホームレスを店主海野俊之が連れてきたのだった。満腹にさせ、お金まで貸して見送った俊之に従業員たちは「人が良すぎる!」とプンプン。妻の千代子はいつものことで「しょんなかね~」と呆れるばかりだ。
そんなふくのやの店先にたこ焼き屋台が止まっていた。腕良し、口も達者なツルというおばちゃんは、何か訳あり。ふくのや従業員の松尾を巻き込んでしばらく屋台を続けるらしい。同じころ、松尾と笹嶋は八重山を尾行して、絵画教室に通っているのを突き止める。八重山は若くて可愛いマリ先生に片思いしていた。
2019年公開の前作『めんたいぴりり』は、海野夫婦が戦後の混乱期に釜山から引き揚げ、苦労して辛子明太子を開発・完成させるまでを描いていました。博多の人なら誰もが知っている「ふくや」の創業者川原俊夫さんがモデルです。テレビドラマとして2013年に福岡ローカル番組で放映されてから10年。映画版の第2弾が観られるとは、嬉しいかぎりです。
本作では、従業員八重山の片思い、その相手のマリ先生の恋愛、さらにたこ焼き屋台のおばちゃんツルさんの秘められた恋と三通りのロマンスが描かれています。
悪人もいなければ大きな事件もバトルもありませんが、人の愛情や善意が詰まっています。それでいて押しつけがましくありません。いつでもただいまと帰ることができて、まったりのんびりしたら、さ、また頑張ってみるか。と劇場を後にできます。まるでオアシスのような作品で、観客はもちろんスタッフやキャスト、誰よりも江口カン監督がこの作品の一番のファンじゃない?と思ってしまいます。
どこの街にも「ふくのや」があって、温かいごはんと辛子明太子がたっぷりの食卓が待っていたなら、争いなんて起きないでしょうに。「たられば」言っとらんで、自分でできることせんね!>自分(白)
★新宿での公開初日の舞台挨拶の模様をほぼ書き起こしでお届けします。
こちら
2023年/日本/カラー/シネスコ/99分
配給:クロックワークス
(C)2023「めんたいぴりり」製作委員会
https://mentaipiriri.com/
★2023年6月2日(金)九州先行公開
6月9日(金)より全国拡大公開中!
2023年06月15日
探偵マーロウ 原題:Marlowe
監督:ニール・ジョーダン
出演:リーアム・ニーソン、ダイアン・クルーガー、ジェシカ・ラング、アドウェール・アキノエ=アグバエ、ダニー・ヒューストン、アラン・カミング
原作:「黒い瞳のブロンド」(ベンジャミン・ブラック/小鷹信光 訳 早川書房刊)
1939年10月、アメリカ・ロサンゼルス。探偵フィリップ・マーロウの事務所にブロンドの美女クレアが訪ねてくる。他界した父は石油業界にいて裕福。母はアイルランド出身の有名な女優だという。「突然姿を消した愛人ニコ・ピーターソンを探してほしい」との依頼をマーロウは引き受ける。映画界で売れてない下っ端の役者ニコの家に行ってみる。隣人は7週間前から姿を見ないといい、その間にメキシコ人が二人訪ねてきたと聞かされる。さらに警察で、ニコがコルバタクラブの外の道で轢き逃げされ亡くなったことを知る。クレアに確認しにいくと、轢き逃げで死んだのは周知の事実だけど、先週、見かけたのだという・・・
ハリウッドの富裕層が集うコルバタクラブ前の道での事故に、権力者が絡んでいるはずと捜査を進めるマーロウ。けれども、妹のリンが兄ニコの遺体だと確認したといわれます。有名女優であるクレアの母ドロシーもマーロウの前に現れ、さて、真相は?
ダイアン・クルーガー演じるクレアと、ジェシカ・ラング演じる母ドロシーの雰囲気がとても似ていて、いかにも母娘という感じ。どちらも貫禄たっぷりです。
リーアム・ニーソン銀幕デビュー45周年、出演100本目の作品。これまでハンフリー・ボガート、ロバート・ミッチャムなどが演じてきた探偵マーロウを、一度演じてみたかったというリーアム・ニーソン。私自身は、ほかのマーロウを観ていないし、原作も読んでいないので、リーアム演じる思慮深く紳士的な探偵マーロウにとても好感が持てました。
背景にさりげなく流れるジャズに、1960年代に夢中になってみていたロサンゼルスを舞台にしたTVの探偵ドラマ「サンセット77」を思い出しました。
冒頭にヒトラーの言葉が流れ、映画の後半には鍵十字の旗が並ぶ撮影現場が出てきます。アメリカはまだ参戦していませんが、ちょうど第二次世界大戦がヨーロッパで口火を切ったころが舞台なのも興味深かったです。
ちなみに本作はアメリカ映画ではなく、アイルランド人のニール・ジョーダン監督が、北アイルランド出身のリーアム・ニーソンを主役にして描いた映画。アイルランド訛りの英語が味わえるらしいです。(咲)
2022年/アイルランド・スペイン・フランス/英語/109分/カラー/PG12)
配給:STAR CHANNEL MOVIES
公式サイト:https://marlowe-movie.com/
★2023年6月16日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
2023年06月11日
青いカフタンの仕立て屋 原題:Le bleu du caftan 英題:THE BLUE CAFTAN
監督・脚本:マリヤム・トゥザニ
出演:ルブナ・アザバル サーレフ・バクリ アイユーブ・ミシウィ
モロッコ、海沿いの街サレ。クルアーンの朗誦が聴こえてくる旧市街の路地裏。小さな仕立て屋で、モロッコの伝統的な民族衣装カフタンを丁寧に作り上げる職人気質の夫ハリムと、そばで支える妻のミナ。伝統を継承する為に若いユーセフを雇う。ハリムが刺繍や仕立ての技術をユーセフに教える姿をみながら、ミナは二人の間にある微妙な感情に気づく。一方で、ミナは病に侵され余命わずかと知る・・・
『モロッコ、彼女たちの朝』で、未婚で身籠った女性と、彼女を手助けする未亡人のパン屋の店主を描いたマリヤム・トゥザニ監督。未婚で母になるというイスラーム社会では許されないテーマを瑞々しく描いていましたが、本作でもイスラーム社会でタブーの同性愛を取り上げています。ハンマームで個室を借りた男性二人の足元を映した場面は生々しくてドキドキ。見つめあう男たちや、そんな二人を静かに見守るミナの眼差しは、とても優しくて、味わい深いです。
ミナを演じているのは、『モロッコ、彼女たちの朝』でパン屋の店主を演じたルブナ・アザバル。そのほか、『ビバ!アルジェリア』『パラダイス・ナウ』『愛より強い旅』『灼熱の魂』『テルアビブ・オン・ファイア』などに出演し、印象深い女優さん。
『モロッコ、彼女たちの朝』では、パン屋を舞台に美味しそうなパンが出てきましたが、本作では、モロッコのお料理が出てきます。ミナが手間暇かけて作ったルフィサや、ユーセフが体調の悪いミナのためにタジン鍋で作った卵料理・・・
ミナが夫に「モハの店でミントティーを飲みたい」とねだって行くのですが、客のほとんどが男。二人で歩いていると、身分証をチェックされ、婚姻証明まで求められるという、この地域ならではの場面もありました。
さて、ハリムがユーセフと共に丁寧に刺繍を施して作り上げた青いカフタン。ラストの場面に涙です。(咲)
2022年/フランス、モロッコ、ベルギー、デンマーク /アラビア語/122分/ビスタ/カラー/5.1ch
字幕翻訳:原田りえ
提供:WOWOW、ロングライド
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/bluecaftan/
★2021年6月16日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
アシスタント(原題:THE ASSISTANT)
監督・脚本・製作・共同編集:キティ・グリーン
出演:ジュリア・ガーナー(ジェーン)、マシュー・マクファディン(ウィルコック)、マッケンジー・リー(ルビー)、クリスティン・フロセス(シエナ)
名⾨⼤学を卒業したジェーンは、有名なエンターテインメント企業に就職した。将来は映画プロデューサーになりたいという夢を抱いて激しい競争を勝ち抜いてきた。実際にアシスタントになってみれば、電話の受付にコピーや片付けの雑用ばかり。男性社員の妻の電話を代わりに受けさせられ、罵倒されるのも仕事のうちらしい。朝は早くから出社して、最後に退社する多忙な毎日で、父親の誕生日さえ忘れていた。それでも夢に近づくためと自分に言い聞かせて働いている。
業界の⼤物である会⻑のハラスメントに気づいたジェーンは、それが社内で周知のことだと知る。しかしどうにも見過ごすことができず人事部へ相談に行くことにした…。
2017年ハリウッドから火がつき、世界中で話題となった「#Me Too運動」。日本でも映画業界でパワハラやセクハラを問題視、改善していこうというムーブメントが起こり、ほかへも広がっていきました。
2019年に発表されたこの作品は、まだ業界の空気に染まらない新入社員を通して描いています。上役の理不尽な要求に抗えないのは、上から下まで同じ。上を目指すうちに、下にいたときに舐めた辛酸を忘れていくのでしょうか。
同じフロアの男性社員は、アシスタントのジェーンを軽んじているし、思い悩む彼女が相談できる相手ではありません。人事部の男性の言葉に”はらわたが煮えくりかえりそうになる”女子は多いはず。とどめによこしたメールもひどい。ジェーンが人事部に行ったことはすぐに知られて、周りの反応がいくつか出てきます。遅くてもないよりはましですが、遅いし、前例に倣わせるだけで改善しようというものではありません。
「#Me Too運動」がいろいろと話題になった後、いつのまにやら元に戻っていないことを祈るばかり。ジェーン役のジュリア・ガーナーが、グリーン監督の指導か、抑えた演技に徹しています。セリフも少なく、無理に笑顔を作ったり無言で涙したりの静かなシーンが、大仰な告発よりも胸にささります。(白)
2019年/アメリカ/カラー/シネスコ/87分
配給・宣伝:サンリスフィルム
© 2019 Luminary Productions, LLC. All Rights Reserved.
https://senlisfilms.jp/assistant/
2023年6月16日(金) 新宿シネマカリテ、恵比寿ガーデンシネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開
ザ・フラッシュ(原題:THE FLASH)
監督:アンディ・ムスキエティ
脚本:クリスティーナ・ホドソン
撮影:ヘンリー・ブラハム
音楽:ベンジャミン・ウォルフィッシュ
出演:エズラ・ミラー(バリー・アレン/フラッシュ)
サッシャ・カジェ(カーラ・ゾー=エル/スーパーガール)
マイケル・シャノン(ゾッド将軍)
ロン・リヴィングストン(ヘンリー・アレン)
マリベル・ベルドゥ(ノラ・アレン)
カーシー・クレモンズ(アイリス・ウェスト)
ベン・アフレック(ブルース・ウェイン/バットマン)
マイケル・キートン(ブルース・ウェイン/バットマン)
最速のヒーロー”ザ・フラッシュ”ことバリー・アレンには悲しい過去があった。幼いときに最愛の母が死んでしまい、無実の父がその犯人にされてしまったのだ。超音速で過去に戻れることがわかったバリーは、いけないと知りつつ母を救い、3人家族が幸せに暮らしている世界にたどり着く。しかし、そこにはスーパーマンやワンダーウーマンたちは存在せず、スーパーマンが倒したはずの敵が地球を襲って植民地にしようとしていた。自分が過去を変えたことで、その後の世界が大きく変わってしまったことに驚愕したバリーはバットマンを探し、協力をあおぐのだが…。
普段は心優しい青年バリーですが、フラッシュに変身すると地上最速のヒーローとなります。マスクをしてもハンサムなエズラ・ミラーがコミカルにシリアスに演じて、いくつもの時空をこえた世界で活躍します。相棒となるのがもうひとりの「自分」!?これが両親健在の世界でのんきに育ったお調子者。2人が出会う場面では大笑いでした。
ドラえもんでは、タイムトラベルで決して自分とは出会ってはならなかったのですが、最近はマルチバース(自分のいる現実の世界のほかに、無数の世界が存在する)というのが主流のようです。これは理論物理学なんですって。
さて、スーパーマンのいない世界で、フラッシュと力を合わせて強敵と戦うのはなんとスーパーガール。そしてそして、画面に登場するなり「お!」「わ!」と声が出てしまうだろうあの人も。
地球外の敵が襲来するようなこんな世界がどこかにあるのでしょうか?ひとまず映画で体験しましょう(襲来はいやだけど、地球人としての意識が高まるかも)。フラッシュと世界を移動するときはスピードにご注意、もらい泣きしそうな人はティッシュやハンカチをご用意ください。(白)
2023年/アメリカ/カラー/シネスコ/134分
配給:ワーナー・ブラザース映画
(C)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved (C) & TM DC
https://wwws.warnerbros.co.jp/flash/
★2023年6月16日(金)世界同時公開ー”最強”終結。
世界が引き裂かれる時 KLONDIKE 原題:KLONDIKE
監督・脚本:マリナ・エル・ゴルバチ
撮影:スヴャトスラフ・ブラコフスキー
音楽:ズヴィアド・ムゲブリー
出演:オクサナ・チャルカシナ、セルゲイ・シャドリン、オレグ・シチェルビナ
ロシア国境近く、ウクライナ東部のドネツク州グラボベ村。
2014年7月17日。明け方、妊娠中のイルカと夫トリクの住む家が、親ロシア派分離主義勢力に誤射され、壁に大きな穴があいてしまう。二人はすぐに壁の穴を塞ごうとするが、目の前で航空機撃墜事故が起こる。不穏な状況に、トリクは身重のイルカに安全なところに逃げようというが、イルカは壁の穴をなんとか塞ぎたい。イルカの弟ヤリクが、町から車でやってきて、冬服とパスポートを持って車に乗るよう促す。ヤリクは反ロシア派だ。トリクの部屋で親ロシア派の制服を見つけ、不信感を爆発させる。そんな中、予定日迄まだ2か月あるのにイルカは産気づく・・・
ロシア側の武装勢力に占領された村で、夫トリクは決して親ロシア派ではないけれど、自身と家族を守るために仕方なく親ロシア派を装います。弟ヤリクは、そんな日和見主義も許せず、わざとウクライナの音楽を大きな音でかけます。そんな対立の中で、ただただ我が家と生まれてくる子を必死になって守ろうとするイルカ。それは、主義主張など関係なく、人間の本能からの行動でしょう。
本作を紡いだのは、ウクライナ出身の女性、マリナ・エル・ゴルバチ監督。
2014年7月のマレーシア航空 17 便襲撃に端を発するドンパス戦争は、ロシアのプロパガンダによりウクライナ国内の紛争だと報道されてきました。2016 年、ゴルバチ監督は、それがロシアによる侵略行為であることを忘れ去られないようにとの思いで脚本を書き始めました。撮影を開始したのは 2020 年の夏のことです。
2022 年 2 月 24 日にロシアがウクライナに侵攻し、いまだに戦争状態が続いていますが、今のこの戦争は2022年に始まったものでなく、2014年3月のクリミア不法併合、そして2014年7月のドンパスでの出来事から続いていたことを思い起こさせてくれる映画です。
ゴルバチ監督には、夫であるトルコ人のメフメット・バハドゥル・エル監督との共同監督作品『黒犬、吠える』(2009年/トルコ)が、アジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映された折に取材しています。

マリナ・ゴルバチ監督(左)、メフメット・バハドゥル・エル監督(右)
二人の共同監督作品『ラブ・ミー』(2013年/ウクライナ・トルコ)は、2014年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で上映され、2022年の映画祭でもチャリティ上映「ウクライナに寄せて」として再上映されています。
トルコとウクライナが出会う『ラブ・ミー』(咲) (2014年07月23日)
トルコの男性とウクライナの女性の一夜を描いたコメディタッチの物語で、思えば平和なウクライナを舞台にした映画でした。 (咲)
原題『KLONDIKE』に込めた思い
ドンバスは、石炭採掘や鉄鋼など豊かな工業地帯。ロシアからヨーロッパへのガスが通る戦略的な場所であると同時に、多くの旧ソ連の指導者の出身地。そのドンバスと、19 世紀にゴールドラッシュが発生したカナダのクロンダイク川を重ね合わせ、土地を力尽くで奪い、手に入れるというロシアの行為は、時代に逆行する、古い時代に後退する行為だと言う思いで付けたタイトル。
2022/ウクライナ・トルコ/ウクライナ語・ロシア語・チェチェン語・オランダ語/100分/G/カラー/DCP/ワイドスクリーン/5.1ch
日本語字幕:岩辺いずみ
配給:アンプラグド
公式サイト:https://unpfilm.com/sekaiga
★2023年6 月 17 日(土)より シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース(原題:SPIDER-MAN: ACROSS THE SPIDER-VERSE)
監督:ホアキン・ドス・サントス、ジャスティン・K・トンプソン、ケンプ・パワーズ
脚本:フィル・ロード、クリストファー・ミラー、デヴィッド・キャラハム
声の出演:シャメイク・ムーア(マイルス・モラレス)、ヘイリー・スタインフェルド(グウェン・ステイシー)、オスカー・アイザック(ミゲル・オハラ)
日本語吹き替え版:
小野賢章(マイルス・モラレス)
悠木碧(グウェン・ステイシー)
宮野真守(ピーター・B・パーカー)
関智一(ミゲル・オハラ)
木村昴(スパイダー・パンク)
佐藤せつじ(スパイダーマン・インディア)
田村睦心(スパイダーウーマン)
江口拓也(スカーレット・スパイダー)
ブルックリンの高校生、マイルス・モラレス。ピーター・B・パーカーの後を継ぎ、学業の傍らスパイダーマンとなって毎日人々を救うために飛び回っている。白黒の不思議な怪人スポットが現れ、今日も忙しい。
そんなときにもう会えないと思っていたグェンが突然訪ねてきた。案内されたのは、スパイダーバース。懐かしいピーターやスパイダーマンの中のエリートを束ねるミゲル・オハラに会うことができた。マイルスは初めてスパイダーマンの哀しい運命を知る。ミゲルに「愛する一人を救うか、世界を救うか」どちらか選べと迫られたマイケルは…。
2019年3月日本公開の『スパイダーマン スパイダーバース』の続編。監督は入れ替わったようですが、あの色彩やスピード感がさらにパワーアップしています。アクションはめまぐるしいですが、友情や家族愛もしっかり入っています。今回のモラレスの敵はスパイダーバース内の全スパイダーマン!?そんな馬鹿な!!どうするモラレス?
2024年には『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』公開が決まっています。乞うご期待!!(白)
2023年/アメリカ/カラー/シネスコ/140分(日本語吹き替え版141分)
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
(C)2023 CTMG. (C) & TM 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
https://www.spider-verse.jp/
★2023年6月16日(金)全国の映画館で公開
2023年06月08日
ミート・ザ・フューチャー〜培養肉で変わる未来の食卓〜 原題:Meat the Future
監督:リズ・マーシャル
音楽:モービー
ナレーション:ジェーン・グドール
出演:ウマ・ヴァレティ、ニコラス・ジェノベーゼ、エリック・シュルツ、ケーシー・カーズウェル、ダニエル・デスメット、マシュー・レオン、マイケラ・ウォーカー、ムルナリ二・バヴァタネニ、ブルース・フリードリヒ、アマンダ・リトルほか
動物の細胞から肉を育てる培養肉を開発した元心臓専門医でインド出身のウマ・ヴァレティ博士を中心に、食糧危機や環境問題を考えるドキュメンタリー。
人口増加により2050 年までには世界の肉の消費量が 2 倍になると予測されている。既に畜産業は世界の陸地の半分近くを占め、車よりも多くの温室効果ガスを排出している。
そこで注目されているのが、細胞ベースの肉とも呼ばれる「培養肉」。これは動物を屠殺する必要のない、動物の細胞から肉を育てる食品テクノロジー。
カリフォルニア州バークレーに拠点を置く人工培養肉製造会社アップサイドフード(旧メンフィス・ミート)の共同設立者兼 CEO であるウマ・ヴァレティ博士とそのチームを5年にわたり追跡。1 ポンドあたり18,000ドルの世界初のミートボールから、初めて半分のコストでチキンフィレを誕生させた瞬間を捉えている。
ウマ・ヴァレティ博士は、インドのヴィジャヤワダ出身。南東部アーンドラ・プラデーシュ州にある都市。ヴァレティ博士が培養肉に目覚めたのは、宗教的なことからかなと思ったのですが、その点については本作では述べられていませんでした。12歳の時、友達の誕生日パーティに招かれていったときに、調理をしている裏庭で、動物や鶏が殺されているのを目撃して、動物を殺す代わりに、肉の成る木があるといいなと思ったのが原点なのです。安泰な心臓専門医の身分を捨てて、まったく違う分野に挑戦することに、お母さまはかなり心配されているご様子。でも、培養肉を思いついたのは、心臓外科医だったからこそなのです。
1931年に、チャーチルが「食べる部位だけ育てる」という言葉をのこしているそうです。テクノロジーの進化は、そんなことを可能にしてしまいました。 あとは、コストをいかに抑えて、誰もが買えるようにすることでしょうか・・・ (咲)
2020年/カナダ/84分/英語・ヒンディー語
配給・宣伝:アップリンク
© 2023 LIZMARS PRODUCTIONS INC.
公式サイト:https://www.uplink.co.jp/mtf/
エシカル・ライフ・シネマ特集 『ミート・ザ・フューチャー~培養肉で変わる未来の食卓~』『リファッション~アップサイクルでよみがえる服たち~』
★2023年6月9日(金)より恵比寿ガーデンシネマ、アップリンク吉祥寺にて公開
リファッション~アップサイクルでよみがえる服たち~ 原題:reFashioned
監督:ジョアンナ・バウワーズ
プロデューサー:ケイト・フレミング・デイヴィス
音楽:ホー・リン・タン
出演:エドウィン・ケー、サラ・ガーナー、エリック・スウィントン、ヴァネッサ・チョン、ロナ・チャオ、エリック・バン
世界有数の人口密集都市・香港。膨大な廃棄物の埋め立て地で毎年地形図が変わるほど。もう埋め立てるには限界に達している。そんな香港で、廃棄衣料から新たな服を作り出す技術、高級子供服の古着販売や、ペットボトルのリサイクルなど、持続可能な社会を作ろうとする3人の香港の人びとの挑戦を記録したドキュメンタリー。
「香港繊維アパレル研究所(HKRITA)」CEOエドウィン・ケー
香港政府のイノベーション技術委員会から資金提供を受け、理工大学が組織する研究所。
香港の繊維メーカーNOVETEXと共に廃棄衣料からテクノロジーにより水と薬品を使用せず糸にし、新たな服にアップサイクルする画期的な新技術を開発。
ファッションバイヤーのサラ・ガーナー。高級子供服の古着を販売するオンライン・プラット・フォーム「Retykle」を創業。
香港で分別廃棄されていないペットボトルのリサイクルに挑戦するエリック・スウィントン。ごみ回収業の高齢者に公正な賃金を支払い、ペットボトルを回収して織物などにアップサイクルすることで、香港のプラごみ問題と社会問題を同時に解決することを模索。
香港ではペットボトルを糸に変えることができないことに気づき、ペットボトルを輸入してくれる国を見つけるためにアジア中を必死に探す。
本作を通じて、香港ならではの事情を知ることができました。
1960年代、政情不安から、上海から縫製工場の経営者たちが台湾経由香港へ。エドウィン・ケー氏も上海から来た家系。当時30社以上あった縫製工場は、すべて上海出身者の経営。今は本土のほうがコストが安いため、ほとんどが閉鎖したと語っていました。
サラ・ガーナーは、成長の早い子供がすぐに同じ服を着られなくなるという母親としての経験から起業。ところが、中華圏では伝統的に古着は好まれないことを知ります。「Retykle」で働く香港人の女性が、「中国人は、前の持ち主の不運を引き継ぎたくないから」と理由を明かしてくれます。新世代はエコ意識が強く、偏見もなくなってきているとのこと。
成長の止まった私たち大人は、使い捨てにするファストファッションでなく、多少高くても良質の衣服を大切に何年も着たいものだと思いました。
そして、ペットボトル。便利ですが、回収するにも莫大な費用がかかることに驚かされます。日本では少なくとも回収ボックスや地域での回収システムは整備されていますが、香港では高齢者の廃品回収を営む人たちに委ねられているとのこと。さらに香港ではリサイクルできないので、運搬費をかけて外国に持っていかなければならないことに驚きました。
持ってこられた国にも処理しなければいけないペットボトルがあるはず。世界中の膨大なペットボトルの量を思うと、便利だけど作られるべきでなかったと!
なお、本作はジョアンナ・バウワーズ監督はじめ、撮影クルーのほとんどが女性。
作り手の環境問題への意識の高さを感じさせてくれる作品です。(咲)
2021年/香港/84分/英語・北京語・広東語
配給・宣伝:アップリンク
©CHEEKY MONKEY PRODUCTIONS ASIA LTD 2021
公式サイト:https://www.uplink.co.jp/refashioned/
エシカル・ライフ・シネマ特集『ミート・ザ・フューチャー~培養肉で変わる未来の食卓~』『リファッション~アップサイクルでよみがえる服たち~』
★2023年6月9日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺で公開
2023年06月07日
エシカル・ライフ・シネマ特集『ミート・ザ・フューチャー~培養肉で変わる未来の食卓~』『リファッション~アップサイクルでよみがえる服たち~』
エシカル・ライフ・シネマ特集
食糧危機や増え続ける廃棄物など、私たち人類を取り巻く様々な問題。
「持続可能な社会にテクノロジーが変える」をテーマに、2作品を上映する特集です。
いずれも女性監督による作品。
配給・宣伝:アップリンク
★2023年6月9日(金)より恵比寿ガーデンシネマ、アップリンク吉祥寺にて公開
『ミート・ザ・フューチャー〜培養肉で変わる未来の食卓〜』 原題:Meat the Future
監督:リズ・マーシャル
動物の細胞から肉を育てる培養肉を開発した元心臓専門医でインド出身のウマ・ヴァレティ博士を中心に、食糧危機や環境問題を考えるドキュメンタリー。
2020年/カナダ/84分/英語・ヒンディー語
公式サイト:https://www.uplink.co.jp/mtf/
シネジャ作品紹介
『リファッション~アップサイクルでよみがえる服たち~』 原題:reFashioned
監督:ジョアンナ・バウワーズ
世界有数の人口密集都市・香港。膨大な廃棄物の埋め立て地で毎年地形図が変わるほど。
そんな香港で、高級子供服の古着販売や、ペットボトルのリサイクルなど、持続可能な社会を作ろうとする3人の香港の人びとの挑戦を記録したドキュメンタリー。
2021年/香港/84分/英語・北京語・広東語
公式サイト:https://www.uplink.co.jp/refashioned/
シネジャ作品紹介
食糧危機や増え続ける廃棄物など、私たち人類を取り巻く様々な問題。
「持続可能な社会にテクノロジーが変える」をテーマに、2作品を上映する特集です。
いずれも女性監督による作品。
配給・宣伝:アップリンク
★2023年6月9日(金)より恵比寿ガーデンシネマ、アップリンク吉祥寺にて公開
『ミート・ザ・フューチャー〜培養肉で変わる未来の食卓〜』 原題:Meat the Future
監督:リズ・マーシャル
動物の細胞から肉を育てる培養肉を開発した元心臓専門医でインド出身のウマ・ヴァレティ博士を中心に、食糧危機や環境問題を考えるドキュメンタリー。
2020年/カナダ/84分/英語・ヒンディー語
公式サイト:https://www.uplink.co.jp/mtf/
シネジャ作品紹介
『リファッション~アップサイクルでよみがえる服たち~』 原題:reFashioned
監督:ジョアンナ・バウワーズ
世界有数の人口密集都市・香港。膨大な廃棄物の埋め立て地で毎年地形図が変わるほど。
そんな香港で、高級子供服の古着販売や、ペットボトルのリサイクルなど、持続可能な社会を作ろうとする3人の香港の人びとの挑戦を記録したドキュメンタリー。
2021年/香港/84分/英語・北京語・広東語
公式サイト:https://www.uplink.co.jp/refashioned/
シネジャ作品紹介
2023年06月04日
マゴーネ 土田康彦「運命の交差点」についての研究 イタリア語題:Magone uno studio sui “I crocevia del Fato” di Tsuchida Yasuhiko
監督・脚本・撮影・編集:田邊アツシ
プロデューサー:杉本理恵子
音楽:小久保隆
出演:土田康彦、宮脇花綸、臺佳彦、403 architecture[dajiba]、大友香里、TERU
「ガラスの詩人」の異名をもつ土田康彦。
水の都ヴェネチアで約1000年に渡り受け継がれてきたヴェネチアンガラス。土田康彦は、熟練のガラス職人だけが集うムラーノ島で、唯一スタジオを構える日本人。
大阪の辻調理師専門学校を卒業し、ヴェネチアの名店「ハリーズ・バー」で調理師として働いた経歴を持つ。さらに、自身の辻調理師専門学校時代の経験をもとに10年かけて執筆した青春群像小説『辻調鮨科』を2021年に出版。
「マゴーネ(Magone)」とは北イタリアの方言で「夕日を見る時の胸を締めつけられるような感覚」を意味する。土田は大胆に諺にある“袖振り合うも多生の縁”と訳す。
本作は、監督である田邊アツシが、土田康彦の作品集「運命の交差点」(2015年)に触発され、ヴェネチアに会いに行き、8 年間にわたり彼の姿を追った記録。
田邊アツシ監督自身によるナレーションが、彼自身が撮ったヴェネチアの美しい映像と相まって、ズンと心に響いてきました。
土田康彦さんの言葉や、フェンシング選手、映像作家、ミュージシャン、医学博士など様々な人たちとの対話から、生きるためのヒントをたくさんいただきました。
私にとっては、たった2日間ですが、ヴェネチアの迷路のような町を彷徨った日も蘇りました。 何度も繰り返して観てみたくなる映像詩。(咲)
2021年/日本/96分/カラー/シネスコ/ステレオ
制作:ラングラフ
配給:えすぷらん
配給協力:プレイタイム
公式サイト:http://magone-film.com/
★2023年6月9日(金)より シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
コロニアの子供たち 原題: Un Lugar Llamado Dignidad 英題:A Place Called Dignity
監督・脚本:マティアス・ロハス・バレンシア
出演:サルヴァドール・インスンザ、ハンス・ジシュラー、
アマリア・カッシャイ、ノア・ヴェスターマイヤー、ダヴィド・ガエテほか
1989年、チリ。12歳の少年・パブロは、母が季節労働者として山に行く為、司祭より薦められ、ドイツ人の作った学校「コロニア・ディグニダ」に奨学生として入校する。ここでは「労働は神への奉仕」とされ、集団を統治するパウル様のもと、大人も子供も秩序・清廉を規範に集団生活をおくっている。ほどなく、パブロはスプリンターと呼ばれるパウル様のお気に入りに選ばれ、「自由の家」で暮らすことを許される。テレビも見れると憧れていたが、それは地獄の日々の始まりだった・・・
入校し、2段ベッドの並ぶ部屋に案内されたパブロ。同室の少年に声をかけると、「しゃべっちゃいけない」と言われます。二人で過ごす男女も怯えた様子。ここでは、「神様とピウス様がどこかで見ている」という教えが皆を支配しているのです。やがて、密通した男女が皆の目の前で制裁されます。
1960年代初頭、ナチス残党であるパウル・シェーファーが反共的なホルヘ・アレッサンドリ政権の許可を得て、チリ南部に設立した「コロニア・ディグニダ(尊厳のコロニー)」。地域から隔離されたこの施設は、悪名高きピノチェト政権下では拷問を行う場としても使われ、反政府運動をしていた人物が、ここに送られ行方不明になっていることも映画の中で描かれています。
ピノチェト政権崩壊後も、「コロニア・ディグニダ」はパウル・シェーファーの独裁的な指導のもと継続。シェーファーの性的虐待と暴行はピノチェト政権下では不問にされていましたが、その後起訴され、本人不在のまま2004年に懲役20年の有罪判決。過去の児童虐待疑惑についてもドイツやフランスから指名手配を受けていたとのこと。
数年前には、ヨーロッパでの神父たちによる少年への性的虐待があばかれ、日本でもジャニーズに所属していた人たちが、今になって少年時代に受けた性的被害を明かしています。本作でも、パブロの前にパウルのお気に入りだったルドルフが、性的虐待を受けていたことについて一言も明かしません。大人による立場を利用しての性的虐待が後を絶たないのは、被害者が声を出せないから。
2010年にパウル・シェーファーが88歳で亡くなり、「コロニア・ディグニダ」の悲劇に終止符が打たれ、その後、「ビシャ・バビエラ(バイエルン風ビラ)」と改称。ホテルを備えた観光施設になり、ドイツ人などの入植者の子孫たちは、記憶の継承と償いに務めていると最後に示されていました。「アヴェ・マリア」の歌が美しくも悲しく響きました。(咲)
2021年/チリ・フランス・ドイツ・アルゼンチン・コロンビア/99分/カラー
配給:シノニム、エクストリーム
公式サイト: https://colonia-movie.com/
★2023年6月9日(金) ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町、池袋シネマ・ロサ、他 全国ロードショー!
水は海に向かって流れる
監督:前田哲
原作:田島列島「水は海に向かって流れる」(講談社「少年マガジンKCDX」刊
脚本:大島里美
撮影:池田直矢
音楽:羽毛田丈史
主題歌:スピッツ
出演:広瀬すず(榊千紗)、大西利空(熊沢直達)、高良健吾(歌川茂道)、戸塚純貴(泉谷颯)、當真あみ(泉谷楓)、勝村政信(榊謹悟)、北村有起哉(熊沢達夫)、坂井真紀(高島紗苗)、生瀬勝久(成瀬賢三)
熊沢直達は高校への通学のため、叔父・直達の家に居候することになった。だが、土砂降りの雨の中、最寄りの駅に迎えに来たのは、叔父ではなく見知らぬ大人の女性・榊さんだった。叔父の彼女かと疑いながらついていくと、案内されたのはシェアハウス。叔父は漫画の締め切りで手が離せず、住人の榊さんに迎えを頼んだだけだった。榊さんは腹ペコの直達に極上の牛丼を作ってくれた。
ほかの住人たちも一風変わった人ばかり。女装して占いの仕事をしている颯(はやて)、海外放浪する大学教授の成瀬。捨て猫をきっかけに颯の妹の楓(かえで)とも知り合った。直達は26歳のOL・榊さんにほのかな恋心を抱くが、過去のある出来事から「恋愛はしない」と宣言する榊さん。実は少なからぬ因縁があるのを、まだ直達は知らない。
原作は未見ですが、高校生が10歳ほど年上の大人の女性にときめいて成長していくお話、同級生の女の子もちょっとだけからみます。現役高校生の大西利空さんが、直達を初々しく演じています。あんなに綺麗なのに、なぜ榊さんは恋愛しないと言い切るのか、そこが少しずつ明かされていきます。
広瀬すずさんを初めて認識したのはテレビのCMだったかもしれません。可愛い子だなぁと思っていたら、先に芸能界デビューしていた広瀬アリスさんの実の妹でした。高校生の時に出演した『海街diary』(2015年)で新人賞を総なめにしたのがつい最近のように思えます。『流浪の月』では重い役柄、今回も広瀬さんには珍しい、過去を抱えていつも不機嫌なOL役。いつのまにか大人の女性になられたんだなぁと越し方を思います。タイトルの「水が海へと向かって流れる」ように、誰もがあるがままに生きていけたら「いいね」。それにしてもあの丼美味しそうだった…。(白)
2023年/日本/カラー/シネスコ/123分
配給:ハピネットファントム・スタジオ
(C)2023映画「水は海に向かって流れる」製作委員会 (C)田島列島/講談社
https://happinet-phantom.com/mizuumi-movie/
★2023年6月9日(金)ロードショー
逃げきれた夢
監督・脚本:二ノ宮隆太郎
撮影:四宮秀俊
音楽:曾我部恵一
出演:光石研(末永周平)、吉本実憂(平賀南)、工藤遥(末永由真)、杏花、岡本麗、光石禎弘、坂井真紀(末永彰子)、松重豊(石田啓司)
定時制高校の教頭をしている末永周平、元教え子の南が働く定食屋を訪ねるが支払いを忘れて店を出てしまう。もの忘れが多くなってきたのを自覚した末永は40年務めた教職をやめようと決心した。振り返ってみれば、仕事にかまけてないがしろにしていた家庭は冷え切り、妻には身体にふれることさえ拒まれ、娘との会話もなりたたなくなっていた。旧友の石田とも腹を割って話せない。こんなことでいいのか、と人生の分岐点で立ち止まった。
二ノ宮隆太郎監督はこれまで『枝葉のこと』『お嬢ちゃん』などオリジナル映画を送り出してきました。俳優としてもあちこちの作品で見かけて、そのたびに「あ、頑張ってる」と一安心していました(別に親戚でもなんでもないのに、なんだか気になって笑)。
二ノ宮監督は俳優・光石研さんのファンで、当て書きしたシナリオが2019年のフィルメックスで”新人監督賞グランプリ”を受賞しました。当時の仮題「逃げきれた夢」をそのままにこのほど劇場公開が決定。
光石研さんは高校生のときに『博多っ子純情』(1978年)のオーディションで主役に抜擢、その後は数々の映画・テレビに出演し今は幅広い役柄を演じ分ける名バイプレイヤーとなりました。本作は『あぜ道のダンディ』(2011年)で主演して以来12年ぶりの単独主演映画。故郷北九州での撮影は気恥ずかしかったようですが、実のお父さんも出演されたそうです。
ポスターには周平のつぶやきがところせましと並べられ、悲哀を感じながらもクスっと笑えます。先生としてなら話ができるのに、父親としての言葉が見つからないのは何故でしょう?母親と違って具体的な情報を持っていない父親の問いかけは「学校はどうだ?」とか、ざっくりしすぎて返事もざっくり…これでは会話が続かない気がします。お宅はいかが?(白)
光石研さん演じる末永周平は、定年退職まであと1年。頑張って働いてきたけれど、校長にはなれず教頭止まり。妻にも娘にも相手にされないやるせなさをずっしり感じさせてくれます。それでも、定食屋で働く教え子の南からは、「そのままでいい」と言ってくれたことを覚えているといわれます。本人は忘れているのですが、先生の言葉がそうして生徒の心に残ることは、先生冥利に尽きると思います。定食屋を辞めて中洲で働こうかなという南に、「人間、好きなように生きたらいい」と言うと、「自分の娘が同じことをしても?」と返されます。教師だった我が父、教え子の方から先生の言葉に影響を受けたと何人からか聞かされたのですが、思えば私には何も言わなかったなぁ~と! (咲)
2022年/日本/カラー/96分
配給:キノフィルムズ
(C)2022「逃げきれた夢」フィルムパートナーズ
https://nigekiretayume.jp/
★2023年6月9日(金)新宿武蔵野館、シアター・イメージフォーラムほか全国公開。
プチ・ニコラ パリがくれた幸せ(原題:Le petit Nicolas: Qu'est-ce qu'on attend pour etre heureux?)
監督:アマンディーヌ・フルドン、バンジャマン・マスブル
原作:ルネ・ゴシニ、ジャン=ジャック・サンペ
脚本:アンヌ・ゴシニ、ミシェル・フェスレール
音楽:ルドヴィック・ブールス
声の出演:アラン・シャバ(ルネ・ゴシニ)、ローラン・ラフィット(ジャン=ジャック・サンペ)
日本語吹き替え版:堀内賢雄(ルネ・ゴシニ)、小野大輔(ジャン=ジャック・サンペ)、小市眞琴(ニコラ)、井上喜久子(ママ)、三上哲(パパ)
パリの街並みを望む小さなアトリエ。イラストレーターのサンペと作家のゴシニは、いたずら好きの男の子のキャラクター、ニコラに命を吹き込んでいた。大好きなママのおやつ、校庭での仲間達との喧嘩、先生お手上げの臨海学校の大騒ぎ・・・。ニコラを描きながら、望んでも得られなかった幸せな子供時代を追体験していくサンペ。また、ある悲劇を胸に秘めるゴシニは、物語に最高の楽しさを与えていった。児童書「プチ・ニコラ」の心躍らせる世界を創造しながら、激動の人生を思う二人。ニコラの存在は、そんな彼らの友情を永遠のものにしていく・・・。
フランスで50年以上も前に生み出されたキャラクター、二コラ。天真爛漫でいたずら好きな彼は優しい両親に愛され、学校では悪ふざけや喧嘩もしながら楽しく暮らしています。これはルネ・ゴシニ(1926年生まれ)とジャン=ジャック・サンペ(1932年生まれ)の2人が、自分たちの子供時代はこうあってほしかったと思いながら作っていったストーリーです。
フランス人なら誰もが知っている児童書の国民的スター、30カ国以上で翻訳出版され、日本でもシリーズ本が出ています。実写版の映画も2010年と2014年に上映されて、白いシャツに赤いベスト、青い半ズボンの二コラのファッションにフランス国旗!と思いましたっけ。
本作はゴシニとサンペの2人の背景と、ニコラのストーリーがうまく組み合わされたアニメーションです。サンペのペン先からニコラが生まれ、ゴシニとサンペのかけあいで、キャラクターの性格や動き、物語が動いていくようすが生き生きと表現されています。描き込みすぎないシンプルな絵柄、淡い色付け、配された美しい音楽に幸せな気分になります。二コラが長く愛され続けてきた要因はゴシニとサンペの深い友情によるものですが、ゴシニは1977年に51歳で急死してしまいます。親友を亡くして憔悴したサンペに思わず涙してしまいました。
それから40年余り経って送り出された本作、脚本にあたったアンヌ・ゴシニはルネ・ゴシニの実の娘です。さらに80代のサンペがグラフィッククリエイターとして参加、2022年アヌシー国際アニメーション映画祭で最高賞にあたるクリスタル賞を受賞しました。この受賞を見届けてサンペは89歳で永眠。親友と天国で再会したことでしょう。(白)
天真爛漫でいたずら好きのニコラを生み出したサンペとゴシニ。こんな風に幸せであってほしかったという子供時代をニコラに託したと知り、ちょっと切なくなりました。
サンペはシングル・マザーのもとに生まれ、幼少期養父母に育てられ、実の母と再び暮らすものの、アルコール依存症だった義父が家庭内で暴力をふるうなど、辛い子供時代を過ごしたとのこと。
一方、ポーランド出身のフランス系ユダヤ人のゴシニは、1928年、父の仕事のため、一家でアルゼンチンのブエノスアイレスに移住。パリに住む親族から、「パリはナチスの占領下。アルゼンチンに残れ」という手紙を受け取ります。親族たちはホロコーストの犠牲になってしまい、その悲しみがずっとゴシニの胸に残っていたのです。
そんな少年時代を送った二人が運命的に出会って作り上げたニコラというキャラクターが長年にわたって愛されていることに、じ~んとさせられました。(咲)
2022年/フランス/カラー/アニメーション/86分
配給:オープンセサミ、フルモテルモ
(C)2022 Onyx Films – Bidibul Productions – Rectangle Productions – Chapter 2
https://petit-nicolas.jp/
★2023年6月9日(金)ロードショー