2021年03月20日
騙し絵の牙
監督:吉田大八
脚本:楠野一郎、吉田大八
原作:塩田武士「騙し絵の牙」(KADOKAWA、角川文庫)
撮影:町田博
音楽:LITE
出演:大泉洋(速水輝)、松岡茉優(高野恵)、佐藤浩市(東松龍司)、佐野史郎(宮藤和生)、國村隼(二階堂大作)、宮沢氷魚(矢澤聖)、池田エライザ(城島咲)、斎藤工(郡司一)、中村倫也(伊庭惟高)、木村佳乃、塚本晋也、リリー・フランキー、小林聡美、和田聰宏、坪倉由幸
大手出版社「薫風社」創業一族の社長が急逝した。次期社長の椅子を巡って権力争いが勃発。かねてからの出版不況のため、専務・東松が進める大改革で、お荷物雑誌「トリニティ」は廃刊のピンチに立たされた。無理難題を押し付けられた変わり者編集長・速水は、新人編集者・高野と共に、会社上層部、同僚、ライバル誌のクセモノたちと生き残りをかけた攻防を繰り広げる。嘘、裏切り、リーク、告発――クセモノたちの陰謀が渦巻く中、速水の“大逆転”の奇策とは!?
オールスター出演♪と歌いたいくらい主役クラスのみなさんが出演です。原作は最初から大泉洋さんを当て書きしたと聞いて、そうかなぁと思ったのは自分のイメージとちょっと違ったから。映画は原作より女性が活躍していて、どの人も演技巧者で、印象に残ります。話の展開もスピーディながら、置いて行かれることはなくとても面白く観ました。
編集部の机周りや松岡茉優さん演じる高野恵の実家の本屋さんの棚など、画面を止めてチェックしたくなります。おまけにお父さんが塚本晋也さんとは!私も通って支えたいお店です。
原作を読んだのは2018年の4月でした。よく覚えているのは、そのころ取材した森崎ウィンさんに「今読んでいる本」を尋ねて返ってきた答えがこの本だったから。「出版業界の話だから共感しますよ」と言われて、いやいやミニコミなので…と思いつつ、すぐ読んでみたのでした。儲け話には人が群がり、権謀術数渦巻くでしょうが、シネジャは遠く離れたところにいます。それでも本という媒体が好きで、存続に頭を悩ませているのは同じ。会議にうんうん、そうそうと頷いてしまったのでした。(白)
大泉洋を主人公に当て書きした小説が原作だが、映画の物語は原作と全く違う。設定も薫風社の雑誌「トリニティ」編集長という肩書だけが同じで、生え抜きの社員ではない。作家の二階堂大作や編集部員の高野恵も大分違う。しかし、映画は映画で大泉洋にぴったりの役どころが用意されていた。原作ファンも十分どきどきできる展開が繰り広げられるのがうれしい。
吉田大八監督は細やかな演出で有名だが、スタッフも細やかに期待に応えている。「トリニティ」編集部のあるフロアの作り込みは半端ない。目を凝らしてスクリーンを見てほしい。本当に細やかに作り込まれている。普通は撮影のときに、ここから先は映り込まないようにと気をつけながらカメラを回すのだが、今回はそんな気遣いが無用なほど360度、カメラがどこを向いていてもOKだったそう。
逃げる大泉洋と宮沢氷魚を松岡茉優が追いかけるシーンがあるのだが、そこはホテルのバックヤードという設定ですごく狭い。カメラマンと照明技師が狭い中、必死に移動して撮っている。カーブする箇所もあるのだが、そこは何度も繰り返したそう。そんな技術スタッフのがんばりにも注目して見ると面白いかも。(堀)
2021年/日本/カラー/シネスコ/113分
配給:松竹
(C)2020「騙し絵の牙」製作委員会
https://movies.shochiku.co.jp/damashienokiba/
★2021年3月26日(金)ロードショー
旅立つ息子へ 原題:Hine Anachnu 英題:Here We Are
監督:ニル・ベルグマン(『ブロークン・ウィング』『僕の心の奥の文法』)
脚本:ダナ・イディシス
出演:シャイ・アヴィヴィ(アハロン)、ノアム・インベル(ウリ)、スマダル・ヴォルフマン(タマラ)、エフラット・ベン・ツール(エフィ)、アミール・フェルドマン(アミール)、シャロン・ゼリコフスキー(シャローナ)
グラフィックデザイナーのアハロンは仕事をやめ、自閉症スペクトラムを抱える息子ウリと田舎町でのんびり暮らしている。星形のパスタが大好きで、金魚のヨニとヤロンとダニエルをかわいがり、ウンベルト・トッツィの「Gloria」を歌いながら髭を剃るウリ。身体は大人でも、中身は純粋無垢な子ども。世話は大変だけど、アハロンにとっては満ち足りた日々だ。
そんな折、別居中の妻タマラが、ウリの自立を促すため全寮制の特別支援施設に入所させるという。裁判所からも、定収入のないアハロンは養育不適合と判定を受ける。仕方なく、ウリを施設に連れていく途中、乗換駅でウリは父と別れたくないとパニックを起こしてしまう。アハロンは、施設に行くのをやめ、ベエルシェバの同級生宅から、さらに海辺のリゾート地エイラットへとあてのない旅に出る・・・
タブレットで常にチャップリンの映画『キッド』を見ては笑みを浮かべるウリ。そのモデルとなったのは、脚本を書いたダナ・イディシスの弟ガイ。子どもの頃、チャップリンの無声映画を繰り返し観ていた弟。その後、自閉症と診断され、父が弟と特別な関係を作り上げたのをそばで見ていたダナ。彼女がふと、父の死後、弟はどうなるのかと考えたことから、本作は生まれたそうです。
親にとって、我が子はいつまで経っても子ども。自閉症なら、さらに先行きが心配になって過保護になるのもわかります。本作は、いつかは子離れしなくてはいけないことを描いた普遍的な物語。それがお互いのためとわかっていても、離れがたいものですね。
イスラエルが舞台ですが、パレスチナのことはまったく出てこないのどかなイスラエル。
父子が暮らす海辺に近い北部の田舎町や、一番南の紅海に面したリゾート地エイラットの風景を楽しみました。エイラットを、すぐそばのヨルダンのアカバから眺めたことがありますが、質素なアカバと比べて、リゾートホテルの林立する華やかなところでした。
途中、ネゲヴ沙漠にある大都市ベエルシェバで鉄道を乗り換える場面があって、思わずイスラエルの鉄道路線地図を探してしまいました。30年前にイスラエルを旅したことがありますが、ツアーでバス移動だったので、いつかイスラエルを鉄道で旅したいとそそられました。(咲)
男の人は助けを求めるのが下手で、困ったことがあっても自分に抱え込んでしまいがちという。本作の主人公は売れっ子グラフィックデザイナーというキャリアを捨てて、自閉症スペクトラムの息子を育てることに専念した父親。仕事より育児を選んだのが男性ということから、世の中が随分、変わったと感じる。しかし、父親がキャリアを捨てたのは本当に息子のためだけだったのだろうか。2人を見ていると共依存に陥っているのが分かる。父親は仕事を続けていくことに不安を感じ、育児に逃げ込んだ部分もあったのではないだろうか。
親は子どもより先に逝く。その日のために、息子を自立させることが親としていちばん大事なはず。父親にはそれが見えていないが、2人で逃避行を続けるうちに、息子の成長に気づいていく。ラストに息子がトラブルを自分で解決して前に進んだ姿を見た父親の安堵と寂しさの入り混じった顔が忘れられない。(堀)
親の気持ちで観ていました。「子どもはいつまでも子ども」ですが、遺して先に逝くことを考えなくちゃ。やっぱり母親のほうが現実的です。父と息子二人暮らしのシーンがいつも綺麗なパステル調の色合いです。部屋も着ている服も。息子を施設に置いて初めて離れたときに、初めて父親が黒っぽい地のシャツを着ました。お父さんの心情が現れているのかしら?
何も仕事を捨てなくてもいいのに、家でできる仕事をやっていれば、息子が早くに絵に興味を持ったはず。子育てしていれば絵を描いてやる機会は何度もあります。蛙の子は蛙、きっと絵の才能が早くに花開いたんじゃないかな。それがもったいないなぁと思ったこと。(白)
2020年/イスラエル・イタリア/ヘブライ語/94分/1.85ビスタ/カラー/5.1ch/PG12
日本語字幕:原田りえ
配給:ロングライド
© 2020 Spiro Films LTD.
公式サイト: https://longride.jp/musukoe
★2021年3月26日(金) 、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
迷子になった拳
監督:今田哲史
出演:金子大輝、渡慶次幸平、ソー・ゴー・ムドー、ロクク・ダリル、浜本”キャット”雄大 ほか
ミャンマーの伝統格闘技・ラウェイに賭ける人たちを追ったドキュメンタリー映画
禁じ手がほぼ許される「地球上でも最も過激な格闘技」と言われるラウェイ。拳にバンテージのみを巻いて闘い、KO以外の判定による勝敗がなく、最後まで立っていれば、二人とも勇者として讃えられる。「最も美しい格闘技」ともいわれる所以だ。
ミャンマーで古代から受け継がれてきたラウェイが、密かに日本にも上陸していた。
紛争により母国を追われ日本に行きついた者、自分自身の居場所を探し求める者、文化交流・精神性や哲学の流布に尽力した者、興行として文化活性化を目指す者…… 様々な人々がラウェイの世界に飛び込み、己の尊厳と敬愛、自己実現と欲望のためにもがき、奮闘する。
果敢にラウェイに挑戦した金子大輝と渡慶次幸平の二人に焦点をあて、日本とラウェイのかかわりを紐解いていく・・・
千年以上の歴史があり、王を守る武術、奉納儀式という説もあるラウェイ。
試合の間、会場ではミャンマーの伝統音楽サインワインが奏でられ、独特の掛け声が選手たちを鼓舞する。リングにあがり、試合の前にヤイダンス(現地ではラッウェイエ)を踊り、勝てばまた優雅に踊る。日本に武士道があるように、ミャンマーにもある美しいラウェイ道。
日本に上陸したラウェイは綺麗ごとだけではありませんでしたが、ミャンマーとの文化交流の一端を担っているのも事実。渡慶次幸平さんが、日本やミャンマーで試合に出続ける傍ら、ミャンマーで学校建設など社会貢献活動をされている姿にも感銘を受けました。
本作の撮影は、軍事政権が倒れ民主化の始まった2016年から行われましたが、今また軍事クーデターでミャンマーの人たちの将来に暗雲が立ち込めています。ラウェイに携わる人たちの運命はどうなるのでしょう・・・ 伝統をも潰すようなことがないことを祈るばかりです。
私自身、格闘技は嫌いですが、そんな人にも是非観てほしい一作です。(咲)
日本人青年の金子大輝さんが、ミャンマーの都市ヤンゴンでジムで修業をします。ジムのウィン・ジー・ウー会長が優しくまた厳しく指導していました。若い金子さんが調子に乗ると「相手へのリスペクトを忘れるな」「闘うときは獅子のように。それ以外は謙虚でいなさい」と諭します。ラウェイは神聖なものとして大切にされるところが、日本の相撲に似ています。頭突きもありますしね。なんとなくあぶなっかしい金子くんを、今田監督が親戚の子のように心配していたのがほほえましいです。監督が「ニュータイプ」と称していた渡慶次幸平さんが、ミャンマーに馴染んでいくのも頼もしい…なのに、クーデターとは!
世論が高まり、みんなが無事で、日常が戻ることを願っています。(白)
2020年/日本/カラー/110分
配給・宣伝:SPOTTEDPRODUCTIONS 宣伝協力:MAP
公式サイト:http://lostfist.com/
★2021年3月26日(金)より渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開