2023年02月26日
丘の上の本屋さん 原題: II diritto alla felicità
監督・脚本:クラウディオ・ロッシ・マッシミ
出演:レモ・ジローネ、コッラード・フォルトゥーナ、ディディー・ローレンツ・チュンブ、モーニ・オヴァディア
石畳の美しい丘の上にある小さな村。山々を見晴らす広場で小さな古書店を営むリベロ。隣のカフェで働くニコラは、毎朝、店開きを手伝いコーヒーを差し入れる。そんなニコラが思いを寄せたのは、女主人に頼まれてフォトコミックを探しに来た家政婦のキアラ。
移民労働者のボジャンが、いつものようにゴミ箱から拾った本を売りに来る。その中に、古い日記帳があった。そっと開いて読み始めると、1957年に若い家政婦の女性が書いた日記だった。
ある日、店先の本を眺めている少年にリベロは声をかける。ブルキナファソから来て6年になり、イタリア語の読み書きは出来るというエシエン。本を買うお金はないと立ち去ろうとするエシエンに、「読み終わったら返しにくればいい」と1冊選ぶように促すリベロ。「ミッキーマウス」のコミッ クを選んで嬉しそうに走り去るエシエン。翌日返しにきては、また借りて帰る日々。ついにある日、リベロは「マンガは卒業。次はこれを」と児童図書「ピノッキオの 冒険」を差し出す。翌日、早速返しに来たエシエンに感想を聞き、違う見方も出来ると語り合うリベロ。「イソッ プ物語」「星の王子さま」「白鯨」と読むべき本を手渡すリベロ。さらには、医者になりたいというエシアンにアフリカで人々を助けたシュヴァイツァー博士の伝記を薦める・・・
古書店のリベロ(自由)という名の初老の店主と、本が大好きな移民の少年エシアンとの本を通じての心温まる交流を軸に、店を訪れる様々な人間模様を描いた物語。
初版本にこだわる収集家、自分の著書を探しに来る教授、SM本を友達のために探しているという女性、発禁本を借りに来る神父・・・ リベロは、「発禁本の普及は本屋の務め」と語ります。神父も「何がよくて何が悪いかを国家が決めたがる。もちろん教会もだけど」と返します。発禁本のコーナーには、「デカメロン」「君主論」「種の期限」「ボヴァリー夫人」「怒りの葡萄」などが並んでいて、本屋にやってきた男との会話の中で「アルメニア人虐殺を公然と非難して国を追い出された詩人」と、トルコのナーズム・ヒクメットの詩集もあるのがわかりました。
「何を読んでもいいの?」と問うエシアンに、「食べ物と同じで、自分で読んでみないと好きか嫌いかわからない」とリベロは答えます。「読んではいけない」と言われた本には、逆に読むべきものがあるようにも思います。
小さい頃から、両親がたくさん本を買ってくれて、さらに図書館でも借りて読むほど本が大好きだったのに、いつの頃からか本が読み進めなくなりました。それでも、かつて読んだ本から学んだことはたくさんあるはず。今の子どもたちに、スマホやタブレットばかり見ないで、本もたくさん読んでほしいと願います。(咲)
私は漫画で早くから文字を覚えたと親から聞きました。本を読んでいるとおとなしく満足していたようです。それは今も変わりません。講談社の少女雑誌「なかよし」の表紙や愛読した漫画を思い出します。
映画では、アフリカ西部(ブルキナファソはこちら)からやってきたエシエンが最初に漫画を手にとり、リベロの好意でだんだんと文字の多い本を読めるようになります。なんといい人に巡り合ったのでしょう!「白鯨」を渡したのがずいぶん早くてびっくり。「マンガは卒業」とリベロが言いますが「日本の漫画は卒業できません」と内心で反駁(笑)。
リベロの古書店は、在庫数はそんなに多くありませんが、品揃えが変化に富んでいて、背表紙が全部読めたらといいなと思ってしまいました。丘の上からの景色は美しいし、お隣がカフェという立地もいい。行きたい街がもう一つ増えました。
原題の「II diritto alla felicità」とは「幸福への権利」という意味だそうです。それは最後にリベロがエシエンに贈った本につながります。(白)
イタリア・ユニセフ共同製作作品
2021年/イタリア/イタリア語/84分/カラー/2.35 : 1/5.1ch
配給:ミモザフィルムズ
公式サイト:http://mimosafilms.com/honya/
★2023年3月3日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
エッフェル塔〜創造者の愛〜 原題:EIFFEL
監督:マルタン・ブルブロン
原案:カロリーヌ・ボングラン
脚本:カロリーヌ・ボングラン、トマ・ビデガン、マルタン・ブルブロン、ナタリー・カルテ、マルタン・ブロスレ
出演:ロマン・デュリス、エマ・マッキー、ピエール・ドゥラドンシャン、アレクサンドル・スタイガー、アルマンド・ブーランジェ、ブルーノ・ラファエリ
花のパリのシンボル、エッフェル塔完成に秘められた壮大な愛の物語
1886年9月、フランス。 3年後に開催される「パリ万国博覧会」のシンボルとなるモニュメントのコンクールを控え、誰が何を作るかの話題で沸いていた。アメリカの自由の女神像制作に協力し、名声を得ていた建築家ギュスターヴ・エッフェル(ロマン・デュリス)は、パーティーの席で大臣から「戦争に敗れた今、自由の女神のようなシンボルが必要だ」とコンクールへの参加を要請されるが、興味がないと答える。その場にいた友人で記者のアントワーヌ・ド・レスタック(ピエール・ドゥラドン シャン)の妻・アドリエンヌ(エマ・マッキー)から、「大臣と同感です。あなたの野心作をぜひ見てみたい」と言われたエッフェルは、突然「ブルジョアも労働者も皆が楽しめる300mの鉄塔を造る」と宣言する。
関心のなかったコンクールへの参加を急に決意したのには、ワケがあった。 今は友人の妻となっているアドリエンヌとは、恋仲だったことがあるのだ。1860年、ボルドーで鉄橋建設の指揮をとるために滞在した折に知り合ったのが、地元有力者の娘であるアドリエンヌだった。労働者階級と上流階級という身分の違いを越えて、結婚も誓い合う仲になったが、結局別れざるをえなかったのだ。コンクールで勝利を得たエッフェルは、かつてのアドリエンヌへの熱い思いを胸に、鉄塔の建設に取りかかる。だが、倒壊を恐れる周辺住民からの苦情や、バチカン教皇から「ノートルダム大聖堂より高いのは侮辱」、芸術家たちからは醜悪だとの抗議文が届き、早くも建設事業は暗礁に乗り上げる・・・
色々な困難を乗り越えながら、パリの街に鉄塔が少しずつ高く伸びていく様を見守りました。今や、パリになくてはならないエッフェル塔ですが、建設当時には、反対もあったことを知りました。
私の都内別宅は、スカイツリーから500mのところにあります。建設前に「近くに放送用の鉄塔が建設されることについて、どう思いますか?」のアンケートが来たのを思い出しました。 忘れたころに、ある日、駅を降りたら、鉄塔が見える高さにまで伸びていて驚き、その日以降、徐々に高くなっていくのを見守ったのでした。
本作は、エッフェル塔の建設を背景にした壮大なラブストーリー。
実は、建築家ギュスターヴ・エッフェルの私生活については、はっきりとした記録はないとのこと。
監督たちが調査して判明したのは下記の史実。
・ボルドーのサン・ジャン橋建設に従事していた当時28歳のエッフェルが、18歳のアドリエンヌと恋に落ち、結婚が発表されたが、アドリエンヌの両親によって取り消された。
・1889年パリ万国博覧会に向けて、エッフェルのエンジニアチームが提案してきた鉄塔プロジェクトを引き受けることをかたくなに拒んだ。それにも関わらず、急に考えを変え、300メートルの鉄塔建設を請け負う。自身の資産を抵当に入れてまで。
映画の冒頭に、「史実をもとに自由に作った」と掲げられています。
ロマン・デュリスが、建築にも恋にも熱い思いをかけたであろうエッフェルを演じて、監督たち製作陣が思い描いた建築家の人生を際立たせています。
フランス映画祭2022 横浜のオープニング作品として『EIFFEL(原題)』のタイトルで上映され、マルタン・ブルブロン監督とロマン・デュリスが来日。 オープニングセレモニーのあと、横浜みなとみらいホールだけでなく、近くのパシフィコ横浜 国際交流ゾーン プラザ広場に設置されたドライブインシアターでも上映され、舞台挨拶が行われました。
フランス映画祭 祝! 30回! 3年ぶりにゲストを迎えた盛大なオープニング
(左:ロマン・デュリス 右:マルタン・ブルブロン監督 撮影:景山咲子)
「エッフェル塔や世界中の橋を作り、カリスマ的な人物だけど、監督から自由に演じていいよ、人間的な部分も出していいよと言われました」とロマン・デュリスが語ったとおり、自由にギュスターヴ・エッフェルの人物像に迫った作品をどうぞお楽しみください。(咲)
2021 年/フランス・ドイツ・ベルギー/フランス語/108 分/カラー/5.1ch/ドルビーデジタル/シネスコ/R15
字幕翻訳:橋本裕充
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
公式サイト:https://eiffel-movie.jp/
★2023 年3 月 3 日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
オマージュ 原題:오마주 英題:Hommage
2023年3/10(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国順次公開!
劇場情報
映画を愛するすべての人へ。かつて輝きながら消えていったすべての者たちへ
監督・脚本:シン・スウォン『マドンナ』
撮影:ユン・ジウン
出演
ジワン:イ・ジョンウン『パラサイト 半地下の家族』
サンウ:クォン・ヘヒョ『あなたの顔の前に』
ポラム:タン・ジュンサン『愛の不時着』
失われたフィルムをめぐって、夢と現実、現在と過去、映画と人生が交錯する
かつて何作か映画を撮ったものの、ヒット作に恵まれず、新作を撮る目処が立たない映画監督のジワン。監督としてのキャリアも母親としても中途半端で、息子からも「母さんの映画つまんない」と酷評される。夫とも生活費の折半などでいがみ合っている。
そのジワンがバイトで引き受けたのは、60年代に活動した韓国の女性監督、ホン・ジェウォンが製作した映画『女判事』(1962)。これは韓国初の女性判事が毒殺された実話を映画化したものだったが、その欠落した音声を修復するというプロジェクト。作業を進めるうちフィルムの一部が検閲でカットされていることに気づいたジワンは、ホン監督の家族や関係者のもとを訪ねながら真相を探っていく。
現在と過去、その狭間を行きつ戻りつしながら、ホン・ジェォン監督のフィルムの修復をする過程で、ホン・ジェウォン監督始め韓国映画界での女性監督の立場、編集などを担った女性映画人の人生があぶりだされ、ジワンはフィルムの修復とともに、自分自身の人生も見つめ直し、新しい一歩を踏み出していく。
映画のタイトルが示すとおり、これまで生み出されてきたすべての映画や、それに携わってきた人びとへの“オマージュ”が示される感動作。
主人公ジワンを演じるのは、『パラサイト 半地下の家族』(2019)で怪しい家政婦役を演じていた名バイプレイヤーのイ・ジョンウン。今回単独初主演でアジア太平洋映画賞最優秀演技賞を受賞。夫を演じるのは、TVドラマ「冬のソナタ」や『あなたの顔の前に』(2021)をはじめホン・サンス監督作品の常連としても知られるクォン・ヘヒョ。息子役にはドラマ『愛の不時着』(2019)のタン・ジュンサン。韓国映画、ドラマファンにお馴染みの実力派俳優が集結した。
監督は『マドンナ』(2014)、『ガラスの庭園』(2017)のシン・スウォン。悩みながらも映画を撮ることを諦めないジワンに自身を投影させ、女性たちが時を超えて手をつなぎ、連帯する物語に昇華させた。
2021年の東京国際映画祭で一番印象に残ったのがこの作品。2010年東京国際映画祭最優秀アジア映画賞に輝いた『虹』のシン・スウォン監督の新作で、映画愛に満ちた、映画へのオマージュである。さりげないセリフの中にユーモアがあったり、先輩監督の苦悩の中に韓国だけでなく世界中の女性監督が映画を続ける上での苦難を表現していたり、欠落したフィルムがみつかるシーンの意外性も素晴らしく感動的な作品だった。
欠落したフィルムには女性(判事?)がタバコを吸うシーンが写っていたけど、当時は女性がタバコを吸うシーンでさえ、検閲に引っかかっていたのだろうか。2021年の東京国際映画祭でグランプリをとった『ヴェラは海の夢を見る』では、主人公のヴェラという女性がなにかというとタバコを吸っていて、この主人公タバコ吸いすぎと気になった。
70年代のウーマンリブの人たちは、日本でもわざとタバコを吸う人たちがいた。「女がタバコを吸うなんて」ということに対する抗いのためだった。韓国でもそういうこともあって、ホン・ジェウォン監督は『女判事』で女性がタバコを吸うシーンを入れたのかもと思った。その気持ちはわかるけど、私自身は嫌煙権を主張したい方なので、女性・男性に限らず、映画の中でタバコを吸うシーンが多いのは好きじゃない。
ホームコメディかと思うような冒頭のシーンからは、こういうシリアスなテーマを扱う作品とは全然思わなかった。ミステリアスだったり、厳しい現実も描いていて、映画の作りがとてもうまいと思った。そして、優しさにあふれていた。
シン・スウォン監督は「当時の非常に保守的な環境の中、自分自身や他人からの視線と闘いながら生き残ってきた女性監督たちの姿が、自分自身の苦悩と重なる思いがあったから、いつかこれをモチーフにした映画を撮りたいと思っていた」と語っている(暁)。
東京国際映画祭で観ることができなかったので、待ちに待った公開です。今でこそ、韓国映画界でも女性の活躍が目覚ましいですが、60年代の韓国での女性映画人の置かれた厳しい状況のわかる作品です。
シン・スウォン監督は、2011年、韓国初の女性映画監督パク・ナモクと2人目のホン・ウノンについてのテレビドキュメンタリーを撮っています。『オマージュ』の中で、パク・ナモク監督が、子どもを背負って『未亡人』を撮影していたことに言及されています。
本作で取り上げられている60年代に活動した韓国で二人目の女性監督ホン・ジェウォンは、3本製作しているのですが、3本ともフィルムが紛失。『女判事』(1962)のフィルムがやっと見つかり、修復することがメインの話になっています。欠落した部分が見つかり、切られたフィルムには、女性が煙草を吸っている場面が映っていました。そのほかにどんな部分が検閲に引っかかったのでしょう。
編集技師の女性が、「女が編集室に入ると縁起が悪いと塩をまかれた」と語る場面がありました。60年代の日本も、同じような男尊女卑の状況だったのではないかと思います。
その編集技師の女性を含め3人の女性が映っている写真を頼りに、かつて明洞茶房があった乙支路(ウルチロ)ビルを訪ねる場面があります。そこで一人で囲碁をしていた男性は、かつて映画監督だった人物。その男性のところに、コーヒーと卵が運ばれてきます。てっきり、モーニングサービスのゆで卵と思ったら、その卵をコーヒーに入れて飲むのです。調べてみたら、コーヒーに生卵の黄身を落として飲む、韓国流モーニングコーヒー(韓国語で「モニンコッピ」)で、70~80年代によく飲まれたのだそうです。
本作では、主人公ジワンが自立しようと、家庭内別居すると宣言します。それを聞いた息子、「3食つくから入隊する!」というところが、いかにもの韓国事情。 ジワンは家事から解放されて、生き生きと映画の修復に臨むのですが、息子から「お父さんが夢見る女といると寂しいって。監督やめて」と言われてしまいます。 韓国では、女性の非婚率が増えているとか。さもありなんです。(咲)
公式サイトはこちら
2021年|韓国映画|韓国語|108分|5.1ch|シネスコ|字幕翻訳:江波智子
提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム
劇場情報
映画を愛するすべての人へ。かつて輝きながら消えていったすべての者たちへ
監督・脚本:シン・スウォン『マドンナ』
撮影:ユン・ジウン
出演
ジワン:イ・ジョンウン『パラサイト 半地下の家族』
サンウ:クォン・ヘヒョ『あなたの顔の前に』
ポラム:タン・ジュンサン『愛の不時着』
失われたフィルムをめぐって、夢と現実、現在と過去、映画と人生が交錯する
かつて何作か映画を撮ったものの、ヒット作に恵まれず、新作を撮る目処が立たない映画監督のジワン。監督としてのキャリアも母親としても中途半端で、息子からも「母さんの映画つまんない」と酷評される。夫とも生活費の折半などでいがみ合っている。
そのジワンがバイトで引き受けたのは、60年代に活動した韓国の女性監督、ホン・ジェウォンが製作した映画『女判事』(1962)。これは韓国初の女性判事が毒殺された実話を映画化したものだったが、その欠落した音声を修復するというプロジェクト。作業を進めるうちフィルムの一部が検閲でカットされていることに気づいたジワンは、ホン監督の家族や関係者のもとを訪ねながら真相を探っていく。
現在と過去、その狭間を行きつ戻りつしながら、ホン・ジェォン監督のフィルムの修復をする過程で、ホン・ジェウォン監督始め韓国映画界での女性監督の立場、編集などを担った女性映画人の人生があぶりだされ、ジワンはフィルムの修復とともに、自分自身の人生も見つめ直し、新しい一歩を踏み出していく。
映画のタイトルが示すとおり、これまで生み出されてきたすべての映画や、それに携わってきた人びとへの“オマージュ”が示される感動作。
主人公ジワンを演じるのは、『パラサイト 半地下の家族』(2019)で怪しい家政婦役を演じていた名バイプレイヤーのイ・ジョンウン。今回単独初主演でアジア太平洋映画賞最優秀演技賞を受賞。夫を演じるのは、TVドラマ「冬のソナタ」や『あなたの顔の前に』(2021)をはじめホン・サンス監督作品の常連としても知られるクォン・ヘヒョ。息子役にはドラマ『愛の不時着』(2019)のタン・ジュンサン。韓国映画、ドラマファンにお馴染みの実力派俳優が集結した。
監督は『マドンナ』(2014)、『ガラスの庭園』(2017)のシン・スウォン。悩みながらも映画を撮ることを諦めないジワンに自身を投影させ、女性たちが時を超えて手をつなぎ、連帯する物語に昇華させた。
2021年の東京国際映画祭で一番印象に残ったのがこの作品。2010年東京国際映画祭最優秀アジア映画賞に輝いた『虹』のシン・スウォン監督の新作で、映画愛に満ちた、映画へのオマージュである。さりげないセリフの中にユーモアがあったり、先輩監督の苦悩の中に韓国だけでなく世界中の女性監督が映画を続ける上での苦難を表現していたり、欠落したフィルムがみつかるシーンの意外性も素晴らしく感動的な作品だった。
欠落したフィルムには女性(判事?)がタバコを吸うシーンが写っていたけど、当時は女性がタバコを吸うシーンでさえ、検閲に引っかかっていたのだろうか。2021年の東京国際映画祭でグランプリをとった『ヴェラは海の夢を見る』では、主人公のヴェラという女性がなにかというとタバコを吸っていて、この主人公タバコ吸いすぎと気になった。
70年代のウーマンリブの人たちは、日本でもわざとタバコを吸う人たちがいた。「女がタバコを吸うなんて」ということに対する抗いのためだった。韓国でもそういうこともあって、ホン・ジェウォン監督は『女判事』で女性がタバコを吸うシーンを入れたのかもと思った。その気持ちはわかるけど、私自身は嫌煙権を主張したい方なので、女性・男性に限らず、映画の中でタバコを吸うシーンが多いのは好きじゃない。
ホームコメディかと思うような冒頭のシーンからは、こういうシリアスなテーマを扱う作品とは全然思わなかった。ミステリアスだったり、厳しい現実も描いていて、映画の作りがとてもうまいと思った。そして、優しさにあふれていた。
シン・スウォン監督は「当時の非常に保守的な環境の中、自分自身や他人からの視線と闘いながら生き残ってきた女性監督たちの姿が、自分自身の苦悩と重なる思いがあったから、いつかこれをモチーフにした映画を撮りたいと思っていた」と語っている(暁)。
東京国際映画祭で観ることができなかったので、待ちに待った公開です。今でこそ、韓国映画界でも女性の活躍が目覚ましいですが、60年代の韓国での女性映画人の置かれた厳しい状況のわかる作品です。
シン・スウォン監督は、2011年、韓国初の女性映画監督パク・ナモクと2人目のホン・ウノンについてのテレビドキュメンタリーを撮っています。『オマージュ』の中で、パク・ナモク監督が、子どもを背負って『未亡人』を撮影していたことに言及されています。
本作で取り上げられている60年代に活動した韓国で二人目の女性監督ホン・ジェウォンは、3本製作しているのですが、3本ともフィルムが紛失。『女判事』(1962)のフィルムがやっと見つかり、修復することがメインの話になっています。欠落した部分が見つかり、切られたフィルムには、女性が煙草を吸っている場面が映っていました。そのほかにどんな部分が検閲に引っかかったのでしょう。
編集技師の女性が、「女が編集室に入ると縁起が悪いと塩をまかれた」と語る場面がありました。60年代の日本も、同じような男尊女卑の状況だったのではないかと思います。
その編集技師の女性を含め3人の女性が映っている写真を頼りに、かつて明洞茶房があった乙支路(ウルチロ)ビルを訪ねる場面があります。そこで一人で囲碁をしていた男性は、かつて映画監督だった人物。その男性のところに、コーヒーと卵が運ばれてきます。てっきり、モーニングサービスのゆで卵と思ったら、その卵をコーヒーに入れて飲むのです。調べてみたら、コーヒーに生卵の黄身を落として飲む、韓国流モーニングコーヒー(韓国語で「モニンコッピ」)で、70~80年代によく飲まれたのだそうです。
本作では、主人公ジワンが自立しようと、家庭内別居すると宣言します。それを聞いた息子、「3食つくから入隊する!」というところが、いかにもの韓国事情。 ジワンは家事から解放されて、生き生きと映画の修復に臨むのですが、息子から「お父さんが夢見る女といると寂しいって。監督やめて」と言われてしまいます。 韓国では、女性の非婚率が増えているとか。さもありなんです。(咲)
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2021年|韓国映画|韓国語|108分|5.1ch|シネスコ|字幕翻訳:江波智子
提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム