2020年11月15日
エイブのキッチンストーリー 原題:Abe
監督:フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ
出演:ノア・シュナップ、セウ・ジョルジ、ダグマーラ・ドミンスク、アリアン・モーイエド、マーク・マーゴリス、セイラム・マーフィ、トム・マーデロシアン他
ニューヨーク、ブルックリン。エイブは料理が大好きな少年。12歳の誕生日、エイブ自身が作った誕生日ケーキを囲んで、両親とその家族が集まる。父方はパレスチナ人のイスラーム教徒、母方はイスラエルから移住してきたユダヤ人。母方の祖父が、「来年は13歳。大事なバル・ミツバ(ユダヤの成人式)だ」といえば、父方の祖母は「エイブは父親と同じムスリムよ」と譲らない。エイブは嫌気がさして、そっと家を抜け出す。ネットで見つけたブラジル風ファラーフェル(中東の豆コロッケ)を出している屋台に行ってみる。ジャマイカ風にしてみたというブラジル人のチコと話し、自分もフュージョン料理を作ってみたいと憧れる。
やがて、夏休み。模擬国連や異教徒交流のサマーキャンプを薦める両親。料理キャンプを見つけて参加することにしたものの、ナイフも使わせないお子ちゃまレベル。レンタルキッチンにいるブラジル人シェフのチコを訪ね、料理見習いとして受け入れてもらう・・・
二つの文化を背景に持った少年エイブが料理を通して成長していく物語。
父系を大事にするイスラームに対して、ユダヤ人の母親から生まれればユダヤ。祖父母たちが集まると話は平行線。エイブの父アミールは、息子のために無神論者だと宣言しています。エイブは、いっそのことクリスマスを祝いたいとつぶやきますが、実はどちらの文化も大事にしたいのです。祖父が、ヘブライ語もアラビア語も同じセム語系とエイブに語る場面があります。料理も影響しあっています。そんな自身のアイデンティティーをエイブは料理作りに生かすのです。
フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督は、ユダヤ人とカトリック系ブラジル移民の孫。
脚本を担当した一人、ラミース・イサックはパレスチナ系アメリカ人の俳優、脚本家、プロデューサー。
演じた役者たちの多様な背景も、この映画に彩を添えています。
主演エイブを演じたノア・シュナップはユダヤ系のバックグラウンド。
エイブ母レベッカ役のダグマーラ・ドミンスクはポーランド出身。
エイブ父アミール役のアリアン・モーイエドはイラン出身。
パレスチナ人の祖父ベンジャミン役のマーク・マーゴリスは、ユダヤ系アメリカ人。
ユダヤ人の祖母エイダ役のセーラム・マーフィーはシリア系アメリカ人。
ユダヤ人の祖父サリム役のトム・マーデロシアンはアルメニア系アメリカ人。
まさにフュージョンな撮影現場だったのです。
文化の対立でなく、お互いの文化を敬いながら、共存できる社会であってほしいという監督の思いを感じた物語。(咲)
冒頭からSNSに投稿された色鮮やかな料理の写真がポンポンポンと映し出され、ワクワクした気持ちになります。そこにノアくんが楽しそうにケーキを作る姿が登場。これから2時間弱、ノアくんと一緒に料理の世界を楽しむのねと思ったら、(咲)さんが書いているように、主人公のアイデンティティ確立という深いテーマのある作品でした。
どちらの祖父母も傷つけないように、もっとさらっとそれぞれの気持ちに寄り添ってあげられないのかしらと思うのは、私が素敵なチャペルで結婚式をしても死んだらお寺のお墓に入ることに何の違和感も持たない日本人だからなのでしょう。国の問題については(咲)さんが触れていますので、私は子育て面を。
子どもの精神的自立には失敗する経験も必要。わかっているつもりが、ついつい先回りして出来るだけ失敗しないで済むようにしてあげてしまいがち。冒頭でエイブがケーキを焼く場面もベーキングパウダーがなく、重曹ならありました。エイブは重曹にクリームターターを混ぜてベーキングパウダーの代わりにしようとしたのに母親が止めたのです。結果としてケーキがどうなったのかは作品を見ていただければと思いますが、このエピソードからもわかるようにエイブの母親は息子のやることにあれこれと口を出すタイプ。そのあとも何かと指図します。その割には息子が家をこっそり抜け出したことに気がつかないことが何度もある。また、サマーキャンプの内容やレベルを調べもしないで料理だからと息子に勧める。それって気にしなきゃいけないポイントがずれている気がします。かく言う私もできていたわけではないのですが、人の粗は見えてしまうもの。人の振り見て我が振り直せ。本作が自分の子育てを振り返るきっかけになるかもしれません。(堀)
2019年/アメリカ・ブラジル/カラー/シネマスコープ/英語/85分/字幕翻訳:平井かおり/PG-12
配給:ポニーキャニオン
(C)2019 Spray Filmes S.A.
公式サイト:https://abe-movie.jp/
★2020年11月20日(金)より新宿シネマカリテほか全国ロードショー
家なき子 希望の歌声(原題:Remi sans famille)
監督・脚本:アントワーヌ・ブロシエ
原作:エクトール・アンリ・マロ
出演:マロム・パキン(レミ)、ダニエル・オートゥイユ(ヴィタリス)、ジャック・ペラン(壮年期のレミ)、ヴィルジニー・ルドワイヤン(ハーパー夫人)、リュディヴィーヌ・サニエ(バルブラン夫人)、ジョナサン・ザッカイ(バルブラン)、ニコラス・ロウ(ジェームス・ミリガン)
フランスの真ん中あたりの小さな村で、レミはママと仲良しの牛と幸せに暮らしている。パパは長い間石工としてパリで仕事をしていて、一度も会ったことがないけれど、仕事中に怪我をしたという知らせが届く。足が不自由になって戻ってきたパパは不機嫌で、レミがママの子供ではなく、捨て子だと告げる。10年前、高級な産着に包まれていたから礼金目当てで拾ってきたのにこれ以上置いておけない、孤児院に入れると息巻いた。
レミが必死で抵抗していると、旅芸人のヴィタリス親方が1年契約で預かると申し出てくれた。レミは黒犬のカピと猿のジョリクールの仲間になって、あちこちを旅して歩くようになった。親方はレミの歌の才能に気づいてレッスンをし、木切れに文字を刻んで読み書きを教えてくれた。足の不自由な娘リーズと知り合ったレミは楽しい夏を過ごす。親方が警察に捕まって投獄されている間レミを預かってくれたのは、リーズの母親のハーパー夫人だった。
誰も一度は読んだり見たりしたことのあるフランス児童文学の名作。
オーディションでレミ役を射止めたマロム・パキンはこれが映画初出演。巻き毛で天使のように愛らしいです。合唱団に在籍したことがあり作品中で歌声を聞かせています。2005年生まれだそうなので、今は15歳。撮影当時より少し大人びて、『Fourmi』(2019/日本未公開)でフランソワ・ダミアンの息子役、サッカー少年を演じています。
本作で若いマロムを支えるのはフランスの名優たち。シネマスコープでの雄大な自然がもうすばらしいです。遠出できない今、映画館で旅気分を。そこで繰り広げられているレミの波乱万丈のストーリーをお楽しみください。村人たちと貴婦人たちの暮らしぶりや衣裳の違いなども、とても興味深いです。日本の名作もこんな風に丁寧な作品として残してほしいものです。
原作は児童文学全集で読んだはずですが、あまりに前なのでストーリーを忘れてしまっていて、今回初見のように感激しました。上下2巻の原作も手に入れたので、大切に反芻するつもりです。(白)
「家なき子」のタイトルは知っている人は多いと思います。これまでになんと3回アニメ化されてきているそう。私も子どもの頃、毎週日曜日の夜に見ていました。それなのに、ストーリーはすっかり忘れて、思い出せない。本作を見て、こんなに起伏に富んだ展開だったんだと驚きました。ただ、調べたところ、映画も原作とは設定を変えている部分がありました。2時間弱という尺で収めるためかと思われますが、レミの本当の母親が親子を確信するきっかけは歌を大事にした本作ならでは。またヴィタリスの過去もオペラ歌手からバイオリニストに変更し、心に抱える苦悩を加えました。演じたのはダニエル・オートゥイユ。渋い演技が物語に深みを感じさせます。
たとえどんなに辛い境遇でも、未来を信じて前向きにがんばれば、必ず幸せはやってくる。コロナ禍だからこそお勧めしたい作品です。(堀)
2018年/フランス/カラー/シネスコ/109分
配給:東北新社、STAR CHANNEL MOVIES
(C)2018 JERICO - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - TF1 FILMS PRODUCTION - NEXUS FACTORY - UMEDIA
http://ienakiko-movie.com/
★2020年11月20日(金)109シネマズ二子玉川ほか全国ロードショー
泣く子はいねぇが
監督・脚本:佐藤快磨
撮影:月永雄太
音楽:折坂悠太 主題歌:「春」(Less+ Project.)
出演:仲野太賀(後藤たすく)、吉岡里帆(桜庭/後藤ことね)、寛一郎(志波亮介)、山中崇(後藤悠馬)、余貴美子(後藤せつ子)、柳葉敏郎(夏井康夫)
秋田県・男鹿市。娘が生まれて相好を崩すたすくだったが、妻のことねは少しも父親らしい覚悟もないたすくに苛立っている。大晦日の伝統行事「ナマハゲ」に駆り出され、ことみに反対される。「酒は断る、飲まない」と約束したものの、やはり断り切れず泥酔してしまう。たすくは、ナマハゲの面をかぶったまま、うっぷんを晴らすかのように奇声をあげて男鹿の街を全裸で走る。ちょうどテレビの取材で、ナマハゲ存続のために熱弁をふるっていた夏井会長の前を横切った姿は全国放送されてしまった。
2年後、たすくは東京にいた。ことみはあきれ果てて離婚を迫り、地元にいられず断酒して暮らしていた。親友の亮介からことねの近況を聞き、地元へ戻りたい気持ちが強くなる。もうみんな許してくれるかも、と思いたい…しかしそうは甘くなかった。
佐藤快磨(たくま)監督の商業映画デビュー作は、親になること、成長することを描いていちいち腑に落ちました。お酒の失敗も、わかっていて断れないのも強要する周りも悪い。双方酔っ払っているから歯止めがききません。たすくは遅いけれど、気づかないわけではありません。失敗を繰り返しながら、なだれ込むラストに泣けました。
ナマハゲは子どものころ、祖父の家にやって来たのを覚えています。怖くてギャーギャー泣きながら「泣いてない」って言ってました(笑)。子どもには「悪い子にならない」歯止めになる行事でしょう。
太賀さんは『生きちゃった』でも滂沱の涙。やはりもひとつしっかりしていない父役でした。童顔なので、「大人になりきれない」役が似合ってしまうのかも。
女性は子宮の我が子と10ヶ月つきあいます。つわりで苦しんだり、だんだん重くなるお腹をかばったり、足のむくみや腰痛に耐えた末、最後に陣痛がきて産み落とし、やっと母親になります。その間父親になる人はどれだけ関わっているでしょう。しかもその後は授乳だ夜泣きだとろくに眠れないのが母親です。一律には言えませんが、子どもが産まれた時点でこんなに差があって、男性に父親の自覚が足りないのも当然です。女性だとて、みんながすぐに母親の自覚が持てるわけではありません。親と子は一緒に育っていくものと思ったほうがいいです。四の五の言わずに毎日目の前のことをやって生きていけば、いつのまにかみーんな年取って大人になっちゃっています。ほんとは中身は大して変わってないけど、そこもみんな同じですよ。(白)
たすくが役所に出生届を出しに行ったところから作品は始まります。娘が生まれたことが本当にうれしそう。演じた太賀さんの全身からそのオーラがにじみ出ています。この人、実際に子どもが生まれたら、こんな風に喜ぶんだろうな、なんてことまで考えてしまいました。
しかし、その後は一転して、親になり切れないたすくのダメっぷりがクローズアップされ、物語の空気感が変わってきます。(白)さんが書いているように、父親は母親と違い、10ヶ月の準備期間がなく、生まれた瞬間いきなり父親にならなきゃいけないから大変なんですよね。しかし、母親も慣れない育児で精神的には不安定。そんな母親の様子も作品ではしっかり描いています。
親が子どもを育てるのと同時に、子どもも親を育てているのかもしれません。(堀)
2019年/日本/カラー/シネスコ/108分
配給:バンダイナムコアーツ、スターサンズ
(C)2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
https://nakukohainega.com/
★2020年11月20日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
公式Twitter:https://twitter.com/nakukohainega
公式Instagram:https://www.instagram.com/nakukohainega/
公式Facebook:https://www.facebook.com/nakukohainega2020
おろかもの
監督:芳賀俊(はが・たかし) ・鈴木祥(すずき・しょう)
脚本:沼田真隆
撮影:芳賀俊
主題歌:「kaleidoscope」円庭鈴子
出演:笠松七海(高城洋子)、村田唯(深津美沙)、イワゴウサトシ(高城健治)、猫目はち(榊果歩)、葉媚(小梅)、広木健太(倉木宗介)、林田沙希絵(安達真奈美)、南久松真奈(吉岡秀子)
高校生の洋子は両親を早くに亡くし、兄の健治と二人支えあって生きてきた。健治の結婚を間近に控え、婚約者の果歩がしょっちゅう家にいるのがなんとなく気づまりな日々、健治が浮気相手らしい女性といるところを見てしまう。ショックを受けた洋子は女性を追跡、自分でも思いがけない行動に出てしまった。女性は美沙といい、洋子はイヤな感じを持たなかった。友達の小梅は面白がってけしかけるし、何食わぬ顔でいる兄も腹立たしい。計画は動き出してしまった。
村田唯さん、芳賀監督、笠松七海さん
田辺・弁慶映画祭やSKIP映画祭でも好評を得た作品。日芸の学生だったころからの芳賀監督、鈴木監督&沼田真隆・脚本トリオが惚れ込んでいる女優さんたち、笠松七海さん村田唯さんを迎えて作り上げました。
公開中の『さくら』ではお兄ちゃん大好きな妹が兄とガールフレンドの邪魔をしました。優柔不断で断れず二股かけているのは『本気のしるし』の辻くんみたいです。そのへんはあるあるですが、こちらは妹が兄の浮気相手と仲良くなりタッグを組むという、これまで見なかった面白い設定のストーリーです。美沙役が魅力的でないとなりたちませんね。村田さんは石田えりさんの若いころを思い出す、男女どちらにも好かれそうなタイプの方です。揺れる気持ちを表現した笠松さん、婚約者というより母親のような猫目さん…女優さんたちがしっかりとそこにいました。
芳賀監督と笠松さん、村田さんのお三方にいろいろお話を伺いました。こちらです。(白)
妹が結婚を控えた兄の浮気相手と結託して、結婚を阻止しようとする。それってやっぱり、心のどこかに義姉になる人に兄を取られたくないという思いから、義姉を心の底では受け入れられないからなのかしら。そんなことを思いつつ、作品を見ていました。洋子の場合、両親を亡くしてから、兄と2人で暮らしてきたから、余計にその思いは強いのでしょう。
そんな妹の気持ちを浮気相手と結び付けてひと悶着起こさせる。ストーリーの着眼点は奇抜ですが、演者の確かな演技によって現実味を帯びたものになりました。
果たして2人の作戦は成功するのか。みんなの行く末をたっぷり味わってください。(堀)
2019/日本/カラー/96分/
配給・宣伝:MAP+Cinemago
©2019「おろかもの」制作チーム
公式 Twitter:@orokamono_movie
★2020年11月20日(金)、12月4日(金)〜10日(木) テアトル新宿にて計8日間
12月18日(金)〜21日(月) シネ・リーブル梅田にて計4日間レイトショー公開となります!