2022年07月01日
TELL ME hideと見た景色
監督:塚本連平
原作:松本裕士「兄弟 追憶のhide」(講談社文庫刊)
原案協力: I.N.A.「君のいない世界~hideと過ごした2486日間の軌跡」(ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス刊)
脚本:塚本連平、福田卓郎
音楽監修:川野直輝 片岡麻沙斗
出演:今井翼(松本裕士)、塚本高史(I.N.A.)、JUON(hide)
1998年5月2日、X JAPANのギタリストとして、ソロアーティスト(hide with Spread Beaver/zilch)として活躍していた、日本を代表するロックミュージシャンhideが急逝した。葬儀には約5万人が訪れ、日本中が早すぎる別れに涙し社会現象に。制作途中だったアルバム、そして既に決定していた全国ツアー、hideの音楽を世に届けたい。hideのマネージャーを務める弟・松本裕士(ひろし)は、兄の意志を形にすべく、hideと二人で楽曲を制作していたhideの共同プロデューサーI.N.A.ら仲間たちとともに動き出す。hide本人不在という異例の状況下で奮闘する裕士とI.N.A.だったが、彼らの前に様々な困難が立ちはだかる…。
24年前のニュースを覚えています。toshiの脱退があったとはいえ、これからの企画をたくさん持っていた人が自殺とは考えられませんでした。家族ならばなおさらでしょう。実弟の松本裕士さんの「兄弟 追憶のhide」も読んでいます。掲載されている子どもの頃の写真がほほえましいです。弟だけが見た兄、パーソナルマネージャーとして見たhide、一番近くにいたのにという悔恨が原作からも映画からも伝わります。
裕士を演じた今井翼さんは先日『彼女が好きなものは』で見かけていましたが、本作が映画初主演。hideさんの盟友だったI.N.A.役の塚本高史さん、hide役のJUONさんたちみんながhideさんへの愛情を持って演じたようです。JUONさんは2003年にバンドFUZZY CONTROL結成。2018年よりソロ活動を開始。ギタリストでシンガーソングライター。当時を再現したライブシーン必見です。(白)
原作はhideの弟で、パーソナルマネージャーをしていた松本裕士が書いた「兄弟 追憶のhide」とのこと。作品から弟の目を通した家族関係が浮かび上がってきます。
松本家ではいっぱいご飯を食べることが正しいとされ、小学校では肥満児として校庭を走らされている兄が親からは優秀な兄として、ちやほやされています。近所で美容院を営む祖母もテストで1番を取ったからと兄にだけお小遣いを渡すシーンがありました。高校生になり、兄と弟が同じような派手な髪形と服装をしていても、兄だけは優秀な高校に通っているからと母親からのお小言はなし。あくまでも弟の目を通した家族関係で、親はそんなつもりはなかったのかもしれません。しかし、そんな風に感じてきた弟が不憫です。
何より、hideが亡くなったことを弟のせいだと責め、会おうとしない母親に対して、弟はどんな気持ちだったのでしょうか。演じていた今井翼の悲しみの表情が記憶に残ります。本を書き、映画化したことで弟と母親の関係が良好なものになっていることを願わずにいられません。(堀)
2021年/日本/カラー/111分
配給:KADOKAWA
(C)2022「TELLME」製作委員会
https://movies.kadokawa.co.jp/tellme/
★2022年7月8日(金)ロードショー
神々の山嶺(いただき)(原題:LE SOMMET DES DIEUX )
監督: パトリック・インバート(『大きな悪い狐とその外の物語』)
原作:夢枕獏(原作)谷口ジロー(漫画)「神々の山嶺」集英社刊
アニメーション制作
声の出演:堀内賢雄(深町誠)、大塚明夫(羽生丈二)、逢坂良太(文太郎)、今井麻美(涼子)
カメラマン・深町誠は「登山家マロリーはエベレスト登頂に成功したのか」登山史上最大の謎を追っている。取材先のネパールで、ずいぶん前に姿を消した孤高のクライマー・羽生丈二と思しき男に出くわした。彼の手にはマロリーの謎の鍵となる遺品のカメラがあった。羽生を見つけ出せば、マロリーの謎が解けるかもしれない。深町は帰国して、羽生の山岳人生の軌跡を追いかける。予期せず彼と深くかかわり、不可能とされる挑戦を目論んでいることがわかる。それは冬季エベレスト南西壁に無酸素単独登頂するというものだった。
夢枕獏さんの作品は「陰陽師」から。映画化には難しそうな作品が多いですね。谷口ジローさんは1991年の「犬を飼う」でぼろ泣きして以来ファン。身体の造形、何気ない動作も骨格が内側にちゃんとあり、丁寧な筆致で程よく書き込まれた背景とドラマが好きでした。フランスのバンド・デシネに影響を受けたと公言していましたが、そのフランスでも人気で、2011年に芸術文化勲章のひとつであるシュバリエ章を受章しています。このアニメの制作にも参加していましたが、2017年に亡くなられて、完成作を見られなかったのが残念です。フランスでは13万人を超える大ヒットを記録しました。
羽生が挑んだ世界各地の山の風景、山にとりつかれてしまったクライマーの狂気ともいえる情熱。アニメだから描けた命がけの登攀シーンが展開していきます。猛暑のこのごろ、涼しい映画館へ出かけて大きなスクリーンで観ていただきたい作品。
この原作は日本で2016年に実写版で映画化されています。『エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)』(平山秀幸監督)として阿部寛、岡田准一出演。それを観たときもこんなに頑固な人がいたんだと驚きましたが、実際にそういうモデルがいたというのにさらに驚きました。森田勝さん(1937-1980)という登山家で、山への情熱が並外れて強く、周囲との摩擦が多かったこと。金策に苦労したこと、数々の挑戦や挫折などが小説に取り入れられています。(白)
原作者が夢枕獏、マンガ化したのが谷口ジロー。登場人物は現地の人が多少出てくるくらいで、あとは全員日本人。そういう作品をなぜフランスが映画化したのだろうと不思議に思っていたところ、谷口ジローはフランスでものすごく人気のあるマンガ家だということを知りました。制作陣の谷口ジローに対するリスペクトが半端なく、日本の風景描写が完璧です。公衆電話ボックスが並んで設置されているシーンは「そうそう昔はあんな感じだった」とかつての日本が懐かしく思い出されます。
アニメでエベレストの過酷な状況をどこまで描き出せるのか。見る前はそこがとても不安でしたが、まったくの杞憂でした。実写と遜色ないほど雪山の過酷さが伝わってきます。カンヌ国際映画祭でプレミアム上映された後、フランスでは300以上の劇場で公開され、大ヒットを記録。Netflixで全世界に配信されますが、海外では日本だけで劇場上映されるとのこと。ぜひ大きなスクリーンでご覧いただき、エベレストの頂上に立った気分を味わってください。(堀)
プロデューサー ジャン=シャルル・オストレロ氏は、幼い頃から登山と山岳文学に情熱を注いでいたとのこと。谷口ジローさんの漫画を読み終えた時、映画化したいという思いに駆られたそうです。それも、世界初の山を舞台にしたアニメーションをと。願いが叶って出来上がった本作、山の気高さや険しさが、リアルに描かれていて魅了されました。命を賭けてでも登りたい気持ちも、しっかり伝わってきました。
いかに山が美しくても、根性なしの私は、山登りはお金を貰ってもやりたくないことの一つ。映画の中で、「貧乏人には登れない」という言葉が出てきました。エベレストとなると入山料だけでも、100万円以上かかるとか。高い入山料を払ってでもエベレストに登りたいのは、見た目も美しいけれど、なにより世界最高峰だから。かつてエベレストが登山者で混みあっているニュースを見たことがありましたが、コロナ禍で中国もネパールも入山禁止に。エベレストのお陰で生活の糧を得ていた人たちにとっては死活問題です。いつかまた山を愛する世界中の人たちで賑わう日が訪れますように・・・(咲)
ジョージ・マロリーと言えば、「あなたはなぜ山に登るのか?」という問いに対して、「そこに山があるから」と答えた人ということで、「そこに山があるから」という言葉が独り歩きして半世紀余り。私もずっとその言葉で覚えていたら、今回いろいろ調べていたら、それは間違いだったという話が出ていた。本当は「あなたはなぜエベレストに登りたかったのか?」と問われて「そこにエベレストがあるから」とマロリーは答えたというのが正解らしい。登山史によると、1953年5月29日、ニュージーランドのエドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイが、世界で初めてエベレスト登頂に成功したということになっているが、1924年マロリーたちイギリスの登山隊が挑み、「もしかしたらエベレスト登頂に成功していたのかもしれない」という話があるらしい。そのことは、この小説の日本での実写版『エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)』の公開時に知った。このアニメーションも、そのなぞに迫る物語に沿って話は進んでいた。アニメと言っても正確な山領の描写に驚いた。登山道具や靴、アイゼンに至るまで、まるで写真のように精密に描かれ、まるでボタニカルアートのよう。この夏、登山をめぐる映画がいくつも公開されるようだけど、これまでシネマジャーナルではたくさんの山岳映画を紹介してきました。下記に山岳映画の記事を参考までに記します。興味のあるかた覗いてみてください(暁)。
2021年/フランス、ルクセンブルク/94分/仏語/1.85ビスタ/5.1ch/吹替翻訳:光瀬憲子
配給:ロングライド、東京テアトル
©️Le Sommet des Dieux - 2021 / Julianne Films / Folivari / Melusine Productions / France 3 Cinema / Aura Cinema
https://longride.jp/kamigami/
★2022年7月8日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開
*シネマジャーナル 山岳映画関連記事
シネマジャーナルHP
2019年
●東京国際映画祭 『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』 ワールドプレミアイベント
●『フリーソロ』 劇場公開日 2019年9月6日
2018年
●特別記事『クレイジー・フォー・マウンテン』
ジェニファー・ピードン監督インタビュー
2016年
●『ヒマラヤ~地上8,000メートルの絆~』
対談≪韓国の伝説的登山家オム・ホンギル × 野口健≫
●『エヴェレスト 神々の山嶺』完成報告会見
●MERU/メルー 原題 Meru
2014年
●『クライマー パタゴニアの彼方へ』デビッド・ラマ インタビュー
●『ビヨンド・ザ・エッジ 歴史を変えたエベレスト初登頂』公開記念
女性世界初エベレスト登頂者 田部井淳子&エドモンド・ヒラリーの子息 ピーター・ヒラリートークショー
本誌
●2014年 シネマジャーナル91号
★今年、続々公開される山岳映画 古典~最新作まで
『ビヨンド・ザ・エッジ 歴史を変えたエベレスト初登頂』『K2 初登頂の真実』『春を背負って』『アンナプルナ南壁 7400mの男たち』『クライマー パタゴニアの彼方へ』を紹介。また、1920年代に製作されたレニ・リーフェンシュタールの出演作『死の銀嶺』『モンブランの嵐』
●2011年 シネマジャーナル83号
★山好きから観た山岳映画 『劔岳 点の記』『岳 ―ガク―』『アイガー北壁』『127時間』『ヒマラヤ 運命の山』
アルピニスト(原題:THE ALPINIST)
監督:ピーター・モーティマー、ニック・ローゼン
制作:レッドブルメディアハウス
撮影:ジョン・グリフィス
出演:マーク・アンドレ・ルクレール、ブレット・ハリントン、アレックス・オノルド、ミッシェル・カイパーズ
アウトドアのドキュメンタリー映画を20年作ってきたピーター・モーティマーとニック・ローゼンはカナダに無名のクライマーがいることを知った。23歳の青年マーク・アンドレ・ルクレールは、多くのクライマーがSNSで発信している中、ただ自分の楽しみのためだけに次々と新しいクライミングを続けている。偉業を誇ることもない、彼の居所をつきとめ、マークと恋人のブレットと長く一緒に過ごし、カメラが同行することを許された。
命綱をつけず、身体一つで山に登るマーク、無駄のない見事な動きは瞬時に的確な判断のできるセンスがあってこそ。撮影が進んだある日、マークの行方が分からなくなる。そして再会したときに彼が告白したのは大きな事件ともいえる挑戦だった。
ニコニコと人あたりの良い好青年のマーク、このドキュメンタリーを見るまで全く知らずにいました。「マークのことなら一日中でも話せる」というクライマーのアレックス・オノルドは『フリーソロ』で観た人でした。同じようにフリーソロでどこまでも登り、その結果をだれに見せるわけでもないマークがほんとに好きだったのでしょう。
マークは子どものころADHD(注意欠陥障害)と診断され、母親は将来息子が仕事につくのは難しいかもしれないと不安だったそうです。ところが、好きなものには抜群の集中力を見せるんです。クライミングを知り、山に出逢ったことでマークは自分だけの道を見つけました。特化すれば才能です。
高いところも登山も苦手、決して近づかない私は心臓に悪い…と思いながら観ていました。緊張で力が入って身体がこわばっていました。断崖の岩肌に自分の手と足だけでつかまり、下は谷底って何の罰ゲーム!?なんでこんなに危ないことを嬉々としてできるの?!答えは彼の笑顔です。ただただ山が好きで、彼の天性の素質がぴたりと合っていたとしか言いようがありません。中断した撮影を続け、彼の人となりをインタビューで追って、作品を完成させてくれた2人の監督に感謝。(白)
クライミングのドキュメンタリー作品はこれまでにもいくつか見てきましたが、本作のマーク・アンドレ・ルクレールはそれらの作品に登場するどのアルピニストよりも過酷なクライミングをしていました。たとえば『フリーソロ』ではアレックス・オノルドがマークと同じようにロープや安全装置を一切使わずに山や絶壁を登っていましたが、アレックスがクライミングするのは雪山ではありません。『MERU/メルー』では難攻不落の壁として知られている北インド高度6500メートルにそびえるヒマラヤ・メルー峰のシャークスフィンに挑戦する3人のクライマーたちの姿を映し出しますが、こちらはロープや安全装置を使っていますし、1人ではありません。マークは目も眩むような断崖絶壁や崩れ落ちそうな氷壁に、命綱もつけずにたった1人で挑んでいくのです。しかも、今どきの若者はそんな偉業を達成したらSNSなどで誇示しがちですが、マークは一切しないそう。自分の楽しみのためだけに登山する姿を見ていると、打ち込めるものがあるっていいなと思えてきます。
そして何より、クライミングをするマークを至近距離で映し出す映像に驚きます。マークの集中力が途切れさせないよう、制作陣は事前にかなりの信頼関係を築いたはず。本作を観て、マークのクライミングに寄り添うことで、自然の中で何にも邪魔されず、自分の時間を楽しむ気持ちを劇場にいながら感じることができそうです。(堀)
私自身、山にハマり、1980年~84年の約5年、北アルプスの山麓、長野県白馬村にある会社の山荘に住み込みで働きながら鹿島槍ヶ岳という山の写真を撮っていたことがあります。私の山への興味は山の自然、高山植物や山の景色、自然現象などで、山へは登りますが山登りが好きというわけではありませんでした。でも、このマークという青年は切り立った岩壁を命綱なしのフリークライミングで登頂することが自分の興味の対象です。そして、こういう岩壁登りが好きな人たちがけっこういるのです。『フリーソロ』のアレックス・オノルドも、やはり飄々と登っていましたし、世界の山登りはより困難な登り方を目指す人たちが競い合っているようです。でもマークはそういう競い合いには興味がないし、登ったと誇示するのも好きではない青年です。そしてマークは、アレックス・オノルドが絶賛する孤高のアルピニストです。この映画の冒頭のパーティシーンでアレックス・オノルドが登場しますし、『フリーソロ』を監督したジミー・チンも一瞬ですが登場します。ジミー・チンは『MERU/メルー』に出てきた3人の登山家のうちの一人で高度な登山技術をもち、『フリーソロ』の撮影を担っていましたが、この『アルピニスト』の、目も眩むような断崖絶壁を登るマークを頭上から捉えたポスターの写真を観ると、この映画の撮影者ジョン・グリフィスも相当な技術を持ったアルピニストなのでしょう。そうでなければこんな写真は撮れません。それにしても、私はこんな危険極まりないフリーソロにハマっていく人たちの気持ちがわかりません。ただ怖いだけです。その恐怖を克服することに生きがいというか達成感を感じるのでしょうか。
この映画を観て、『さかなのこ』(9月公開)のことを思いました。こちらはさかなクンの驚きの人生を映画にしたものですが、「何かを猛烈に好きになった人の映画」というところが共通です。何かに夢中になり、他の人の追随が届かないところに到達する人の生き方にはやはり共通点があるのかもと思いました。
この夏、登山をめぐる映画がいくつも公開されます。これまでシネマジャーナルではたくさんの山岳映画を紹介してきました。下記にそれら山岳映画の記事を参考までに記します。興味のあるかた覗いてみてください(暁)。
2021年/アメリカ/カラー/ビスタ/93分
配給:パルコ ユニバーサル映画
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https://alpinist-movie.com/
★2022年7月8日(金)TOHOシネマズ シャンテ 他全国公開
*シネマジャーナル 山岳映画関連記事
シネマジャーナルHP
2019年
●東京国際映画祭 『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』 ワールドプレミアイベント
●『フリーソロ』 劇場公開日 2019年9月6日
2018年
●特別記事『クレイジー・フォー・マウンテン』
ジェニファー・ピードン監督インタビュー
2016年
●『ヒマラヤ~地上8,000メートルの絆~』
対談≪韓国の伝説的登山家オム・ホンギル × 野口健≫
●『エヴェレスト 神々の山嶺』完成報告会見
●MERU/メルー 原題 Meru
2014年
●『クライマー パタゴニアの彼方へ』デビッド・ラマ インタビュー
●『ビヨンド・ザ・エッジ 歴史を変えたエベレスト初登頂』公開記念
女性世界初エベレスト登頂者 田部井淳子&エドモンド・ヒラリーの子息 ピーター・ヒラリートークショー
本誌
●2014年 シネマジャーナル91号
★今年、続々公開される山岳映画 古典~最新作まで
『ビヨンド・ザ・エッジ 歴史を変えたエベレスト初登頂』『K2 初登頂の真実』『春を背負って』『アンナプルナ南壁 7400mの男たち』『クライマー パタゴニアの彼方へ』を紹介。また、1920年代に製作されたレニ・リーフェンシュタールの出演作『死の銀嶺』『モンブランの嵐』
●2011年 シネマジャーナル83号
★山好きから観た山岳映画 『劔岳 点の記』『岳 ―ガク―』『アイガー北壁』『127時間』『ヒマラヤ 運命の山』
初仕事
監督:脚本:小山駿助
撮影:高階匠
音楽:中村太紀
出演:澤田栄一(山下)、小山駿助(安斎)、橋口勇輝(和夫)、竹田知久(北館)、白石花子(真知子)
写真館でアシスタントとして働く山下は、赤ん坊の遺体の撮影を人づてに依頼され、良い経験になるかもしれないと依頼を受ける。赤ん坊の父親であり依頼主でもある安斎は、初め、若い山下に戸惑うも、正直で実直な山下に心を許し、撮影が始まる。 山下はほんの少しでも利己的になっていた自身を恥じ、誠心誠意彼ら家族のために撮影に取り組もうとする。遺体の状態を考えると時間がないという状況も、山下の使命感に拍車をかける。
珍しい題材の作品です。小山監督が「カメラが発明された時代に遺体を写して残すことが行われた」と聞いて思いついたそうです。肖像画として残せたのは、一部の裕福な人たち、ほかの人にはカメラは時間もかからず良いツールであったのでしょう。『ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス』にもスペイン風邪で愛する家族を亡くした人たちが、生前と同じように服を着せ家族で囲んで撮影する場面がありました。元気なときに撮れていたなら不要でしょうが、これが最初で最後の1枚だったかもしれません。
この作品での、依頼主・安斎は先に妻を亡くしていて、残された一人娘も失ってしまいました。娘の身体がここにあるうちに撮影しておきたいという気持ちもわかる気がします。そんな安斎の気持ちを受け取った山下は撮影に本気になり、逆に落ち着いた安斎がもう止めようと言い出します。未練があって何が悪いんでしょう。お葬式や四十九日が終わっても未練は残ります。送った人とどう生きてきたかで違いますが。
監督・脚本・出演の小山駿助さんの心ここにあらず、の雰囲気とぼそぼそとした台詞、逆に真っすぐ見つめてはっきりものを言う山下役の澤田栄一さんの対比が面白いなと思いました。山下には、とても大きな意味のあった「初仕事」だったはず。(白)
亡くなった子どもの写真を遺したい。悲しみに突き動かされて友人のカメラマンに撮影を依頼した安斎。初めは戸惑っていたものの、安斎と接しているうちに安斎の娘が生きていたころが思い浮かんでくるほど撮影に意義を感じ始めた山下。2人の気持ちが近づいていけばいくほど、撮影に対する熱意が反比例のように変化していく。
子どもへの未練だったと気づいた安斎と、「もっと技術があれば」「もっと経験値があれば」と悔しがる山下。気持ちの終着点は違うものだったが、この邂逅はそれぞれにとって必要なものだったに違いない。
それにしても山下がアシスタントをしているカメラマンのクズっぷりには驚いた。友人の依頼を事もなげにアシスタントに振ってしまっただけでなく、依頼主の怒りを買って撮影が中止になったことを自分からアシスタントに連絡をしない。陣中見舞いにくれば余計なことをしゃべる。こんなカメラマンは絶対に大成しないだろう。ぜひ早く、別のカメラマンに従事してほしい。(堀)
第33回東京国際映画祭プレミア上映
第21回 TAMA NEW WAVE コンペティションにてグランプリ
澤田栄一:男優賞受賞
2021年/日本/カラー/94分
配給:ムービー・アクト・プロジェクト
(C)2020 水ポン
https://www.hatsu-shigoto.com/
★2022年7月2日(土)ロードショー