2022年02月13日
白い牛のバラッド 原題:Ghasideyeh gave sefid 英題:Ballad of a White Cow
監督:ベタシュ・サナイハ、マリヤム・モガッダム
出演:マリヤム・モガッダム、アリレザ・サニファル、プーリア・ラヒミサム
夫ババクが殺人罪で処刑されて1年。ミナは牛乳工場で働き、ろうあの娘ビタを育てながら必死に生きている。ある日、裁判所に呼び出され、義弟と共に出向く。真犯人が見つかり、2億7千万トマンの賠償金が出るといわれる。泣き崩れるミナ。賠償金よりも、夫を死刑に追い込んだ判事に謝罪をしてほしいとミナは裁判所に行くが、会ってもらえない。
そんな折、夫の友人のレザだと名乗る男が訪ねてきて、生前借りた1千万トマンを返したいという。さらに、娘ビタの学校に車で迎えにいくなど手助けしてくれる。だが、数日後、大家の夫人から、「夫がよその男を家に入れたのを見て、今月で出ていってほしいと言ってる」と申し訳なさそうに告げられる。不動産屋に行くが、未亡人、ペットの飼い主、麻薬は嫌がられると、部屋が見つからない。それを知ったレザが、ちょうど空いた部屋があると提供してくれる。一難去って、義弟から義父がビタの親権を求めて訴えたと連絡が入る。
その後、倒れたレザを行きがかり上、ミナが家で面倒をみることになる。ビタと3人、まるで家族のような暮らしに安らぎを感じ、レザに心を寄せ始めるミナ。そんなミナに義弟がレザの正体を告げる・・・
舞台はイランの首都テヘラン。冤罪で夫を死刑にされた喪失感を抱えた女と、心に葛藤を抱える男性が互いの距離感を縮めるうちに、思いもよらぬ結末を迎えることになる。こう書くと日本のテレビの2時間ドラマのようだが、イランの映画は一味違う。未亡人でシングルマザーの女性が幼い娘を抱えて困窮するのはどこの国にもある不幸な現実だが、そこに夫や親戚でもない男が、女性しかいない家に入るという行為が良しとされないイスラーム社会固有の事情も描かれる。主人公の女性は弱い存在であるが、闘志を内に秘める人でもある。自分を取り巻く理不尽な状況に立ち向かう女性が下した決断に、本作を観る者は等しく慄くだろう。普段見慣れたサスペンスモノとは一味も二味も違う。文句なしに面白い作品である。(堀)
予測不能なサスペンスフルな展開に、ぞくぞくさせられました。監督の一人マリヤム・モガッダムが主役ミナを演じ、喪失感の中で出会った男性に次第に思いを寄せていく様を見事に描き出しています。実によく出来た面白い作品なのに、イランでは2020年2月のファジル国際映画祭で3回上映されただけで、政府の検閲により劇場公開の許可が下りていないとのこと。どこが引っ掛かったのかと、考えてみました。死刑については、公開されている映画があるし、冤罪についても脚本段階で検閲を受けているので、違うだろうと。
次に、髪の毛を全面的に見せている場面。ミナが口紅を濃く塗って、レザのいる部屋に入っていく時に、スカーフをはずしています。また、娘ビタも学校を出たところで、スカーフをはずしていました。
ビタという娘の名前は、夫が革命前の有名な歌手グーグーシュ主演の映画『ビタ』が好きでつけたとありました。映画の場面がテレビの中に映し出されていて、もちろんグーグーシュは髪の毛も肌も出しています。革命後、女性がソロで歌うことは禁止され、グーグーシュも活動できなくなっています。
恐らく、細かく削除を求められた以外にも、検閲官の気に障ることがあったのでしょう。
イランで、こんなことも禁止されていると驚くことも描かれています。それは犬。
ミナが引っ越し先の上の階の家に鍵を取りにいった時に、犬の鳴き声が聞こえてきて、おっ来たなと思いました。その後、庭に犬がいるのをみて、レザが汚いから家に入れるようにと言い、犬の飼い主が、大通りで散歩させられないから庭に放させてもらったと言っています。犬は預言者ムハンマドが不浄だとした伝承から、イスラームでは忌み嫌われてきました。イランでペットとして飼う人が増えて、2011年頃に、国会で「犬の所持禁止法案」が審議されていました。家の中で飼うことと、散歩は例えば住宅団地などだとその域内はOKという形で、その時には決着したようです。2019年、首都テヘランでは、公共の場での犬の散歩が禁止になり、犬を車に乗せて運転することも禁止されてしまいました。イランの友人に聞いたところ、真夜中や明け方に大通りを散歩させたり、犬の飼い主たちで集まったりと、頑張って抵抗しているとのことです。
理不尽な冤罪を描いた映画ですが、イラン贔屓の私にとっては、イランの中流の人たちの暮らしがさりげなく描かれていて、イランの社会や文化を知っていただく機会になる映画だと思いました。
大家の奥さんも、引っ越し先の2階の奥さんも、そしてミナもレザに、食事をどうぞと声をかけるのは、まさにイラン人!と思いました。物価があがっても、昔ながらに、いつでも人に振舞えるように多めに作っているのではないかと思います。
ミナがレザと亡き夫のお墓参りのあと、小川の畔でピクニックをして、久しぶりと喜んでいますが、イランの人たちはよく家族でピクニックを楽しみます。夫を亡くして、その機会もなくなっていたのだと思わせてくれる場面でした。
死刑が多くて、息苦しい体制の中で生きている可哀そうな人たちというイメージを持ってほしくないと願うばかりです。息苦しいと思っている人が多いのも確かですが、それを跳ねのけて楽しむエネルギーを持っている人たちが多いと感じます。もちろん、気の毒な境遇の人もいるのですが、イスラームの教えから、自分より悪い境遇の人には手を差し伸べる精神が宿っている社会です。レザが退院するとき、必ず誰かがそばについているのを病院が条件にし、ミナが連れ帰ったこともその表れです。独居老人は少なく、病院でなく家で看取りたいと思う人が多いことも知ってほしいところです。(咲)
第71回ベルリン国際映画祭金熊賞&観客賞ノミネート
2020 年/イラン・フランス/ペルシア語/105 分/1.85 ビスタ/カラー/5.1ch
日本語字幕:齋藤敦子
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/whitecow/
★2022年2月18日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国公開.
ホテルアイリス 原題:艾利絲旅館
監督:奥原浩志(『黒四角』)
製作:北京谷天傳媒有限公司 長谷工作室 紅色製作有限公司
原作:小川洋子(©幻冬舎「ホテル・アイリス」)
出演:永瀬正敏、陸夏(ルシア)、寛一郎、菜葉菜、大島葉子、馬志翔(マー・ジーシャン)、李康生(リー・カンション)
寂れた海沿いのリゾート地─そこで日本人の母親が経営するホテル・アイリスを手伝っているマリは、ある日階上で響き渡る女の悲鳴を聞く。赤いキャミソールのその女は、男の罵声と暴力から逃れようと取り乱している。マリは茫然自失で、ただならぬその状況を静観している。一方で、男の振る舞いに激しく惹かれているもう一人の自分がいて、無意識の中の何かが覚醒していくことにも気づき始めていた。
男は、ロシア文学の翻訳家で、小舟で少し渡った孤島で独りで暮らしているという。住人たちは、彼が過去に起きた殺人事件の真犯人ではないかと、まことしやかに噂した。またマリも、台湾人の父親が不慮の事故死を遂げた過去を持ち、そのオブセッションから立ち直れずにいた。
男とマリの奇妙な巡り合わせは、二人の人生を大きく揺さぶり始める。
奥原監督が、金門島の海辺の集落・北山にある民宿「北山23-3号」に出会い、ここでなら『ホテルアイリス』が撮れると妄想が膨らみ、前々から脚本も書いていた『ホテルアイリス』が出来上がったとのこと。どこか哀愁漂うレトロな「北山23-3号」に泊まってみたくなること請け合います。
ホテル・アイリスと、孤島の翻訳家が暮らす家で繰り広げられる物語は、妖しく官能的。変質的な男も永瀬正敏が演じると、どこか紳士的に見えてしまうから不思議。ロシア文学の翻訳家という役柄故でしょうか・・・
逆に、海辺の売店を営み孤島への舟の船頭役の李康生は、最初に出てきた時から、中年のエロ親父に見えてしまいました。撮影現場には、蔡明亮監督の姿もあったそうです。なんとも贅沢な話です。そんな中で、若い娘マリを演じた陸夏(ルシア)は、台湾で雑誌のモデルやCMで人気のタレントで、映画は初出演。アニメで培った日本語を駆使しています。彼女に変な色気がないことがまた、映画『ホテルアイリス』の謎めいた世界を作り出しているように思えました。(咲)
2021年/日本・台湾/100分/日本語・中国語/ビスタサイズ/5.1ch/DCP・Blu-ray
配給:リアリーライクフィルムズ、長谷工作室
©長谷工作室
公式サイト:http://hoteliris.reallylikefilms.com/
★2022年2月18日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋 他にて全国公開