2021年08月06日

モロッコ、彼女たちの朝  : 原題:Adam  アラビア語題: آدم (ādam)‎ 

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監督・脚本:マリヤム・トゥザニ
製作・共同脚本:ナビール・アユーシュ
出演:ルブナ・アザバル(『ビバ!アルジェリア』『愛より強い旅』『灼熱の魂』『テルアビブ・オン・ファイア』)、ニスリン・エラディ、アジズ・ハッタブ

カサブランカの旧市街。未婚で妊娠した美容師のサミアは、地元から遠く離れたこの町で子どもを産んで里子に出そうと、仕事と寝場所を探して彷徨う。臨月のお腹を抱えたサミアをどこも受け入れてくれない。日没のお祈りの時間を知らせるアザーンが聞こえてくる。夫を事故で亡くし、一人で娘を育てながら小さなパン屋を営むアブラは、道端に座るサミアを見かねて家に招きいれる。娘が声をかけてきて、ワルダと名乗る。「ママが好きな歌手の名前なの」と。翌朝、ルジザという春雨状の生地をまとめたパンを作るサミア。手間がかかるのでアブラが作るのをやめてしまったパンだ。一晩だけのつもりが、結局、家に留め置き、二人でパンを作る日々が始まる。
やがてイードルアドハー(犠牲祭)を迎え、アブラのパン屋もお客で賑わう。そんな中、サミアは破水し、赤ちゃんが生まれる。男の子。母親になれないから名前は付けないと涙ぐむ。早く里子に出したいのに、祝日で施設は休みだ。サミアは、泣き止まない赤ちゃんに乳を含ませ、アダムと名付ける・・・

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(C)Ali n' Productions - Les Films du Nouveau Monde - Artemis Productions
趣のある旧市街、哀愁漂うアラブ音楽、美味しそうなモロッコのパンたち・・・ 一気に心はカサブランカに飛びます。そこで語られるのは、悲しい運命を背負った二人の女性の出会い。不慮の事故で夫を亡くしたアブラは心を閉ざしていましたが、予期せぬ妊娠に困り果てながらも明るく振る舞うサミアと暮らすうちに、心を開いていきます。
犠牲祭は、家族や親戚が集まって過ごす大事な時。アブラとサミアにとっては、犠牲祭の準備にパンを買いにくる人たちが幸せそうに見えて、つらいものがあるはず。だからこそ、寄り添う二人。そして、夫を亡くしたアブラに、「僕にチャンスをくれ」と、いつも小麦粉を納品しにくるスリマニが語りかける場面には、人生、まだまだ捨てたものじゃないと、ほっこり♪

サミアが妊娠した経緯について詳しくは語られませんが、未婚で妊娠することは、モロッコだけでなく、イスラーム社会では許されないこと。一族の「恥」となるので、親にも言えないのが常のようです。そんな女性を保護することは、未亡人のアブラにとって勇気のいること。

本作は、マリヤム・トゥザニ監督がタンジェの町で両親と暮らしていた時の忘れられない経験をもとに描いたもの。遠くの町からやってきた未婚で妊娠した女性を、両親は一切面識がなかったにもかかわらず、家に受け入れて出産するまで面倒をみたのです。その女性は妊娠したことから結婚を約束していた男性に逃げられ、故郷から遠く離れた地で密かに出産し、子どもを養子に出して故郷に戻ろうと考えたのです。出産直後は、いずれ手放す子に触れるのもためらっていた彼女が母性に目覚めていった姿は、マリヤム・トゥザニ監督の心にいつまでも残り、初監督長編作品へと繋がったのです。

マリヤム・トゥザニ
MARYAM TOUZANI

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(c)Lorenzo Salemi
1980年、モロッコ・タンジェ生まれ。映画監督、脚本家、女優。本作で長編監督デビュー。
初めて監督を務めた短編映画『When They Slept』(12)は、数多くの国際映画祭で上映され、17の賞を受賞。2015年、2作目となる『アヤは海辺に行く』も同様に注目を集め、カイロ国際映画祭での観客賞をはじめ多くの賞を受賞した。
夫であるナビール・アユーシュ監督の代表作『Much Loved』(15) では、脚本と撮影に参加、さらにアユーシュ監督最新作『Razzia』(17) では、脚本の共同執筆に加え主役を演じている。


本作は、夫ナビール・アユーシュが製作と脚本でサポートしていますが、モロッコ社会における女性の立場について、さりげないながら細やかに描いているのは、やはり女性監督ならではだと思います。
港で働いていた夫が不慮の事故で亡くなったのですが、アブラが「夫の匂いも嗅ぐことも、触ることも、お墓へ行くことも許されなかった」と語る場面があります。
イスラームでは埋葬は同性の手で行うのが原則で、お墓で埋葬に立ち会えなかったのはわかるのですが、その前に最後のお別れに夫に触れることもさせてもらえなかったというのは、遺体の処理を行った男たちの勝手な解釈のように思えます。得てして、宗教を拡大解釈して何かと行動を制限することは、保守的な家父長社会でありがちなこと。
未婚で妊娠したのを相手の男性が責任を取らないのもおかしなことです。

◆日本で初めて公開されるモロッコの長編劇映画
『モロッコ、彼女たちの朝』が、実は日本で初めて公開されるモロッコの長編劇映画。
ドキュメンタリー映画では、モロッコのアトラス山脈の村で暮らすアマズィーグ族の姉妹を追った『ハウス・イン・ザ・フィールズ』(2017年)が、昨年オンライン公開された後、2021年4月9日に劇場公開されています。

思えば、映画祭でもモロッコ映画の上映はあまりなく、私の記憶にあるのは、『女房の夫を探して』(1993年、ムハンマド・アブデッラハマーン・タージ監督)を2000年の地中海映画祭で観た後、2018年のイスラーム映画祭3でも観ています。
2000年の地中海映画祭では、『失われた子供たちの海岸』『運命』というモロッコ映画も上映されていますが、残念ながら未見。
2020年のイスラーム映画祭では、モロッコの侵攻に非暴力で闘う西サハラの人たちを描いた『銃か、落書きか』(2016年/スペイン)という映画が上映されています。こちらはモロッコを嫌いになりそうな内容!

さて、『モロッコ、彼女たちの朝』がモロッコの劇映画として初公開作品であることに驚いたのですが、それは、これまでモロッコを舞台にした映画を結構観てきたからです。
古くは、アメリカ映画『モロッコ』(1930年)、『カサブランカ』(1942年)『知りすぎていた男』(1956年)、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『シェルタリング・スカイ』(1990年)、ジャッキー・チェンの『プロジェクト・イーグル』(1991年)、オランダに住むモロッコ移民の女の子を描いた『ドゥーニャとデイジー』(2008年)・・・

物語自体の舞台はモロッコではないのにモロッコはロケ地に選ばれることも多いです。
私が観た中で、記憶にあるのは・・・
『グラディエーター』(2000年)
『サハラに舞う羽根』(2002年)
 スーダンが舞台ですが、モロッコでの撮影が大変だったと監督が記者会見でおっしゃっていました。
『ワールド・オブ・ライズ』(2008年)
『プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂』(2010年)(ペルシアの沙漠は赤くないので、すぐにわかりました)
『セックス・アンド・ザ・シティ2』(2010年)
(「アブダビに着きました!」という台詞があったけれど、明らかにモロッコとわかりました!)

もっともっとモロッコ映画を観たいと思っていたら、先日、偶然、ケーブルテレビのTV5MONDEで『ノマド(NOMADES)』(2018年、フランス・モロッコ、監督・脚本:オリヴィエ・クスマク)を放映していて観ることができました。ただし、アラビア語音声、フランス語字幕! 女手一つで息子3人を育ててきた女性の物語。

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(C)Ali n' Productions - Les Films du Nouveau Monde - Artemis Productions
モロッコには、1983年に旅したことがあります。その時には、カサブランカ、ラバト、マラケシュ、メクネス、フェズ、タンジェ その後、ジブラルタル海峡を渡ってスペインへという旅程だったので、いつかアトラス山脈のほうにも行ってみたいと思っています。
カサブランカでは、パリを思わせる(パリは行ったことがないので)新市街のカフェでお茶しましたが、女性はほとんどいなくて肩身が狭かったのを思い出します。本作に出てきたカサブランカの旧市街(メディナ)も、ぜひ訪れてみたいです。

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(C)Ali n' Productions - Les Films du Nouveau Monde - Artemis Productions
最後になりましたが、アブラを演じたルブナ・アザバルさん(写真左)は、『ビバ!アルジェリア』『パラダイス・ナウ』『愛より強い旅』『灼熱の魂』『テルアビブ・オン・ファイア』と、私にとって愛おしい作品の数々に出演されている方。ベルギー生まれで、お父様がモロッコ人、お母様がスペイン人。モロッコとベルギーの二重国籍。これからのご活躍も期待したいです。 (咲)


第92回アカデミー賞モロッコ代表
第72回カンヌ国際映画祭 ある視点部門 正式出品

2019年/モロッコ、フランス、ベルギー/アラビア語/101分/1.85ビスタ/カラー/5.1ch
日本語字幕:原田りえ
提供:ニューセレクト、ロングライド   
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/morocco-asa/
★2021年8月13日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国公開



posted by sakiko at 19:00| Comment(0) | モロッコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジュゼップ 戦場の画家  原題:JOSEP

スペイン内戦に翻弄された画家ジュゼップ・バルトリ
亡命先のメキシコでフリーダ・カーロの愛人に


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監督:オーレル
脚本:ジャン=ルイ・ミレシ (『幼なじみ』、『キリマンジャロの雪』)

病床のセルジュは一枚の絵を手にして、孫ヴァランタンに憲兵をしていた若かりし頃の思い出を語り始める・・・
1939年2月、スペイン内戦の戦火を逃れ、大勢の難民がピレネー山脈を越えてフランスに押し寄せた。だが、彼らはフランス政府によって強制的に収容所に閉じ込められ、劣悪な環境に苦しむことになった。監視役のフランス人憲兵たちは難民を蔑み、ことあるごとに虐待していた。
難民の中に、建物の壁や地面に黙々と絵を描き続けるジュゼップ・バルトリという画家がいた。新米の憲兵セルジュは、先輩の憲兵たちの目を盗み、ジュゼップにそっと鉛筆と紙を手渡し、いつしか二人の間には友情が芽生えていった。セルジュは、ジュゼップがスペインを脱出する時に、婚約者マリアと離れ離れになったと知り、マリアの行方を捜す。とある病院船で療養中のマリアと思われる女性にジュゼップを引き合わせるが、一瞥して別人とわかり、ジュゼップは海に飛び込み、そのまま姿をくらましてしまう。やがて、フランスとドイツの戦争が勃発。レジスタンスとして活動し囚われの身となったジュゼップと再会したセルジュは、彼の逃亡を助ける。数カ月後、亡命先のメキシコから、画家フリーダ・カーロと親密になったとのジュゼップの手紙を受け取ったセルジュは、メキシコの彼のもとに旅立つ・・・

フランスの全国紙ル・モンドなどのイラストレーターとして活躍してきたオーレルの長編監督デビュー作。
画家ジュゼップ・バルトリは、1910年、スペイン・バルセロナ生まれ。スペイン内戦時代に共和国軍の一員としてフランコの反乱軍に抵抗。1939年、避難先のフランスの強制収容所で想像を絶する過酷な難民生活を経験。収容所からの脱走を繰り返したのち、1942年にメキシコへの亡命に成功し、フリーダ・カーロの愛人に。1945年にニューヨークへ拠点を移し、マーク・ロスコ、ジャクソン・ポロックらと交流を持ち、画家としての名声を確立。
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(C)Les Films d'Ici Mediterranee - France 3 Cinema - Imagic Telecom - Les Films du Poisson Rouge - Lunanime - Promenons nous-dans les bois - Tchack - Les Fees Speciales - In Efecto - Le Mémorial du Camp de Rivesaltes - Les Films d'Ici - Upside Films 2020
オーレル監督は、ジュゼップの残した鮮烈な絵画の数々に触発され、命を懸けて闘ったレジスタンスの活動家の波乱万丈の人生をアニメーションで描いています。
フランスの強制収容所での過酷な待遇には涙が出る思いでしたが、メキシコで恋多き画家フリーダ・カーロ(1907-1954)と親しい関係だったことには、ちょっとほっとさせられました。
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(C)Les Films d'Ici Mediterranee - France 3 Cinema - Imagic Telecom - Les Films du Poisson Rouge - Lunanime - Promenons nous-dans les bois - Tchack - Les Fees Speciales - In Efecto - Le Mémorial du Camp de Rivesaltes - Les Films d'Ici - Upside Films 2020
フリーダ・カーロは、1936年7月にスペインで内戦が勃発後、共和国側を支援するために同調者を募り、連帯委員会を創設して政治活動にのめり込むほどだったので、共和派の画家ジュゼップとは自然に意気投合したのでしょう。

『フリーダ・カーロの遺品 石内都、織るように』(2015年、監督・撮影:小谷忠典)
『フリーダ・カーロに魅せられて』(2020年、 監督:アリ・レイ)

フランコ将軍の台頭で祖国を捨てるしかなかった共和派の人たち。ヨーロッパ各国が受け入れを拒む中、手を差し伸べたのが当時のメキシコ大統領だったことを知ったのは、映画『メキシカン・スーツケース』(2011年、監督・脚本:トリーシャ・ジフ)を通じてのことでした。実に20万人ものスペイン人の亡命希望者を受け入れたとのことで驚かされました。

本作は、祖父が強制収容所で憲兵として経験したことを、孫に語る形で綴られていて、今もなお、世界の各地で故国を去り難民とならざるをえない人たちに思いを馳せてほしいという監督の願いを感じました。そして、剣ではなく、ペンで抗うことができることも教えてくれました。(咲)


3月の東京アニメアワードフェスティバルでひとあし先に鑑賞していました。力作が並ぶコンペの中で、一見地味な作風のこの作品が一番残りました。実際に難民収容所でジュゼップ・バルトリが描いた絵を元にして、その絵が指先から立ち現れる様子、描かれた人々が動き出すのもアニメーションで表現されています。ちょっとでも絵を描く人は見入ってしまうはず。過酷な収容所の様子に胸を痛めるのはもちろんですが、導入部の現代の話にもぐっとつかまれます。
物忘れが始まったらしいセルジュを娘と孫が訪ね、これまで知らなかった祖父の過去に孫がすこしずつ引き込まれていきます。この布石があった上のラストシーンがじんわり胸にしみこんできました。(白)


第46回セザール賞・長編アニメーション賞、第 26 回リュミエール賞・アニメーション賞&音楽賞、
第 33 回ヨーロッパ映画賞長編アニメーション賞
東京アニメアワードフェスティバル2021・グランプリ&東京都知事賞

2020年/フランス・スペイン・ベルギー/フランス語・カタロニア語・スペイン語・英語/74分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
日本語字幕:橋本裕充
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/josep/
★2021年8月13日(金)、新宿武蔵野館ほか全国順次公開


posted by sakiko at 18:54| Comment(0) | フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする