2022年02月27日

ボブという名の猫2 幸せのギフト 原題: A Gift from Bob

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(C) 2020 A Gift From Bob Production Ltd. All Rights Reserved.


監督:チャールズ・マーティン・スミス(『ベラのワンダフル・ホーム』『イルカと少年』)
原作:ジェームズ・ボーエン「ボブが遺してくれた最高のギフト」&「ボブが教えてくれたこと」(辰巳出版)
製作:アダム・ロルストン(『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』) 
脚本・製作:ギャリー・ジェンキンス(『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』)
出演:ルーク・トレッダウェイ(『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』『不屈の男 アンブロークン』)、クリスティーナ・トンテリ=ヤング(「シスター戦士」Netflix)、ファルダット・シャーマ(『ゼロ・グラビティ』)、アンナ・ウィルソン=ジョーンズ(「女王ヴィクトリア 愛に生きる」)

『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』(2016年、監督:ロジャー・スポティスウッド)の続編。
ストリート・ミュージシャンとして生計を立てていたホームレスの青年ジェームズが、一匹の野良猫ボブと出会い、困難を乗り越え、一躍ベストセラー作家になった前作から5年。
ボブを連れて出版社のクリスマスパーティーに出席したジェームズ。場違いを感じて早々に抜け出した帰り道、路上演奏違反で警察官に取り押さえられているホームレスの若者ベンを助ける。ジェームズは自暴自棄になったベンに、路上で過ごした最後のクリスマスの話を始める・・・

てっきり、ベストセラー作家として活躍しているジェームズの物語かと思っていたら、苦難の時代のもう一つのエピソードでした。寒い中、ボブを伴って路上ライブで日銭を稼いでいたジェームズは、動物福祉担当職員に目を付けられてしまい、引き離されそうになったことがあったのです。それをどう乗り越えたかを、かつての自分を見る思いでベンに語って、励ますという物語。
ジェームズをいつも助けてくれていたのが、近所で小さな店を営むヒンドゥー教徒のインド人のムーディでした。彼の語る小話が、実に含蓄があって心に残りました。

*農民が作ったバター1キロを、店で小麦や砂糖と交換してもらっていました。次にバターを持ち込んだら、900gしかないと言われます。「貧しくて秤を持ってないので、1キロの砂糖で重さを測った」と答える農民。

*3人の巡礼がいました。一人目は、後ろに良いことを、前に悪いことを抱えていたら、重くて前に進めなかった。
二人目は、前に良いこと、後ろに悪いこと・・・やはり重くて前に進めなかった。
三人目は、良いことを前に、後ろに穴をあけて悪いことを入れたら、どんどん落ちて巡礼地にたどり着いた。

ムーディーは、クリスマスの日に息子を亡くしているのです。かつてはくよくよしていたけれど、今は息子のいい思い出だけを持って過ごしていると語り、過去の記憶を未来の重しにするなと諭します。
ヒンドゥー教徒のムーディーのほか、シク教のターバンの男性、アジア系の女性でイギリスに里子に貰われてきた福祉事務所の女性、ジェームズに1000アルバニア・レクのチップを渡したアルバニア人、モロッコ風の帽子を被った少年たちなどが登場して、ロンドンがいかに人種のるつぼかを感じさせてくれました。
そして悲しいかな、名優・猫ボブは2020年6月に亡くなり、本作はボブの遺作になってしまいました。(咲)


猫に対して興味がない私は、前作の『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』観ていなかったし、ストーリーも全然知りませんでした。ただ、チラシだけは何度も見ていて知っていました。今回初めて、この作品を観て、「ああ、気になっていたんだから、観ておけば良かった」と思いました。飼い主の肩に乗って街を行く猫ってかっこいい!!そんな芸当ができるのかと思ってしまった。まだ無名で街角でストリート・ミュージシャンとしてチップをもらいながら生活している青年の話だったけど、その生活にボブはかけがえのない相棒だったんだと、後半、映画を観ながら涙が出てきた。この生活の日々を書いてベストセラーになったというのが1作目なのだろうか。機会があったら観てみたい(暁)。

2020年/イギリス/英語/92分
配給:コムストック・グループ
提供:テレビ東京、コムストック・グループ
配給協力:REGENTS
公式サイト:http://bobthecat2.jp/#
★2022年2月25日(金)より、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー




posted by sakiko at 16:40| Comment(0) | イギリス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師

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© TBSテレビ

監督:立山芽以子
撮影:寺尾文人 音声:長谷部全伸 吉良絵里菜 
編集:大生哲司 
語り: 常盤貴子

2018年、ノーベル平和賞を受賞した医師デニ・ムクウェゲ。
アフリカ中部、コンゴ民主共和国。1955年、東部地区ブカヴで生まれ、牧師の父が人々のために祈る姿を見て、8歳の時、自分は医師として人を助けると決意。出産で命を落とす女性が多く、婦人科医になるが、最初の患者はレイプされた女性だった。
ムクウェゲ医師が湖の畔の町ブカブに1999年に設立したパンジ病院には、年間2500人~3000人がレイプされ運び込まれてくる。これほどまでにレイプが横行しているのには、ある理由があった・・・ 

「女性にとって世界最悪の場所」と呼ばれるコンゴ東部地区。
1994年の隣国ルワンダでの大量虐殺を機に、コンゴに難民と共に虐殺の首謀者たちが逃げ込み、100もの武装勢力の乱立する無法地帯となりました。これまでに40万人以上の女性たちがレイプされていて、それも、生後6か月の赤ちゃんから、90歳を越える女性まで。武装勢力がレイプするのは、欲望を満たすためではなく、恐怖を植え付け支配するため。この地域では、スズ、金、レアメタル等の天然資源が豊富で、それを奪うのが目的なのです。コンゴは、窓もドアも警備員もいない宝石店のようなもの。埋蔵量は世界一なのに、世界一の輸出国ではないのです。豊富な資源があるのに、住民は貧困の中で暮らしているのです。
レアメタルは、スマホやPCの原料。ムクウェゲ医師は、コンゴの女性たちの犠牲によって採掘された原料のスマホを使っているかもしれないことを思えば、決して遠い国の問題でないと、国際社会の無関心を嘆きます。
2019年9月に来日したムクウェゲ医師。滞在中に広島を訪れ、核兵器は廃絶されるべきと強調しました。実は、広島に落とされた原子爆弾にはコンゴで採掘されたウランが使われているのだそうです。
暗殺未遂に遭い、一度は国を離れたムクウェゲ医師ですが、今も、国連軍に見守られながらパンジ病院の敷地内で暮らし、女性たちの治療だけでなく自立のための手助けもしています。
2018年のノーベル平和賞授賞式の時に、イラクのヤズィーディー教徒の女性でイスラム国の性奴隷となっていたナディア・ムラドさんの隣に立っていたムクウェゲ医師のご功績をあらためて知ることのできる映画でした。(咲)


デニ・ムクウェゲ医師は牧師の父が働く姿を見て、8歳の時に「父が祈るひとなら、僕は白衣を着て薬を配る人になる」と医師になることを心に決め、隣国ブルンジの大学で医学生となりました。出産で命を落とす女性が多いことを知り、婦人科医を目指すためにフランスのアンジェ大学に留学。帰国し、専門的な医療を受けていなかった女性たちの出産ケアに取り組むようになりました。
ところがブカブにパンジ病院を設立して最初の患者がレイプされた女性だったことで、性暴力の蔓延を知るのです。
「男って最低!」と思って見ていたところ、景山さんが書いているように“武装勢力がレイプするのは、欲望を満たすためではなく、恐怖を植え付け支配するため”と知り、驚きました。だから1歳にも満たない赤ちゃんまでもが襲われていたのです。しかも襲う側にも武装勢力に脅かされて不本意ながら参加し、後悔している男性もいることが映し出されました。武装勢力全体の意思ではなく、一部の人間の思惑で恐ろしいことが行われている。不幸な人がどんどん増えていく状況はあってはならないはずなのに。
「コンゴに生まれなくてよかった」と胸をなでおろしてしまいがちですが、”日本にいても何かできることはないのだろうか”というな気持ちを多くの人が持てば、コンゴも変わっていくでしょうか。(堀)


コンゴの、この東部地域にはレアメタル、錫など豊かな鉱物資源が埋まっていて、武装勢力はその利権を得るため組織的に性暴力という武器を使い、住民を恐怖で支配している。ムクウェゲ医師は「その根源を断ち切らない限り、コンゴの女性たちに平和は訪れない」と、この地で起きていることを世界に訴え、長年の活動に対して、2018年ノーベル平和賞が授与された。しかしムクウェゲ医師の闘いは終わることはなく今も続いている。その闘いの日々を追ったのが本作である。
「遠く離れた国で起きていることで、自分とは関わりのないことと思わないでください。もし、あなたが手にしているスマホが遥か遠くで暮らす女性たちの犠牲のもとで作られているとしたら。この映画は、自分たちの快適で、便利な暮らしは何によって支えられているのかを考えるきっかけになれば、という思いで作った」と監督は語る。私たちが生きる世界で起きていること。決して他人事と思ってはいけない現実がここにはある。パンジ病院では肉体的な傷を治療するだけでなく、精神的なケアも行い、村に戻って生活できるよう洋裁などの技術訓練も行っているのがせめてもの希望である。
ムクウェゲさんには好きな日本語がある。「利他(りた)」という言葉。他者を思い、世界で起きていることを想像する力という意味だそうです。これこそが今、必要なのだと。私はこのドキュメンタリーで、初めてこの日本語を知った。今まで、この「利他」という言葉を知りませんでしたが、この映画の後、TV番組や映画で、「利他」という言葉を何度か耳にするようになりました。
ところで、この映画でも出てきましたが、被害にあった女性に対して、味方であるはずの男たちが(家族や親戚、同じ部落)、レイプされた女性を「汚れたもの」として扱うシーンがあり、被害にあった女性に対して、そのように思うなんてひどいと思った。コンゴでもそうだったけど、つい最近イスラーム映画祭で観た、政府・軍とイスラーム主義勢力との対立から始まった1990年代のアルジェリア内戦を描いた『ラシーダ』(アルジェリア、フランス映画)という作品の中でも、レイプ被害にあった女性の父親が「いっそ死んでくれたらよかったのに」と、娘を拒否するシーンがあり、男ってどうしてそうなのと思ってしまった。この作品の中で唯一救いだったのは、その女性の甥っ子?が、「僕はそう思わない。彼女は被害者だ」という意味のことを言っていたこと。ヤミーナ・バシール=シューイフというアルジェリアで最初の女性監督の作品だそうですが、やはり女性監督だからこそ出てきた言葉なのだろうと思った。太平洋戦争中、日本軍の従軍慰安婦にされた韓国や中国、台湾、インドネシアなどの女性たちも、終戦後、そういう差別があって地元に帰れなかった人がいました。被害者なのにそういう差別を受けるなんてと思っていたけど、それは現代も変わらないということに怒りを覚えます(暁)。


これを観たらみな怒りに震えるはず。女性は自分の痛みとして、心ある男性は自分の母や姉妹や娘だったら、と想像して。男性も被害にあっているけれど、女性は望まない妊娠をしたり、そのために不妊になったり、男性不信に陥ったりと傷はより深い。
襲った男たちが命令されたから、と言って悪びれず、お金を積んで刑罰を逃れているのに腹が立つ。妻子が画面に映っていたけれど、夫や父親となって、自分のしたことをなんとも思わないのだろうか?被害にあった女性を汚れた傷ものと断ずる男たちは、自分が加害者と同じところに立っていることに気づかないのだろうか?
心身を痛めつけ、恐怖で支配するのは、はるか昔のことではなく今も起こっていることだということに、この映画で気づいてほしい。ムクウェゲ医師が傷ついた人たちを助け、再生の手伝いをする人たちも周りにいることに少しホッとする。この作品の監督がTBSの女性ディレクターであることも嬉しい。(白)

☆2021年3月開催の「TBSドキュメンタリー映画祭」で上映されたバージョンから、音楽とナレーションを一新して劇場公開

2021年/日本/カラー/ビスタ/ステレオ/75分
配給:アーク・フィルムズ
公式サイト:http://mukwege-movie.arc-films.co.jp/
★2022年3月4日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開




posted by sakiko at 02:32| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする