2022年01月07日

スティルウォーター(原題:Stillwater)

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監督:トム・マッカーシー
脚本:トム・マッカーシー マーカス・ヒンチー トーマス・ビデガン ノエ・ドゥブレ
撮影:マサノブ・タカヤナギ
出演:マット・デイモン(ビル)、アビゲイル・ブレスリン(アリソン)、カミーユ・コッタン(ヴィルジニー)、リル・シャウバウ(マヤ)

オクラホマ州のスティルウォーターで暮らしているビルには、一人娘のアリソンがいる。しかし、留学したフランスで女友達を殺した嫌疑で、もう5年も収監されている。かつては不仲の父娘だったが、アリソンが頼れるのは父親のビルだけ。アリソンの無実を信じるビルは、単身フランスへと旅立つ。マルセイユに着いてが言葉もわからないビルは、手掛かりを探したくても右往左往するだけ。ようやく通訳してくれる女性ヴィルジニーを見つけたのだが。

マット・デイモンが演じるのは留学先の仏マルセイユで殺人罪で捕まった娘アリソンの無実を証明すべく、米オクラホマ州スティルウォーターから言葉も通じない異国の地へ単身渡った父親ビル。ジェイソン・ボーンのときのようなスキルがあるのかと思ったら、本当にただの中年のおじさん。不良少年たちに囲まれると簡単に打ちのめされてしまいます。しかし、娘を思う気持ちはへこたれない。マット・デイモンはこういう役も似合いますね。ネタバレに絡んでくるので多くは語れないのですが、娘の無実を証明するために奔走した結果、娘の人生に大きく関わってくることを決断することになります。それは親として正しかったのか、間違っていたのか。苦渋するビルの心の内が映画を見終わった後もざらつきのように残っています。
そんなビルをサポートしてくれるフランス人女性を演じるのはカミーユ・コッタン。この作品と同日公開の『ハウス・オブ・グッチ』で主人公の夫といい仲になってしまう幼馴染みを演じていますが、全然雰囲気が違う。娘をしっかり育てながら演劇の世界で自己実現も諦めないシングルマザーをたくましく体現していました。(堀)


ビルがスティルウォーターからマルセイユに飛ぶという時点で、これはアラブが関係してくるなと思った直感は大当たり。マルセイユに留学した娘アリソンは同棲していた同性の恋人リナを殺したとして収監されているのですが、アリソンは、アキムという男が犯人だと弁護士への手紙に書いています。ヴィルジニーの運転する車で、アキムの住む移民の多い地区に行くのですが、車を降りようとしたビルは、危険だから降りるなと言われます。
「アラブ人を誰でもいいから投獄したい」というフランス人男性の言葉も飛び出して、マルセイユが地中海の対岸のマグレブ3国(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)はじめアラブ系移民で溢れているのをフランス人たちが快く思っていないことも描かれています。(ちなみに、アキムを演じているIdir Azougliは、名前からするとトルコ系?)
アリソンがお墓参りに行く場面で、恋人リナ・ハムディの墓石に三日月と☆が刻まれていてイスラーム教徒だとわかります。アリソンは、彼女から学んだイスラームの「マクトゥーブ」という教えに解き放たれたと語ります。「マクトゥーブ」というアラビア語は直訳すれば「書かれている」ですが、イスラーム教徒なら誰しも、「すでに神によって(書かれた)定められた運命」と理解している言葉。字幕では、「寛容」とされていましたが、「定められたことを受け入れる」ことから転じての理解でしょうか。
本作、最初と最後のスティルウォーターの場面は、まぎれもなくアメリカ映画なのですが、大半を占めるマルセイユの場面はアラブの香りも漂うヨーロッパ映画だと感じました。
それもそのはず、トム・マッカーシー監督はマルセイユを舞台に映画を撮りたいと切望して自身で脚本を書いたものの、どうもしっくりこないと感じて、フランス人作家のトーマス・ビデガン(『預言者』脚本)とノエ・ドゥブレに脚本への協力を仰いだのです。さらに、製作チームの9割がフランス人という徹底ぶりです。
トム・マッカーシー監督は、『スティルウォーター』は究極的にはアメリカ、そして世界におけるアメリカの立ち位置を示している。我々アメリカ人が信じる道徳的義務に訴える映画である」と語っています。映画を振り返って、その言葉の意味をしみじみと噛みしめています。(咲)


2021年/アメリカ/カラー/シネスコ/139分
配給:パルコ
(C)2021 Focus Features, LLC.
https://www.universalpictures.jp/micro/stillwater
★2022年1月14日(金)ロードショー
posted by shiraishi at 15:53| Comment(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フタリノセカイ

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監督・脚本:飯塚花笑
撮影:根岸憲一
音楽:小野川浩幸
出演:片山友希(今野結)、坂東龍汰(小堀真也)、松永拓野(添田俊平)、関幸治(内田勇人)、クノ真季子(小堀華子)、嶺豪一、持田加奈子

保育園に勤めるユイと実家の弁当屋を手伝っている真也は、出会ってすぐに恋に落ちた。
付き合い始めた2人は将来結婚する約束を交わし、幸せな日々を過ごしていたが、真也にはユイに伝えていないことがあった。それは、体は女性、心は男性のトランスジェンダーだということ。真也が時折見せる思い詰めた顔に不安を感じていたユイは、ある時その理由を知る。

20代初めに出逢った2人の10年間を描いています。一目ぼれの瞬間、交際中の幸せなエピソードや諍い、結婚や出産に対するくい違いなどは、トランスジェンダーとシスジェンダーのカップルでなくとも経験することです。
真也がトランスジェンダーであることで経験したことや想いは、想像することしかできません。けれども知ろうとするのと、関わりがないからとスル―するのとでは大きな違いがあります。次から次へと壁が立ちはだかってくる2人が10年探した「フタリノセカイ」の幸せは2人だけのもの。登場するいろいろな人の言葉に共感したり考えたりしながら、自分のそばにいるかもしれないLGBTの人たちの存在もちょっと想像してみたらいかがでしょう。さまざまな選択を繰り返して生きていく私たちですが、自分を大切にするように、他の人の選択や生き方も尊重したいなと思った作品でした。
真也を理解したいユイに片山友希さん、昨年公開の『茜色に焼かれる』でのケイ役、公開中の『弟と僕とアンドロイド』でも謎の女子高生と印象的な役。
初めてのトランスジェンダー役に挑戦した坂東龍汰さんも出演作が続いています。『スパイの妻』『#ハンド全力』『犬鳴村』『静かな雨』『閉鎖病棟 それぞれの朝』など派手ではないけれど、息遣いの感じられる役でした。先が楽しみな若手2人です。(白)


●飯塚花笑監督インタビューはこちら
●公開記念舞台挨拶はこちら

2021年/日本/カラー/83分
配給:アークエンタテインメント
(C)2021 フタリノセカイ製作委員会
https://futarinosekai.com/
★2022年1月14日(金)新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
posted by shiraishi at 15:14| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

決戦は日曜日

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監督・脚本:坂下雄一郎
撮影:月永雄太
音楽:渡邊崇
出演:窪田正孝(谷村勉)、宮沢りえ(川島有美)、赤楚衛二(岩渕)、内田慈(田中菜々)、小市慢太郎(濱口)、音尾琢真(向井)

とある地方都市。
谷村勉はこの地に強い地盤を持ち当選を続ける衆議院議員・川島昌平の私設秘書。秘書として経験も積み中堅となり、仕事に特別熱い思いはないが暮らしていくには満足な仕事と思っていた。
ところがある日、川島が病に倒れてしまう。そんなタイミングで衆議院が解散。後継候補として白羽の矢が立ったのは、川島の娘・有美(ゆみ)。谷村は有美の補佐役として業務にあたることになったが、自由奔放、世間知らず、だけど謎の熱意だけはある有美に振り回される日々…。
父・川島の地盤は盤石。よほどのことがない限り当選は確実…だったのだが、政界に蔓延る古くからの慣習に納得できない有美はある行動を起こす――それは選挙に落ちること!前代未聞の選挙戦の行方は?

東京ウインドオーケストラ』(2017)『ピンカートンに会いに行く』(2018)で笑わせてもらった坂下雄一郎監督の最新作。コメディで政治を描きたいと2016年の企画から5年をかけて完成したオリジナル脚本です。調査・取材を重ね、時事ネタを拾い、願ってもないキャストが終結し、15日間で撮り終えたという作品。議員秘書たちは選挙で議員が落選すればたちまち無職。そんな秘書から見た選挙の裏側を、坂下監督は熱すぎず重すぎず品よく描いています。
それを担った俳優陣は演技巧者ばかり。真っ赤なスーツが似合う宮沢りえさん扮する2世候補は、無駄に熱い正義感で秘書たちを振り回します。海千山千の政治家に仕えてきたベテラン秘書たちは、新人のなだめ方、危機の対処も上手。ニュースやSNSで見聞きしたあれこれも絶妙に配されて、実在の誰かさんを思い出しました。窪田正孝くんの谷村秘書の力の抜け具合もよく、当選&落選のための運動もへー!ということばかり。政界・選挙に限らず、どの世界でも裏側とはこうなのでしょうか。笑いながら「社会勉強」もできます。(白)


宮沢りえの第一声がいかにも政治家の口調で、「いるいる、こういう人」と笑ってしまいます。世間を知らないお嬢さま育ちの有美を見事に体現しています。
個別訪問しているときに思いっきり失礼なことを言ってしまいますが、演じる人によっては嫌味に見えるでしょうけれど、お嬢さま育ちだから仕方ないと思えてしまうのは宮沢りえが持っている内面の気品によるものかも。
考えなく投降したSNSが炎上するなどあるあるな話だけでなく、やっぱりこういうことってしているのね話まで、坂下監督はしっかりリサーチして書きあげた脚本はコメディタッチな展開でもリアリティを感じます。
12月24日に東京で先行上映が始まった『香川1区』とセットで見るとその落差に驚くものの、もしかすると『香川1区』の三世議員の平井卓也さんには有美的な部分があるのかもしれないと思ってしまいました。
それにしても選挙ってやっぱりこんな感じなんだろうか。。。(堀)


2022年/日本/カラー/ビスタ/105分
配給:クロックワークス
(C)2021「決戦は日曜日」製作委員会
https://kessen-movie.com/
★2022年1月7日(金)より新宿バルト9ほか絶賛公開中!!

posted by shiraishi at 14:48| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マークスマン(原題:The Marksman)

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監督:ロバート・ローレンツ
脚本:クリス・チャールズ ダニー・クラビッツ ロバート・ローレンツ
撮影:マーク・パッテン
音楽:ショーン・キャラリー
出演:リーアム・ニーソン(ジム・ハンソン)、キャサリン・ウィニック(サラ)、フアン・パブロ・ラバ(マウリシオ)、テレサ・ルイス(ローサ)、ジェイコブ・ペレス(ミゲル)

元海兵隊員で狙撃兵だったジムは愛妻に先立たれ、メキシコ国境付近の町で愛犬と暮らしている。細々と続けてきた牧場は左前になっているが娘に頼りたくはない。ある日、国境を越えて逃げて来た母子に出逢う。2人を追っていたのはメキシコの麻薬カルテル。撃たれた母親は彼に11歳の息子ミゲルを託して絶命した。ジムは行きがかり上、1人残されたミゲルをシカゴに住む親せきの元へ送り届けることになってしまった。カルテルの追撃をかわしながらシカゴにたどり着くことができるのか? 

娘や愛する人を守って闘う男の役が続いていたリーアム・ニーソン。スーパーマンではなく、一芸に秀でてどこか陰のある人物がはまります。今回は頑固な元狙撃兵(=マークスマン)。初めて会った母子が狙われていたため、つい迎え撃った麻薬カルテルから追われ続けます。一緒に1400㎞を旅するこの11歳のミゲルがしっかりしていて、ジムもたじたじ。緊張した場面が続く中で、2人のぎこちない会話に思わず頬が緩みます。
百発百中の狙撃シーンに思わずガッツポーズしたくなります。一番の見どころではありますが、執拗な追手との修羅場をくぐり抜けるうちに、ミゲルとジムが互いをリスペクトしていく心の動きも見逃さないでください。子役賞をあげたいくらいです。
このほど公開されたリーアム・ニーソンのインタビュー動画はこちら(白)


国に尽くし、税金も払ってきたにも関わらず、病気になった妻の医療費を払うために借金をしたことで、妻との思い出の詰まった家を手放さなくてはいけない状況に陥った初老のジム。リーアム・ニーソンにぴったりの役どころですね。何より、守らなくてはいけない存在(妻)を失ったことで途方に暮れていたジムにとってミゲルとの出会いは望んでいたことではなかったし、彼本人は気づいていなかったけれど、守るべき存在ができたことは生きる張り合いになったはず。ミゲルに生きる術の1つとして銃の撃ち方を教えるシーンは本当の親子のよう。
ラストの解釈は見る人によって違うかもしれないけれど、夕暮れのバスに揺られていた、あの時間は幸せだったはずだと思います。(堀)



2021年/アメリカ/カラー/シネスコ/108分
配給:キノフィルムズ
(C)2020 AZIL Films, LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:http://marksman-movie.jp/
公式Twitter:https://twitter.com/Marksman_JP
★2022年1月7日(金)よりロードショー

posted by shiraishi at 14:46| Comment(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする