2020年12月18日
香港画
企画・監督・撮影:堀井威久麿
企画・プロデューサー・撮影:前田 穂高
2019年10月、仕事で滞在していた香港で民主化デモと遭遇した堀井威久麿監督。デモに参加している人々の若さに驚き、彼らの思いを知りたいと聞き歩き、デモ隊と警察が衝突する中でも撮影を敢行。1ヶ月半の撮影期間を24時間(1日)の出来事として再構成。2019年秋の香港で何が起こり、若者たちが何を思っていたのかを28分で綴ったドキュメンタリー。
「香港画(ほんこんが)」/Hong Kongers(ホンコンガー)とは、香港人の意だが、壁画のようなイメージの映画にしたいという監督の思いも籠ったタイトル。
冒頭、朝5時の将軍澳と7時の海怡半島は郊外なので別として、旺角、中環、銅鑼湾、尖沙咀と、観光客にもお馴染みの香港中心部の町がデモ隊で埋め尽くされていて、それは私が何度も訪れて見慣れた香港とは全く違う光景でした。登場するのは、15歳から36歳の人たち。1997年の香港返還(回帰)から22年。 33歳のサム・イップ(葉錦龍)と、36歳のキャシー・ヤウ(邱汶珊)以外は、英国統治時代の香港の記憶がない人たち。それでも、「自由を取り戻したい」「楽しかった日々を取り戻したい」と語るのです。いつの日か、サムやキャシーといった英語名も付けなくなってしまう日が来るのを恐れるかのように・・・
私は返還の瞬間に立ち会いたいと、1997年7月1日をはさんで2週間、香港に滞在しました。英国統治最後の6月30日は、それこそ興奮の渦。深夜0時の返還の瞬間には、主要な広場という広場が人で埋め尽くされていました。30日の朝から降り続けていた雨は一段と激しくなり、翌7月1日はさらに大雨が続きました。英国の涙と言われましたが、実は香港人の涙だったのだとつくづく思います。早朝、深圳方面からトラックで入ってきた中国軍の姿は、ついに香港が中国のものになったという威圧感がありました。それでも、まだ大半の香港の人たちは「一国二制度」が50年間保たれることを信じていたのだと思います。徐々に中国は「一国」に重きを置いていることがあからさまになり、人々は立ち上がります。2014年9月からの雨傘運動、そして2019年の大規模デモ・・・ それも虚しく、ついに2020年6月30日23時、「香港国家安全維持法」が施行され、50年間の1国2制度は事実上崩壊してしまいました。
『香港画』の最後は、2019年12月31日の23時59分。スローガンを叫んでいた人たちが、声をそろえて新年を迎えるカウントダウン。かつての楽しかった頃の香港を思い出したかのような一瞬でした。香港の人たちが、香港人らしく過ごせる日の来ることを願うばかりです。(咲)
同じ街に住みながら、住民と警察の立場で対立しなければならない辛さ。そこにはただ今までのような生活がしたいだけというごくごく当たり前の気持ちがあるだけなのに、なぜそれさえ維持できないのだろう。本作は市井の人の声を次々と取り上げる。元警察官のキャシー・ヤウさんの証言は興味深い。
沖縄でも同じことが起きているが、状況はもっと厳しい。命の危険がすぐそこにある。プロデューサーは放水車の直撃を受けて負傷し、放水には催涙成分が混入されているため全身に強い痛みを感じ、その場でボランティアの救急隊に簡易的に治療してもらい、その後シャワーで体を洗っても肌の赤み、腫れは収まらなかったという。日本人の監督とプロデューサーが危険を顧みずに取材した本作は今の香港が映し出されている。
香港のことはTBSの報道特集でもよく取り上げられるが、それを見ただけで、知っているようなつもりでいた自分が恥ずかしい。日本にいる自分に何ができるかわからないが、香港の人たちのリアルな声に耳を傾けなくてはと思う。(堀)
門真国際映画祭2020ドキュメンタリー部門・最優秀賞
第15回 札幌国際短編映画祭・最優秀ドキュメンタリー賞
2020年/日本/28分/広東語、英語、日本語/カラー/DCP/ドキュメンタリー
英語翻訳:前田 好子 広東語翻訳:Ken、Eugenia Leon 、Ho
宣伝:contrail
配給:ノンデライコ
公式サイト:http://hong-kong-ga.com/
★2020年12月25日(金) UPLINK渋谷、UPLINK吉祥寺ほか全国で順次公開
ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!(原題:Bill & Ted Face the Music)
監督:ディーン・パリソット
脚本:クリス・マシスン エド・ソロモン
音楽:マーク・アイシャム
出演:キアヌ・リーブス(テッド・“セオドア”・ローガン)、アレックス・ウィンター(ビル・S・プレストン)、ブリジット・ランディ=ペイン(ビリー・ローガン)、サマラ・ウィービング (ティア・プレストン)、ウィリアム・サドラー(死神)
ビルとテッドのロックバンド”ワイルド・スタリオンズ”。「ビルとテッドの音楽が将来、世界を救う」そう予言されて曲作りに励み、待ち続けること 30 年。伝説と言われた人気バンドも今や忘れ去られ、応援してくれるのは家族だけ。そんな2人のもとに未来の使者が伝えにきたのは「残された時間が 77分 25 秒しかない」という衝撃の事実!早く曲を完成させないと、世界は消滅してしまうというのだ。
30年かけてできなかったものが3,4日でできるのか!?
ビルとテッド、そして彼らの娘たちビリーとティアは「世界を救う音楽」を作るため、時空を越えて世界中を駆け巡る。モーツァルトやルイ・アームストロング、ジミ・ヘンドリックスなど、伝説のミュージシャンたちを集めて歴史上最強のバンドを結成するのだ!
『ビルとテッドの大冒険』(89)、『ビルとテッドの地獄旅行』(91)から30年になんなんとしています。こんなに間が空いても続編を送り出せるとは、なんと幸せな映画でしょう。2015年にはジム・キャリー主演のコメディ映画『ジム・キャリーはMr.ダマー』の続編『帰ってきたMr.ダマー バカMAX!』が20年ぶりに発表されましたが、ビルとテッドはさらに時間があいています。
ビルとテッドは年を重ねて美人な娘も授かっていました。ただし過去で出会って連れてきた奥方たちはすでに倦怠ムード。地球を救うミッションに頼りにできるのは娘だけ。時間も国もまたいで、至高の音楽を作るために奔走する二組の父娘。父のスローなところは娘たちの若さが補います。世界的な天才とはいえ、そんなに違うジャンルの音楽家を集めてまとまるのか?という素朴な疑問は脇におきましょう。ところどころにカメオ出演するミュージシャンたちを見つけるという、お楽しみあり。(白)
2020年/アメリカ/カラー/91分
配給:ファントム・フィルム
(C)2020 Bill & Ted FTM, LLC.All rights reserved.
https://www.phantom-film.com/billandted/
★2020年12月18日(金)より全国公開中!
この世界に残されて(原題:Akik maradtak)
監督・脚本:バルナバーシュ・トート
脚本: クララ・ムヒ
原作: ジュジャ・F・ヴァールコニ
撮影: マロシ・ガーボル
出演:カーロイ・ハイデュク、アビゲール・セーケ、マリ・ナジ、カタリン・シムコー、バルナバーシュ・ホルカイ
終戦後の1948年、ホロコーストを生き延びたものの、家族を喪い孤独の身となった16歳の少女クララ(アビゲール・セーケ)は、両親の代わりに保護者となった大叔母にも心を開かず、同級生にも馴染めずにいた。そんなある日、クララは寡黙な医師アルド(カーロイ・ハイデュク)に出会う。言葉をかわすうちに、彼の心に自分と同じ孤独を感じ取ったクララは父を慕うように懐き、アルドはクララを保護することで人生を再び取り戻そうとする。彼もまた、ホロコーストの犠牲者だったのだ。だが、スターリン率いるソ連がハンガリーで権力を掌握すると、再び世の中は不穏な空気に包まれ、二人の関係は、スキャンダラスな誤解を孕んでゆく。
ハンガリーはナチスドイツによって約56万人ものユダヤ人が虐殺されたと言われています。生き延びた人も家族を喪い、喪失感を抱えて生きていました。
クララもその1人。ホロコーストを生き延びたものの家族を喪い、大叔母と暮らしていました。精神的はショックが大きかったからでしょう、16歳になっても生理がこないため、産婦人科医のアルドの診察を受けます。悲しみで傷ついている心を守るために反抗という防護壁を張り巡らせるクララがアルドにだけは心を開くようになったのは女性同士でも話しにくい、センシティブな身体的問題を知られてしまったからかもしれません。原作の設定の巧みさに唸ります。互いの悲しみに共鳴するかのように結びついていく2人をカーロイ・ハイデュクとアビゲール・セーケが見る者も共感させるように演じました。
ところで、アルドの友人夫妻は子どもを喪いましたが、孤児を引き取り、前を向いて生きていこうとしていました。クララを育てる大叔母も親戚の子を引き取ろうと孤児院に行って、クララと出会ったのです。当時のハンガリーでは家族を喪った人たちが寄り添って家族になっていったのでしょう。支え合ってこそ、人は生きていける。このことを改めて感じさせてくれる作品です。
クララを演じたアビゲール・セーケは映画初主演となる本作で2020年ハンガリー映画批評家賞最優秀主演女優賞を受賞。また、2020年ベルリン国際映画祭開幕中にバラエティ誌が選ぶ「ヨーロッパの注目映画人10人」に選出されました。アルドを演じたのはハンガリーを代表する名優カーロイ・ハイデュク。寡黙ながらふとした仕草やまなざしに深い思いやりを感じさせる繊細な演技で、2020年ハンガリーアカデミー賞最優秀男優賞、2020年ハンガリー映画批評家賞最優秀主演男優賞を受賞しました。(堀)
プレス資料の監督インタビューによれば、心理学者である女性ジュジャ・F・ヴァールコニによる原作小説「Férfiidők lányregénye」は、ハンガリー語で「ある男の時間についての少女の小説」という意味とのこと。10代の女性の視点で語られる「ある男の時間」は、ホロコーストや、1940年後半から1950年前半のハンガリーの暗い時代を指しているそうです。
ホロコーストを生き延びたものの、東の国々にいた人たちは、さらに試練の日々を過ごしていたことが推し量れます。スターリンが亡くなったとの報に、「やった~! これですべて変わる!」と叫ぶ場面がありました。一人の支配者が、これほどまでに多くの人の暮らしに影を落としていたとは・・・
10代半ばで両親を失ったクララ。叔母に引き取られたものの、本も読まない叔母のことは、マッシュポテトにバターを入れないといった小さなことまで気に入らないのです。そんな中で医師アルドに父のような安らぎを感じるクララ。
ホロコ―ストを生き延びた人たちが、お互い、家族を失った心の穴を埋めるように寄りそう姿が静かに描かれた素敵な作品です。(咲)
2019年/88分/G/ハンガリー
配給:シンカ
©Inforg-M&M Film 2019
公式サイト:https://synca.jp/konosekai/
★2020年12月18日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
調査屋マオさんの恋文
監督・撮影・編集:今井いおり
出演:佐藤眞生、佐藤縫子
友人たちと市場調査の会社を起業し、仕事人間だった佐藤眞生さんは息子の言葉で家庭が崩壊寸前であることに気づき、大阪で自給自足の生活を始め、家族の絆を取り戻していった。しかし、やがて妻・縫子さんが認知症を発症。眞生さんは縫子さんが入居する特別養護老人ホームに通い、日々変化する彼女の言動を記録し続けた。
東京ドキュメンタリー映画祭2019でグランプリを受賞。
仕事に明け暮れ、家庭は崩壊寸前だったのが、息子の「お父さん、今度いつ帰って来るの?」の一言で立ち上げた会社を辞めてしまった佐藤さん。大阪府茨木市へ移住して縄文人の生き方に学んで自給自足の生活を始めます。元々自然が好きだったとはいえ、よほどの思いがなければできません。
そして縫子さんへの愛の強さにも驚きます。毎日、縫子さんが入居する特別養護老人ホームに通って話しかけ、少しでも認知症の進行を遅らせるよう、頭を使うサポートを工夫する。こんなに愛されたら幸せですね。佐藤さんは妻が心地よく生活できるよう、ホームの職員を啓蒙し、ホーム全体に働きかけていきます。
こんなに一生懸命では縫子さんが先に逝ってしまったら、佐藤さんは抜け殻になってしまうのではないかと心配になりましたが、作品ではその後の佐藤さんも映しだし、安心しました。(堀)
2019年/日本/78分
配給:ちょもらんま企画
(C)Imai Iori
公式サイト:https://www.mao-koibumi.com/
★2020年12月19日(土)〜新宿K’s cinemaにてロードショー
日本独立
劇場公開 2020年12月18日 劇場情報
監督・脚本:伊藤俊也
ゼネラルプロデューサー:森千里
エダゼクティブプロデューサー:田中剛
スーパーバイザー:奥山和由
企画:鍋島壽夫
プロデューサー:芳川透
撮影:鈴木達夫
録音:中村淳
美術:稲垣尚夫
編集:只野信也
音楽:大島ミチル
語り:奥田瑛二
スクリプター:内田智美
制作担当:白石治
ラインプロデューサー:姫田伸也
出演
白洲次郎:浅野忠信
白洲正子:宮沢りえ
吉田茂:小林薫
麻生和子:梅宮万紗子
アダム・テンプラー
.ロバート・D・ヒース・Jr.
ベネディクト・セバスチャン
松本烝治:柄本明
吉田満:渡辺大
近衛文麿:松重豊
芦田均:伊武雅刀
美濃部達吉:佐野史郎
幣原喜重郎:石橋蓮司
楢橋渡:大鶴義丹
小林秀雄:青木崇高
ツナ:浅田美代子
昭和天皇:野間口徹
第2次世界大戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)占領下の日本で外務大臣だった吉田茂が一刻も早い日本の独立を求めて日本の再出発のために呼び寄せたのは、開戦前から既に日本の敗戦を予測し、実業の第一線を退いて郊外で農業に専念していた白洲次郎だった。流暢な英語を話し、せっかちで喧嘩っ早くいかなる時でも物事の筋を通す男だったからこそ、吉田は「日本独立」を達成するための相棒として呼び寄せた。
そしてGHQとの交渉役となる終戦連絡事務局の仕事を託す。こうして白洲は交渉の最前線に身を置くが、GHQは米国主導の憲法改正を推し進めようとする。彼は吉田茂の右腕としてGHQとの交渉の最前線で辣腕を振るい、GHQをして「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめることになる。親子ほども年の離れた二人の絆を軸に、終戦から憲法制定、独立に至る歴史の裏側のドラマを、日本側の視点からイマジネーションを交えて描き出した。本音で激論を交わしながら、GHQと渡り合い、国の難局に立ち向かう吉田と白洲。二人にあったものは、時代や状況がどうあろうと変わらぬ人としての誇り高さだった。
吉田茂を小林薫が演じ、白洲次郎を浅野忠信、妻正子を宮沢が演じる。監督は『プライド 運命の瞬間』『花いちもんめ。』『ロストクライム 閃光』などの伊藤俊也。
日本国憲法が制定されてもうすぐ75年が経ちます。GHQが草案を作り、制定されたと日本史の授業で学びました。しかし、その舞台裏には日本政府とGHQの間に緊迫したやり取りがあったのだとこの作品は伝えます。監督の主観が入っていることを考慮しても、日本側にもGHQ側にも憲法の草案を作るために奔走した人たちがいたことなど、歴史の教科書からは学べないことを知っておくべきかもしれません。そしていつの時代も官僚は政治家に翻弄されるものだということも伝わってきます。
ところで、吉田茂をえんじたのは小林薫ですが、特殊メイクでしょうか、一見しただけでは小林薫とは気が付きません。写真などで見る吉田茂そのもの。ご本人の演技もさることながら技術スタッフのがんばりも注目したいところです。(堀)
小学3年生の時に終戦を迎えた伊藤監督。終戦1ヶ月前には生まれ育った福井市で空襲に遭い、終戦の3年後にはM7の福井地震から生き延びた。そんな強烈な戦中戦後体験を持つ伊藤俊也監督。チラシ、ポスターにある『日本独立』というタイトルより上部に書かれた「戦争に負けても、この国は誰にも渡さない」というこの言葉は、この体験から来るものなのでしょう。
「戦後の日本を振り返る時に、アメリカとの関係というのは強く意識せざるを得ないものですが、そういうプロセスの中で、戦後の日本を規定した二大事件は、東京裁判(極東国際軍事裁判)、そしてもう一つが日本国憲法の成立だと考えています。日本国憲法の成立に関わる映画を作りたいと思い、『プライド 運命の瞬間』を作ってから2~3年経った頃、シナリオを作ったのです。かなり改稿して現在のシナリオになってはいますが、基本的にはその時に作ったものです」と語っている。
天皇制の根強さを知り、その存続なくしては安定した占領統治はなし得ないと判断したGHQは、ソ連に介入の余地を与えぬよう、ソ連が参加する極東委員会が発足する前に憲法を作り上げてしまおうという目論みがあったようだ。その指令の元、いくつかの憲法改正案が作られたが、日本政府の憲法問題調査委員会(委員長・松本烝治国務大臣)が作った「試案」は、天皇の統治権が残され、戦前の大日本帝国憲法(明治憲法)とあまり変わらない内容だったらしい。そのためGHQは、このまま日本人にゆだねていてはソ連の天皇制廃止論が出てくると危惧し、独自の草案を作り日本政府に指針として示した。それゆえ押し付けられた憲法という人たちがいる。GHQは憲法草案をホイットニー准将以下25人の即席の起草チームで、わずか9日間でまとめあげた。「自衛権すら持たないで、それを国家と言えるのか!」と松本大臣が激高して言うシーンがあったけど、敗戦国で、あの状態で、軍隊を持つというのは当時は表立っては言えなかったんじゃないかな。ここは監督の思いなのかも。
押し付けられた憲法かもしれないけど、国民主権、人権や女性の権利も含まれた平和憲法ができてよかったんじゃないかなと私は思う。少なくとも閣僚たちが作った憲法草案よりはましな憲法なんじゃないかなという気がする。松本試案が通っていたら、女性の地位はずっと低いままだったと思う。「占領時代をやり過ごし、早く独立を果たせば憲法は変えられる」と吉田茂はGHQに面従腹背を決め込み、交渉役として白洲次郎を送り込む。吉田茂と白州次郎がGHQの強圧的な「指令」にどう向き合ったのかが本作の軸である。
このGHQと日本政府の憲法問題調査委員会のやりとりの中でベアテ・シロタさんのことが何回か出てきたけど、彼女のことを描いたシーンは、どうかな?と思った。実はベアテさんにインタビューしたことがある。あの中で「ベアテが、私が人権条項を担当したと得意げに話していた」「22歳の若い女にしてやられた」というような台詞のシーンがあったけど、当時はトップシークレットで、誰が担当したということは長い年月伏せられていたとベアテさんは言っていたし、彼女はその時22歳という若さだったので、そんなに若い女性が草案作りに加わっていたということを知れば、日本の閣僚たちは「専門家でもない若い女が草案を作ったということにいい気はしないだろうと通訳に徹していた」と語っていた。彼女が草案作りにかかわっていたということは、何十年もたってから公表されたらしいので、あの場面であのような台詞になるようなことはなかったのではないかと私は思う。彼女は5歳から15歳まで戦前の日本に住み、日本の女性の姿(地位)を見て育ったからこそ、草案に男女平等の項目を入れたと語っていた。市川房枝さんが1952年にアメリカに来た時の通訳をしたけど、その時も、男女平等の草案にかかわっていたことは言えなくて苦しかったと言っていた。彼女は1年半GHQで仕事をした後、アメリカに行き、日本の文化を紹介する仕事についた(暁)。
『ベアテの贈りもの』ベアテ・シロタ・ゴードンさんインタビュー(2005年)
GHQ側の草案作りの話が出てきます。
http://www.cinemajournal.net/special/2005/beate/index.html
ベアテさんがお尻ふりふり歩いていくのを、若い男性が真似してついていくという描き方は、ちょっとどうかと思いました。ベアテさんだけでなく、ほかのメンバーだって、憲法の専門家ではなかったのですから・・・
それはともかく、戦後の日本政府の葛藤、そして負けても屈しないという頑強な思いが伝わってくる映画でした。宮沢りえ演じる白洲正子も、凛として素敵でした。
撮影は神戸、大阪、京都などの趣のある場所を選んで行われています。富士山の見える浜辺で吉田茂と白洲次郎が語り合う場面も、実は淡路島だとか。
スタッフ日記で、神戸のロケ地のことに少し触れています。(咲)
神戸・パルモア学院休校 そして『日本独立』ロケ地のこと(咲)
『日本独立』公式HP
2020年製作/127分/G/日本
配給:シネメディア
監督・脚本:伊藤俊也
ゼネラルプロデューサー:森千里
エダゼクティブプロデューサー:田中剛
スーパーバイザー:奥山和由
企画:鍋島壽夫
プロデューサー:芳川透
撮影:鈴木達夫
録音:中村淳
美術:稲垣尚夫
編集:只野信也
音楽:大島ミチル
語り:奥田瑛二
スクリプター:内田智美
制作担当:白石治
ラインプロデューサー:姫田伸也
出演
白洲次郎:浅野忠信
白洲正子:宮沢りえ
吉田茂:小林薫
麻生和子:梅宮万紗子
アダム・テンプラー
.ロバート・D・ヒース・Jr.
ベネディクト・セバスチャン
松本烝治:柄本明
吉田満:渡辺大
近衛文麿:松重豊
芦田均:伊武雅刀
美濃部達吉:佐野史郎
幣原喜重郎:石橋蓮司
楢橋渡:大鶴義丹
小林秀雄:青木崇高
ツナ:浅田美代子
昭和天皇:野間口徹
第2次世界大戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)占領下の日本で外務大臣だった吉田茂が一刻も早い日本の独立を求めて日本の再出発のために呼び寄せたのは、開戦前から既に日本の敗戦を予測し、実業の第一線を退いて郊外で農業に専念していた白洲次郎だった。流暢な英語を話し、せっかちで喧嘩っ早くいかなる時でも物事の筋を通す男だったからこそ、吉田は「日本独立」を達成するための相棒として呼び寄せた。
そしてGHQとの交渉役となる終戦連絡事務局の仕事を託す。こうして白洲は交渉の最前線に身を置くが、GHQは米国主導の憲法改正を推し進めようとする。彼は吉田茂の右腕としてGHQとの交渉の最前線で辣腕を振るい、GHQをして「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめることになる。親子ほども年の離れた二人の絆を軸に、終戦から憲法制定、独立に至る歴史の裏側のドラマを、日本側の視点からイマジネーションを交えて描き出した。本音で激論を交わしながら、GHQと渡り合い、国の難局に立ち向かう吉田と白洲。二人にあったものは、時代や状況がどうあろうと変わらぬ人としての誇り高さだった。
吉田茂を小林薫が演じ、白洲次郎を浅野忠信、妻正子を宮沢が演じる。監督は『プライド 運命の瞬間』『花いちもんめ。』『ロストクライム 閃光』などの伊藤俊也。
日本国憲法が制定されてもうすぐ75年が経ちます。GHQが草案を作り、制定されたと日本史の授業で学びました。しかし、その舞台裏には日本政府とGHQの間に緊迫したやり取りがあったのだとこの作品は伝えます。監督の主観が入っていることを考慮しても、日本側にもGHQ側にも憲法の草案を作るために奔走した人たちがいたことなど、歴史の教科書からは学べないことを知っておくべきかもしれません。そしていつの時代も官僚は政治家に翻弄されるものだということも伝わってきます。
ところで、吉田茂をえんじたのは小林薫ですが、特殊メイクでしょうか、一見しただけでは小林薫とは気が付きません。写真などで見る吉田茂そのもの。ご本人の演技もさることながら技術スタッフのがんばりも注目したいところです。(堀)
小学3年生の時に終戦を迎えた伊藤監督。終戦1ヶ月前には生まれ育った福井市で空襲に遭い、終戦の3年後にはM7の福井地震から生き延びた。そんな強烈な戦中戦後体験を持つ伊藤俊也監督。チラシ、ポスターにある『日本独立』というタイトルより上部に書かれた「戦争に負けても、この国は誰にも渡さない」というこの言葉は、この体験から来るものなのでしょう。
「戦後の日本を振り返る時に、アメリカとの関係というのは強く意識せざるを得ないものですが、そういうプロセスの中で、戦後の日本を規定した二大事件は、東京裁判(極東国際軍事裁判)、そしてもう一つが日本国憲法の成立だと考えています。日本国憲法の成立に関わる映画を作りたいと思い、『プライド 運命の瞬間』を作ってから2~3年経った頃、シナリオを作ったのです。かなり改稿して現在のシナリオになってはいますが、基本的にはその時に作ったものです」と語っている。
天皇制の根強さを知り、その存続なくしては安定した占領統治はなし得ないと判断したGHQは、ソ連に介入の余地を与えぬよう、ソ連が参加する極東委員会が発足する前に憲法を作り上げてしまおうという目論みがあったようだ。その指令の元、いくつかの憲法改正案が作られたが、日本政府の憲法問題調査委員会(委員長・松本烝治国務大臣)が作った「試案」は、天皇の統治権が残され、戦前の大日本帝国憲法(明治憲法)とあまり変わらない内容だったらしい。そのためGHQは、このまま日本人にゆだねていてはソ連の天皇制廃止論が出てくると危惧し、独自の草案を作り日本政府に指針として示した。それゆえ押し付けられた憲法という人たちがいる。GHQは憲法草案をホイットニー准将以下25人の即席の起草チームで、わずか9日間でまとめあげた。「自衛権すら持たないで、それを国家と言えるのか!」と松本大臣が激高して言うシーンがあったけど、敗戦国で、あの状態で、軍隊を持つというのは当時は表立っては言えなかったんじゃないかな。ここは監督の思いなのかも。
押し付けられた憲法かもしれないけど、国民主権、人権や女性の権利も含まれた平和憲法ができてよかったんじゃないかなと私は思う。少なくとも閣僚たちが作った憲法草案よりはましな憲法なんじゃないかなという気がする。松本試案が通っていたら、女性の地位はずっと低いままだったと思う。「占領時代をやり過ごし、早く独立を果たせば憲法は変えられる」と吉田茂はGHQに面従腹背を決め込み、交渉役として白洲次郎を送り込む。吉田茂と白州次郎がGHQの強圧的な「指令」にどう向き合ったのかが本作の軸である。
このGHQと日本政府の憲法問題調査委員会のやりとりの中でベアテ・シロタさんのことが何回か出てきたけど、彼女のことを描いたシーンは、どうかな?と思った。実はベアテさんにインタビューしたことがある。あの中で「ベアテが、私が人権条項を担当したと得意げに話していた」「22歳の若い女にしてやられた」というような台詞のシーンがあったけど、当時はトップシークレットで、誰が担当したということは長い年月伏せられていたとベアテさんは言っていたし、彼女はその時22歳という若さだったので、そんなに若い女性が草案作りに加わっていたということを知れば、日本の閣僚たちは「専門家でもない若い女が草案を作ったということにいい気はしないだろうと通訳に徹していた」と語っていた。彼女が草案作りにかかわっていたということは、何十年もたってから公表されたらしいので、あの場面であのような台詞になるようなことはなかったのではないかと私は思う。彼女は5歳から15歳まで戦前の日本に住み、日本の女性の姿(地位)を見て育ったからこそ、草案に男女平等の項目を入れたと語っていた。市川房枝さんが1952年にアメリカに来た時の通訳をしたけど、その時も、男女平等の草案にかかわっていたことは言えなくて苦しかったと言っていた。彼女は1年半GHQで仕事をした後、アメリカに行き、日本の文化を紹介する仕事についた(暁)。
『ベアテの贈りもの』ベアテ・シロタ・ゴードンさんインタビュー(2005年)
GHQ側の草案作りの話が出てきます。
http://www.cinemajournal.net/special/2005/beate/index.html
ベアテさんがお尻ふりふり歩いていくのを、若い男性が真似してついていくという描き方は、ちょっとどうかと思いました。ベアテさんだけでなく、ほかのメンバーだって、憲法の専門家ではなかったのですから・・・
それはともかく、戦後の日本政府の葛藤、そして負けても屈しないという頑強な思いが伝わってくる映画でした。宮沢りえ演じる白洲正子も、凛として素敵でした。
撮影は神戸、大阪、京都などの趣のある場所を選んで行われています。富士山の見える浜辺で吉田茂と白洲次郎が語り合う場面も、実は淡路島だとか。
スタッフ日記で、神戸のロケ地のことに少し触れています。(咲)
神戸・パルモア学院休校 そして『日本独立』ロケ地のこと(咲)
『日本独立』公式HP
2020年製作/127分/G/日本
配給:シネメディア